36.賢者様、損害賠償を恐れて大規模破壊魔法は諦めるも、得意のしっぽ攻撃でスライムを撃退開始
「やべぇぞ、こんなにスライムが多いなんて聞いてない」
「めちゃくちゃ分裂するじゃん、こいつら……」
私たちと一緒に依頼に当たっていた冒険者たちも、皆、ひぃひぃ言い始めていた。
そりゃそうだ、半日剣を振っても数が減らないのだ。
しかも次から次へとぽこぽこ増えるし。
範囲魔法で殲滅しようとする魔法使いの人もいるけど、そんなに何度も連発できるものじゃない。
魔力切れを起こして、木陰で休んでいるありさま。
「ふぅむ、かくなる上は……」
冷静になって考えると、国家どころか人類が滅亡しかねないわけで、背筋がぞくぞくする依頼である。
もう面倒くさいし、こっそりと魔法で一掃しちゃおうかなぁ。
最近、大規模破壊魔法を使ってないし、久しぶりに練習するっていうのもいいかも。
いくら量が多いと言っても、私の禁忌魔法【シュレディンガーさんちの猫】なら一発なのだ。
亜空間にスライムどもを吸い込んで、二度と出てこなくすればいいはず。
まぁ、コントロールが難しいから代償としてここらの丘全体、いや、向こうに広がる森ぐらいまでは消えるとは思うけど。
「ふひひひ、こやつらなど我の手を汚すまでもないのだ……」
「せ、先輩、顔が邪悪ですよ? よからぬことを考えてるわけじゃないですよね? 牧草地を破壊したら、依頼人のおじさんたち怒っちゃいますよ?」
妄想にふけっていると、ライカが不安げな顔で覗き込んでくる。
人の顔を邪悪だなんて、失礼な弟子だな、君は。
とはいえ、確かに大規模破壊魔法を使うと色々と支障が出ちゃうわけである。
おそらく牧場のおじさんからは損害賠償を請求されるだろう。
そして、それを放った私は魔法について根掘り葉掘り聞かれることになり、身バレすることになる。
しょうがない、【シュレディンガーさんちの猫】は最後の手段に取っておこう。
ここは一つ物理的にやっつけるしかない。
「ライカ、徹底的にやるよっ!」
そんなわけで私はいつもの身体強化魔法を発動。
さらには広範囲の連続攻撃を可能にする、【死の尻尾鞭】を発動。
流麗さと機敏さで知られる猫人のしっぽを、にょにょにょっと長くするのだ。
しかも、この尻尾、ただのふわふわの尻尾ではない。
鞭のような強靭さを持ち、触れた者に打撃を与えるのだ。
私の後ろには尻尾の長い猫が現れ、強力に加護してくれる。
「さすがはお師匠様、すごいですっ! 魔法ってこういう使い方もあるんですね! 私もそういうの使ってみたいです!」
ライカは尻尾を強化させる魔法に大きな声をあげる。
尻尾のある獣人なら、誰もが憧れる魔法だよね。
私もこの魔法、かなり気に入ってるのである。
まぁ、気分次第でぱたぱた勝手に動いて、そこら辺のものを破壊しちゃうのが玉にキズだけど。
「よぉし、私もやりますよぉおっ!」
ライカはそういうと、いつものローブを脱いで軽装になる。
彼女がひょいっとローブを地面に投げると、信じられない事が起こった。
ずどぉんっ!!
ライカのローブは岩が落ちたみたいな音を立てて地面にめり込んだのだ。
はぁあああ!?
「ふぅっ、気分爽快ですっ!」
嘘でしょ、これって実力を隠すために敢えて重い衣服を着ているっていうやつだよね?
真の実力者がやりがちな、めちゃくちゃかっこいいやつじゃん!
うわぁ、いいなぁ、私、S級冒険者だったときにそれをやっておけばよかった。
「ええぇええ、ちょっと待って!? スライムの流れをぶった切って悪いけど、そのローブなんなの? すごくない?」
こりゃあもう聞いておかなきゃ失礼にあたるってものである。
だって地面にめり込むローブだよ?
音が「ずどぉん」だよ?
「おばあちゃんからもらったローブなんで、ちょっと重いんです。きっと高級な生地を使ってるんですよ!」
褒められたと思ったのか、無邪気に「えへへ」などと笑うライカ。
物事をやたらとポジティブに解釈しすぎだよ、あんた。
そもそも、これまで地面にめり込む服を着て平然としてたわけ?
あの剣聖のばあさん、孫をどんな魔法使いにしようって思ってたんだろう。
「そんなことより、先輩やっちゃいましょう!」
「うぐぐ……、わかったよ」
彼女のローブはぜんぜん「そんなことより」ではない。
ツッコミを入れたかった私であるが、分裂スライムをほおっておくわけにはいかない。
私たちは怒涛の勢いでスライムをやっつけ始めるのだった。
【賢者様の猫魔法】
死の尻尾鞭:猫の尻尾は柔らかく、それでいて強靭であることは広く知られているところである。賢者様は実家の猫が尻尾をぽふぽふ叩きつけながら敵を撃退する様子を観察し、この魔法を開発した。鞭のようにしなる尻尾はかなりの長さまで伸び、当たったものに快感のような痺れとダメージを与える。ミミズ腫れでは済まない。
「面白かった」
「続きが気になる!」
「ライカ、かっこいいやん、それ……」
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