86. 米本土強襲
ワシントン州:レーニア山麓上空
「ドラグーン01から各機、攻撃を開始する」
F-2Aの小隊を率いる歴戦の久保田三佐は、交戦空域に達するなり宣言した。
破壊すべき目標は移動中の自動車化歩兵部隊。シアトル都市圏の防衛力を増強すべく、国道10号――現在の州間高速90号線――を進んでいたそれらは、セオリー通り昼間移動を控えてはいた。だがそうした努力をもってしても、上空2万メートル近くに滞空する無人偵察機の電子の眼から逃れることはできなかった。
無論のことF-2Aが備えるスナイパー照準装置にも、山林に潜む車両群の姿はくっきりと映し出されている。
「投下!」
LJDAM対応のMk.82爆弾が次々とリリースされ、全弾が正常に目標を捕捉した。
擬装網を被るなどしていたM4中戦車やらT968トラックやらが、直撃を食らってバラバラになる。恐るべき死神は将兵の練度とは全く無関係に、しかし階級とは高い相関をもって飛来し、事前の警戒などまるでできなかった彼等の中枢を刈り取った。
そのように第一撃を成功させたF-2Aの編隊は、航過して暫くしたところで反転し、更なる追撃へと移行する。
再び地面が連続的に振動し、茂る大樹が暴風に揺さ振られる。工業製品は使い道のない残骸に、人間は物言わぬ死体に早変わり。生命までは失わずに済んだ者の呻きが合わさって、怨霊の叫びの如く木霊する。
当然ながらそうした地上の叫喚は、上空を亜音速飛行するF-2Aの機内には届かない。
「ライジンよりドラグーン各機、よくやった」
「どうということはない」
「だろうな。帰投を許可する」
「了解。これより帰投する」
恐るべき迎撃機も執拗な対空砲火もない爆撃任務は完了し、久保田は機首を北西へと向けた。
バンクーバー島上空で空中給油を受けた後、アラスカへと直帰する。出撃の際に用いたクイーンシャーロット諸島のマセット飛行場は、離着陸の度にヒヤヒヤする短さの滑走路と待機所という名のプレハブ小屋があるだけで、ゆっくりコーヒーを飲むことすらままならない。
それに比べれば、同僚でソシャゲ狂いの川越三佐が嘆いていたりもするが、エルメンドルフ基地は天国だ。
(デブリーフィングを終えたら、基地の茶店でエスプレッソでも飲むか)
久保田はそんなことを考えつつ、ふと眼下の濛々たる黒煙を目にする。
それは盛大な爆撃を食らったシアトル市街から伸びており、今も時折、地表に閃光が走ったりしている。明媚なピージェット湾には海上自衛隊の護衛艦や改装艦が割り込んでいて、尚も艦砲射撃を行っているようだった。
(そういえばあの茶店、発祥はシアトルだったっけ)
屯する予定の外資系コーヒーチェーンについて、久保田はふと思い出す。
その1号店の開業は今から54年前、もしくは26年後のはずだった。だがこの世界のシアトルから、かのコーヒーチェーンが世界に羽ばたくことはないだろう。
ワシントン州ポートエンジェルス:港湾
焼け焦げた市街にあって、港湾施設だけは無傷に近い状態だった。
無論それは自衛隊が同港を活用し、部隊を展開させるためだ。ポートエンジェルス湾内には自衛隊によって運航されている高速フェリー『ナッチャンWorld』が停泊しており、暫くして最も大きな桟橋に向かった彼女は、不慣れながらも慎重な操船でもって、どうにか接岸を果たした。
そうしてランプが降ろされ、車両が下船し始める。
積載されていたのは10式戦車や89式装甲戦闘車、87式自走高射機関砲など。数は合計十数両と随分コンパクトではあるが、この時代の如何なる堅陣をも突破し得る、高初速ライフル弾の如き機甲部隊だ。
「さあ、米本土上陸だ」
10式戦車の車長を務める串本曹長は、なかなか元気のよい声で言う。
「普段通り、落ち着いて進めよう」
「了解」
「頼んだぞ」
串本は楽しげに言い、ハッチから身を乗り出した。
目視確認は重要であるし、陸の空気も吸い込みたいところだった。サイパン、アラスカと転戦し、遂には米本土へと足を踏み入れた訳だが、実のところ船旅は未だ不得手なのだ。
だが浮かれていたのもつかの間、串本の顔は途端に険しくなる。
「ああ、そうか」
鼻孔を刺激するものに、諦めに似た呟きが漏れた。
磯の香に硝煙、焼け焦げた諸々の臭気。かつて車体にこびり付いていた、眉を顰めたくなる異臭。それらが混ざり合った大気が充満していて、10式戦車が超信地旋回を終えて陸地へと進み始めると、その気配も強まっていく。
「戦場に、やってきたんだな」
「ええ、戦場です。油断せずいきます」
よく考えるまでもない発言に、若い操縦士が意気込んだ。
