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令和時獄変  作者: 青井孔雀
第7章 大東征
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88. ライフライン

カリフォルニア州ロングビーチ:港湾施設



「既にロングビーチ港の制圧は完了し……」


 滝原三曹の乗る自動車運搬船は、その埠頭に接岸したばかりだった。

 彼は上から4段目の甲板で待機しつつ、加藤総理の演説をぼんやりと聞いていた。


「今後、自衛隊は両港からカーン郡油田地帯へと至る経路を可及的速やかに確保いたします。その上で現地の鉄道路線、パイプライン等を復旧させ、日本本土への原油輸送を急ぐ予定で……」


「だそうだ。出番だな」


 数十センチ間隔で並べられた車両に向け、滝原は語りかける。

 民生の4WDのボディを剥ぎ、機関銃や擲弾発射器を取り付けたような代物が、数千両も積み込まれている。機械反乱軍と戦うハリウッド映画に登場する、凶悪な対人掃討マシンを大急ぎでデザインすると、実際こんな形になるのだろう。


「しかしクルマがこんな姿になるとは、世も末だぜ」


「末っていうか、ループものだろ」


 同じ車両整備中隊の瀬川三曹が軽口を叩く。


「まあ戦争は続いてるし、暫くは乗用車は作れも売れもしないし。何処も生き残るのに必死さ」


「ここで頑張ればその分、世の中が早く元通りになるか」


 滝原はそう肯き、かつての職場のことを思い出す。

 政府が徹底して企業倒産と解雇を防ぐ方針を打ち出しているため、未だ営業所に籍は残っている。とはいえ再び顧客にクルマを提案したり、クレーム対応をしたりする日は、まだまだ遠く離れているように思えてならない。


「とはいえ自動車産業って半分は輸出だ、その分どうするんだろうな?」


「経済が回せるようになったら、何かかしら振興策くらい出るだろう」


「それを期待するしかないか」


「あとあくまで噂だが、占領地の治安維持とかの用途に、こういう無人戦闘車両を積極活用する案が出てるらしい」


「本当に映画みたいだな……と、仕事の時間だ」


 直下の甲板での積出が終わったようで、程なく運搬船の移送ドライバー達が現れた。

 凄腕の彼等によって荷降ろされた車両群は、輸送路の警備や市街地に籠る敵の掃討に当たるらしい。クルマを愛する者には、何もかもが歪み切った光景にも思えるが、世界が根底から狂ってしまった以上致し方ない。


「ともかくも、よろしくお願いいたします」


 滝原はかつての日常をただ願いつつ、鍵を渡していった。





カリフォルニア州ロサンゼルス:高速道路



 点と線の戦場というと、あまりよい印象がないかもしれない。

 しかしそれぞれの点にテコでも動かぬ釘が打たれ、その間にピアノ線が張り巡らされていたならば、話も相当に変わってくる。線を遮断しようと試みる不届き者がいたとしても、逆にその者が切り身になってしまうだろう。


 実際、自衛隊はそんな戦術を採ろうとしていた。

 資源地帯に至る主要な鉄道路、幹線道路をまず打通し、後続部隊が両側数キロ圏を制圧。その内側にいる現住民を追い払い、邪魔な建築物を取り壊して射線を確保し、監視カメラや各種地雷、簡易誘導ロケット発射機、基幹自動銃ユニットなどを配置する。となればあとは侵入者を全員撃ち殺すだけの、誰でもできる簡単なリモートワークとなるという寸法だ。


 そして第71戦車連隊を中核とする戦車戦闘団こそ、ピアノ線を括り付けた超高速の矢だった。

 港湾が確保されるや否や上陸した強力無比な機甲部隊は、すぐさま攻勢準備を整えた。障害物、対戦車地雷対策のドーザーブレードを据え付けた10式戦車を先頭に、100両弱の現代装甲車両群が、廃墟と化した市街を突き進んでいく。


「空挺堡まで全速前進、減速厳禁だ」


 戦闘団を率いる矢田部修武一佐は、暴れ牛になれとばかりに命令する。

 しかし技量優秀で戦意旺盛な隊員達は、全力でそれに応えていた。それが最も合理的だと誰もが理解していたし、何より国民のかけがえのない生活を守ろうという気概に燃えていた。


 無論、落伍も多少は出る。戦車とは機械工学的な無理の多い製品だからだ。

 しかしその程度では衝力は衰えない。前方のビルが火点となっていたならば、即座に多目的榴弾で瓦礫に変える。バリケードが道を塞いでいたならば、ドーザーブレードでぶち壊す。対戦車戦闘も想定の内にあったが、大部分が空襲や艦砲射撃によって撃破されていたため、少数のM4やM26を一撃必殺した程度だ。


