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令和時獄変  作者: 青井孔雀
第7章 大東征
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90. 責務

カリフォルニア州ロサンゼルス:市街地



 低く唸るような重低音と、バキバキという木材の拉げる音が、砂煙の中から響いてくる。

 日本軍の工兵部隊が、すぐ近くまで迫っていた。強力な履帯を備えた大型ブルドーザーが、大馬力の機関を轟々と咆哮させて、廃屋からバラック、焼け残った家に至る何もかもを、構わずにぶち壊しまくっているのだ。


「奴等、街を更地にする気か……」


 即応陣地としたアパートメントの一角にて、バーンズ中尉は思わず息を呑む。

 敵の恐ろしさについては、身をもって理解していた。秘匿していたはずの戦車は全て空襲で失われ、中隊も散り散りになってしまった。元々理数系の学生であり、本職ではないとはいえ将校としての教育を受けた彼は、そこから自分達が相対しているものがどれほど圧倒的であるか、僅かながら計算できてしまってもいた。


 しかし――バーンズは軍人としての義務を諦めようとは思わなかった。

 出身はサクラメントではあるが、カリフォルニアは彼の故郷に違いない。それに上級司令部との連絡が困難な場合には、現有兵力をもって可能な限り抵抗を試みるようにと命令を受けてもいた。ならばここにあった生活や思い出、人生を守るべく戦い、祖国に貢献する他ないだろう。


「中尉サン、あいつらやべえですよ」


 偵察から戻ってきた中年親父のオルソンが、真っ青な顔で漏らす。

 彼に階級はなかった。というより軍籍があるのはバーンズとクレイトン上等兵のみで、残りはライフルで武装した市民ばかり。つまるところこれが現有兵力なのだ。


「見たんです、頑固者のボールドウィン爺さんが家の前で座り込んだのを」


 声は次第に震え出し、


「そしたらドーザーが、平然と爺さんを踏ん付けて……」


「なら猶更、ここで食い止めなければ」


 バーンズは厳然とした口調で返した。何より士気は保たねばならない。


「それで敵は何処だ? どっちに向かっている?」


「2ブロック先、真っ直ぐこっちに来ます」


「よし……総員、配置に着け」


 バーンズは有無を言わさず命じた。

 アパートメントのあちこちから近距離射撃を行い、敵を攪乱させ、その隙を突いて敵ブルドーザーに接近、ありったけの爆薬を投げ込む。それが彼の作戦だった。せめてバズーカの1発でもあればと思うが、現状これ以上の手は浮かばない。


「総員、配置に着きやした」


「クレイトン上等兵、準備はいいか?」


「はい、できてやす」


「オーケー、モダンタイムズの化け物を倒すぞ」


 自身を鼓舞するようにバーンズは意気込む。小便を済ませておいてよかったものだ。

 チャップリンの喜劇を醜悪に具現化したような非人間的破壊機械は、市街であったものを押し退けながら進撃し、遂に目視圏内に入った。禍々しいドーザーブレードが壁を砕き、柱を根こそぎにしている。


 直後、銃声が連続的に轟き、その車体に火花が次々と散った。

 ハッチから身を乗り出してはいないため、ライフル弾が直接の効果を持つ可能性は低い。それでも撃ち続け、敵兵の集中力を削げればいいと思った。実際、装甲に守られていても、撃たれるのは恐ろしい。


「よし、そのまま……えっ?」


 バーンズは目を疑った。敵ブルドーザーが急に後退していったのだ。

 民兵達はそれを見て喝采し、追い打ちとばかりのライフル射撃を継続する。しかし敵の反応は驚くほど迅速で、決して臆病のなせる業とは思えない。


(まさか……)


 本能的な恐怖の直後、脅威は実体化した。同時にバーンズ達は現実から弾き出されてもいた。

 直上で炸裂した複数の大口径榴弾により、即席陣地たるアパートメントごと切り裂かれてしまったのだ。


「敵拠点を破壊」


 数十キロ彼方では、そんな報告が淡々となされる。

 そして無人ブルドーザーは新たに無線信号を受信し、障害物の排除を再開した。20世紀半ばの人間にはウルトラモダンに過ぎるシステムは、祖国のため死んだ者と片付けるべき瓦礫とを区別しなかった。





茨城県東海村:原子力研究開発機構



「3……2……1……ゼロ」


 カウントダウン終了と同時に、大画面ディスプレイに映る風景が一気に明るくなった。

 地面を日の出の如く照らしたのは、言うまでもなく原子の閃光。複数種の高性能爆薬からなる爆縮レンズの精確な動作により、爆発装置中心部に据えられたプルトニウム塊が超臨界へと到達、ネズミ算式の核分裂反応を起こした結果だった。


 そうして高温高圧の巨大な火球が誕生し、その表面から生じた衝撃波が万物を薙ぎ倒していく。

 ビデオカメラが揺さぶられる頃には、カムチャッカ半島はクリュチェフスカヤ山麓に大きく毒々しいキノコ雲が形成されていた。成層圏に達しようとするそれの直下は、焼け焦げた荒野かガラス質の地表に変わっていることだろう。


