77. 全自動七面鳥丸焼き装置
東京都新宿区:防衛省庁舎
世界が薄く明るみ始めた早朝、防衛省庁舎は照明が点いたままとなっていた。
特異的時空間災害発生以来の徹夜続きは、どの官衙も似たようなものかもしれない。とはいえ臨時自衛隊、補助隊合わせて数百万人もの人員を新たに受け入れたとなると、業務量も尋常でなく増大する。戦死者よりも過労死の方が多くなりそうだと誰かが言ったが、実のところ全く冗談になっていなかった。
更にここ最近は、『神武』作戦に関連する業務が圧し掛かってきていた。
着上陸第一波たる陸上自衛隊増強5個師団と補助隊の技術者集団、それらを運ぶ新生88艦隊――徴用した80隻もの各種大型輸送船と8隻の護衛艦から構成され、"はちじゅうはち"艦隊と読む――については、懸命の努力の甲斐あって何とか間に合った。そしてその褒美とばかりに、第二波の分の業務を与えられていた。
「すさまじきものは宮仕え」
疲労困憊した若い職員が、休憩室にて軽い愚痴を零す。
本来"すまじきもの"であったとか聞くが、誤用かつ現代語で解釈した方が現状に即していると思った。とはいえ特配の缶コーヒーを手にすると、結構ファイトが湧いてくる。
「これが自販機で普通に買えるよう、頑張らなきゃかな」
「社会は誰かの仕事でできてますからね」
同じく一服中だった年配の職員が、有名なキャッチコピーを引用して笑った。
職場で多少の面識のあった2人は、他愛ない会話に興じる。年配の職員の長男は西海岸の大学を目指していたが、この騒ぎで全ておじゃんで、しかも先月末の空襲で大学そのものが焼失してしまったという調子だ。
ただそれから暫くすると、時刻は午前5時を回り、NHKの朝のニュースが始まった。
「防衛省は先程、今も米国西海岸沖で戦闘を続けている自衛隊の、実際の映像を公開いたしました」
画面上のアナウンサーが僅かに興奮気味に言う。
公開の可否は省の上の方で決定されるもので、初耳だった2人はテレビを食い入るように見つめた。米軍機が爆発四散し、あるいは操縦能力を失って墜落していく様子は、そんな映画でも撮ったのかのような迫力に満ちている。
「あれ、戦闘が始まったの、昨晩でしたっけ?」
「防衛通信衛星で送ってきた映像だろうな。うん……太陽の高さから考えて、現地時間で昨日の午前10時、ちょうど2時間くらい前に撮影されたものだと思う」
「なるほど……それにしてもVALS、あちこちで使い道ありそうですね」
「実際、徴用船にも積むらしいぞ。潜水艦や水上艦の光学照準系も一瞬で無力化できるそうだしな」
「へぇ、それはまた」
若い職員は興味深げに肯き、確かにそうなれば船も安全だろうとだけ思った。
そうして暫くするとニュースは別の話題に変わった。1人当たりの食糧配給割当が卵類25g/日、食肉35g/日まで改善されるとのことで、休憩室の全員が一様に笑顔を浮かべた。
太平洋:サンフランシスコ西方250キロ
「糞ッ、奴等は化け物か……」
再度戦場に赴いたポーター中佐は、またも麾下の隊が握り潰される様を見せつけられた。
敵艦隊の備える速射砲が急降下爆撃隊を薙ぎ払い、雷撃隊も必殺の魚雷を放つ手前で壊滅していく。全ての攻撃を冷静に見届けられた訳でもないが、見たところ投弾を終えて離脱に成功した機は、所属や機体の大小を問わず皆無なのではなかろうか。
そして部下が次々と散華する中、上空で座視しているばかりの自分が、何とも卑劣極まりなく思えてくる。
「中佐、早まらないでください」
無線士のミラー大尉が上擦った声をかけてくる。
「誰かが俯瞰し、情報を持ち帰らねばなりません」
「ああ、百も承知だ」
ギリギリと心臓を締め付けられるようだったが、とにかくポーターは肯いた。
だがこの責め苦はいつまで続くのだろうか。既に1000機以上が殴り込み、その大部分が対空火力の餌食となっている。それでいて敵は健在という他なく、飽和量を見定められそうにもない。
「あッ!」
突然、ミラーが喜色を滲ませて叫んだ。
何事かと尋ねる前に、ポーターもまた変化に気付いた。全く無敵と思われていた敵護衛艦の1隻から火の手が上がり、濛々たる黒煙を吐き出し始めたのだ。それから少し間をおいてもう1隻が炎上する。
「おお……やったか!」
ポーターは感慨に咽びそうになった。
相変わらず味方機はバタバタと落ちていくが、その犠牲は決して無駄ではなかったのだ。
