56.賢者様、弟子と生徒にキレる
「……と、いうわけですの!」
ルルロロの宿屋にて大きな声を張り上げるのはクラリス王女である。
彼女は崖から落ちているところを間一髪で助けられたわけだが、地方の視察中に事故に遭ったということらしい。
「あのクソ馬、暴走するなんて許せないんですの! 私を誰だと思ってるのかしら!」
数か月ぶりの再会だけど、クラリス様の性格は相変わらずである。
なんというか、よく言えば無垢というか、実直というか、無邪気というか。
口ぶりだけは王女っぽいんだけど、中身は変わってない。
一言で言うと、えーとなんだっけ、バ……、いや、天真爛漫なのである。
「ふふふ、簡単ですよ! そのお馬さんを今からやっちゃえばいいんですよ! ほら、あのシュレッダーさんちの猫でしたっけ? やっちゃえ、お師匠様!」
ライカはしごく当然といった風情で非常に不謹慎なことを言う。
どういうわけか私が実行犯ってことになってるし。
シュレッダーさんちの猫ってなによ、バラバラに小刻みにする猫ってこと!?
……ちょっと、いいかも、それ。
とはいえ、馬をそんな風に扱うつもりは一切ない。
モンスターに驚いて暴走したのかもしれないし、動物を虐待する趣味はない。
「えぇ!? いつも邪魔するものは皆、天国にご招待って言ってねじ切ってるじゃないですかぁ」
ライカは困惑仕切りという顔をするが、私は誰の首もねじ切ったことはない。
この子、私を誰かと勘違いしていないよね?
逆に怖くなってきたんだけど。
「でもぉ、さっきだってモンスターの首を……」
ぽかんと口を開けて、「逆にびっくりです」みたいな顔をするライカ。
そりゃあ、モンスターの首をぐるっとすることはあるけどさぁ。
好きでやってるわけじゃないし、向こうが殺す気で襲ってくるわけだし、やられる前にやっただけでしょう。
ええい、ライカと話していると議論が変な方向に行っちゃうよ。
とにかくとんでもない事態なのである。
クラリス様をランナー王国の王宮まで連れて行かなければならないのだ。
クビになったということもあって、あんまり行きたくないんだけどなぁ。
「いいえ! 先生に会えたのですから、私は王宮にもどるつもりはありませんわ」
クラリス様がとんでもないことを言い出す。
はぁ?
自分の身分、分かってんの、あんた!?
今頃、王宮は大騒ぎなんじゃないの?
「先生、私、これから冒険者になって、魔法使いになりますの! 先生のように弱きものを助け、大臣みたいな悪を退治してあげますわ!」
クラリス様は私の手を取って、無謀なことをまくしたてる。
な、なんと、第一志望は冒険者、しかも魔法使いときた。
王族が冒険者ってどこの小説のお話?
生まれつきの王族が、そんな危険な職に就く必要はないと思うんだけど。
「クラリス様、冒険者って危険な仕事なんですよ? わかってます?」
「重々、承知しております。ですけれど、先生と一緒なら大丈夫ですわ!」
何が大丈夫なのかわからんが、ものすごい圧力で大丈夫を連呼するクラリス様。
こりゃあ絶対わかってないやつである。
膝小僧を擦りむく程度じゃ済まないっていうのに。
「私、先生が良いって言うまでここを動きませんわ! さぁて、お茶でも頂こうかしら」
彼女はそんなことを言いながら、そそくさとティーパーティーを始める。
どこから紅茶セットを出したのだろうか。
しかし、ここから動かないときたよ。
あれ?
私、この風景、どこかで見たような気がするぞ。
そうだよ、つい先日もこんなことがあったよ。
私は困惑した瞳で、かつて私に弟子入り志願してきた人物を見る。
そう、ライカである。
「ひ、ひぃ?」
しかし、彼女の顔を見た私はびっくりしてのけぞってしまうのだった。
彼女は顔に青筋を浮かばせて、ぎりぎりぎりと歯噛みをしているのだ。
ひぃいい、怒ってる!? でも、どうして!?
「さっきから黙って聞いていれば、先生、先生、うるさいですよ! お師匠様は私のお師匠様です! あなたの先生じゃありません!」
ライカが私の腕をぐいと持ち、引っ張り始めるではないか。
この女、剛腕で名をはせた剣聖の孫娘である。
渾身の力を込めて引っ張る力は尋常ではない。即ち、痛い。
「何をおっしゃいますの!? 私が留守にしている間に先生に勝手に弟子入りされるなんて、そちらこそ卑怯じゃなくって? そういうの泥棒犬って申しますのよ!」
クラリス様は負けじと私の腕をぐいっと引っ張る。
この子、小柄ではあるけれど、獣人のサガなのか、案外、力が強いのだ。
しかし、泥棒犬なんて言葉、私は知らない。たいてい、猫である。不本意ながら。
「なぁんですってぇえええ!? 犬は泥棒なんかしません!」
「ふふん、私の愛犬ペロは靴とかスリッパを勝手に持って行って、いっつもぼろぼろにしてくれました! それが証拠ですの!」
「犬は飼い主に似るんですよ! おばかさん!」
「おバカですってぇええ!? 口を慎みなさい! この駄犬!」
身も蓋もないことを言われて激昂するライカ。
泥棒犬ってあの犬か、と感心する私。
それにしてもクラリス様の怒りやすさは半端ではない。
兎人は怒りっぽいと聞いていたが、ライカとの相性は特に悪そう。
「「ぐぬぬぬぬ」」
何もしてなければ美少女なのに、連中の顔は醜く歪み、唸り声さえあげていがみ合う。
当然、私を引っ張る力もヒートアップ。
結果、私の腕の関節はぐぎごぎと嫌な音をたてはじめるわけで。
「あだだだだだ! ちょっと、止めて、ライカも、クラリス様も! お座りっ!」
「「ひゃ、ひゃいっ!?」」
私は二人を魔法で強制的に正座させるのだった。
後から思えば、クラリス様に正座は無礼だったなと思う。
だけど、人を傷つけることはやっちゃいけないと教えとかなきゃいけないよね。
ライカに至っては道を踏み間違えたら、歴史に残る犯罪者になってもおかしくないし。