「まさしく日本版サンダーラン」


 82式指揮通信車の内で、幕僚がチョコ菓子で熱量補給しつつ零す。


「米本土でやるというのが皮肉ですが」


「あれは終点が都市だったが、こちらは始点が都市だ」


「ですね」


「それに相手は大戦中の軍隊で、共和国親衛隊より遥かに弱体。なら止まらず突き進むのが一番だ」


 突破と機動こそ戦車の本質。そう心中で反芻しつつ、矢田部もチョコ菓子に楊枝を突き刺す。

 それから部隊の現在位置からして、もうすぐ有名なハリウッドサインが見えそうだった。ただあの辺りには米軍が砲兵部隊を置いていた関係で、集中的な砲爆撃が行われたため、1文字も残っていないかもしれない。


(まあどっちにしろ、記念撮影してる暇などあるまい)


 案外とミーハーな思考を遮断した時、新たな報告が飛んでくる。


「連隊長、前方路上に避難民多数」


「避難民?」


「はい、先程から無人ヘリで警告しておりますが、退去に応じません」


「ふむ……」


 矢田部は何故今になってと思ったが、人間の動きは予測困難なものに違いない。

 とはいえその排除のため進軍を遅らせるという発想は、国際法が一切無効化していることもあり、さっぱり湧いてこなかった。国民保護派遣で赴いた東京下町には、大勢の犠牲者と同じように、弟夫婦の亡骸も理不尽に横たわってもいた。それを踏まえればどうなろうと因果応報であろうし、化石燃料輸送路の確保は至上命題だ。

 加えて憲法に武装の権利が記されている国柄だから、民間人とて銃撃してこないとは限らない。


「LRAD、音量最大で退去を警告」


 長距離音響装置の使用を矢田部は指示し、


「それでどかなければ後退中の民兵だ。そのまま進め、減速厳禁」


「了解」


 特に躊躇のない応答。「道を開けろ、さもないと道にする」といった内容の警告が、大音量で投射される。

 とはいえその効力は限定的だった。仕方なしに"後退中の民兵"に機銃弾を浴びせかけ、逃げ遅れた者や死体をドーザーブレードで弾き飛ばす。老若男女の無数の悲鳴と怒声、様々な形態の断末魔が地獄めいて響いたが、装甲車両の内側にそんなものは届かない。


「全速前進、減速厳禁だ」


 矢田部はそう繰り返す。とはいえ果肉入りトマトジュースを盛大にぶちまけたような路上を、スリップせぬよう安全運転で、戦車戦闘団は突き進んでいく。

 ともかくも今日のうちにサンタクララ辺りまで突破し、その辺りで小休止を取らせたいところだった。


「それにしても」


 暫くして、幕僚が面倒臭そうに口を開いた。


「車両の掃除が大変になりそうですね」





兵庫県神戸市:六甲アイランド



「おッ、始まったぞ」


 駅や商業施設に集まっていた観客が、ワッと沸き返った。

 というのも目の前の港湾で、ディーゼル機関車の積込が始まったからだ。近くにある川崎重工業の兵庫工場で改軌されたそれが、鉄道車両輸送用のRORO船にゆっくりと格納されていく。


 北米内陸での物資輸送については、パイプラインで運搬可能な化石燃料を除けば、基本的に貨物列車が頼りとなる。

 そのため国内貨物便に最低限必要なそれを除いた車両が搔き集められ、JR貨物の会社組織をそのまま自衛隊に転属させる形で、鉄道連隊が幾つも編成された。その主力となるディーゼル機関車は、まさに期待の星に違いない。


「頼もしいわ」


「早く資源を運んできて欲しいな」


「ご安全にな!」


 歓声が次々と上がり、大勢が手にした日の丸が波打つ。胃袋に直結した一体感に満ちた光景だった。

 もっとも例外とは常にあるものだ。アジア鉄道人材を目指して日本企業の研修生となり、時空間災害のため天涯孤独の身となったエミリオは、RORO船で出航する同じ立場の友人の見送りのためこの場に来ていた。

 そして表面上はともかくも、熱狂する日本人の様子を何処か醒めたような目で眺めてもいた。


「何だろうな」


 エミリオはタガログ語で小さく呟く。

 危機的状況に陥った集団が、疑似家族的な温かい繋がりを構築しつつ、生存のため手段を選ばなくなっていく。就職したての頃、時空間の彼方に消えた母国でそんな内容のドラマを見たことが、何気なく思い出された。


 実際、目の前に広がっているのは、それを何百万倍に拡張した世界かもしれない。

 しかも偶然巻き添えを食らった自分達には、異常な環境に適合してしまった国家に依存する以外、生き永らえる道は残されていなかった。それが神の御心に沿っているのか否か、沿っていなかったとしてどうすべきなのか、何一つとして分からない。


