64.賢者様、ゴミ捨て場を強化します!
「ふひぃ、気持ちいいですねぇええ」
「全くですわぁ。天国ですわ、これ。先生もやってみてくださいまし」
荒野をむちゃくちゃな勢いで掘りまくった二人なのだが、いつの間にか地面に首から下を埋めているのであった。
鼻をひくひくさせて、ひどくまったりした表情である。
二人は目をキラキラさせて誘ってくるが、あいにく私には一切ピンと来ない。
穴を掘るのは少しぐらいなら楽しいけど、泥で汚れるのとか勘弁だし。
「しかし、これどうするのよ?」
そう、問題は二人が当てずっぽうに掘った穴である。
単に大きな穴が一つ開いているというものではない。
縦横無尽に掘り進められていて、まるで地下迷宮。
モンスターが棲みついたらダンジョンにでもなってしまいそうだ。
そもそもゴミ捨て場として機能するんだろうか、こういうの。
後で冒険者ギルドの人たちに文句を言われてしまうかもしれない。
「偉大なる祖霊たちよ、落とし物を世界の宝に変えよっ!」
私は猫魔法【緑の革命】をここら一帯にかけることにする。
『にゃははは! 荒れ地に花を咲かせるにゃ!』
緑色の猫が現れ緑色の粉を辺りに撒き始めると、穴の内側がきれいな緑色に変化していく。
「お師匠様、今の魔法は何ですか!?」
「教えてくださいましっ!」
二人は土から這い上がってきて、私の魔法の正体を知りたいという。
ふぅむ、まともに説明すると長くなるんだよなぁ、これ。
「えっとね、この穴にゴミが落ちるでしょ? そしたら、それを栄養にしてここら一帯が緑の大地に変わっていく魔法だよ?」
そういうわけで大分、端折った説明をすることにした。
正確にはゴミに宿る魔力を抽出して、大地に生命転換を引き起こすわけだけど、原理はどうでもいいよね。
え? この魔法がどうして生まれたのか説明しないのかって?
これはうちのおばあちゃんの使い魔のおトイレからうまれた魔法なのだ。
おばあちゃんは使い魔を何匹も飼っているわけで、そりゃあもうおトイレの掃除は欠かせない。
しかし、猫砂というものはあくまでも砂なので、そんじょそこらに捨てるわけにもいかないわけである。
かといって放置するわけにもいかない。
つまり、処理に困るゴミなのである。
そこで生まれたのがこの魔法。
この魔法をかけると、ゴミ捨て場の砂粒は使い魔の猫たちのあれの魔力を吸い取って、肥沃な土へと転換していくのである。
魔法原理はおばあちゃんの方が詳しいけど、すごい魔法であることは確かだよね。
きちんと使えば、荒れ地を緑の大地に変えられるわけだし。
とはいえ、開発経緯が経緯なだけに、あんまり説明したくないのも事実。
私だってお年頃なのである。
「すごいです! つまり、この中にゴミを捨てると緑の森が生い茂るってことですね!」
「やりましたわ! 私たち、環境緑化に貢献したってことですのね!」
ライカとクラリスはとっても嬉しそうである。
緑の森が生い茂るにはそうとう時間が必要になると思うけどね。
その後、夕方近くになったので、私たちは作業を終えることにする。
あとはちゃんとゴミ捨てポイントからゴミを捨ててもらえるように、立て看板を設置しておく。
ライカたちがめちゃくちゃに掘ったから、地盤がもろくなっている場所もあるかもしれないし、不用意に人が近づいたら危ないかもしれない。
こういうひと工夫が、できる冒険者なのである。
ぴゃぎがぁあああ!