「中佐、無線も回復しています!」
「よし、報告急げ」
「了解!」
航空無線電話も使える距離で、急ぎミラーが基地と交信を始める。
被弾した2隻のどちらかが、電波妨害を行っていたのだろう。他の艦が代替する可能性も高く、急ぐ必要があった。
「とにかくありったけの攻撃隊を投入し、あの化け物を叩くんだ!」
太平洋:無人機母艦『しなの』
「敵機、航空無線にて増援を要請しています」
「うむ。見事に引っ掛かってくれたな」
艦隊を率いる和知海将補が満足げに応じる。
外縁を固める改装護衛艦『とね』、『きたかみ』が黒煙を吹き上げていた。ただそれは欺瞞煙幕を用いたトリックでしかなく、実のところ被害など一切出ていない。対空火力も多少減じたようにも見えるが、単に撃たせていないだけだ。
なおVALSについては、少し前から使用を全面停止させている。
目潰し攻撃を行っているとの情報が漏洩すると、攻撃時にサングラスを使用するなど、何らかの対策を講じられる可能性があるためだ。無論その程度ではVALSの有効性は大して削がれはしないが、敵に与える情報は最小であるに越したことはない。
「追加で合成音声はいけるか?」
「いつでもいけます」
「よし、では始めてくれ」
和知は命令し、オペレータがサッとコマンドを打ち込む。
直後に何が起きたかは、防護区画内では分かりにくい。しかし『しなの』および僚艦、それから艦隊上空に隠密裏に展開している無人機から、古臭い電磁波が盛んに輻射され始める。
それらは偽の打電であり、また既に戦死した者に似せた機械の声だった。
市ヶ谷製の"戦果報告"を敵の無線電信電話網に乗せ、あちこちの基地に早急な援軍を求める。全滅した隊は滑走路に戻ることはないから、何時かは化けの皮は剥がれるだろう。しかし戦場には混乱が付き物であるし、また別の基地に不時着するという欺瞞情報を混入するから、正しく状況を認識するには相当の時間がかかるに違いない。
そして間違いに気付く頃には、飛行場にはベニヤ製の玩具しか残っていないという寸法だ。
「誘引撃滅陣、これが僕等の描いた勝利の絵だ」
誰かがどこかで聞いたことのあるような台詞を口にする。
とはいえ実際その通りとなりつつあった。都合が悪くなったら電波妨害を再開するチャットボットもどきに釣られ、西海岸からロッキー山脈に至るまでの無数の基地が、攻撃隊を放たんと動き出していた。
太平洋:サンフランシスコ西方200キロ
魚雷を抱いて戦場へと推参したヘンダーソン大尉は、言語化し難い恐怖を覚えていた。
そしてそうした直感の正しさを、身をもって味わうこととなった。僚機とともに雷撃位置に着こうとしていたところ、視界が激痛とともに掻き乱され、何もかもが歪んで爆発した。
「なっ……!」
気付けば暗黒だけがあり、開いているはずの両眼には何も映らない。
何かが顔面に衝突、付着したという感覚は皆無で、何故か突然に失明したのだと理解された。最悪の事態だった。かつそれが容易に回復の望める性質のものでないとすぐに分かり、あまりにも苛酷な混乱と絶望感とが怒涛のように押し寄せる。
だがそれでも人生を、海軍軍人としての義務を、彼は諦めなかった。
「お前等、目を閉じろ!」
悲鳴を上げる代わりに、ヘンダーソンは絶叫する。
「どうされました!?」
「大尉、何が起こったんです!?」
無線士のジョーンズ少尉と機銃員のロング曹長が、怯えた声で尋ねてくる。
今のところ被害は自分だけに留まっている。それが何よりの朗報で、少しだけ冷静になれた気がした。ともかくも最優先で機体を水平に保つ。どちらにどれほど傾いているか、速度は幾らか、エンジンは大丈夫かといった情報は、残りの感覚から何となく分かる。燃料があと何時間分あるかもだ。
「目をやられた、何も見えん。恐らくジャップの新兵器だ……」
「ええっ!?」
「とにかく奴を見るな、奴はメデューサだ!」
伝声管越しにそう答えつつ、機体を離脱方向へと持っていく。更にはゆっくりと高度を取っていく。
無論のこと、搭載魚雷はさっさと投棄。視覚が一向に回復しない状況では、如何なる努力をもってしても攻撃などできないだろう。それよりも敵の異常な兵器について知らせねばならない。医学的に自分の目玉がどうなったかを調べれば、日本軍が如何なる兵器を使用したかを理解し、被害を防ぐ対策を講じることもできるはずだ。
(糞ッ、ど外道ども!)
