94. 矛先
ヴァージニア州リッチモンド:市街地
「ヒトラーは、ナチ党は、正しかった!」
「邪悪で悪辣な有色人種に死を!」
上記のような台詞を聞いたならば、21世紀の人間は眉を顰めることだろう。
だがそんな意味になる叫びが、混沌とした市街に反響していた。欧州から引き揚げてきた陸軍部隊に続き、米本土へと送られてきたドイツ人徴募兵が、数か月前まで信奉していた思想を性懲りもなく吹聴した結果だった。
しかも彼等の指揮官であり、ユダヤ人虐殺の悍ましさに震えたりしたはずの者達も、いつの間にかその色に染まっていた。
挙句の果ては、リッチモンドに居住する主にコーカソイド系の人間達までもが、トンデモ人種理論に同調してしまっていた。州の催した歓迎式典が、ナチとKKKが織りなす夢のコラボレーション会場となってしまったほどだ。
つまるところ日本列島に上陸して勝利するはずが、逆に米本土決戦という戦況に、誰もついていけていないのだ。
「裏切り者は1人も見逃すな」
「ジャップのスパイは殺処分してしまえ」
「最終的解決だ」
と口々に罵りながら、新設の民兵が盛んに銃撃するなどしていた。
市内のジャクソン・リード地区――解放奴隷が発展させてきた街だ――で大規模な反乱が勃発しようとしている。無許可反戦デモが伝言ゲームの果てにそんな扱いになり、治安維持命令を曲解した末の乱暴狼藉のため、市街は爆撃を受けてもいないのに廃墟になろうとしていた。
「俺が何をしたってんだ!」
「何お前クロンボの癖に英語喋ってんだよ!?」
理不尽な暴力への抗議を行った黒人青年が、囲まれて台尻で殴打される。
その少し向こう側では、デモ参加者が命からがら逃げ込んだ教会に、銀シャツの民兵達が手榴弾や火炎瓶を投げ込んでいた。そんなあり様だから雑多な火器や棒切れで反撃する者も現れ、それが火を見るより明らかな反乱の証拠となるという悪循環だ。
「あのガキども、やればできる子達だったのじゃあないか」
元武装親衛隊少佐だった男は、奇妙な果樹園になった街並みを眺めつつ呟く。
なお銀シャツの民兵について追記するなら、彼等は国家保安隊という名称の組織だった。英語で表記するならば、State Securityといった具合である。
アーカンソー州:ウォシタ国立森林公園上空
「2番機、投弾」
C-2機内にて、木原二尉が事務的な口調で報告する。
成層圏で開放されたランプ扉から、尻尾のようにせり出したスナイパー照準装置。彼が操作するそれは、僚機――今回のそれはP-1哨戒機だ――からリリースされたレーザーJDAM搭載のMk.82爆弾に座標情報を与え、その軌道を修正させていく。
そうして地表面へと達した爆弾は、やはり精確に目標を爆散させた。
21世紀の爆撃機はその精密攻撃能力故、単機で第二次大戦中の重爆撃機1000機相当の作戦能力を持つ。アメリカ空軍のさる将軍はそのように述べたが、C-2とP-1の混成爆撃隊もまた、かような能力をフルに発揮していた。
「全弾命中……目標の破壊を確認」
「よし、次行くぞ」
機長の水瀬三佐もまた、特に抑揚のない声で応じる。
そんな中、副操縦士の小堤二尉が、不思議そうな顔をしていることに気付いた。
「うん、どうかしたか?」
「いや、いいんですかねあれぶち壊しちゃって?」
小堤はそう尋ねてきた。
先程の攻撃で木っ端微塵に吹き飛んだもの、それはパイプラインの大規模送油施設であった。破裂した油送管から飛散した原油に盛大に火が付き、真っ黒な煙が濛々と立ち昇っている。
「日本に石油を運ぶ上で、障害になったりしません?」
「小堤二尉、あれはビッグインチ/リトルビッグインチパイプラインといって、東海岸に原油を送るためのものです」
木原二尉がすかさずツッコミを入れ、
「元々海路で油送していたのですが、Uボートの攻撃でタンカーが不足したため、急遽建設されたそうです」
「なるほど……油送を不可能にして、テキサスに溜まるしかなくなったものをいただくって寸法ですか」
「そうだ。ブリーフィングはちゃんと聞いておけよ」
