78. 戦果確認
太平洋:サンフランシスコ西南西1000キロ
昨日行われた大海空戦の一部始終を、護衛艦『しまかぜ』は2隻の僚艦とともに見届けていた。
アラスカ沖に引き続いてのエスコート任務だった。"第一艦隊"が苦境に陥った際に助太刀したり、大損害を被った場合に乗組員の救助を行ったりするためにそこにいたのだが、博覧会めいて山積みされた民生品転用の対空火器が盛大に故障しつつも大戦果を挙げたため、ただ見守るだけになってしまったのだ。
もっとも結果は目に見えていたかもしれない。何しろ敵は目が見えなくなるのだから。
「相変わらず出番ありませんね、うちら」
砲雷長の菊地三佐は何とも退屈そうに言う。
だがそれでよかったのかもしれないとも思った。本物の護衛艦を――ただでさえ旧式な『しまかぜ』は多くの人員を必要とするのだ――大規模空襲に晒すのは得策ではない。加えて対空戦闘に参加すること自体、妙に心的に躊躇われていた。
『しまかぜ』もVALSを装備しており、最悪弾が切れても生存性は担保されているが――いや、むしろそのせいだろうか。
「まあ、それでよかったのかもしれません」
「うむ、結構なことだ」
艦長の宮沢二佐の反応は、これまたあまり抑揚がない。
ついでに言うと、少しだけ眠そうだった。"第一艦隊"が反転し、陽が没してからも、米軍の夜間攻撃が続いたためだ。無論それは犠牲を積み増すだけに終わったが、一応その間はCICに詰めている必要があった。
そして今もまた、『しまかぜ』東北東40海里くらいを進む"第一艦隊"上空に、米軍の大型機が張り付いてきている。
「あれ、捨て置いて構わんのでしょうか?」
菊地はCICの戦況表示を一瞥し、
「B-29のようですが」
「あれは写真偵察機だよ。高度も1万だしな」
「ん……変テコ写真が撮れてしまうよう、工夫でもするのですかね?」
「実際、あっちには特撮班が乗ってると聞いた。ゴジラをやってたとこらしい」
「おっと、サインか何か欲しいですね」
暢気な反応をしつつ、その辺も徹底しているのだと菊地は思う。
そう――何もかもが徹底された結果、駆け引きや勝負といった要素の消滅した、ただの処理になっているのだ。
カリフォルニア州ロサンゼルス:ユニオン駅
豪奢でモダンだった駅舎は、駅舎だったものに変わっていた。
周囲もまた一面の焼け野原で、鉄筋コンクリート造の建築物だけが辛うじて原型を留めている。まるで焼死体のようだとジョン少年は思い、激しく嘔吐しそうになった。ロサンゼルスには地獄もかくやと思われる光景が広がっていて、厳しくも愛に溢れた彼の母もまた、安置所に山と積まれたそれの1つになってしまっていた。
ただそれでも、呪いの言葉を吐くまいと頑張る。
何しろ傍らには妹のジェニーがいて、俺が守ってやる他ないのだ。この場に屯している疎開列車待ちの子供達と同じく、その幼げな顔には不安ばかりが滲んでいて、前触れもなく響いてきた銃声に、恐怖の色が一気に深まる。
「兄ちゃん」
「大丈夫、大丈夫だぞ」
ジョンは妹を抱き寄せ、そう繰り返す。
あれは軍隊の銃の音だとか、暴徒の鎮圧をやっているのだと言っても分かるまい。ただ急に理不尽極まりなくなった世界に、心の底から怯えているだけなのだから、
だけど何故こんなことに。大統領にすら答えられぬ問いに、ジョンが答えられる訳もない。
「ああ、心配かけちまってるよな」
唐突にそんな言葉が投げかけられる。
気付けば州軍の兵隊が傍に立っていた。銃を提げていはするが、何処にでもいそうなソバカス面のアンチャンで、顏を見ていると親近感が湧いてくる。
「こいつは俺からのお詫びだ」
兵隊はビスケットの缶詰を取り出し、
「どうぞ、もらってくれよ」
「ありがとうございます。でもジェニーと、他の皆に配ってほしい」
「おっと、しっかりした兄ちゃんだなァ。さてはウエストポイント志望か?」
「アナポリスの方。父さんがそうだったから」
「なるほど、こりゃ敵わんなァ」
兵隊は目を丸くし、人懐こく笑った。
5月に始まった本土空襲の結果、実を言うとどちらも校舎ごと吹き飛んでしまっていたりもするのだが、彼等にはその事実を知る由もない。
それから兵隊が何かを思い出すような表情をして、ちょっと誇らしげな雰囲気になる。
「なら代わりに、兄ちゃんには耳寄りな情報だ。昨日ジャップ艦隊がサンフランシスコの沖にまで攻めてきたが……我が軍の航空隊は死力を尽くして反撃し、これに大打撃を与えて追っ払ったとのこと」
「それ、本当なんですか?」
「ああ、その噂で持ち切りだぜ」
兵隊は何とも嬉しそうに言い、周囲の男児達がワッとなる。
