優子と友子
ー1ー
『もう!忙しいったら、ないわ!』
優子は、6時間目の授業が終わると、教科書を鞄に詰め込みながら言った。
『しょうがないじゃないの。私達は受験生なんだから。』
隣の席の友子はそう言うと、サッサと教室を出ていってしまう。
『あ、待ってよ。ユウコ。』
友子は、中学生の頃から音読みでユウコと呼ばれている。
高校に進学して優子と同じクラスになってからは、ダブルユウコと呼ばれ、遠くから『ユウコ!』と呼ばれると二人が振り向くという現象は、もはや名物にさえなっていた。
優子はパタパタと友子の後を追って教室を出た。
バタバタと友子に追い付いた優子は、
『ねぇ、今日はあんみつ食べて帰るでしょ?』
と言って、友子の顔を斜め下から覗き見た。
優子が特別に背が低い訳ではなく、159センチと一般的なのだが、友子は男子の中にいても遜色ないくらいに背が高い。
もう少しで170cmに届きそうだった。
『なぁに?さっき忙しいって言ってなかった?』
『へへ~。実はそんなに忙しくないんだよねー。』
愛嬌のある笑いかたをする優子に、友子は『全く……』と言ってから、ガバッと首根っこを脇に抱えて、『かわいいやつめー。』と振り回した。
優子はジタバタしながら、『ヘルプ!ヘルプ!』と言っている。
今はもう引退したが、二人ともバレー部で、優子のセッターと友子のアタッカーはいいコンビだった。
チームは強くないのだが、二人のコンビプレイは目を引いた。
二人とも現役の頃はショートヘアーだったが、引退が近付くと優子は伸ばし始め、今では流行りの聖子ちゃんカットに。
友子は肩口までは伸ばしたが、比較的ショートをキープしている。
『ユウコはやっぱりお医者さんになるの?』
『そうね。お母さんみたいなカッコいい女医さん目指してたけど、最近はスポーツ医学もいいかなって。』
『あー、金子さんね。』
優子達のひとつ上の先輩でバレー部の部長だった金子恵。
大学へのバレー推薦も決まっていたのに、試合中の怪我が元で、選手を引退することになってしまった。
その時の先輩を見ていた部員達は、みんな心に傷を負ってしまった。
あんなに快活でキラキラとしていた金子先輩が、みるみるやつれていくさまは、見るに忍びなかった。
卒業する頃には、なんとか気持ちを切り替えて前向きに目標を決めたようだったが、以前の先輩を知っている優子達から見れば、あきらかに変わってしまっていた。
そんな先輩を目にして、友子はスポーツ医学に興味を持っていったのだ。
『優子は美大でしょ?』
『うん。』
『イラストレーターになるのが夢だもんね。』
昔から絵を描くのが好きだった優子は、バレー部の練習に明け暮れながらも、暇を見つけては絵を描いていた。
授業中に見つかって怒られることも何度かあったが、その絵を目にした先生は必ず感心していた。
『凄いじゃないか!』
『へへ~。』
『だが、今は授業中だ。これは没収な。』
と言って没収されて、後日返されるのがお決まりだった。
甘味喫茶に着いた二人は、お目当てのあんみつを頼む。
『久しぶりだなー。』
優子は、夏休みが終わり、部活を引退して受験に専念するようになってから、大好物のあんみつを自粛していたのだ。
『あんた、自粛するって言っても、一週間に一回が月に一回になっただけじゃない。』
『それは大変な自粛だよー。』
優子は泣き真似をして見せた。
『全く……、あ、そういえば、こないだのあの人どうなったの?』
友子に聞かれて優子はギクリとした。
『え?……なんの事?』
とぼけて見せる。
そんな優子に友子は懐疑的な眼差しを送る。
『あー、あんたまさかあんなかっこいい人と付き合いはじめて、黙ってるとかじゃないでしょうね?』
『ち、違うよ。ま、まだ付き合ってるとかじゃないし、一回映画に行っただけだもん!』
『やっぱり会ってるんじゃない!』
『あー、しまった~。』
優子は大袈裟に頭をかかえてみせた。
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