「あのドラマ、最終シーズンが今年だったのか」


 タイトルをスマートフォンで検索した結果がそれで、軽い溜息が漏れる。

 そうすると周囲の日本人達がやってきて、どうかしましたかと英語で声をかけてくる。そうした会話の中で鉄道関係者であることを明かすと、近く北米に出征するものとの勘違いが巻き起こり、見当違いな感謝の言葉が飛んできた。


(しかし実際、そうするべきかもな)


 エミリオはそう思った。現世利益は物凄くありそうだった。

 更に考えてもみれば、神は日本国という政治的共同体を選定し、時空間を超越せしめたのだ。とすれば日本は本当に神国で、天皇はキリストの化身で、そのための奉仕こそ信仰となるのかもしれない。





ニューメキシコ州:ベレン近郊



 10代の少年の目にも、誰も彼もが混乱しているように見えていた。

 それでもどうにか疎開先が決まり、そこへ向けての列車移動が始まったことに、ジョン少年は安堵していた。ベーカーズフィールドでは危険だということで、コロラド州の遠い親戚の許へと赴くことになりはしたが、目的地がないよりはマシだった。


「兄ちゃん、お尻が痛い」


 ガタゴトと揺れる列車の中、妹のジェニーが訴える。


「もう嫌だよ」


「ほら、もうじき次の街」


 ジョンは車窓の外を指差し、ニッコリと微笑んでみせる。

 空は既に真っ暗だったが、ちょうど荒涼とした大地の一角に、薄ぼんやりとした明かりが見え始めていた。


「今日はあそこで一泊、だからもう少し我慢な」


「うん」


 妹のジェニーもまた、純粋に嬉しそうな声を上げる。

 そこはベレンという田舎町だった。兄妹を含む何百という疎開児童は、そこでまた目的地ごとに分かれ、それぞれ次の列車を待つこととなる。ジョンとジェニーが向かうはコロラド州はプエブロだが、本来なら4日前に到着しているはずで、また暫く待ちぼうけを食らうこととなるのかもしれない。


(まあ仕方ない、何せ……)


 ジョンはそこで思考を急停止させ、ゴクリと唾を呑み込んだ。

 戦争について想像してはいけなかった。母を突然奪い、父をも消息不明にせしめたそれは、既存の概念では決して言い表すことのできぬ無貌の怪物に違いない。僅かでもその概念が脳裏を過ぎれば、たちまち深淵の狂気が蠢き出す。


(そうだ、ええと……)


 思考を上書きせんとするも、一度こびり付いたものは剥ぎ落し難い。

 恐怖と焦燥が怒涛となって押し寄せ、鋭利な高周波が耳を劈く。悍ましい寒気が背筋を貫通する。どうにかそれらを振り払わんと視線を移ろわせれば、ジェニーの怯えた顔が飛び込んできた。


「兄ちゃん、何あれ?」


「えっ……?」


 咄嗟に窓の外を一瞥し、何かが急降下してくるのを目撃した。

 明らかに敵対的なそれは、先頭の蒸気機関車に向かっていて、何が起こるかは直感的に理解できた。


「空襲だ、皆伏せろ!」


 ジョンは渾身の力を込めて絶叫し、ジェニーとともに手で頭を覆う。

 猛烈な衝撃。甲高い悲鳴。嫌悪感を催す音を盛大に撒き散らした末に客車は停止し、激痛に泣き叫ぶ幼き声が無数に重なった。


「ああ……」


 どうにか身を起こしたジョンは、それを耳にして恐怖に震えた。

 かの無貌の怪物が、自分を含めた何百万もの生命、運命を弦にして、病的な音楽を奏で出したように思えたのだ。

第88話ではライフラインの構築に向け、様々な人々が動き出します。

第89話は8月10日(月)更新予定の予定です。読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。


生存には環境に適応することが重要で、その結果として価値観も大きく揺らいでいきます。

そのような形で精神構造を変えていくことと、環境の大規模変動にもかかわらず既存の価値観を保ち続けるのでは、果たしてどちらが狂っているのか? という気もしてきます。


なお作中のアジア鉄道人材、元ネタはJR東日本がやっている取り組みを参考にしたもので、実際にベトナムやビルマから研修生を受け入れているようです。

そんな形で訪日していた方も、このような話では巻き添えになってしまいそうです。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] なんか、この兄妹から漂う「火垂るの墓感」が。
[気になる点] 在日米軍の兵士達の中に、自衛隊の外国人部隊に編入を希望した者がいたと書いてあったので、米国占領の際にそうした兵士が占領統治をするのか気になりますね [一言] 次回も楽しみにしています!…
[良い点] 敵国民を大量殺戮したことよりも車体の汚れを気にするとか、段々と感覚が麻痺していっていますね。悪人正機と言うべきか、被害者と加害者の立場が入れ替わり、見方も考え方もこうも変わってしまうものか…
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