「実験成功、やりました」


 主任研究員の赤城博士が、多少得意げに言う。


「出力は見たところ5kt前後、理論値通りです」


「一応、世界初の快挙か」


 田所部長もまた、一応の安堵を得たとばかりの態度で応じる。

 先程爆発したのは、原子炉級プルトニウムを用いた低出力核爆弾に他ならない。冷却が大変で中性子反射設計も面倒、通常の核兵器よりも重い上に出力が低いという馬鹿げた代物だが、貴重な兵器級プルトニウムを温存する目的で開発され、遂には実用化してしまったという訳だった。


「とはいえ、ちっぽけだな」


「たかだか5ktですから。そのうち5Mt級の実験も実施されるでしょう」


「いや、そうじゃない」


 田所はそう断ってから暫しの沈思黙考をし、


「この成功で、我々は何かになったかな?」


「我々はクソ野郎になった。ベインブリッジはそう呟いたそうですね」


 トリニティ実験に際しての言葉を引用しつつ、赤城は首を傾げる。

 なおベインブリッジは既に生きてはいないらしい。マンハッタン計画と一緒に爆発四散したのだ。


「一方で我々は……どうでしょうね、別段、何にもなっていないのではないかと」


「その通り。社会の要望に応え、少しばかり威力の大きい爆弾を作った。その程度で何かになれるなど傲慢の極みだ」


「だが、何かにならねばならないと?」


「最近少し思うことがあってな……」


 遥か遠方の一点を見つめるような面持ちで、田所は続ける。


「米国打倒が最重要であるのは間違いなく、場合によってはワシントンD.C.やニューヨークへの核攻撃も必要となるだろう。だがそれで時空間災害が解決するかね?」


「確かにそちらは全く手付かずで……ああ、なるほど」


 赤城は合点がいき、大きく肯いた。

 時空間災害という従来の常識を完璧に逸脱した現象を、何とか科学の範疇に落とし込むという本来的義務が、自分のような人間にはあるはずだった。言ってみれば神――宇宙法則を司る、一神教的なそれよりも遥かに超越的なもの――に対する挑戦であり、それと比べれば核実験の成功など、本当にちっぽけな話でしかなさそうだった。


 しかも何らかの形で解明がなされぬ限り、世界が突然作り替えられることへの恐怖と無縁ではいられない。

 昭和20年に突然投げ出されたと同時に、米軍と資源不足という極端かつ明白な脅威に奇襲されたが故、個人から国家機関に至るまでの全てが、目の前の戦争にひたすら集中することとなった。ある意味で現実逃避だったのかもしれなかった。だが資源供給に一定の目途が立ち、最終兵器を独占する態勢が整った以上、より根源的な問題を直視せざるを得なくなるだろう。


「とはいえまあ、小さな成功に喜びを見出すことも、重要かもしれん」


 田所は一転して破顔し、軽快な声でそう言った。


「実際、核武装という悲願が達成された。全く喜ばしいね」


「何ともあやふやですね」


「実際世界があやふやなんだ、仕方ないだろう」





東京都千代田区:靖国神社



 昇殿参拝を終えた山下奉文陸軍大将は、やはり拭い切れぬ違和感を覚えていた。

 フィリピンの戦いで男児の本懐を遂げたつわもの達について、報告すべく参ったのだが、二重に戦死した者があったり生きている者が祀られていたりで頭がおかしくなってしまう。記すべくもなく、山下は後者の代表的人物だった。


「いやはや、こりゃ参ったね」


「参って、参ったと」


 同行の岡村大将が玉砂利の上を歩きつつ冗談を言い、山下も苦笑する。しかし実際、誰もが困惑していた。

 靖国神社が令和の御代にも残っているのも、軍関係者以外立入禁止措置で静謐を保ってくれたのも、実際猛烈にありがたかった。しかし大鳥居を潜ったその時から、不可視の結界に阻まれているかのような気分でもあった。そうした抵抗の大元は、まさしく自分の魂なのかもしれないと思えてくる。


「ここに祀られている俺も」


 山下はフィリピンで刑場の露と消える本来の運命を思い出し、


「本物の俺よな」


「どちらも本物でしょう」


 岡村はそう肯いてから、生きた自身と対面を果たした者までいると付け加える。

 やはりどちら真なるものであるが故、混じり合うことができないのだ。実際この令和日本もどうしようもなく本物で、その圧倒的なる真実性がため、息が詰まりそうになってしまう。


「数奇に過ぎますよ」


「全くな」


 山下は息を吐き出しつつ、ふと緑溢れる桜並木の脇に視線をやる。

 令和時代らしい自動販売機や超未来的博物館が、どうしても目についてしまった。良い悪いの問題ではなく、令和時代にありふれた万物が、無慈悲な時間的な重みをもって圧し掛かってくるのだ。


 つまるところ靖国神社もまた、同じ日本でありながら決定的に異なる領域にあるのだ。

 しかし軍隊ばかりが取り残され、外地であるべき祖国の帰還を待たねばならぬ我等にとっても、靖国の存在は欠かせない。将兵が違和感なく参拝し、戦死した仲間と再会できる場がなければならない。朝鮮や台湾にも護国神社は確かにあるが、それら地域に縁のない者が大半であって――山下の脳裏に新たな案が浮上したのは、ちょうどそんな瞬間のことだった。