水瀬は苦笑しながら言い、少しばかり思考を巡らせた。
西海岸諸都市の制圧は未だ完了していない、というより制圧する気があるのかよく分からないが、大規模な内陸侵攻作戦が準備されているという噂も流れていた。案外パナマ運河占領と並行して、テキサスまで打通するという内容になるのかもしれない。
「まあとにかく、次の目標を潰しにいくぞ」
「了解です」
水瀬達は身に余る思考を停止させ、眼前の任務に意識を集中させた。
とはいえもう少し思考を進めていたら、ロサンゼルスとニューオリンズとを結ぶ大陸横断鉄道に対しては、どうしてか攻撃が過小となっていることに気付いたかもしれない。
東京都千代田区:特許庁
特異的時空間災害の後も、滞った面があるとはいえ、出願や審査は通常通り行われた。
ただ特許庁の職員達には、ここにきて新たな業務が追加された。大昔に出願され、とっくに保護期限の切れた特許を、大急ぎで洗い出す仕事をしているのだ。
「この世界ではまだ出願されていない特許を、本来の出願日より先に出願してしまう」
業務の目的を端的に説明すると、上のような説明になる。
戦争が終結した後、全世界に対してこの特異的な特許攻勢を実施することで、実質無料かつ全く合法的に資源や物資を確保できるようにしつつ、技術開発や産業をコントロール下に置いてしまおうというのだ。併せて特許制度そのものをグローバルに改訂し、優位を固定化する狙いもあるという。
「いやはや、清々しいまでのチートだ」
審査官が呆れたような顔をしながら、デスクトップを操作する。
特許の元々の時代での評価と、昭和20年以後の世界における優位性を組み合わせ、どれを最優先とするかを定めているのだ。同時に権利者に対し、貴社はこれこれこういう特許を日本国外で保有できるといった内容のEメールを、片っ端から送っていく。国の指針が定まり次第、合同説明会を開く必要があるだろう。
なお外国人や外国企業のものについては、権利者が存在しない場合を含め、各臨時政府や世界知的所有権機構と調整中である。
「いったい何処の誰だろうな、こんなこと考えつく奴?」
「噂では、どっかの臨時政府が特許権の扱いについて協議を求めてきたのが発端らしい」
同僚が緑茶飲料を飲みながら答え、
「だが案外誰でも思い付くんじゃないかな。『タイムスリップ大戦争』の116ページ辺りに、そういうネタが書かれているし」
「あッ、言われてみれば」
審査官も記憶を辿り、納得する。
特にSF作家や本職の人間であれば、1度は思い付くような話だ。それを国家規模で組織的・計画的にやるだけである。
「しかしそうなると日本以外では技術開発は完全に停滞しそうだな。天才が頭を捻ってあれこれ考え、発明に至っても、我々が出す特許にひっくり返されてしまう訳だ」
「案外、そこが狙いかもよ」
同僚は少しばかり得意げに続ける。
「いい発明をしたのが誰かまで、明細書を見れば分かる訳だ。そういう地頭のいい人間を片端からヘッドハントしていけば、また別の発明をしてくれるだろうし……もしかしたら時空間災害の解明にも役立つかもしれない」
東京都千代田区:内閣府庁舎別館
米国において人種紛争が激化しつつあると、テレビ報道がなされていた。
黒人やユダヤ人、アジア人に対する暴力は元々存在し、ドイツ人徴募兵がやってきた辺りから手が付けられなくなったようだ。それをしたり顔のコメンテーターが、「米国の人種差別的後進性の証明」「米国とナチスは同根」などと批難している。
なお日系人収容所については――カリフォルニア州の例では、餓死者の山が放置されているというあり様だった。
「リッチモンドやアトランタでは、主に黒人が襲われているようで……」
「所詮、リトルトーキョーをブロンズヴィルに変えるような連中です」
国家安全保障局長たる大橋は、まるで興味ないとばかりに呟き、テレビの電源を落とした。
どちらが正式な名称であろうと、既に街そのものが存在していない。まず6月末の空襲で焼け落ち、現在は無人ブルドーザーが整地作業中なのだ。装甲車両はまともに作らぬ某社だが、本業の建機については申し分ないと評判だ。
