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令和時獄変  作者: 青井孔雀
第6章 前哨戦
84/126

84. D-デイ

アラスカ準州アンカレッジ:フォート・リチャードソン



 北米方面隊総監にして『神武』統合任務部隊指揮官たる間宮陸将の下には、あらゆる情報が集約される。

 耳をすませば、隣接するエルメンドルフ航空基地から引っ切りなしに離陸していく大型機の轟音が聞こえてくる。作戦開始時刻に合わせるべく全力を尽くした整備隊員と、突貫工事で滑走路拡張を行った施設隊の労が偲ばれた。これから暫くは休む暇もないほど忙しくなりそうだが、本当に休めずにいると作戦が破綻するので、上手く回していかねばならない。


 それから目を上向かせると、巨大なスクリーンに映し出された作戦状況図が視界に飛び込んできて、今まさに動き出した一大作戦の、空前絶後のスケールに圧倒された。

 第一撃目の航空攻撃には、当然の如く自衛隊の総力が投じられている。カムチャッカを離陸した特設爆撃隊は北太平洋上空を進行中で、エルメンドルフからもC-2やP-1を中心とする部隊が発進していく。戦闘機隊は何とか間に合ったクイーンシャーロット島の飛行場にて燃料補給を受け、出撃の時を待っている。

 そしてそれら全てに先行するのが、反転し再び西海岸沖に向かった"第一艦隊"から射出される数千もの自爆無人機群だ。


「第1航空隊、離陸完了しました」


「第404飛行隊、空中給油ポイントに到達」


「第201飛行隊、出撃準備完了」


 報告が飛び交う。米軍による妨害を考慮する必要がないだけあって、全てが順調なようだった。

 もっともB-767Bが既に1機、エンジン不調のため引き返している。作戦遂行への影響は皆無だが、強引な改修と用途外利用の合わせ技は、やはりかなり大きな負担であるのだろう。

 だが今は多少の無理をしてでも、北米各地に存在する軍事目標を、完膚なきまでに叩きのめさなければならない。


「全く遠慮会釈ない、贅沢な陣容だ」


 間宮が嘆息しながら言う。


「国内は経済統制で喘いでいるというのに、これほどとはな」


「経済統制なんてしないで済むようにするための作戦ですから」


 幕僚長が期待に胸を膨らませつつ回答し、


「加えて莫大な民需と比べれば、防衛に用いている燃料やエネルギー、工業生産力など、その1%あるかないかでしかありません」


「長らくGDPの1%でやってきたからな」


「ええ。それを一時的に10倍に増やすことで、放っておけば壊死する民需を回復させられるなら、何とも割のいい賭けでしょう」


「うん、確かに大変割のいい賭けだ」


 幕僚長の説明に肯きつつ、もう少し状況が違っていたならばと間宮は反実仮想する。

 例えば特異的時空間災害で日本が飛ばされる先が昭和16年だったり、あるいはサイパンに駐留していた米国海兵隊とルーズベルト前大統領が木っ端微塵にぶち壊してくれた『ピース・メイカー』作戦が成功裏に終わるなりしていたら、果たして状況はどう変化していただろうか。資源供給の確約のない平和など百害あって一利なく、それまで通りの生活水準の維持という自然的権利から戦争に至りはしたかもしれないが、ここまで苛烈で絶滅的なものとなったかは分からない。


 だが先行研究の代表たる『タイムスリップ大戦争』においても、米本土上陸は決行され、ワシントンD.C.に対する原爆攻撃も実施されていた。更に思い出してもみれば、死者が2000万人を上回ったという行もあった。

 そのように考えてみると、かの作品において本当にサラッとしか触れられなかった記述が、異様なまでのリアリティをもって具象化したのが現実なのかもしれない。


(まあ、今更何を言っても詮無きことか)