「靖国神社をもう1つ、何処かに建立できんかな」





東京都港区:アメリカ大使館



「日本は昨日、核実験に成功したそうね」


 臨時大統領たるパターソン女史は、消え入らんばかりの声で呟いた。

 大使であった頃と比べると、見る影もなく痩せこけている。それでも彼女は気丈で、責任感のある人物だった。閣僚となった職員の中には、既に変な思想に目覚めたり、この世から逃げ出してしまった者もいるのだから。


「さっき総理から直々に電話があったわ。核兵器の運用基準に関する協議が必要だから、要員を送って欲しいって……彼等、本当に使う気なのね」


「大統領、元々NBC兵器の使用の抑制までしか確約を得られておりません」


 臨時国防長官兼統合参謀本部議長たるファーゴ中将は、一切の感情を押し殺したかのような声で言う。


「あくまで、抑制です。必要とあれば躊躇しないという意味です」


「ああ、そうだったわね」


 パターソンは力なく俯き、少しばかり瞑目した。

 今こうしている間にも、祖国のあるはずの場所では、大勢が命を落としていることだろう。旅客機を改造した爆撃機が都市を焼き払い、自動運転車から派生した殺戮機械が市民を"民兵"として処理し、顔認識技術と組み合わされたレーザーが人々から視力を奪っていく。核兵器の有無に関係ない、本物の地獄がそこにあった。


「この状況で、どう義務を果たせというのかしら」


「大統領、まず我々の義務の及ぶ範囲を決定する必要があります」


 ファーゴは無表情に続け、


「考えられる1つ目の案は、我々はあくまで21世紀のアメリカ合衆国であり、この世界とは無関係であり続けるというものです。大使館を領土とする、10万の市民からなる国家として存続を図ります。もう1つの案が……」


「未来からやってきたクソッタレな売国奴となること?」


「ええ。ワシントンD.C.を急襲して政府中枢を掌握、対日降伏に導きます。時期としては近々発動予定のパナマ運河制圧作戦の直後となるでしょう。自衛隊は同盟国の軍隊と、保護下にある民間人を攻撃することはありません」


「無視するか自ら引導を渡しに行くか、その2つに1つという訳ね」


 パターソンはそう零した後、手渡された資料を一瞥する。

 残余の兵力をもって水陸両用艦隊を編成し、航空機による精密爆撃で現地守備隊を麻痺させた後、ヘリボーンでホワイトハウスや国会議事堂を電撃的に制圧する。要点をのみ追っていけば、概ねそんな内容が記されていた。

 だが暫くしてパターソンの視線は、ある画像に釘付けになった。


「何てこと……」


 運命を呪うような、あまりに悲痛な声が漏れる。

 画像は水陸両用艦隊の旗艦となるべき、排水量4万トン超の強襲揚陸艦のものだった。飛行甲板の先端と艦橋構造物に数字の6を描いた彼女は、その名を『アメリカ』といった。

おかしくなった世界でも、責務を果たそうと奮闘します。そしてその結果は如何に……?。

第91話は8月21日(金)更新予定の予定です。読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、本当に、本当にありがとうございます。

そして昨日は更新が滞ってしまい、誠に申し訳ございません。終戦記念日らしい内容も盛り込んでみたのですが、思い切り時期を逸する結果となってしまいました。


第二の靖国神社を作るというものですが、ちょっとここで頭を悩ませてもいました。

分霊では昭和20年3月10日以降に本来の歴史において戦死した方の御霊が祀られたままですし、さりとてバージョン管理システムではないので、英霊を昭和20年3月10日正子時点に戻すという訳にもいかなさそうです。そのため、戦没者の名簿を新たに集める(厚生労働省が保管しているものと時空間災害発生後のそれを組み合わせる?)ところからスタートする必要がありそうだ……と考えています。実体経済や軍事そのものにはあまり影響のない部分かもしれませんが、死者の扱いに関する問題は重要です。

なお戦中は靖国神社境内に鹵獲した敵国兵器を展示するといった催しがあったようです。案外、作中世界でもそうした催しが復活しているかもしれません。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ここの会話ですが話者は 山下「ここに祀られている俺も」 山下「本物の俺よな」 岡村「どちらも本物でしょう」 岡村「数奇に過ぎますよ」 山下「全くな」 となるのでしょうか? そうする…
[良い点] 第二靖国神社ですか。なかなか政治的に難しいとこではありますね。 2つの日本を繋ぎ止めるものの一つなだけに。 上手いこと共存して欲しいものです。 [気になる点] 生きてる兵士は健康な若者なだ…
[一言] 靖国神社なんてどうでも良いと思うけど 対アメリカはわかったけど アジアとかヨーロッパ情勢にも触れて 原発押し? 耐用年数来るし 燃料切れるし 再処理できないし ゴミ処理はアラスカにでも埋めレ…
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