「お師匠様! なんか大きな鳥が来ますよっ!」
「ひぎゃあああ!? 何ですの、あれ!?」
そんなこんなで立ち去ろうとしていると、黄昏時に乗じて奇襲を仕掛けてくる奴がいる。
赤い喉をした巨鳥レッドスロートである。
鳥とは名ばかりで、歯も生えているし、角も生えている化け物だ。
奴は鋭い爪で上空から私たちを狙ってくる。
しかも、その狙う先は……クラリスだった。
「ひえぇえ、こっちに来ますわ! 私の方にいらっしゃいますのぉおお!?」
まぁ、モンスターは弱そうなのから狙うから当然と言えば当然だけど。
なっかなかに鬼畜な判断である。
「超音波の右爪!」
私は風魔法で真空の刃を出現させ、モンスターを追っ払う。
クラリス様を助けるのが目的だったため、攻撃自体は当たらない。
モンスターは夕焼けの空に舞い上がり、こちらの出方を伺っているようだ。
「私の後輩を狙うなんて許せません! いくらおバカで生意気な後輩でも、大事な仲間! お師匠様、あのモモ肉野郎をぶっ飛ばしますよっ! あれは塩焼きがいけそうですね、じゅるり!」
ライカは仲良くなったクラリス様を狙われたのがよっぽど頭に来たのだろう。
巨鳥をにらみつけるが、よだれがこぼれている。
なんて恐ろしい狩猟本能だろうか。
しかし、彼女が使える魔法は柴ドリルと背中ゴロゴロのはず。
どうやってやっつけるんだろうか?
ぴぎぇええええ!!
そうこうするうちに化け物は再び急降下する。
目で追うことさえ難しい速度であり、一般人なら格好の餌食になってしまうだろう。
奴はライカに狙いを定めて、一直線に向かっていく。
大丈夫なの!?
「後輩の死を無駄にはしません! 喰らえ、怒りの咆哮! わおぉおおおおおおんっ!」
ライカが行ったのはまさかの咆哮だった。
しかも、普通の声量ではない。
鼓膜が破けそうになるほどの音量である。
まぁ、私は魔力で耳を聞こえなくしたから平気だったけど。
ぴぎゃぎぃいいいいい……
その大音量を直接喰らったモンスターはそのままへろへろと地面に落下。
よっぽど堪えたのか、ぷるぷると震える始末である。
なるほど、これは普通の吠えじゃないね。
自分の声に魔力を乗せたもの、すなわち、新たなる犬魔法だよ!
「できました! できましたよっ! お師匠様! 私の魔法が完成しました!」
「すごいじゃん! びっくりしたよっ!」
まさかのライカの進化に私は手を叩いて喜ぶ。
彼女はつくづく土壇場で進化するんだなぁと実感する。
まさか吠えるのを魔法にしちゃうなんてなぁ。
「あ、クラリスが死んでますよっ! ちぃっ、間に合いませんでしたね!」
あ、そうだった。
クラリス様はまだ魔力操作ができないんだった。
あれを聞いたら、そりゃあ気絶するよね。
「ひ、ひぃいい、死ぬかと思いましたの」
慌てて彼女を介抱すると、なんとか目を覚ます。
鼓膜も破れていないみたいだし、本当によかった。
ライカ、あんた、舌打ちしないの!
「よっし、じゃあ、見ててごらん!」
私はモンスターにさくっととどめを刺す(首をひねる)と、それをさきほどのゴミ捨て穴に投げ込んでみせる。
他の二人に先ほどの環境浄化魔法を実演してあげるのである。
モンスターの死骸はゆっくりと土の中に吸い込まれていく。
これは底なし沼みたいなもので、万が一、人が落ちたら大変なので、ゆっくり落ちるようになっている。
まぁ、重いものが落ちたらさすがにどんどん沈むとは思うけど、人間程度じゃ余裕で抜け出せる。
あくまでゴミ捨て穴のための魔法なのだ。
「すごいですね! もしかしたら、明日、ここに大草原が広がってるかもしれませんねっ!」
「うわ、それ最高ですわね! 草の中で眠れますわ!」
二人は嬉しそうにそんなことを言うが、モンスター一匹程度ではそんなことは起きない。
ゴミが魔力転換されて、いつの日にか緑に変わるって言うのはロマンチックだよね。
私たちはとてもすがすがしい気持ちで今日の依頼を終えたのだった。
【賢者様の使った猫魔法】
緑の革命:賢者様の祖母が猫トイレの処理に困って編み出した浄化魔法。単に浄化するだけではなく、対象物の魔力を吸い取って緑化を促すというとってもエコな魔法。