 間宮は思考をそこで中断させ、改めてスクリーンを見上げた。

 北太平洋を中心とする地図の上をゆっくりと進んでいくのは、数千トン分の弾頭を北米各地に命中させ得る機械の猛禽。その後ろに控えるは、陽動を含め4か所への着上陸戦を敢行せんとする水陸両用艦隊。その行動を阻害し得る軍などこの世界にはなく、煌きと魔術的な美をまとって対峙せんとする連合国将兵は、巨大なフードプロセッサに放り込まれた惨殺死体へと変わっていく。

 小学生か中学生かの頃、社会科見学でネギトロの製造工程を見た記憶があるが、実際あんな具合だろう。


「ともかくも、国民あっての自衛隊だ。その期待にしっかり応えよう」


 間宮はそう言いつつ、妻子の待つ家庭を思い出す。

 どうも子育てが上手くいかなかったのか、長男はジャズだかロックだかの夢を未だに追っているし、長女も儲けてはいるのだが"貴腐人"なる名状し難き存在になってしまった。理解できるのは防衛医大志望の次男くらいで、幾らか苦笑が漏れてしまう。


 だがそれもまたかけがえのない日常に他ならず、間宮は改めて己が使命を噛み締めた。

 そしてその直後、"第一艦隊"が自爆無人機の射出を始めたとの報告が入った。1億2000万の日常を取り戻すための戦い、その本番が、幕を開けようとしていた。





モンタナ州:ロウロ国立森林公園上空



「戦争が片付いたら、私達ってどうなるんでしょう?」


 ロッキー山脈近傍を叩くべく、漆黒の空を飛翔するB-747A。そのコクピットで、副パイロットの天野二尉が尋ねてくる。


「その、戦争が片付いちゃったら、爆撃機ってそんなにいらないと思うんです」


「確かにそうね……」


 何で敵国上空でとは思ったが、案外と厄介な話かもしれないと機長の斎田三佐も思う。

 自分達が機体ごと自衛隊に転籍することとなったのは、空前の国難に際しては滅私奉公だという社長の演説も多少は正しいのだろうが、要は旅客も航空貨物もお先が真っ暗どころかブラックホールだったためだ。


 しかも更に悪いことに、戦争が終わろうと航空需要の回復は暫く見込めなさそうだった。

 特異的時空間災害の正体が未だまるで掴めていないことから、世論は極めて閉鎖的というか、鎖国的な傾向を強めていた。外の世界からは必要な資源だけを確保し、かつ段階的に対外依存度を低下させていくべき。巷に溢れる主張はかような具合で、実際政府もその方向で動くのではと囁かれている。

 そんな状況では海外旅行なんてもっての他。不要不急の出国時には、やたら誓約書を書かされるに違いない。


「うちは貨物だからまだマシかもしれないけど」


「でも旅客便のパイロットとか、どっと押し寄せてきますよ」


「うん、そこが厄介よね……」


 斎田はちょっと首を傾げ、また少し思案し始めた。

 今後自衛隊が海外拠点を幾つか築くかもしれないが、そこへの貨物輸送業務だけで会社が成り立つかは分からない。それにあの日、時空の彼方へと消えてしまった幾名かの同僚のことを思うと、こうして空を飛んでいること自体恐ろしくもなる。

 とすれば自衛隊に居残りを目指すしかないのだろうか。これまた民間航空の給与を前提に生活設計をしていた分をどうするかなど、あれこれ思考が渦巻いてくる。


「まあ、今あれこれ考えても仕方ないわ」


 それに作戦空域も近い。斎田は自身を諭すような口調で言う。

 将来のことを心配するより、目の前にある課題を着実にこなしていく。これまでそうやって生きてきて、幼い頃からの夢を叶えたのではなかったか。


「ともかくもこの作戦をしっかりやりましょう。それでもって恩給を国庫からふんだくるの」


「あ、いいですね不労所得」


「私達、救国の英雄ですもの。それくらい請求してもバチは当たらないわよ」





カリフォルニア州ロサンゼルス:ロサンゼルス空港



 変わり果てた市街の惨状を見た者は皆、棍棒で打擲されたかのような衝撃を受けた。

 一帯は本物の焼け野原となっていて、無事な建物が見つけられそうにもない。人為的な山火事によって人口150万の繁栄の全てが灰燼に帰し、どうにか生き延びるも逃げる宛のない者達が、黒焦げの廃材で建てたボロ小屋に佇むなどしている。治安や衛生といった面では最悪という他なく、様々な怨嗟の声と銃声とが入り混じり、地獄絵図もさながらだった。