目の前には先に上陸した連中とAAV-7などがあって、その向こうには街の焼死体が広がっている。自衛隊は人命尊重だから、敵兵が潜む可能性のある建物を軒並み耕したのだ。
「ここはお国のため戦うのみか」
串本は平坦な口調で呟き、気を引き締めた。
実際その機会はすぐにやってきた。港から西南西3キロに位置する陸軍飛行場への突入命令が下り、部隊は履帯を唸らせて進撃を開始した。
ワシントン州エバレット:ペイン陸軍航空基地
栄光ある陸軍第101空挺師団は、穴倉に籠るモグラも同然の存在となっていた。
日本軍の反攻を受けて4月末に欧州戦線から引き抜かれ、突然陥落したアラスカの奪還を行うべくこの地に展開したのだが、彼等を青空へと運ぶ輸送機は終ぞ現れなかった。代わって命じられたのは無期限の現地死守で、徴発した建機を用いて塹壕や退避壕を掘るなどし、そこに逼塞することとなったのだ。
誇り高き空挺を軽歩兵扱いする心算かと、師団長を含めた誰もが憤ったのは言うまでもない。
だがそうした判断の妥当性を、ニコルソン大尉は真っ暗な壕内で実感した。
突然現れた敵はシアトル一帯を滅茶苦茶に破壊し、更には師団の指揮系統をも完膚なきまでに叩きのめしていった。高級将校が片端から爆殺されたため、彼は今や連隊長に繰り上げられており、しかも任を果たせそうにもない。熾烈な艦砲射撃のお陰で部隊が全く掌握できず、師団どころか中隊や小隊といった単位で、個々に現地死守をする他ない状態に陥っていたのだ。
(糞ッ、これでは嬲り殺しだ)
歯軋りするニコルソンの脳裏に、哀れに泣き叫ぶ鷲の姿が浮かんだ。
首に縄をくくられ、その端を持った悪ガキに、好き放題に痛めつけられている。スクリーミングイーグルスという師団の愛称が、最悪なまでに皮肉に聞こえてならない。
「ん……?」
「何だ?」
精兵達は変化を察知し、ニコルソンもまた同様だった。
艦砲射撃が幾分遠のき、キーンと甲高い音が響く。塹壕の陰に潜んでいた幾人かの勇士が、すわ爆撃かと直上の夜空を見上げる。彼等は機影や爆弾とは異なる、だがあるべからざるものを発見し、すぐに警報を発した。
「連隊長、敵の空挺攻撃です!」
「何、本当か?」
「間違いありません!」
「分かった、迎撃急げ!」
ニコルソンは大声で命令し、荒くれ者達が駆け出す。
敵襲を知らせる信号弾が、闇を掃う照明弾が打ち上げられる。閃光が大きく開いた落下傘の幾つかを照らし、そのうちの1つが集中砲火に破られ、懸吊されていた何らかの車両が地面に墜落する。だが開傘高度が低かったのか対応が遅きに失したのか、先鋒は既に滑走路上に降着してしまっている。
しかもそれらは着陸するや否や戦闘行動へと移行し、熾烈で正確な銃撃でもって空挺を襲撃し始めた。
「あがッ!」
「撃ってきやがった!」
「怯むな、撃ち返せ!」
負けじと怒鳴りつつ、ニコルソンは敵の正体を探らんとした。
それらは乗用自動車ほどの大きさで、主武装は車体後部に据えられた機関銃であるらしい。だが夜目を利かせてつぶさに観察するにつれ、驚愕の事実が明らかになっていく。
「な、何だありゃあ」
「ば、化け物……」
銃声と悲鳴が反響し、火線が交錯する中に、驚異と恐怖の交錯した声が混ざる。
敵性車両の運転席と思しき辺りに座っている何者かは、異様に大きな両目をギラリと赤く輝かせていた。その輪郭は狂気じみた曲線で、神を冒涜するかのような不変の微笑みを、純白の顔面に貼り付けている。更には邪教の呪術師の如く両手を振り回し、この世にあるべからざる暗黒の神を権現させようと目論んでいるかのようだった。
そしてその圧倒的なまでの非人間性は、認識のすぐ後に示された。
味方の銃撃を受けて頭蓋が半分吹き飛んだにもかかわらず、悍ましいそれは表情を一切変えなかったのだ。文字通り血も涙も感覚もない敵は、正確無比に益荒男達を肉塊に変えていっていて、眼前の光景から現実感が剥離し始める。
「畜生、こんなのありかよ!」
ニコルソンは今にも泣き出さんばかりの声で零した。
それでも彼は何とか正気を保って継戦し、荒鷲もまた精兵に違いなかった。常識を甚だしく逸脱した敵を相手に全力で奮戦し、千単位の犠牲を払いながらも、航空基地に降下した24両の敵性車両全てを自爆に追い込むことに成功したのだ。
ただ結果的にはその全てが徒花だった。シアトル一帯の戦局に対する寄与は皆無で、勇猛で知られる第101空挺師団もまた、再開された艦砲射撃に磨り潰されてしまったのだから。
なお自衛隊はこの人的損耗のない戦闘で、基幹自動銃ユニットは完全自律戦闘可能との評価を下した。
