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63.賢者様、穴掘り依頼にレッツゴーする




「お師匠様、ここを好きなだけ掘っちゃっていいんですね! ひゃっほぉおお!」


 場所はランナー王国との国境付近。

 私たちは岩だらけのゴツゴツした土地にたどり着いた荒れ地だった。

 農業に向いていない土地であり、魔力の流れ的にもなんだかおかしい。

 雑草さえ生えてないので、山羊さえも飼えないとのこと。

 ここら辺ならばゴミ捨て場にしてもいいと考えたのだろう。


 うーむ、国境をゴミ捨て場にするっていうのは、国の方針としてどうかと思うけどなぁ。

 溢れ出したり、危険物があったりしたら問題となるわけだし。


 そんなふうに難しいことを考える私を尻目に、ライカはうっきうきで穴掘りを始める。

 なんせ、ギルドの受付のお姉さんは言ったのだ、「好きなだけ掘っていい」と。

 そんなにいい加減でいいのだろうか。


「我の前に立ちふさがる大地よ、この伝説の技の前に砕け散るがいい! 柴ドリルぅううう!」


 ライカは口上を述べると、相変わらずの破壊魔法を唱える。

 その威力たるやすさまじく、どどどど、ががががと猛烈な音を立てて掘り進める。


 最初は縦方向に掘っていたのだが、徐々に軌道がずれてトンネルのように横方向に掘り進める始末である。

 穴ぼこだらけにして地盤とか大丈夫なのかなぁとも思うけど、ここら辺は人がそもそも立ち寄らない地域だからいいのかな。

 


「ライカって、すごいんですのね……」


 クラリスはというと、最初のうちはスコップ片手に頑張っていたのだが、1時間もすると体力の限界を迎える。

 そりゃそうだ、無尽蔵の体力を誇るライカだからこそできる技だよ、あれは。

 

「先生、私、本当は悔しいんですの……。先生に半年間、指導を受けていたのに魔法の使えない自分が……」


 クラリスは感傷的になってしまったのか、ぽとぽとと涙を流し始める。

 ライカがいるときには殊勝に振舞っていたが、やっぱり目の前で魔法を使って活躍されると心に来るものがあるのだろう。

 気持ちは分かるよ。

 自分の無力さを痛感するときって、心が本当に痛いよね。

 それと、半年間、指導していたって言っても、ほとんどお茶を飲んで雑談をしていた記憶しかない。

 お互いにハーフの獣人ってこともあって気が合ったっていうのもあったし。

 あの頃の私にとってクラリス様との時間は魂の癒しみたいなものだったのだ。


「クラリス様、今度は大丈夫ですよ。さぁ、魔力の訓練をしましょう」


「先生、ありがとうございますの! ……それと、またクラリス様って言ってますわよ?」


「はいはい。それじゃ、練習を始めるよ、クラリス」


 私は涙目になっているクラリス様の手を取ると、私は魔法の授業を始める。

 実を言うと、私だってライカの修行を通じて、獣人にとっての魔法とは何か考えるように至ったのだ。

 獣人の魔法には専用のカリキュラムが必要なのである。

 その一つが、魔力感知の練習。

 普通人なら子供のころに普通に行っていることでもあるらしい。 


「自分の中に魔力が流れてくるのを感じて」


 ゆっくりと魔力を送り込み始める。

 自分の内側にある魔力をしっかりと認識すること。

 それが魔力感知の第一歩なのだ。

 ライカの経験から行くと、この段階を超えればとんとん拍子に学習が進むと思うんだけど。


「あ、あ、温かいですわ! こんなの初めてですわ!」


「よっし、それじゃ今度は自分の内側に魔力があるのを探してごらん。私がつついてあげるから、分かりやすいはずだよ」


 私は目を閉じて、クラリス様の心の奥、いわば魂みたいな領域を知覚する。

 そこには彼女の魔力がふわふわと浮かんでいて、この世界に出て行くのを待っているかのようだ。


「大丈夫、怖くないよ」


 私は呼吸と共に、それにゆっくりと穴をあけるように魔力を放つ。

 もっとも、いきなり魔力が暴走すると危険だから、少しずつ、少しずつ。

 小さくて繊細な生き物を扱うように、丁寧に。


「ふわっ!? 体の芯から温かいのが、熱いのが溢れて参りました! こ、これが魔力ですの!?」


 魔力の感覚が分かったのか、彼女は顔を紅潮させて喜ぶ。

 よっし、いい感じ。

 さすがは私の生徒だ。それに素晴らしい才能。


「それじゃ、それを手のひらに集めてみて。ゆっくりでいいから」


「はい……」


 彼女の魔力がゆっくりと移動してくるのがわかる。

 それは私の持っている魔力とも、あるいはライカの持っている魔力とも異質なものだった。


「で、で、できた!? 先生、手を放さないでくださいまし! わわわっ!」


 成功しているにも拘わらず、クラリスは不安げな表情。

 生まれて初めてのことだから無理はないよね。


「大丈夫。手を放しても支えてあげるから」


 でも、私はそっと手を放す。

 じゃないといつまで経っても魔力操作は身に着けられない。

 自分一人の魔力だけで立つことができなければ。


「ゆっくりと息を吐いて。自分の内側にある魔力だけに集中して。手のひら全体が熱くなってくるのを観察して。そう、大丈夫、できてる」


 そこで私が行うのが言葉での誘導。

 魔力と共に放たれた言葉は、それ自体が魔法のような働きを持つ。

 対象者の精神に作用し、集中力を補助することができるのだ。


 え? 普通人の魔法使いみたいだって?

 そりゃあ、それぐらいはできるよ、おばあちゃんに習ったし。


「で、で、で、できてます!?」


 クラリス様はおっかなびっくりの表情で私に手のひらを見せてくれる。

 その周りの空間が歪んで見えるほど魔力が充満している。


 私は彼女の精神を乱さないように、無言でしっかりと頷く。


「これで私も魔法使いってわけですのね!」


 クラリス様はぴょんぴょん跳ねて喜んでいる。

 まぁ、正確には魔法が発動したわけじゃなくて、魔力が充実しているだけなんだけどね。

 身体強化作用があるから穴掘りぐらいならさくさく進むはず。


「本当ですの!? よぉし、ライカ、セカンドステージですのよっ!」


 思いたったらすぐ実行というのが、彼女の性分だ。

 お姫様らしからぬ、でりゃあなどという太い声で叫ぶと、ライカが大暴れしているところに突進。

 両手に持ったスコップで地面を掘り始める。


「負けませんよっ! 私だってそれぐらいできます!」

 

 ライカは学習能力が高いらしく、手足に魔力を集めて掘り始める。

 恐るべしだよ、さすがは柴犬人族。


 ふぅむ、魔力が尽きるまで頑張ってみるのもいいかもね。

 その方が魔力の絶対量が増えるものだし。


 私は温かい目で彼女たちの労働を見守るのだった。

 



「これが魔力……!」


 ざっしゅざっしゅと土を掘りながらクラリスは感動していた。

 ずっと自分は持っていないと思っていた魔力が備わっていたからだ。

 先生について魔法を学んでいけば、自分は誰からもバカにされないのかもしれない。


「私は、私は役立たずじゃなかった! 劣等種なんじゃないんですわ!」


 体中に感じる魔力の温かさに涙が出そうになる。

 これまで兄たちから、あるいは魔法学院の生徒たちから投げかけられた、劣等種という言葉が霧散していくのを感じる。


「先生、私、やりますわっ! やりますわよぉおおお!」


 クラリスは怒涛の勢いで土を掘るのだった。


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