81. 解放作戦
オアフ島:ワイアナエ山脈
真っ暗な山林の中から、場違いな匂いが微かに漂ってくる。
捕虜収容所解放を実施するべく、爆撃に乗じて秘かに浸透した機動第4連隊第8中隊。未来の装備を与えられた技量優秀な彼等は、作戦前夜の景気付けに、自衛隊の戦闘糧食をあれこれパクついているのだ。
「何とも、便利なもんですな」
サイパン戦以来の付き合いな木谷軍曹が、並べた袋から温かなパックを取り出しつつ言う。
炊事の煙目掛けて砲撃されたといった事例が、南方では多発したと聞く。専用の袋に加熱剤と糧食を放り込むだけで調理が完了するというのは、それと比べるととんでもない進歩だ。
部隊の面々に赤飯と副菜を手渡し、木内は鶏野菜煮のパックを開く。
「しかもやたらいい味で、士気も高まります」
「本当にな。これが令和時代かと実感するよ」
中隊指揮官たる大場大尉は、これまた旨そうに豚角煮をつまむ。
しかし表に出すことはないが、飽食時代の飯を食っているうちに、故郷や妻のことが偲ばれてならない。恐らくそれは機動第4連隊の全員が同じだろう。実際、事情を知っている者だけで編成された部隊なのだ。
(今は目前の戦に集中すべし)
そう思いつつ食事を楽しんでいたところ、無線機から緊急連絡が届いた。
相手は第21小隊の広山中尉だった。第21小隊は幾分山の奥まった辺りに逼塞していて、しかし特殊な通信装置や監視装置を駆使し、敵情を探ったり連隊本部との交信を行ったりしている。
「どうした、何かあったか?」
「大尉、敵が収容所に向け移動を始めております」
報告に全員がハッとなり、場に緊張が走る。
その意味するところは明白だった。沖の友軍が上陸を始める前に、捕虜を処断してしまおうとヤンキーどもが考えたのだ。サイパンでも実際に起こったことであったし、米本土の収容所では看守が日系人を虐め殺す例が多発しているという。
「作戦発動時刻繰り上げを連隊本部に具申」
「了解。作戦発動時刻繰り上げを連隊本部に具申いたします」
広山の命令内容の復唱を聞き終えると、大場はすぐに動き出す。
射撃担当の第16小隊、別方向から突入する第4小隊に臨戦態勢を取らせる。直率する第2小隊の下士官達――機動連隊には兵はいないのだ――はというと、飯を大急ぎで頬張りながらも、既に合戦準備を整え始めている。
そうして暫しの間、急いで待機していると、待ちに待った命令が届く。
「第8中隊は0100をもって作戦を開始、ホノウリウリ収容所を解放せよ」
「よし。皆聞いたな」
大場は声を張り上げ、皆の熱気が充満した。
幾つか見られなくなるかもしれぬ彼等の顔という顔を凝視し、深呼吸して続ける。
「いざ出陣、皇国に栄光あれ」
太平洋:オアフ島南西20キロ
捕虜が秘密をベラベラと喋るなどという話を聞いたら、以前の自分なら激怒したかもしれない。
とはいえ捕まった場合には官姓名以外喋るなとか、友軍は必ず助けに行くから拷問にも耐えろとか、きちんと教育すべきだったと言われると、今となっては肯かざるを得ない。どうにも腹立たしい気もするが、結果は結果だった。
それに祖国との縁が断たれると、自棄で気が触れてしまう。まさか祖国の方が時空の彼方へ消えてしまうとは、予想外にも程があるが、身をもって体験した話でもあった。
「とにもかくにも、この俺が助けに行ってやろう」
上陸指揮艦となった練習巡洋艦『鹿島』の艦橋にて、辻大佐は意気込みを口にした。
彼の指揮する機動第2旅団は、夜明けとともに上陸第一波として出撃する。色々あって時空間災害を知らされた、あるいは理解してしまった将兵で構成されている部隊で、誰もが窮地に陥った仲間を助けんとの意欲に燃えている。
そう、仲間なのだ。頭数があまりに少ない今、元捕虜であるとかいう贅沢は敵に他ならぬ。
結局のところ令和の日本人は、民族的には同一であるとしても、容易に混淆できぬ者達だった。同胞と言おうにも異質に過ぎ、だいたい同胞という語をあまり使わなくなっているという。
「ああ、辻旅団長殿」
異質な人間で一応は子孫であるらしい、三原三佐がのそっと姿を現した。
『鹿島』に乗り組んでいる唯一の令和日本人で、連絡役というべきか目付役というべきか、まあそんな役割を担っている。
「火力支援を開始いたします」
「もう済んだのか」
相変わらず、呆れるほどの手際のよさである。
ふと窓の外を見渡せば、闇夜を幾多の火箭が切り裂いていた。何万トンもの排水量を有する火力支援艦が、猛烈な勢いで大型ロケット弾を撃ち始めたのだ。
