82. 混戦
オアフ島:エワビーチ
どうにも米軍同士が相討っているかのような光景が広がっていた。
フィリピン沖で鹵獲され旭日旗を掲げることとなった戦車揚陸艦が次々と砂浜に突っ込み、観音開きになった艦首の門扉から、これまた日の丸を描いたM4中戦車が上陸していく。追記するならば、一部の艦が撃ちまくっている30㎜機関砲は、未来の米軍が制式採用している代物であったりもする。
「よゥし、揚がれ揚がれ!」
「好機は今ぞ!」
鬨の声を張り上げ、機動第2旅団の将兵が駆けていく。
先鋒たる彼等の上陸を阻むものはなかった。水際の抵抗陣地もあるにはあったが、令和の火力支援艦によって滅茶苦茶に叩かれたが故か、さほどの脅威とはなっていない。例によって米国製の水陸両用トラクターが幾らか、対戦車砲や地雷、M1バズーカによって破壊されはしたが、迅速な反撃でそれらも沈黙させている。
残りは機関砲弾をドッと叩き込み、戦車を突っ込ませれば散り散りになる程度の敵だけだった。
しかもオアフ島の上空には、竹トンボの親戚みたいなラジコン機が五月蠅く飛んでいた。
何でもそれらは高感度のカメラと強力な無線装置を備えた偵察機であり、敵を見つけ次第座標を送信しているとのこと。確率論を無視したような艦砲射撃が行われているのもそれが故で、何らかの拠点を見つけたのか、オアフ島中腹に向けて大口径砲弾や自爆無人機が飛翔していったりしている。
硫黄島で栗林中将がやったような、揚陸したところを叩く戦法も、それによって返り討ちにしてしまったくらいだ。
「全く、順調で何より」
多少血に染まった浜へと降り立った辻大佐は、少々拍子抜けしたような声で呟く。
米軍は水際阻止を放棄したと曾孫の三原三佐が言っていたが、全くそれは正しかったようだ。
「だが急がねばならぬ」
辻はおもむろに無線機を取り出す。傍受は不可能、発信源特定も困難という優れものだ。
「第4連隊、そちらはどうだ?」
「今のところ、敵に目立った動きはありません。火力支援様々です」
すかさず元気のいい応答があった。
機動第4連隊は昨晩のうちに全部隊がオアフ島南西のカヘ・ポイント付近から隠密上陸し、山間部を健脚でもって踏破した後、先遣隊で収容所解放の功あった第8中隊と合流している。令和式武装をしているとはいえ、全く大したものだった。
ただ第4連隊は連隊と名は付いているが、員数は300に満たない。それを何より考慮する必要があった。
「とはいえ依然敵中に孤立したままで」
第4連隊長がなかなかに楽しげに言い、
「元捕虜のうちすぐ戦えるのは100名程度、何もかも足りません」
「孤立有援だ、すぐそちらに向かう。それまで頑張ってくれ」
力いっぱい激励し、無線交信を終えた。
そうして有言実行できるよう、辻は改めて脳裏に地図を思い浮かべる。ホノウリウリ収容所は上陸地点から直線距離で10キロほど内陸に位置しており、途中に厄介な敵の抵抗線が存在する。沖の艦艇がその辺りを今も叩いてくれてはいるが、どれほど精度に優れていたとしても、砲撃だけで陣地を全て吹き飛ばせると考えるべきではない。
(だが――あれは防げまい)
辻は揚陸艦から降りてくるものを眺め、その頼もしさにニヤリとした。
たった4両しか装備していない74式戦車で、第2機動旅団の秘密兵器の1つに違いなかった。74式戦車を軸にM4中戦車やM3半装軌車を組み合わせて突っ込ませれば、容易に敵陣に穴を穿つこともできるだろう。
加えて兵隊いらずの装甲ブルドーザーだとか無限軌道の遠隔機関砲車だとか、変テコだが便利そうな装備も続々降りてくる。
「よし、いっちょやったるか」
辻は大いに意気込み、自衛隊のお古な指揮通信車へと向かった。
言うまでもなく率先垂範のためだった。陸軍将校となって以来、常に自分はそうしてきたのだ。それに新鋭兵器を装備した兵団で敵中突破し、味方の救援を行うという功を、別の人間に譲れるはずもなかった。
オアフ島:エワ
「な、何だありゃあ……」
台風のような鉄の雨が止んだと思ったら、見たこともない戦車が砂煙の中から現れた。
