98. 移り変わる風景
東京都日野市:平山城址公園駅付近
「ただいま、チョリ」
穂香がそう言いながら扉を開くと、やはりロシアンブルーのチョリは玄関で待っていた。
すぐさま肩に飛び乗ってきてゴロゴロと鳴く。世界はひっくり返り、戦争が始まって色々なものが不足したりしたけど、チョリはまるでお構いなし。今年は冷夏なのか外は涼しめだけど、流石にちょっと暑苦しい。
ただ間もなく、チョリは異変を察した。彼にとっては見知らぬ存在が、視線の先にあったのだ。
「チョリ、お客さんだよ」
「へえ、これがチョリ君か」
玄関にいたもう1人、新しい彼氏のヒデ君――石田秀雄という近くの自動車工場の若手技術者だ――が微笑みかける。
猫カフェで知り合っただけに、猫の扱いはお手の物。チョリは警戒心をすぐさま解いたようで、抱きかかえられた状態からジャンプして、秀雄の方へと飛び乗る。
「あッ、酷くない?」
「元気いっぱいな猫さんだ。とにかくお邪魔します」
「今お茶淹れるから、リビングでチョリと遊んでて」
穂香はそう言って台所へと向かい、備蓄を確認する。
コーヒーを淹れたいところだけど、在庫は尽きたまま。配給がほぼ皆無なのだ。東南アジアからの輸入が再開したそうだけど、優先的に自衛隊や補助隊、その他関連企業に回されていて、家庭には滅多に回らない。
まあ仕方ない。穂香は少しばかり古びたティーバッグを取り出し、電気ケトルで湯を沸かし始める。
「ごめん、ちょっとテレビ点けていい?」
秀雄が唐突に尋ねてきて、
「研究室の恩師が緊急出演してるらしくってさ」
「凄いね。どうぞ」
「ありがとう」
秀雄はてきぱきとリモコンを操作し、動画投稿サイトを画面に映す。
小難しそうな会話が流れてくる。穂香はともかくも紅茶を淹れ、アイスティーにして盆に乗せて運んだ。「特異的時空間災害後の世界における知的資源保護・活用に関する緊急声明」なる、長ったらしいタイトルが画面に踊っていた。
「何か、ややこしい話してる」
彼女の部屋に上がって早々、真剣に中継を凝視している秀雄に、穂香はちょっと苦笑する。
それでも相当に高名らしい学者達の口振りから、分かることは多少あった。今の世界は根本的に不安定で、戦争が終わってもそれは変わらない。確かにそれはそうなんだろう。
「どうなっちゃうんだろうね、チョリ?」
新入りに構ってもらえなくなった愛猫に、穂香は問いかける。当然、にゃおという返事だけが返ってきた。
オアフ島:ワイキキビーチ
美しい夕陽と朱に染まる砂浜。有刺鉄線が所々放置されたままだが、実に明媚な風景だ。
そんな中に、あからさまな異物が混入していた。ヤシの木陰にゴザを敷き、ハゲ頭を煌かせながら熱心に読書などしているのは、オアフ島制圧の功労者たる辻大佐。戦争は未だ続いてはいるが、北米は自衛隊の担当で、彼が率いる機動第2旅団には休養が命じられている。端的に言うならば、やることがないからボーッとしているのだ。
加えて彼がパラパラ捲っている書籍の表紙でも見れば、珍妙を極めたような情景が両目に映し出される。
「辻旅団長殿、また何かを読まれているので?」
「うむ。色々と研究せねばならん」
「研究ですか」
辻の曾孫にあたる三原三佐は、どうにも訝しげな表情を浮かべた。
昭和の日本が沈没したり、首都が消えたり、自衛隊が戦国時代に飛ばされたりといった往年の名作SFも、傍らに積まれてはいたりする。しかし今辻が手にしているのは、PXで若い士や曹が手に取ることの多い小説の類だ。陸軍大佐がそんなものを真顔で乱読している姿には、どうにも違和感を覚えずにはいられない。
「参考になりますか、それ?」
「男が硬派なのはええが、その割に格好のはしたない女ばかり出てきよる」
「まあ、そうなりますか……」
「だがそこに目を瞑れば面白い。今俺が見ておる物の骨子は剣豪小説に冒険ダン吉を足したようなものだと理解した。それに皆、えらく妙なことを思い付くものだなともな」
そんな論評を口にしながら、辻は尚も速読を続け、
「加えて俺等はこの珍奇小説の如く、見知らぬ世界に放り出されたも同然だ。これからその事実を知ることとなる兵は300万とおる訳で、かくなる異常事態にあっても決して挫けることのなきよう、勇気づけてやらねばならぬ。その点、異界にあっても孤軍奮闘し一旗揚げ栄光を掴むといった筋書きは、思いの外琴線に触れるのではなかろうか」
「なるほど、それ故に研究と」
「うむ。内容に著者の経験や知識が活かされているものもあり、感心することこの上ない」
妙チクリンな柔軟性を発揮しつつ、辻は書籍を読み進めていった。
