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(五右衛門の心遣い)3

 陽はまだ高かった。

民家の屋根にヤマトがいた。

荒ら屋で雨漏りが当然の屋根だったが、猫の体重には耐えられた。

もっとも十数匹の猫が屯すれば、耐えられるかどうか、あやしいもの。

確実に大きな穴が空いただろう。

 ヤマトは五右衛門の外出を黙って見送るほど悠長ではなかった。

五右衛門の身を心配して、こっそり警護に努めた。

それが功を奏した。

網を張っていた忍者に見つかり、尾行された。

ヤマトはその尾行を断ち切った。


 老婆は大路の店から荷車と男手を借り受け、怪我人二人を乗せた。

荷車をひく男衆二人に約束した。

「店には内緒で酒手をはずむから急いでくださいよ」

 老婆が先頭を行き、荷車を案内すると言う。

ヤマトは荷車の行き先を知りたかった。

おそらくは所司代の手先になっている忍者群の本拠地に違いない。

これを機にそこを襲えば五右衛門の負担が減らせる。

最善の手立て、だが、一つだけ気懸かりが・・・。

今現在の五右衛門であった。

あの状態で所司代の網を潜り抜けられるのだろうか。

注意力が散漫し過ぎて甚だ心許ない。


 結局、ヤマトは踵を返すことにした。

屋根をポンと蹴り、路地に降り立つと五右衛門の臭跡を辿った。

人目を避ける必要はなかった。

毛並みは良いが、人から見ればヤマトはただの野良猫でしかない。

誰が気にするだろう。

 見つけた五右衛門の背中は隙だらけ。

原因が懐の暖かさであるのは確か。

その五右衛門が郊外の山道に入って行く。

踏み荒らし具合から、それほど使われていない、と見て取れた。

一体この先に何があるのだろう。

ヤマトの心配をよそに、五右衛門はまったく背後に注意を払わない。

 途中、ヤマトは玩具を見つけた。

兎。

それは五右衛門を警戒して道沿いの藪陰に蹲っていた。

ヤマトには全く気付いていない。

そこでヤマトは密かに忍び寄った。

そして襲った。

五右衛門に気付かれぬように唸らず、咆えず、そっと襲った。

仕留めるつもりは皆無なのだが、本気を見せた。

兎を五右衛門の方へ逃げるように、選択肢を封じた。


 ところが兎の驚きようは予想を越えていた。

無我夢中。

目を大きく見開き、口も大きく開け、両の耳をおっ立て、

ヤマトに真正面から当たって来た。

脱兎の勢いで頭突き。

それをヤマトはもろに喰らってしまった。

窮兎猫に頭突き。

 両者ともに痛み分け。

ヤマトは後方の樹木に大きく弾き飛ばされた。

それは兎も同様で、反対方向、山道に弾き飛ばされた。

兎は山道を転げながら、何とか逃げようとした。


 五右衛門の背中が動いた。

背後の気配に気付いた。

反射的に振り返った。

その時には懐から手裏剣を取り出していた。

目で捉えるより先に手裏剣が投じられた。

手裏剣の当たり外れは確かめない。

五右衛門は投げ終えるや、即座に跳んだ。

木立の中に消えた。


 弾き飛ばされたヤマトだが、立ち直るのは早かった。

宙で体勢を整えると、四本足で幹にぶつかって行き、

衝撃を軽減した。

地に降り立ち、山道沿いの竹藪に走った。

見通しの良い場所に身を伏せた。

五右衛門の前では家猫で居たかったので、隠れたままでいた。

 竹藪から山道を覗いた。

五右衛門の姿はないが、兎は見えた。

手裏剣を腹部に受けて絶命していた。


 ヤマトは周囲に隈なく視線を走らせた

木々や藪が多く、身を隠す場所には事欠かない。

小さな音も逃すまいと耳を欹てた。

聞こえるのは鳥や虫の鳴き声だけ。

五右衛門は隠形の術に入ったに違いない。

印を結んで結界を張り、周囲に同化して身を隠す技だ。

術に入った達人を見つけるのはまず不可能。

忍犬ですらも欺けた。


 五右衛門は木陰に座して印を結んでいた。

術に入ると時間の経過を忘れる。

安全を確保したと体感するまでは術が解けない。

目を閉じ、無心でいた。

落ち葉が頬に触れても身動ぎ一つしない。

 傍を狢が通りがかるが、双方共に存在に気付かない。

狢は兎の血の臭いに誘われたのだろう。

そちらに歩み寄った。

鼻先で兎を突っつく。


 暫くして術が解けた。

座したまま周囲の気配を探った。

安全と確信して始めて目を開けた。

五右衛門はここまでの自分を振り返って、その迂闊さを恥じた。

 腰を上げると後は早かった。

山道に戻って先を急いだ。

急いでも四方への警戒だけは怠らない。

幾度か迂回して、尾行の有無も確かめた。


 万全を期してから隣の山へ爪先を向けた。

そちらが当初からの目的地であった。

山道ではなく獣道を選んだ。

何度か抜けたことがあるので、枝道で迷うことはない。

奥へ、奥へと向かった。

足を止めたのは中腹の山小屋が見える木立の陰。

遠目に山小屋の様子を窺った。

無人のようだ。

 山小屋の周囲を迂回しながら伏兵の有無を確かめた。

潜んでいる者の気配が三つ。

それぞれが間隔を置いて辺りを監視していた。


 五右衛門は山道の方へ移動した。

三人以外に潜んでいる者がいないと確信し、

隠れていた場所から立ち上がった。

山道に出て、その全身を晒した。

飛んで来るのは三人の視線のみ。

やはり伏兵はなし。

警戒しながら山小屋へゆっくり歩いて行く。


 五右衛門を密かに警護していたヤマトも、

潜んでいた三人に気付いた。

本来なら排除すべきだが五右衛門が問題にしないので、

それに倣った。

潜んでいるのは三人だけで他に伏兵はなし。

 すると驚いたことに五右衛門が山道に全身を晒した。

堂々と山小屋へ歩いて行く。

ヤマトは草陰から草陰へと小走りで移動した。

目配りに油断はない。

いつ何時、敵の襲撃に遭っても対処出来るような態勢でいた。

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