この辺の陣地で最先任になってしまったコーネル中尉の声が、少々上ずったことから分かる通り、そいつは見るからに強そうだった。上手く言語化できないが、これまで見慣れた敵味方の戦車とは、何かが根本的に違うような気がした。
そしてその直感が正しいことは、すぐに証明された。
宇宙人のものらしい新型戦車は滅茶苦茶になった畑に停止すると、射撃を行ってきた。この距離で何をと思ったのもつかの間、車体を地面に埋めて遮蔽しておいたM4中戦車が、次から次へと爆発四散してしまったのだ。
「冗談だろ……」
「畜生、チビっちまった」
何人かの兵が悲鳴を上げる。そうなるのも当然の状況だろう。
だがここで挫けてはいけない、コーネルは自らにそう言い聞かせる。ウエストポイントで習った通り、指揮官は常に冷静であることが大事だ。それに高校を出たばかりの兵隊も、親父と同じくらいの軍曹も、皆俺を見ているんだ。
「中尉殿、ご覧ください」
「ん……!?」
生き残った中隊曹長から双眼鏡を渡されたコーネルは、その指し示す方向へとレンズを向ける。
すると希望的な驚きがあった。どうにか恐怖を抑制したコーネルは、曹長の助けもあって、努力に見合う成果を得た。
「おお、宇宙人の戦車はほんの少しだ!」
無論その"ほんの少し"が、自分達にとって何よりの脅威であるのは言うまでもない。
だが実際、新型戦車の大群が押し寄せてくると思いきや、その数は案外と少なかった。しかも後ろに控えている車両のかなりの割合が、味方のものと同じM4中戦車だった。
であれば命を懸けてでも、その撃滅を狙う価値はある。大勢の仲間がそれで救われるのだから。
「よし、何としてでもあれを倒すぞ……」
コーネルは大きく深呼吸し、信号銃を強く握る。
「予定通り、距離500で射撃開始だ!」
太平洋:オアフ島南西20キロ
猛烈な射撃で旧軍を支援する火力支援艦『さかわ』には、専用ゴーグルを被った一団も乗り組んでいた。
源内プロジェクトで採用された基幹自動銃ユニットの試験の一環という訳だった。試しているのは建機の車体に機関砲やらセンサーやらを取り付けたもので、ガンガン進んでいく辻支隊の後をついていっている。
ついでに言うと、オペレータはほぼ状況を観察するだけだった。
以前は遠隔操縦だったが、元々は自動運転やら自動射撃やらのが前提のシステムに他ならない。肝心かなめのソフトウェアアップデートが完了したため、それがきちんと機能するか確認しているのだ。
「案外、大丈夫そうですね」
専用ゴーグルのオペレータが、器用にジュースを飲みながら言う。
基幹自動銃ユニットは先程、敵兵の逼塞する極めて視界劣悪な空間において、多大な戦果を挙げていた。なお画面に映し出される敵兵は醜悪な鬼みたいなものに変換されていて、これもまた源内プロジェクトの成果の1つ。
「それとミリ波レーダーと煙幕の組み合わせ、結構効くと思います」
「言われてみれば、その通りだよな」
チームの主任も興味深げに肯く。
これまでは可視光や赤外線領域で敵兵を抽出していたため、煙幕を展開されるなどした場合、画像処理が困難になるという問題があった。そこで最近人間の検出も可能になった車載ミリ波レーダーを試してみたところ、逆に煙幕を攻性的に利用できるかもしれないと分かったのだ。
つまるところ煙幕で敵の視界を遮りつつ、その影響をほぼ受けぬミリ波レーダーで索敵を行い、射撃するという寸法だ。
「まあ完全に近距離用ですし、IFFみたいなのない限り、敵味方の識別も困難ですけど」
「いや、そこはいいんじゃないか?」
主任はそう言ってから少し考え、続けた。
「市街地に敵が籠って困るとか、そういう状況も今後出てくるだろう」
オアフ島:スコフィールドバラックス
ハワイ地区防衛の責任者たるロバート・リチャードソン陸軍中将は、何とかまだ生きながらえていた。
とはいえ任を全うする自信は徐々に打ち砕かれ始めていた。隠しておいたはずの航空機や砲兵、戦車などが、次から次へと吹き飛ばされてしまっているのだ。そのため予定を少しばかり早め、先程敵橋頭保に対して残存火力を総動員した反撃を実施したが、これまた僅かな打撃と引き換えに壊滅してしまったらしい。
(どうすべきだ……?)