何故変な髪の色、目の色をした日本人がやたらと出てくるのだ、そんな疑問も時折漏れる。とはいえ対ソ講和の条件には、国際結婚の自由化といった内容が盛り込まれるという噂を三原は聞いていた。とすると人種論的に従来の日本人から乖離してしまうのは、この時代に取り残された将兵の子孫の方となる訳で、少々皮肉な話でもあった。
それでも曾祖父達は"皇軍"や"帝国"を再び築き上げ、新たな子孫に残すのだろう。あやふやな未来に思いを馳せていると、急に辻が立ち上がった。
「俺も書いてみたくなった。読めば読むほどに……物を書くのは楽しいのだろうという思いになる代物ではないか、これは。となれば原典にでもあたらねばならんな。三原少佐、折角だから付き合ってくれるな?」
「はは……」
曾祖父の突発的な思い付きに、正直戸惑う。
だがよくよく思い出してもみれば、『潜行三千里』は百万部を突破した押しも押されもせぬベストセラーだった。とすると案外、どうにかなってしまうのかもしれない。三原は自分で納得してしまった。
本土に帰り次第、資料集めに神保町にでも付き合わされそうだが、この勢いで自宅の本棚の奥底まで目を通されるよりは余程良いのだろう。
5ch系避難所:「タイムスリップ世界で日本がこの先生きのこるには その4 200-」
1 名前:避難所の名無しさん[sage] 投稿日:202X/08/13(水) 20:12:41 ID:P9KhK2ath
日本列島がタイムスリップすると同時にあの空襲に見舞われてからはや⑤ヶ月。
事態を把握してからの本邦による反攻も一段落どころか折返しまで到達した今日このごろ。
今や我々はこの世界に居座れることが明らかになりました。
しかし一切帰還の目処は経たず、またこの時代の諸国との関係も難しいところがあるわけです。
そんな訳で、天下国家から個人まで、どう振る舞うべきか、考えていきません?
この先生きのこる為に。
~中略~
200 名前:避難所の名無しさん[sage] 投稿日:202X/08/14(木) 18:31:09 ID:74n69euuN
この間の発表は見た?
政府は鎖国・自給自足体制の継続でいくしかないと覚悟を決めてるみたい。
次のタイムスリップがいつ起こるか分からない以上、妥当だとは感じる。
それはそうと、夜更ししていると無性に寂しくなったりすることがある。
自分が時間を吸われているのは勿論ストラテジーやRTSで、しばしば朝日とコンニチワすることになるわけ。
まあ、やっていると時折、もうこれのアプデは永遠にないんだなーという感情に襲われてつら……
遊べる状況が維持できてるだけ運はよかったと分かってはいるんだけれど。
201 名前:避難所の名無しさん[sage] 投稿日:202X/08/14(木) 18:38:26 ID:7HuH9ztTL
>>200
わかる。そこらへんのジャンルに加えて、俺の好きなSF系のは新規が全滅しとる!
日本だけだと漏れらみたいな物好きしかやらんわけで代替品開発は絶望的じゃん。ウツダシノウ……
202 名前:避難所の名無しさん[sage] 投稿日:202X/08/14(木) 18:40:31 ID:k2ygGdRrt
>>201
真面目な話、作るしかないかと。ライクなもの作ってたのは10年前に見たよ?(反応がなくて自然消滅したけど)
しかし、漏れ……ここは本当に令和のインターネッツでつか? つ練炭
203 名前:避難所の名無しさん[sage] 投稿日:202X/08/14(木) 18:41:55 ID:duS7UiTay
>>202
( ´∀`)< オマエモナー
>>200
戦略ゲーで思い出したが、こっちの周囲は、あの「戦争熱」は冷めてきた感触があるんだよな。
周辺の巨大な敵を概ね倒し終えて、作業ゲー感が出てきたやつに近いんだろうか?
確かに油断禁物だとは思うけど、米国すら瀕死の怪我人、英仏やソ連は無力化中。テキサス油田確保もまあ大丈夫だからそうなるよね。
204 名前:避難所の名無しさん[sage] 投稿日:202X/08/14(木) 18:49:01 ID:Btln0uWsa
>>203
戦争の作業ゲー感か……確かにそれはあるのかもしれないな。
実際この戦争の後、日本は史上最強の覇権国家として世界に君臨することになるだろうね。
80年分の技術格差というのは、現に戦況が示している通り、劣位側にとっては魔法にも等しいものだ。
その魔法を駆使すれば、作業ゲーも同然の国際秩序を構築できるのは間違いない。
だがそれがいったい何になるのか。俺達は真面目に考えるべきじゃないかな?
