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60.賢者様、クラリスの改名でてんやわんや



「おっはようございまぁす! お師匠様、今日も元気に私と特訓ですよっ!」


 ライカに叩き起こされ、私は眠い目をこすりこすり起き上がる。

 相変わらずの早朝起床であるが、体が全然慣れないのはなぜなのだろうか。


「うひぃいいい、眠いですのぉおお」


 同じように眠たそうにしているのがクラリス様である。

 先日、ひょんなことから助けてしまい、とりあえずパーティに入ってもらっている。

 彼女も私と同じように朝に弱いらしい。


「クラリス様、起きなきゃだめですよぉ」


 ライカは歌を歌いながら朝ごはんを作っているので、私はクラリス様を優しく揺らして起こしてあげる。

 彼女の年齢はライカより年下で十五歳。

 まだまだ子どもなのである。

 私が彼女の家庭教師をしていたのは一年ほどだったけど、その頃に比べれば成長した気もする。

 成長期真っただ中ってやつなのだろう。

 身長もある程度は伸びたし、体型も丸みを帯びてきているし、胸も……。

 なんで!?

 なんで、成長してるの!?

 私の成長期はどこに行った!? 


「クロエ! 新しい名前はクロエに決めましたわ!」


 なんとか起こしてあげると開口一番にクロエ、クロエとまくしたてる。

 夢でも見てるんだろうか?

 

「この瞬間にびびぃんと思いつきましたの! クラリスだとばれちゃうかもしれませんし。先生から二文字頂きましたの、えへへ」


 クラリス様はそんなことを言いながらぴょんぴょん跳ねる。

 なるほど身分偽装のための通り名ってことらしい。

 確かに冒険者登録するときには必要だし、準備しておくことはいいことだ。


 まぁ、二文字違いとはいえアロエとクロエじゃ全然印象が違うし、別にどうでもいいかな。


「さぁさぁ、皆さん、お待ちかねの朝食ですよっ! みんな大好き、ステーキです!」


 そうこうするうちにライカは満面の笑みを浮かべて現れる。

 彼女の作ったメニューはじゅうじゅう音をたてる骨付き肉の鉄板ステーキ。

 キッチン付きの部屋だからたまに料理できるとはいえ、なっかなかにヘビーな朝食である。

 

「うへぇ、私は朝はフルーツだけでいいんですけどぉ」


 渋い顔をするクラリス様だが、朝一で衝突してほしくない。

 せっかく作ってくれたのだから、美味しくいただこうじゃないの。


「あ、ライカ、私、これからクロエという名前だからよろしくお願いしますわ。もぐもぐ」


「はぐはぐ、クロエですね。なるほど、元黒兎にぴったりの平凡な名前です、黒だけに。はぐはぐ」


「あら、この名前、先生と一字違いなこと気づかないんですの? 羨ましいんじゃありませんこと?」

 

「はぐはぐ……な、ぬあんですって!?」


 食事開始早々、クラリス様がライカにしかける。

 この二人、一時は仲直りしたのだが、それ以降も何かにつけて張り合っているのだ。

 昨日の夜はベッドの取り合いで非常にうるさかったのは記憶に新しい。


「アロエ、クロエ、ほ、本当です、ほとんど同じじゃないですか!」

 

 ライカは私の偽名であるアロエとクラリス様の偽名であるクロエが似ていることを発見し、愕然とした表情である。

 いや、ほとんど同じなんてことはないよ。だいぶ違うでしょ。


「これじゃ私とお師匠様の絆がどんどん薄れていきます。冗談じゃありませんよ。何か、何か策を講じなければ……」


 ライカは腕組みをしてぐぎるぅうううと唸る。

 それはお預けを喰らっている犬の唸り声みたいな音だった。

 いいからさっさと食べなさい。



「……お師匠様、あのぉ、お師匠様もライカになりませんか?」


「ラ、ライカっていう名前に? いやいや、それは紛らわしすぎるでしょ」


 ライカは目をキラキラさせて、意味不明な勧誘をしてくる。

 どういうわけか同じ名前になってほしいというのだ。


 いくら名前を似せたいからと言って同じ名前って言うのはアウトだろう。

 どっちがどっちだかわからなくなるし。


「大丈夫です。私が13代目で、お師匠様が12代目でいいですからっ!」


「え、ライカって名前は世襲制的なやつなの? いや、それどうやって呼び合うのよ!?」


「そりゃあ、先代って呼びますよ! 私のことは十三代でも、ライカでも、お好きにお呼びください」


「却下で」


「でぇええええ!? しょんなぁああ! 栄えあるライカですよ、一族郎党に新聞屋さんを呼んで襲名披露宴もやりますよ!? 肩が大きく見える立派な服とかも着れますよ!?」


 却下だというのにライカはなおも縋り付き、涙目で懇願してくる。

 しかし、それであってもダメなものはダメである。

 私はアロエって名前が気に入ってるし、当分は変えるつもりはないのだから。


「うぅううう、だったら八代目ライザでもいいですよぉおおお! 三代目のライゾウでもぉおお!!」


 彼女の涙目のお願いには心が揺れる部分もあるし、正直、ライゾウには心惹かれる。


 だけど私は黙って首を振る。

 どうして剣聖さんの家の名誉ある名前を私が継がなきゃいけないのか。

 そもそも、ライカの一存でそんなことを決められるのだろうか。


「名前を継いでくれたら、うちの一族にお迎えすることができるんです! つまり、えと、その、け、け、け、けっこんといいますか、その」


 途中までは得意げに話していたライカだが、言葉の後半では何を言ってるかわからなくなる。

 案の定、クラリス様に「あなた、何を言ってますの? バカですの?」などと煽られてケンカになる。

 黙って、食べなさい、あんたら。


「ライカ、クラリス様はおしのびで改名するんだから、わがまま言わないの。クラリス様が自分の名前をちゃんと名乗れるようにしていくことが大事でしょ」


「はぁい」


 私はライカをこんこんと諭す。

 彼女は私にとっては忠義心たっぷりなのである。

 その礼儀正しさを他の人にも向けて欲しいぐらいだ。


「ふふふ、まずは私の一勝ですわね!」


 当のクラリス様はライカを煽ってくる。

 私がいい感じ風に話をまとめたのに、この人、全然わかってない。


 その後もわぁぎゃあわめく二人にうんざりする私。

 特にクラリス様には「黙ってろ、この〇〇ちんが」という言葉がうっすらと浮かんでくる。

 それは平たく言えば、愚か者を示す二文字であり、王族に使うにはあまりに不敬。

 うっすらと、だよ? 

 心のなかだし、そこまで不敬じゃないよね?



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