暗い指揮壕の中、リチャードソンは顔を歪ませ唸る。
恐らく兵力という点では、未だ敵に対して優位ではあるのだろう。だが制空権は論外で、重装備もかなり失ってしまっている。多少の戦闘車両と歩兵装備だけでは、穴蔵や山林に籠っての防衛戦闘がやっとで、いずれアレクサンドロス人の超兵器によって磨り潰されてしまうだろう。
であるならばせめて希望が欲しい、リチャードソンは切にそう願った。
太平洋艦隊が消滅し、本土が空襲を受けている状況で、増援など期待できるべくもない。しかし自分達のオアフ島における奮戦が、将来的な反攻の一助となるのであれば、ここで死力を尽くして戦うことができる。
そして意識が真っ暗闇でさまよう中、突如として光明が差し込んできた。
「中将、ジャップどもは我々の揚陸艦だけでなく、M4中戦車も使っています」
息を切らした伝令から情報を受け取った参謀長が、驚くべきことを口にする。
「更にはハーフトラックやジープ、バズーカまで」
「何、確かか?」
「はい、間違いないと」
衝撃的報告を受けたリチャードソンは、こびり付いた弱気を吹き飛ばし、電撃の如く思考を巡らせる。
とにかく不可解極まりなかった。恐らくフィリピンか何処かで輸送船ごと鹵獲されたものに違いないが、何故それらを装備しているのかが分からない。敵はアレクサンドロス人の作りし超重爆撃機や超重戦車を保有しているはずで――もしや、何らかの理由で供給が細まっているのではないか?
「つまり敵の新兵器の品切れは近い……これは大変重要な情報だ」
「中将もそう思われますか?」
「奴等は運命に見限られつつある。だからハワイを攻め落とし、アラスカとハワイの線で持久を図る心算だろう」
リチャードソンはそう結論付け、更に自らの感覚を研ぎ澄ませる。
ともかくも反攻に必要不可欠な情報であるから、是が非でも伝えなければならない。それこそが神に課せられた使命に違いない。
「大統領にこれを知らせるには、どうしたらいいかな?」
「無線は相変わらず使い物になりませんが、1つだけ秘匿電信回線が生きております」
「参謀長、あれはハワイ島までしか繋がっておらんぞ」
「問題ありません。飛行艇が何機かありますから、それで情報を伝えさせましょう」
「なるほど名案だ、それでいこう」
リチャードソンは決断し、早速文面を起草するように命令した。
とにかくファイトが湧いてきた。自分達の生命はここで尽きるのだとしても、これ以上の献身はないではないか。
ハワイ島:カラハナ
「野郎ども、さあ出撃だ!」
機長のヒューズ大尉の号令一下、クルーが一斉に行動を開始する。
波間に浮かぶPBYカタリナ飛行艇。そのパラソル配置の主翼中央部に備えられた2基のエンジンが唸り、基地司令や整備士達の割れんばかりの声援を浴びながら、ゆっくりと機体が海面を進んでいく。
「このフライトには国の命運がかかっている。しっかりやろう」
「はい!」
息の合った応答。チームを率いて任務を成功させる責任を実感し、操舵輪を握る手に力が籠った。
飛行艇に乗るようになった時には既に、太平洋の戦局は連合国有利となっていて、割合とルーチン的な任務ばかりをこなしてきた。しかし現在、祖国は宇宙人と結託した日本の暴虐に晒され、とてつもない被害を受けている。それを食い止めるのは他でもないこの俺なのだと、ヒューズは自らの心を鼓舞し続けた。
そうして飛行艇は加速し、遂に離水する。手を振る仲間達の姿が、雄大なるハワイの自然に混ざっていく。
今回重要なのは、まさにそうした風景がどう見えるかだった。それ如何で、任務の成否が相当に変わってしまうに違いない。
「うん、南西に向かっているようだが」
暫く低空飛行を続けていたら、連絡役の陸軍少佐が尋ねてきた。
「遠回りにならんかな」
「ご安心を。敵のレーダーを掻い潜るためです」
ヒューズはちょっと得意げに答え、説明していく。
敵は宇宙的性能のレーダーを使っている可能性が高いが、電磁波そのものを自由に屈折させるとか、そういった非科学的技術を有してはいないだろう。であれば奴等のレーダーも物理法則に従うはずで、キラウェア火山など地形の影に隠れるなどすれば、捕捉されることもないはずだった。
無論、敵艦が妙なところに潜んでいる可能性もある。とはいえリスクは恐れては何もできない。
「なるほど、非常に賢明だ」
「ジャップどもの懐事情も実は厳しい、この情報は絶対に届けないといけませんから……と、そろそろ転針いたします」
ヒューズは声を弾ませ、操舵輪をゆっくりと傾けた。
離水から2時間近く、厳密に針路を守ってきたカタリナ飛行艇は、そうして機首を9時方向に向けた。現時点で彼等が目論見を知る者はごく少数しかおらず、またその決死行が如何なる結果を齎すかを知る者は誰一人としていなかった。
第82話ではオアフ島での戦闘が続きます。そうした中、予期せぬ反応が……。
第83話は7月3日(金)更新予定の予定です。読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。
誤解、誤認は戦場には付き物ですが、とんでもないものが出てきてしまいました。
相手の意図が読めないどころか、そもそも相手が何者なのか全く把握できていない状況ですと、結論が無茶苦茶な方向に飛んで行ってしまうかもしれません。実際に宇宙人が地球侵略を目論む場合、徹底して自分達の存在を秘匿、欺瞞させた上で、認識を捻じ曲げてくる……かもしれません。