ワシントンD.C.:ホワイトハウス
「ど、どういうことなんだ……!?」
ワシントン州一帯との通信がほぼ途絶したとの報告に、トルーマン大統領は気を喪いそうになった。
大規模な空襲が始まったとの警報は幾らか寄せられたが、それを送信してきた局はことごとく壊滅。辛うじて残存している系統はパニックに陥っていて、もはや現地で何が起こっているのか知る術もない。
拳を振り上げて殴りかかろうとしたら、突然肘から先が消滅した。いわばそんな状況だった。
「大統領、まず間違いなく日本軍です」
顔面蒼白のスティムソン陸軍長官が断定し、
「既に上陸を開始しているものと見られます」
「奴等は攻勢限界に達したのではなかったのか……?」
「やはり欺瞞だったのかもしれません」
「糞ッ……!」
歯軋りの音が響く。顎の感覚がほぼ消滅していた。
周囲に怒りをぶつけようにも、ハワイを攻勢限界点と判断したのは、他でもない自分だった。そう信じて戦力を西海岸に集めさせたはいいが、航空化学戦部隊を含めて全てが瞬く間に壊滅し、遂には神聖なる国土までが侵略されようとしている。
しかも宇宙的脅威を未だ味方に留めている日本軍は、既存の尺度で決して測り得ぬ、とかく得体の知れぬ存在に違いなかった。
思い返せばアラスカの戦いでも、敵情はほとんど得られていなかった。合衆国軍は敵の規模や用いている兵器、戦術について理解する間もなく消滅し、偵察が成立しないが故に反撃の糸口すら掴めない。甚大な犠牲と引き換えに打撃を与えたかにみえたサンフランシスコ沖航空戦も、この分では全くの空振りだった可能性も高い。
(まさしく悪魔の軍団だ……)
トルーマンは病的なまでに悍ましき現実に震え、その精神に弱気が浮かび上がった。
実のところ既に、単純な損得勘定だけで言うならばだが、かの屈辱的講和条件を飲むより遥かに大きな損害を合衆国は被っている。本土が戦場となったならば――既になっている公算が高いが――損害は雪ダルマ式に増大するだろう。
ここ数か月で生じた100万超の犠牲者の魂が寄り集まり、病的に囁きかけてくるかのような悪寒に全身が震えた。
「いや、そんなことはあってはならん!」
トルーマンは顔を歪ませ、敗北主義を打ち消さんと声を荒げる。
世界に冠たる合衆国が敗北するなど、絶対にあってはならない。矛を収めるにしても、敵を太平洋に叩き落してからでなければならない。そうした確信を得、唐突な怒声に戸惑う部下を見据える。
「スティムソン君、どうするべきだね?」
「ええ……予定通り、既に迎撃作戦が遂行され始めているでしょう」
理不尽を堪えるような口調でスティムソンは続ける。
「西海岸の地上部隊は基本的に、指揮系統の途絶を前提とした迎撃陣を敷いております。固守部隊はその場をアラモ砦と思って最後の一兵まで戦い、反撃部隊は近隣で地上戦があり次第、磁石に吸い付く砂鉄のようにそこへと突撃する。航空戦力も残存していれば、同様の攻撃を実施……凄まじく非効率的で原始的、しかし現状では考え得る最上。本当にクソッタレな作戦です」
「ああ、それが本来の作戦だったな……」
トルーマンは陰鬱な呼吸をしつつ、将兵の武運を神に祈った。
1人の将軍が功績を得るため、1万人の兵が死んだ。そんな諺が中国古典にあった気がするが、今回の迎撃作戦では100万単位の兵が骨と変わるのではとの危惧に、精神がえらく苛まれる。とはいえ是が非でも敵を追い落とさねばならないし、地上戦は結局のところ人間同士の戦いとなるはずだから、勝機もあるだろうとも思っていた。
だがその直後、かような認識を嘲笑うかのように、驚愕の報告が齎される。
「大統領、カリフォルニア州南部との交信が途絶しました!」
第86話ではシアトル一帯に戦線が広がり、バージョンアップされたハッピー君(?)も大暴れでした。
第87話は7月31日(金)更新予定の予定です。読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。
第101空挺師団"Screaming Eagles"。英和辞典でscreamを引いてみると、鋭い音を立ててカッ飛ぶみたいな意味が出てきます。wikipediaなどでは単に叫ぶ鷲と直訳されていますが、何せ空挺部隊ですから、こちらのニュアンスもあるのかな? と少々疑問に思っています。この辺詳しい方おられましたら、是非ご教示いただきたく。
まあ間違っても、作中でわざと誤用してみたような、泣き叫ぶとか悲鳴を上げるといったニュアンスだけは入っていないと思うのですが。