 そしてそうであるが故、爆撃機乗り達は憎悪と戦意を滾らせていた。

 邪悪なる敵を真珠湾において殲滅し、人類もどきを浄化する聖戦の先駆けとならん。メイン州の秘密基地を離陸し、給油のためこの地に降り立った彼等は、そうした強烈なる意志を等しく抱いていた。エプロンにズラリと並んだB-29による片道航空作戦を、どれほどの犠牲を払おうとも成功させる心算だった。

 加えて彼等の心的熱量に相応しい新兵器が、B-29の爆弾槽には積み込まれていた。


「つまり奴等が硫黄島で用いた兵器で、俺達もやり返してやるという訳よ」


 欧州帰りの陸軍大尉が、焼け落ちた後に最低限修復された食堂にて、何とも誇らしげな面持ちで言う。

 敵はアレクサンドロス人由来の強力な対空兵器を有しており、サンフランシスコ沖で戦ったパイロットの9割が未帰還となった。今回の戦いで自分も戦死するかもしれないが、それでも彼はこの上なく意気軒高だった。


「ドイツっぽどもが後生大事に抱え、使いもしなかった超強力な毒ガス。これを食らえばジャップどももイチコロ、ひっくり返ったゴキブリみたいに動かなくなるって寸法さ」


「疑問なんすが、何でドイツっぽども、使わなかったんすかね?」


 そんな質問が仲間の内から飛んでくる。


「あのやくざなジェット機に積めば、とんでもねえ被害が出たかも」


「ううん、難しい質問だ」


 大尉は顎に手を当て、歴史や噂話を幾つか思い出し、


「ヒトラーの野郎は前の戦争でガスで負傷したそうだ。だから怖くて使えなかったんだろう」


「とすれば、そこだけはチョビ髭野郎に感謝すね」


「違いねえ。あいつがユダヤ人じゃなく、黄色人種が敵と正しく考えてくれてりゃ……」


 耳聡い大尉は妙な音を察知し、そこで喋るのを止めた。

 何処か異質な、奇怪な羽音のようなものが、徐々に大きくなっていく。連絡の遅れや手違いで前触れもなく味方がやってくることもあるが、それとは決定的な違いがあるように思えた。


「何でえ、この音は?」


「嫌な予感しかしないんだが……」


「ああ、やばくねえか?」


 狼狽が場に広がり、大勢の視線があちこちを彷徨う。

 次の瞬間、それらは一点に釘付けとなった。サリンやタブンといったドイツ製の化学兵器を抱えたB-29の列線上で、次から次へと爆発が起こったのだ。


「な、何てこった!」


 事態は最悪そのもので、誰もが顔面蒼白となって逃げ惑う。

 だが大量流出した有毒気体は彼等の無防備な身に迫り、ことごとくその神経を侵蝕していった。ひっくり返ったゴキブリのように動かなくなったのは、長広舌を振るっていた大尉達だった。





カリフォルニア州サンフランシスコ:市街地



「ミスター、私何もしていないあるよ」


「黙れこの類人猿野郎! お前等以外の誰があの爆弾を誘導したってんだ!」


「そ、そんな……」


 チャイナタウンから引き摺り出された料理人や苦力が、暴徒によって強かに殴りつけられる。

 このところ中華系の住民は、散々援助を受けたはずの蒋介石がさっさと日本に降伏してしまったこともあり、あからさまな敵意を向けられるようになっていた。例えば新聞の朝刊を配達しに回れば、家々を嗅ぎ回るスパイとして撃ち殺されるといったあり様で、彼等が苦労して構えたはずの飯店や漢方薬販売店は、軒並み廃墟と化している。

