(忍犬と忍者群)2
ヤマトは彼等を敵と見定めると、傾奇者の足下に歩み寄り、
無造作に腰を落とした。
傾奇者は苦笑いでヤマトを見下ろすが何も言わない。
五名が手前で足を止め、往来の真ん中に立つ傾奇者を睨み付けた。
商人が詰問した。
「お主、我等の邪魔をするのか、何者だ」
慶次は柄から手を離して彼等を堂々と見回した。
「天下の往来を狂った犬が駆けて来たので屠っただけのこと。
礼は無用」どこ吹く風。
血の気が多いのか、商人が素速く腰の後ろに手を回し、
脇差しを抜いた。
ヤマトの方がより早かった。
脇差しが抜かれた瞬間には跳んでいた。
其奴の右太腿を爪先で切り裂き、柄を握る手に噛み付き、
指の一本を噛み落とした。
商人は悲鳴を上げて転げまわる。
残った四名が次々に腰の後ろから脇差しを抜いて身構えた。
「我等は所司代の者、神妙にしろ」一人が叫ぶ。
慶次が応じた。
「どこからどう見ても悪党の類ではないか。
それが所司代の名を騙るか。
笑わせる。
閻魔大王に代わって裁いてやろう」
聞いた四名の目色が変わった。
互いに顔を見合わせると残忍そうな表情で慶次を取り囲む。
戦い慣れているようで油断はない。
ヤマトをも視界に捉え、慎重に輪を縮めて行く。
都大路で往来する人波を止めての睨み合い。
一方は傾奇者と黒猫。
もう一方は所司代の手の者と称する者達。
双方共に引く気なし。
なかでも所司代を自称する者達は、
一人が手傷を負わされているので余計に退き難い。
それに既に脇差しを抜いてしまった。
忍者といえど、衆人環視の中で抜いた刀は戻せない。
勝とうが負けようが血を流さずには終われない。
包囲の輪の中にいても前田慶次はジッとしていた。
野太刀の柄に手を添えているだけ。
悠然と相手に先手を譲っていた。
ヤマトも似たようなもの。
一人に手傷を負わせると慶次の足下に戻り、
再びチョコンと腰を落とした。
そして我関せずとばかりに、慶次の左の足首を甘噛みした。
「にゃ~ん」と鳴いた。
慶次とヤマトは内心で膠着状況を歓迎した。
時間さえ稼げれば、それだけ五右衛門が遠くへ逃げられる。
対して四名の方は焦っていた。
犠牲を出した上に、口が過ぎて所司代の名まで出してしまった。
加えて脇差しも抜いていた。
これ以上の下手は打てない。
挽回するには傾奇者と黒猫の首しかない。
少しずつ包囲の輪を縮めて行く。
四名共に刀術には自信を持っていた。
一人が囮になれば勝てると踏む。
その一人が間境を越えた。
気合いをかけ、背後より傾奇者を襲った。
それを合図に全員が動いた。
慶次が右に跳ぶ。
刀を抜くと半拍遅れるので素手のまま跳んだ。
右から来た奴が刀を振り下ろすより早く、その懐に入った。
掌底で顎をかち上げ、足を払った。
相手は朦朧としながら体勢を立て直そうとした。
慶次は其奴の顔面を蹴りつけた。
悲鳴と一緒に欠けた歯が飛ぶ。
ヤマトも跳んだ。
思い切り跳んで小柄な身体を宙に舞わせた。
左から来た奴の刃先を飛び越えると身体を翻して背後に回り込み、
爪を背中に突き入れた。
皮膚に爪を食い込ませたまま、
衣服ごと引き裂いて真っ直ぐに降りて行く。
猫の爪だから浅傷と言えるが、当人にとっては堪ったものではない。
爪の数だけ傷がある。
しかも長い。
甲高い悲鳴と噴出する鮮血。
ヤマトは相手の尻まで切り裂くと、
爪を抜いて離れた所にポンと降り立った。
視界の片隅では傾奇者が正面の忍者と斬り結んでいた。
打ち合う金属音、一合、二合。
そこでヤマトは残った一人に軸足を移した。
その者は傾奇者にするか黒猫にするか迷っていた。
ヤマトは、「ニャー」と一鳴き、相手に注意を喚起した。
望み通り相手の表情が一変した。
腰を落として脇差しを中段に構えた。
油断ない相手にヤマトは突進、跳ぶ。
相手も応じた。
宙にあるヤマトに切っ先を向けて、躊躇いのない鋭い突き。
ヤマトは刺される寸前、両の前足で切っ先をチョンと掴んだ。
真剣白刃取り、掴むと切っ先を軸にして前方へ一転、
峰にスッと乗り、トッと跳んで相手の右目に爪を突き入れた。
神速の早業、誰も正確には捉えていないだろう。
爪で深く抉って目玉を刳り貫いた。
異常な悲鳴が上がり鮮血が飛び散った。
跳んで離れようとしたヤマトも鮮血を浴びた。
しかし人の血ていどではヤマトを汚せない。
全身を覆う漆黒の艶々黒毛は一つの汚れも許さない。
ブルッと身震いして鮮血を弾き飛ばした。
近くでは慶次の戦いが続いていた。
優勢なのは慶次。
たんなる勝ち負けであれば、とうに終わっていた。
慶次はここが戦場ではなく町中なので綺麗に極めようとした。
傾奇者の意地。
野太刀を下段に構えジリジリと歩を進める。
押されるように相手も下がる。
相手は力量の差が分かるらしい。
それでも逃げない。
ヤマトは勝負を一瞥しただけ。
もうここには用がないとばかり、スッと踵を返した。
大路を駆け、辻を曲り、屋根の上に跳んで甍の波に乗った。
まるで一陣の風。
「にゃにゃ~ん、にゃん」