それから机上のレポートを手に取り、読みかけだったそれに目を通していく。
少し前に始まった"米国占領円滑化プログラム"の中間報告で、新進気鋭の橋本准教授も著者に混ざっている。己が見識という歯をもって、内容を迅速かつ着実に咀嚼していると、なかなかに興味深い箇所が目に留まった。
「ほう……」
大橋は思わず唸り、該当箇所を丹念に読み解いていった。
戦略爆撃だけで敵国を降伏させることはできない。それは歴史的定説とされているが、戦時中の国民士気にのみ着目するべきでないという論旨で、むしろその効果は占領の段階になって表出するというのだ。
戦時中に士気崩壊が起きない理由。それは戦略爆撃が天災的であるが故の部分もあるが、まず身近な統治機構に求められる。
つまるところ皆が一致団結して戦っている以上、またそうでなければ総力戦など行い得ない以上、その段階では銃後の被害に対する憎悪は正常に敵の方を向く。政府や国家の無能を批難しようにも、敗北主義者として扱われるだけにもなる。
だがそれが降伏、占領といった段階になるとどうなるか。
失われた人命や財産に対する憎悪は解消されぬまま残り、かつ行き場を失い、最終的に被害の阻止に失敗した政府、国家に牙を剥く。この場合、身近な統治機構は占領軍に移っており、旧来の政府、国家への憎悪の表明に対するリスクは小さい。一方で占領軍は天災を自在に操る神格の如く見えるため、その暴威に進んで自ら組み入れんとする卑怯者も多く現れる。
かつてアメリカは日本と西ドイツでのみ円滑な占領統治を行い得たというが、それは戦中の戦略爆撃と無関係ではないと結ばれていた。
(なるほど……これは興味深い)
獰猛な肉食獣の如き眼光を浮かべつつ、大橋は22年前の戦争に関する議論を思い出した。
かつてハドソン研究所主催の研究会にて、「イラクでは焼夷弾爆撃も核攻撃も行われていないからテロが治まらない」と述べ、アメリカ軍の出席者を絶句させた人間がいた。宗派部族に対する無理解や国外からの武器やテロリストの流入という要素も当然あるとしても、それは冗談でも何でもなかったのかもしれない。
加えて幼き頃から猖獗を極めていた、悍ましき者達の存在をも記憶に蘇らせる。
占領軍の暴威に進んで自らを組み入れた卑怯者は、実際の歴史上に大勢存在した。日本はもう一度占領されればいいと無責任に放言する大人や、戦時中の反日映画に立脚して日本人の民族的欠陥を論おうとする輩が、公然と社会に存在していたことも記憶していた。というより、つい最近まで存在したと言うべきかもしれない。
それらに対する名状し難き違和感を、中間報告は見事に言語化しており、鬱陶しい霧が晴れたような気分になる。
(銃後を苛烈に攻撃すればするほど、戦後の占領統治は楽になると。そしてこの方法論を、米国占領を実施するにあたって、我々も踏めばいいと……ははは、大変に論旨明快です)
病的なまでの諧謔性を覚え、大橋は声に出して嗤った。
それからふと先程のテレビ番組が気になった。無益ならざる殺生とその後のため、利用できるものがまだあるのではないかとの考えに至ったのだ。
様々なものに矛先が向く第94話でした。割とえげつない内容かも……?
第95話は9月11日(金)更新予定の予定です。読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。
過去にタイムスリップしてしまった国家が、その差分の特許出願を活用するという内容は、本当に『タイムスリップ大戦争』に登場します。実際面白いので、興味ある方は是非ご一読を(ダイレクトマーケティング
またそれ以前に同じようなやり方をした小説あるのかな? とも思っておりますので、この辺詳しい方おられましたら、是非とも教えていただきたく……案外、H.G.ウェルズの頃からあるのかもしれませんが、国単位で未来特許を活用するとなると、本当に凶悪なことになってしまいます。