だがジョンは別の衝撃に頭を打たれていた。健在であれば戦っているであろう太平洋艦隊に、まるで言及されなかったためだ。父はいったいどうしたのだろうか。
コロラド州コロラドスプリングス:ピーターソン陸軍航空基地
ルメイ少将は先月に現場復帰を果たし、しかも北米西部連合国空軍副司令官という重役に就いていた。
最高裁判所が木っ端微塵に吹き飛び、査問会が有耶無耶になってしまった結果だった。加えて日本がアレクサンドロス人と手を組んだことが明らかになった今、東京空襲作戦での大損害は宇宙的超兵器によるものと解釈するのが妥当であり、作戦指揮の問題ではなかったと誰もが考えるようになっていた。
更にルメイの指揮した第21爆撃集団は、全く割に合わない被害が出たとは言え、東京への焼夷弾攻撃に成功したらしかった。
訳も分からぬうちに陸海軍部隊が壊滅していく中にあっては、その実績は何より評価の対象となる。そのため次第に彼は日本・アレクサンドロス連合相手に戦果を挙げた経験のある指揮官という扱いになってしまい、同じく異界と化した太平洋戦線からどうにか戻ってきたジョージ・ケニー大将の下、西海岸防衛に当たることとなったのだ。
もっともそれがルメイにとって、あるいは合衆国にとって、幸運であったか否かは分からない。
「ううむ、損害が大き過ぎる……」
齎された被害報告に、ケニーが思い切り顔をしかめた。
即席の会議室に満ちる雰囲気は大変に重苦しい。元々そこは長らく使用されていなかった倉庫で、懲罰房か何かのような雰囲気を醸しているが、それが一層深まったようだった。日本軍の首狩り爆撃に遭わないための知恵だが、それほどまでに不利を強いられていることを如実に証明してもいた。
そしてサンフランシスコ沖航空戦にて生じた損害は、破滅的と表する他ないあり様だった。
まともに無線も使えず、電話もあちこちで寸断される今、情報伝達の遅延が凄まじく大きくなっている。そのため最終的な集計結果が出るまで時間がかかるが、それでも対艦攻撃に出撃した4500機の未帰還率は、何と9割に達したものと推定されていた。
「4000機と万単位のパイロットを犠牲にして、どうにか敵の半数を撃破しただけだというのか?」
「大将、非常に残念ながら、"希望的に見て"と付け加える必要があります」
海軍からやってきた参謀大佐が、幽霊みたいな表情でそんなことを言う。
「洋上での戦果確認は極めて困難であり、誤認が多々発生いたします。酷いものになると空母10隻撃沈と判定しながら戦果ゼロというものが……ああ、昨年の台湾沖での日本軍のやらかしですが」
「それはジャップどもがぼんくらだからだ」
ルメイは吐き捨て、
「陸軍航空隊はそんな馬鹿の集まりではない。現に敵艦炎上の報告もあったではないか」
「今回来寇した敵艦はいずれも我が海軍最大の……ああ畜生!」
そこで海軍の参謀が声を荒げる。
アラスカ沖の日本軍輸送船団撃滅を目指した艦隊は、いずれも海の藻屑となってしまっている。
「我が海軍最大だったアイオワ級戦艦と同等もしくはそれ以上の規模を有すると推定されております。戦闘力を不可逆的に奪えていない可能性もあるかもしれません」
「4500機に殴り込まれて無事な艦隊などあってたまるか!」
苛立たしげに机をガンと叩き、ルメイはいきり立つ。
「東京でも被害は甚大だったが……それでも60機くらいが投弾に成功したと考えられている。それに今回はあの忌々しい高性能ジェット機どころか、直掩のジークすらいなかったのだろう? ならば最低でも百発程度の命中打を与えているはずだ」
「しかし敵艦はこれまた宇宙由来の……」
「その辺にしておいてくれ」
ケニーのしわがれ、憔悴し切った声が響く。場は悍ましい静けさに支配された。
勝利を目前にしたところからの急転落。日本本土に見舞うはずだった爆撃を合衆国全土が受け、数十万人が焼き殺されている現状。空前の規模で挑んだ航空戦の凄まじい損害とまるで不確かな戦果。如実に認識されるそれらが沈黙に溶け込み、全ての者の精神を虫食い穴だらけにしていく。
「ともかくも今はだ……」
「失礼いたします!」
連絡員が勢いよく入室し、正気を失いかけた空間に風穴を開けた。
用紙を手にケニーの許へと駆け寄る彼の表情には、どこか異質な喜色が浮かんでいた。ルメイはすわ何事かと訝しんだ反面、他の者達と同様に、十分な戦果の証拠でも得られたのではとの期待に胸を膨らませる。
「諸君、朗報だ」
報告内容を読み終えたケニーは、これまた引きつった笑顔を浮かべつつ言った。
「写真偵察戦隊のF-13が敵艦隊をカメラで捉えた……6隻に減っていて、半分が手負いだそうだ」
「おおッ!」