「友軍に当たらんだろうな?」
試しにそう尋ねてみると、三原はなかなか得意げな顔をし、
「特殊な光線を上空から照射しています。それに向かって飛びますのでご安心を」
「蛾みたいな奴だ」
辻は尚もロケット弾を眺めつつ、光電管を使った爆弾が無茶苦茶に進歩するとああなるのだろうかと辻は思う。
恐らくその精度はピカ一で、移動中の敵は暫く身動きが取れなくなるか、永久に身動きが取れなくなるかのどちらかだろう。味方にとってはこれ以上ないほど心強いものであるはずなのに、どうにも釈然としない。
「まあ、ありがたい」
礼を言い、令和時代の腕時計を一瞥する。既に日付は変わっていた。
そろそろ専用の戦車揚陸艦に移り、上陸作戦に備えるべき時刻だろう。
「さてと、そろそろ行ってくるとするぞ」
「御武運を」
「大いに期待しておれよ」
辻は声を弾ませ、艦橋を後にした。
借り物ばかりを装備した部隊だが、今はそれで満足するしかなかった。それに将兵だけは紛うことなき帝国陸軍軍人で、戦場で功をなすのは常に人間なのだ。
オアフ島:ホノウリウリ収容所
「よろしくないな」
収容所のリーダー格で元海軍大尉の高津戸が、収容所の小屋にて聞き耳を立てながら漏らす。
先程味方がスコールめいた鉄火を降らせ、米軍守備隊に甚大な被害が出たらしい。ただその余波で衛兵だの看守だのの気が立ってしまったようで、激しく言い争う声が響いてきていた。
品性下劣かつ早口であったため、その正確な聴解は高津戸にも困難だったが、猛烈な殺意だけは伝わってくる。
「おいおい、大丈夫か」
「助けは本当に来るんだろうな?」
「止めんか、みっともない」
第一接触者たる白井に他の者達が詰め寄るので、ピシリと窘めておく。
とはいえこの調子では、容易にろくでもないことが起こりかねない。収容所の広場から懐かしい妙高型重巡洋艦が見えたほどだったから、解放が近いことを疑う必要はないとはいえ、その前に米兵が機関銃をぶっ放すなどされたらたまらない。再び銃を取る前に殺されるなど、何があっても御免被りたかった。
何とかここを脱する方法はないか。高津戸は何十回目かの思考を巡らせ、すぐに行き詰まる。
小屋は木造だが随分と頑丈で、厳重に鍵がかけられている。汚物入れのバケツに潜り込んで逃げようとした者もかつて存在したが、すぐに見つかってしまったし、この状況では物資の運搬等がそもそもなされない。小さな採光窓はあるが人の通れる大きさではなく、むしろそこから手榴弾が投げ込まれないか気が気でない。
「あッ、足音が向かってくる」
「狼狽えるな。今はじっと耐え忍び……」
その時を待てとの言葉が、炸裂音によって掻き消される。
すわ何事か。そう思ってどうにか外を見渡すと、信号弾のようなものが打ち上げられていた。遂に作戦が始まったのだ。続いて何かが連続的に爆ぜる音と、英語の悲鳴とが木霊してくる。
「おおッ、来た」
「総員、伏せろ」
感極まりつつも、高津戸は冷静に命じる。戦えぬ以上、そうして待つのが一番だ。
外の様子が気になりはしたが、ここは味方の力量を信じる他にない。忍者みたいな陸軍大尉が現れたと白井が言っていたから、バッタバタと敵を薙ぎ倒すのを期待したいところだ。
そして高津戸の思い描いた奮戦の様は、想定外なほどに当たっていた。
埼玉県さいたま市:マンション
午後20時過ぎ。久々の豚カツを食べながら、Webライターの大野は業務を遂行中だった。
競合も似たようなことをやっているだろうが、ハワイの今後について書いているのだ。この時代、ハワイ先住民や日系、フィリピン系などが多かったらしく、何処かから元王族の子孫を引っ張り出し、王国再建なんてこともありそうだ。
アメリカ人からしてみたら、何を好き勝手なことをとなるかもしれない。
とはいえこの間、在日米軍の反乱未遂事件もあって、その辺は正直に言って混沌としていた。特異的時空間災害に巻き込まれたアメリカ人達は、大野を含めた一般の日本国民から深い同情の念を抱かれつつも、おかしくなり始めている。海の向こうには21世紀のアメリカがちゃんと存在し、特殊な災害のため行き来ができないだけという信仰が、燎原の火の如く広まりつつあるらしいのだ。
「まあ、そうもなるよな」
冷凍だがジューシーなカツを味わいつつ、大野はぼんやり呟く。
点け放しにしたテレビには、アラスカに集結した船舶群が映っている。子供の頃好きだった童謡をBGMに、重量物運搬船や自航式クレーン船、浚渫船など大小様々な作業船が紹介されている。彼女達は新生88艦隊が揚陸戦を始める頃に出港し、制圧予定のロングビーチ港の能力を一挙に増強する予定なのだ。
