優子と高志
ー1ー
『は、はじめまして。花野井優子です!』
会うなりそう言ってものすごい勢いで頭を下げた優子を見た渡辺は、
『初めましてじゃないよね。』
と言って苦笑いした。
『い、いえ。で、デートなんて初めてなんで!』
『そうなんだ。良かった。』
彼はそう言って優しい笑みを浮かべると、
『まずはゆっくり座って話そうか。』
と言って、お洒落な喫茶店へ案内した。
そこで話をするうちに、彼の名前は『渡辺高志』で、父親の会社を手伝いながら社会勉強をしているということが分かった。
年齢は23歳ということだから、優子より5つ歳上だ。
5つも歳上だと、優子の友達の中には『オジサン』というコもいるが、こんな素敵な人を見ても『オジサン』というだろうかと考え、優子はフフッと笑った。
『どうしたの?』
『いえ、なんでもありません。』
優子はあわててレモンスカッシュのグラスを両手で抱えて、ストローを口にくわえた。
そんな素振りが可愛くて、高志は目を細めた。
優子は一口飲むと聞いた。
『どんなお仕事されてるんですか?』
『僕もまだ詳しくは知らないんだ。商社で、海外から色々なものを買ったり売ったりしてるってこと位。』
高志はそう言って恥ずかしそうに頭をかいた。
優子はそんな高志の笑顔を素敵だなと思った。
『それであの……えっと、お願いしたやつ……』
『持ってきました!』
遠慮がちに言う高志に、優子はスケッチブックを差し出した。
デートのお誘いを受けたとき、高志から『出来れば君の絵を見せてもらえないかな?』とお願いされていたのだ。
『うわー、ありがとう。』
満面の笑みでスケッチブックを受け取った高志は、ワクワクしながら表紙を開いて息を飲んだ。
『すごい……』
そう言ったきり、一つ一つ丁寧に見ながらページをめくっていく。
子供のようにキラキラとした目で絵に見いっている高志の顔を、優子は幸せな顔で眺めていた。
長い時間二人は無言だったが、居心地の悪さなどは微塵も感じられず、端から見ても幸せな空気が漂っていた。
全て見終わった高志は『はぁ……』
と幸せそうに息を洩らし、
『これ、凄いですよ。』
と、目を輝かせて優子にうったえた。
優子は周りから誉められることは多かったが、高志のように目をキラキラさせて感動を伝えてもらったことはない。
だから、優子自身が『こんなに感動してもらえるんだ!』という感動を味わったのも初めてだった。
『ありがとうございます。』
二人は、お互いに目をキラキラさせながら、テーブルの上で手を取り合っていた。
それを見ていたウエイトレスがクスッと笑う。
ハッと我にかえった二人は、パッと手を離す。
『いや。あの……』
『ご、ごめんなさい。』
そして、そのあと二人して笑ってしまった。
『いや、でも本当に凄いですよ。』
『ありがとうございます。でも、渡辺さん子供みたいに喜んでくれるから、嬉しくて……』
『高志って呼んでもらえるとうれしいかな……』
恥ずかしそうにそう提案する高志に優子は好感を覚えた。
まだ先日会ったばかりで、初めてのデートなのに、高志の提案はとても素直に受け入れられた。
『じゃあ、私も優子で。』
そのあとの話で、高志は子供の頃から絵が好きで、両親にねだって良く美術館に連れていってもらったこと。またそういった絵画に限らず、イラストやアニメ、デッサンなど、様々な絵に興味を持ち、自分でも書いたりしてみたのだが、才能がないことに気付いて、もっぱら見ることに専念するようになったことを聞いた。
だからこそ、素晴らしい絵を描ける人を心から尊敬しているということだった。
二人は予定していた映画の上映時間近くまで色々と話をすると、映画を観てからその日は別れた。
もちろん、次に会う約束をして。
.