確かに政府の方針は実際的だし、当面そうする他ないと俺も思っている。だけどその先にあるのは、
魔法で世界中の国々に絶対服従を強いつつ、半ば停滞した時間の中で外との交流を拒絶し、
杞人の如く天の崩壊を憂う奇妙な国だ。
幾ら時空間災害があったとしても、流石にこの状態を維持し続けるのはどうかと思う。
何らかの形でこの世界と向き合えるよう、努めていく必要もあるだろうな。
205 名前:避難所の名無しさん[sage] 投稿日:202X/08/14(木) 18:55:41 ID:duS7UiTay
>>204
とはいってもどうするんだ?
時空間災害絡みじゃ最近、国家物体説なんてのも出てきたけど
206 名前:避難所の名無しさん[sage] 投稿日:202X/08/14(木) 19:01:21 ID:Btln0uWsa
>>205
国家物体説はほんと興味深いよね。
ただ貧弱で凡俗な頭脳しか持たない俺は、時空間災害の解明には役立てそうにない(´・_・`)
だから最近、俺は国家資格の勉強を始めたんだ。
資格取得までには筆記試験、小論文、面接、実技の4段階があるが、筆記試験はなんとか突破したよ。
いやはや全く、現代の情報通信技術には驚かされるな。
まあそれはともかくだ、この世界と向き合うための鍵は、今の子供達、これから生まれてくる子供達が、
握っていると思うんだ。いやもしかするとそのまた次の代かもしれないけど、きっといつかは、
この難題を解く運命を持った子供達が、必ず生まれてくるはずだ。
そんな可能性に満ちた次の世代のため、俺ができる献身とは何なのか。
そう自問自答しながら、日々勉学に勤しんでいる訳さ。未だ道は遠いのかもしれないが、
期待していてほしいところだな(`・ω・´)
207 名前:避難所の名無しさん[sage] 投稿日:202X/08/14(木) 19:04:47 ID:duS7UiTay
>>206
なるほど、未来に賭けるって訳か。
そう簡単に解明できる話でもないだろうしな。
しかしその国家資格って……
考えちゃだめだな、終わり、解散!
東京都渋谷区:総理大臣私邸
「あなた、お疲れ様」
「ああ、すまんな」
妻の蓮子が差し入れてくれた好物の和菓子を頬張りつつ、加藤総理は原稿を改めて目を通していく。
新たに御霊を祀ることとなった靖国神社への参拝、日本武道館で執り行われる全国戦没者追悼式への参列。それら関連行事を終えた後、尚も続いている戦争について、今後の展望について、国民に語りかける予定だった。
ただ終戦記念日という語は、微妙にその意味を変えていくのだろう。
それが指す日付は、3か月以内の何処かに移ろうものと思われた。米国にはそれ以上の戦争継続能力はないと見られていたし、低出力核爆弾の最初の1ダースがアラスカへと海上輸送されつつある。
あるいはそれは戦勝記念日となって、終戦記念日と同居する事態になるのだろうか?
「何にせよ、時代の変わり目か」
加藤は呟く。物理学的には、時代はとうに変わっていたとも。
そして戦争の如何にかかわらず、特異的時空間災害は続く。人の営みなど意に介さぬ、得体のしれないそれの中で、これまた物理学で定義可能な存在であるらしい国を、まだ暫くは導いていかねばならない。
「全く、分からんものだ」
「あなた、考え過ぎではなくて?」
蓮子が穏やかな笑みを浮かべ、
「皆のかけがえのない日常を取り戻す目途がついた、今はそれで十分じゃないかしら? それに今は分からないことだって、そのうち明らかになっていくはずよ」
「まあ、そうなるか」
加藤は朗らかに肯いた。
原稿には同種の内容が記載されており、その妥当性が愛妻によって証明された形となった。時系列は国内外で食い違ってしまいはしたが、それでも国民の日常の延長線上には、必ず希望が待っている。何時また足下がぐらつくか分からないとはいえ、そう信じて前へ進むことが重要だった。
「ああ、そうだ」
加藤は原稿のニュアンスを微修正しつつ、ふと思い立つ。
「随分先の話になるだろうが……世の中が幾分落ち着いたら、一緒に日本中を回ろうか」
日本国内で意識の変化が表れ始める第98話でした。
第99話は10月9日(金)~11日(日)辺りで更新の予定です。読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。
最近バタつき気味、連載ペース落ち気味で本当に申し訳ございません。
私もパラドゲー大好きです。主にHoI(未だに2DHで、4に移行しようかなと)とステラリスです。
特異的時空間災害なんてものが起こると、当然ですがこの辺のアップデートが一切停止してしまい、新製品も期待できなくなります。読者の皆様のうち、5割くらいはこの手のゲームに触れられているのではないかと勝手に推測しておりますが、そんな些細なところにも、影響は間違いなく出てきます。
ちなみにステラリスですとだいたい技術を上げて艦隊で殴れ! みたいなプレイが多いです。
そうすると技術差が一定以上になり、荒れ狂う浄化帝国を退治した辺り(2260-2290頃が多いですね)で、実際熱が冷めることが多いというか……。