無論その目的は現地の民生と全く関係なく、自分達の日常とは大いに関係があった。
「戦争なんだし、仕方ない」
そんな感想を口にしていると、唐突にニュース速報。
「ただいま入ってきました情報によりますと、オアフ島において先程、旧陸軍特殊部隊が捕虜収容所解放作戦を開始し、自衛隊も支援を開始したとのことです」
「へェ」
組織として現に存在しているのに、旧陸軍。何とも変テコだと思いつつ、大野はニュースに注目する。
流れる映像は飛び立つ無人ヘリや艦砲射撃を行う火力支援艦などだったが、それがご先祖様達を大いに助けているのは言うまでもない。
「頑張ってくれよ」
大野は声援を送り、再び食事と作業に戻った。
オアフ島:ホノウリウリ収容所
夜襲は陸軍のお家芸で、新機材を得て鬼に金棒となった。
夜目を機械的に増幅してくれる眼鏡のお陰で、闇夜でも敵の姿をよく捉えることができ、次々と討ち取ることができたのだ。何とも頼もしい限りだが、これと似たようなものが民生品として出回っていたりもするというから令和時代は恐ろしい。
ともかくも16小隊の的確な援護射撃の下、鉄条網を爆破し、大場達は収容所に突入した。
米兵達は完全に浮足立っており、まともな対処もできぬまま無力化されていく。サーチライトは全て破壊済みで、照明弾も打ち上げられない。暗視装置のある我が方の独壇場だと大場は思った。
「お前達、助けに来たぞ!」
錠を破壊した扉を開き、大声で叫ぶ。収容された者の視線が集中した。
視界は暗視装置のお陰で妙な具合だったが、収容されていた者達の顔が一気に綻んだのが分かった。地獄に仏だと泣き出しそうな者、拝みださんばかりの者もいる。
「おお、まさか……」
「あ、ありがてえ」
「礼は後だ。この光る石ころを辿れ、仲間が待ってる!」
「はい!」
捕虜達は示し合わせたように扉から駆け出し、設置しておいた蛍光小石の通り逃げていった。
それを確認した大場は、急ぎ次の小屋へと向かい、同じように同胞を解放していく。今のところ奇襲と16小隊の長距離射撃で押しているが、本来小隊にも満たない員数で中隊を名乗っているくらいだから、敵が態勢を整え反撃してきたら厄介だった。そのためにも可能な限り落ち着き、かつ迅速にやらないといけない。
無論のこと、部下は何よりそれを理解している。駆け付けてくる米兵を片端から撃ち、物言わぬ骸へと変えていく。
「後は……」
「バズーカ!」
21小隊の広山中尉からの警告が届いた。皆に伏せるよう叫びつつ、大場は植木の影に突っ込む。
バズーカの射手はすぐに射抜かれて倒れるも、砲弾は既に発射されていて、寸秒の後に着弾した。爆発、それから悲鳴。まぐれ当たりか否かは分からぬが、かなり近くに命中したようで、口の中が埃っぽい。
「大尉、大丈夫ですか?」
「無事だ、問題ない」
素早く応答し、砂混じりの唾を吐き捨てる。
身体は実際何ともないようで、大場はさっと起き上がる。その傍らに上半身だけの遺体が転がっていた。
(糞ッ)
苦痛に歪んだ顔には、明らかに見覚えがあった。
紛れもなく白井のものだった。フィリピンを巡る戦いで重傷を負って虜囚となり、大勢の捕虜達に情報を伝えてもくれた兵隊は、満洲に辿り着くことなく戦死した。
「済まん」
大場は見開かれたその目をそっと閉じてやると、すぐに次の行動へと移った。
未だ解放されていない棟は残っている。そこに囚われている仲間達を自由にし、再び銃を手渡してやることこそ、白井への最大の弔いと思う他ない状況だった。
第81話では懸案の捕虜解放が進みます。次はいよいよ本隊上陸でしょうか。
第82話は6月30日(火)更新予定の予定です。読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。
とてつもなく強力な装備を得られても、やたらと良い食事を振る舞われても、帰るべき祖国がなくなってしまっているという状況は耐え難いものとなりそうです。それでも尚、仲間のため戦わねばならない。そうした状況において、心情に如何なる変化が生じてくるか、何とか描けていければと思っております。
なお現在、ホノウリウリ収容所は史跡として開放されているようです。いつかオアフ島を巡ってみたいものですが、コロナウイルス災害の中ではなかなか観光にも行けません。早期の終息を願いたいものです。




