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35.賢者様、アレの動きをするスライム退治にめっさ苦戦する

「な、な、なんじゃこりゃぁあああ!?」


 鼻歌交じりにスライム退治の丘に向かうと、目の前の光景に度肝を抜かれることになった。

 半透明のゼリー型モンスター、スライムがいるのだ。


 いや、いるなんてものじゃない、めちゃくちゃな大量発生である。

 直径15~30センチぐらいのスライムで丘一面がスライムで覆われており、生い茂った緑の草を食いつくそうとしていた。


「この草は牛さんが食べるものなんですよっ! 先輩、この邪悪なる使徒をやっつけちゃいましょう!」


 ライカはスライムに親でも殺されたってのかってぐらいの勢いである。

 確かに牧草を食べられちゃったら、酪農家の人は困っちゃうよね。

 早々に駆除しなきゃダメだ。


「おぉっ、お前たちも加勢にきてくれたのか!」


「やばいだろこれ、頑張ってくれよ!」


 私が呆気に取られていると、先に依頼に参加していた冒険者数人が挨拶に来てくれた。

 Dランクの先輩冒険者らしいが、気のいい人達だ。


 牧草地には彼ら以外にも冒険者の姿が見える。

 皆が皆、自分のやり方でスライムをやっつけているらしい。


「それじゃ、ライカ、やっつけちゃおう!」


「はいっ! 頑張ります!」


 そんな感じでのスライム退治スタートである。


 この時、私は、スライムなんて弱い魔物の駆除はすぐに終わるだろうと思っていた。

 正直、甘く見ていた。


 しかし、駆除作業に入った瞬間、私は気づいたのだ。

 スライムの動きの恐ろしさを。


 奴ら、ぷよぷよの体に似合わず、かさかさ動くのである。

 その動きはランダムそのもので、完全に静止した状態からどぎゅんとダッシュしたりする。


 あー、やだやだ、こいつの動き、あれにそっくりじゃん。

 こいつが黒だったり茶色だったり足が生えてたりしたら、私、帰ってたと思うよ。

 うぅう、想像しただけであれに見えてくるし、依頼をやめて帰りたいんだけど。


「えいっ、やぁっ、とぉおりゃああ!」


 ビビっている私とは対照的にライカは杖でびしばし奴らを駆除している。

 凄いよ、この子、まじで尊敬する。

 正直、ライカに任せて高みの見物を決め込みたいけど、彼女の師匠としてカッコ悪いとこを見せるわけにはいかないよね。


「ええい、待て待てえええっ!」

 

 というわけで、私もナイフ片手に奴らを追いかける。

 私はナイフや短剣ならば一人前に扱えるのである。


「に、にぎゃあああ!?」


 しかし、つぷっ、つぷっとやっつけていくと、事件は起こった。

 やつが飛びやがったのである。

 しかも、こっちに向かって!

 

 この時、私の頭の中には嫌な思い出がフラッシュバック。

 どうしてあいつらって追い詰めるとこっちに向かってくるの!?

 あぁ、もうやだ、おうちに帰りたい!!


 つぷつぷつぷっ……


「はぇ……?」


 驚きすぎてしりもちをつくと、そこにもやはりスライムがいた。

 お尻の下でゼリーが潰れる感覚。

 ちっきしょう、やっちまったよ、せっかくの布の服が汚れちゃったじゃんよ。

 せっかくセールで買ったやっすいやつなのにぃ!


「先輩、さすがですよっ! 確かに体でつぶした方が楽ですねっ! 私もやっちゃいますよ!」


 ライカは「えいえい、このこの」などと言いながら、足でやつらを潰し始める。

 やたらと満面の笑みであり、ちょっとサイコパスな空気すら醸し出す始末。

 私はお尻に情けない湿り気を感じたまま、ライカの狂気的な活躍を眺めているのであった。


 目の前にはうんざりするほどの大量のスライム。

 他の冒険者がいる手前、大規模な魔法も使えない。


 私は目標に狙いを定めて無感情にナイフを振り下ろすだけである。

 そうだ、自分が魔導機械になったと思えばいいのだ。


「目標を発見して、ナイフ……目標を発見して、ナイフ……目標を発見して、ナイフ……」


 つぷつぷと単純作業をやっていくと、心が凍っていくような感覚になる。

 私ってこういう作業がてんで向いていないんだなぁって実感。


 そりゃあ、アレそっくりな動きをする奴を潰す仕事なんて心が死ぬに決まってるけど。



「せ、先輩! 目が死んだ魚の目になってますよっ!?」


 ライカの心配そうな声で、私ははっと我に返るのだった。


「あれ?」


 そんなおり、私の視界にとんでもない現象が飛び込んでくる。


 分裂したのである。

 スライムが。


 うわ、最悪だよ、アレそっくりの動きをするやつが分裂するだなんて。


「スライムは勝手に増えるってこういうことなんですねぇ、えいやっ! でもでも、すぐにやっつけられるし、時間があれば大丈夫ですよっ! どぉりゃ!」


 ライカは杖を振り回しながら、相も変わらず笑顔のままだ。

 しかし、である、そんな悠長なことを言ってられないのである。

 ここにいるスライムの分裂スピードはめちゃくちゃ早いのだ。

 たぶん、10分ぐらいで一つが二つに分裂してるんじゃないだろうか。


「この量のスライムが次から次へと分裂しちゃったらどうなると思うかね?」


「……丘が占領されるどころの騒ぎじゃなくなるんじゃないですか? ひぇえええ」


 ライカもこの事実のヤバさに気づいて、顔を青ざめさせる。

 そう、あとひと月もすれば国全体がスライムで覆われる可能性だって出てくる。

 国家の存亡の危機ってやつなんじゃないの、これ。


 いや、それどころか大陸中がスライムに埋め尽くされる可能性だってあるでしょ。

 ひぃいい、人類滅亡の危機!?


「お師匠様、見てくださいよっ! 私がこれだけ頑張ったのに、ほとんど減ってないですよ!」


 驚愕の事実はまだまだ続く。

 我々があんだけ頑張ったのに、全然減ってないのである。

 

 ふぅむ、スライムスレイヤーさんってこんなにヤバい生き物を狩っていたんだなぁ。

 だって、アレの動きをする奴が分裂までしちゃうんだよ。

 マジで尊敬するよ、心のどこかで舐めてました、ごめんなさい。

「面白かった」


「続きが気になる!」


「あれの動きをするスライム……」


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