 しかも今朝はサンフランシスコ湾一帯が滅茶苦茶な爆撃を受け、それを幇助したという濡れ衣を重ね着させられているのだ。


「アイヤー、本当に何も知らないあるよ」


「この野郎、強情だな!」


「殴れ殴れ!」


 空襲で気の触れた連中は、とかく見境なく有色人種を暴行しまくる。

 元々大して持ち合わせてもいない冷静さは、もはや全力で投げ捨てられたと言うべき状況だ。しかも財布の中身や身に着けている装飾品を強奪するのも万国共通で、治安を守るべき警察も別段動こうとしない。


 そしてそんな混沌を突くように、横断できなくなったゴールデンゲートブリッジを、1隻の不審船舶が通過せんとする。

 敵艦のサンフランシスコ湾侵入を阻むべく建設された沿岸要塞は、最新鋭の16インチ砲台を含めた大半が既に吹き飛ばされていたが、何とか生き延びていた数門が射撃を行う。しかしその砲術は稚拙という他なく、不審船舶は悠々と航行し続ける。沿岸作戦用の軽量艦艇もあるはずだったが、何故かまるで役立たずになっていた。


「ところでボス、あれ何なんでしょうか?」


「あん? どれのことだ?」


 物理的に消滅した新聞社の元編集長にして現やくざ者の親玉は、振り上げた血塗れの腕を止め、これまた元社員な部下の指さす方へと目を向けた。

 先程の不審船舶が、案外と排水量のありそうなそれが、ノースビーチの辺りに乗り上げんとばかりに迫ってきていた。その形状は紙面に掲載したことのある客船や貨物船、軍の輸送船のどれとも違っていて、親玉は妙な寒気を覚えた。


「まさか……」


 言い終わらぬうちに視界を焼かんばかりの閃光が走り、万物を粉砕せんばかりの衝撃波が押し寄せた。

 やくざ者の親玉に三下極まりないその部下達、哀れな中華系の料理人、私的暴力行為を遠巻きに眺める者達。大掛かりな兵器の前に、彼等は皆平等に価値がなく、揃って己が死を認識する前に爆殺された。


「無人在来船爆弾、命中」


 やたら景気のよい楽曲の流れる室内では、かような報告がなされていたが、それを知る米国人など存在するはずもなかった。

第84話では遂に『神武』作戦が始動します。第6章はここまでとなります。

新章突入となる第85話は……今のところ7月21日(火)頃に更新予定の予定です。ご期待いただいているところ大変申し訳ございませんが、流石にストックが枯渇してしまった状態での連載では品質保証がし難い面も出てきそうですので、この機に一旦、小休止とさせていただければ幸いです。

そして読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、本当に、本当にありがとうございます。


次回以降の第7章では、『神武』作戦が本格化していきます。またあまりにも異質な自然災害に見舞われた国家や組織、一般国民が、本来あるべからざる世界をどう判断し、将来に繋げていくか。それも重大なテーマとなっていく予定です。

そうした社会が有する様々な局面に関する描写について、お楽しみいただけるのであれば、これに勝る喜びはございません。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] B-29に搭載されていた化学兵器が漏れたみたいですけど、今後の作戦に影響がありそうですね。 [一言] 中国方面は蒋介石が降伏した事で、恐らくは日本の傀儡国家である汪兆銘政権の陳公博氏が…
[良い点] 無人在来『船』爆弾……宇宙で大戦争するかシンなるゴジラに突っ込む気か……でも強そう。 [一言] いいぞ、もっとやれ
[一言] BGMはドレミファ ミソレソですね、猛ります
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