これまでに堆く積もった鬱憤を吹き飛ばすように、全員が歓喜の声を上げる。
犠牲の凄まじさに気後れしたところもあったが、彼等は徒死した訳ではないという報だけで十分だった。F-13、つまるところ偵察機型のB-29は、高感度のカメラを幾つも装備している。現像はまだかもしれないが、もはや疑う余地もなさそうだった。
「やはり数でかかれば、宇宙人でも何でも倒せます!」
ルメイはどこか狂気的に目を輝かせ、力強く続けた。
「ともかくも戦力の再建を急ぎましょう。1万の作戦機があれば、敵艦隊は西海岸に近づけません」
京都府京都市:宇治大学
「うわァ、こりゃえげつないなァ」
閑散とした橋本研究室にて、ポストドクターの阿久津は独り感想を漏らす。
彼のデスクトップ上では、ストリーミング配信のニュース番組が流れていた。サンフランシスコ沖で華々しいデビューを飾ったVALSについて解説する内容で、実際に敵機が操縦不能になって墜落していく実映像が使用されている。
もっとも番組を視聴していても、非人道的だとか許せないとかいった感想は湧いていない。
同情心はまず東京で理不尽に焼き殺された人々やその遺族に向けられるべきだし、至極当然の賠償請求に絶滅戦争宣言で返してくる連中などどう死のうが知ったことではない。加えて戦果は今後の国民生活に直結しているのだから、小市民な自分としては、それを一番大事にしてほしいところだ。
(潰される家畜が可哀想だと思うことはあっても、所詮は一時の感傷で……いや、これはちょっと違うかな)
あれこれ取り留めもなく考えつつ、阿久津は配給のさつまいもチップスをバリバリと齧る。
それからおもむろに日記帳アプリを開き、ニュース番組を流し聞きしつつ、思い付いたことを脈絡なく書き散らしていく。二重の時間体系がある中では、将来という語の意味もあやふやだが、ともかくも将来的に役立つと思っていたのだ。
(あ、つか明日から"エキメイ"の地球降下戦イベントじゃんか)
思考は明後日の方向へと発散しようとし、それを見計らったように扉が開かれる。
研究室の主にして陰で"スーパー婆さん"とか渾名されていたりする橋本雅子准教授サマが、ビデオ通話での会議を終えて戻ってきたのだ。最近は国家安全保障局関係の実績を盾に、教授入りを図っているとかいないとか。
「ああ、阿久津? うちの研究室、政府の"米国占領円滑化プログラム"ってのに参画することになったわよ」
「ええ……何すかそれ?」
「読んで字の如しよ」
「いや、そうなんでしょうけど……政府の皆さん、もう勝った気でいるんすか?」
阿久津はおどけた反応をしつつ、流し放しのニュース番組を一瞥する。
開発者の1対4000でも勝てるというインタビューになっていて、確かに目が見えなければ戦えないだろうと思う。
「まあVALSもあるし、勝てるんでしょうし、そうでないと困るんですけど」
「ともかくこの間の野村ちゃんのアレンジ論文が好評だったお陰。そういう訳だから、何でもいいから知恵出して」
「僕、そう言われると支離滅裂なことしますよ」
橋本の突沸的な無茶振りに、阿久津は薄ら笑いを浮かべる。
経験上、こういうものに巻き込まれてよかったことがない。出鱈目を言って切り抜けるのが一番だ。
「例えば"Historical Guilt Information Program"とか題した怪文書をでっち上げます。無論元ネタはGHQで……」
「それ採用。明日までに概要書いて送っておいて」
「え、マジっすか?」
「大マジよ。こういう時の阿久津って妙に冴えてるから、とにかくお願いするわね」
「げェ……」
阿久津は大きく溜息をつく。よく考えてみれば、毎度出鱈目で切り抜けんと試み、いつも回り込まれているのだった。
仕方なしに彼は了承し、口から出任せなタイトルの中身を考え始めた。これの関連で色々と振り回されそうだから、ソシャゲの時間がどれだけ削られるか心配でならなかった。
サンフランシスコ沖航空戦の戦果が認識されていく第78話でした。一方、別の成果と次の動きも?
第79話は6月18日(木)更新予定の予定です。読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。
本作初期の航空戦で危うく死にかけ、本国で査問されていたあの人が、ひょんなことから再登場です。
実際通して読んでみると、極端にリアクションタイムがなかったが故の結果ではあるのですが、ルメイ麾下の爆撃隊くらいしか戦果を挙げられていないという無茶苦茶な戦況が見えてきます。そしてそこから得られる結論もまた、令和日本側の欺瞞工作と相俟って、大変に斜め上なものになってしまうかもしれません。