あまりにも常軌を逸した攻撃への怒りで精神を満たす。
永遠の闇という生理的恐怖が、正気にまとわりつき、骨の髄までしゃぶり尽くさんとしてきていた。奇跡的に生存できたとしても、常人としての人生はもはや適わぬかもしれなかった。
それでも仲間達にこれ以上の犠牲は出させない。そうした強い信念の下、ヘンダーソンは三舵を操る。
「敵艦は……6時のはずです」
「部下は残っているか? 無線はどうだ?」
「今のところ確認できません。無線も駄目です……あん畜生ども!」
「ジョーンズ、航法に集中してくれ。お前の感覚が頼りだ」
「わ、分かりました」
「しっかり、落ち着いてな。皆でアラメダに帰ろう。ともかくも今は……」
最後まで言い終える前に、ヘンダーソン機は爆発していた。
VALSの照射を行った機のうち、一定以上飛行し続けているものは、搭乗員の脅威度が高いと判定するアルゴリズムがあった。その結果に従って簡易高角砲による射撃が行われ、信じられないほど危機的状況にあっても尚生き延びる道を模索していた者達は、子供のお年玉くらいの費用でバラバラになったのだった。
太平洋:無人機母艦『しなの』
真打ちとばかりに、ロッキー山脈周辺から飛来した重爆撃機隊。
かつての戦争では日本全土を焼き払い、つい4か月ちょっと前にも東京を襲った機体で構成されたそれらは、何の抵抗もできないまま撃墜されていく。数百機による公算爆撃を高度6500で仕掛ける心算であるらしかったが、待ち構えるOTO 76mm砲や簡易高角砲の前には停まった鳥も同然だった。
ただこれまで撃墜した2000機のうち、概ね半数を叩き落したVALSは、B-29相手には用いられていない。
というのも有効射程や彼我の位置関係の問題から、高高度爆撃を行う機への対処は、光学照準器を覗き込む爆撃手を無力化するという形になるためだ。爆撃から身を護るだけであればそれで十分だが、VALSに関する情報は秘匿されねばならないため、可能な限り物理的な撃墜を狙う方針となったのだ。
付け加えるならば少々雲が出てきていて、有効射程そのものも短くなっている。
「まあ、万能の製品ってものは存在しないなァ」
電機会社部長の松中が、何とも暢気なことを言う。
それから大型ディスプレイを一瞥する。既に大部分が墜落したり空中で爆発四散したりしたようで、投弾前に脱落した機が一目散に逃げているといった程度だ。
「あれ、あれらは撃墜しないのかな?」
「全滅すると警戒されるので、敢えて少し残す……とか?」
部下の矢坂はそう推理し、
「それに、今日のところはそろそろ切り上げかと」
「ん、ああ……そういやそんな時間か」
時刻は午前4時半。艦隊が一旦反転離脱する頃合いだった。
大損害のため撤退と見せかけるためのもので、『しなの』もまた欺瞞用の火炎を発生させている。そうして敵に戦果を誤認させた上で、北米西部の航空戦力が回復した頃合いを見計らって再襲撃を実施、その徹底的な殲滅を図るという筋書きだ。
気付いてみれば巨大な艦体は回頭を始めていて、ゆっくりと針路を西へと変えた。
「まあうちの含めて、色々と実地試験も進んだな」
「ですね」
「それとな、ついさっき本社から連絡があった」
松中はスマートフォンを取り出し、数分前に届いた電子メールの本文を指で指す。
「この通り、地上戦用VALSの大増産が決まったそうだ」
七面鳥撃ちどころでなくなってしまっている第77話でした。なお七面鳥の丸焼き、実は食べた記憶がなく……クリスマスに食べるのもだいたい鶏ですしね。
第78話は6月15日(月)更新予定の予定です。読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。ストックが底を尽いてきましたが、6章までは3日に1度のペースを守りたいです。
1個師団に揚陸作戦を行わせるには50万容積トンの船腹量が必要、という計算式があったかと思います。
基準となっているのがソ連の自動車化歩兵師団だったはずなので、師団当たりの規模が小さい陸上自衛隊の場合は(悲しむべきことに)もっと数値が小さくなってしまうのかもしれませんが、増強とあるので同程度という計算で問題ないのかもしれません。そしてそれを運ぶ船舶は……輸出入が消滅した結果、比較的容易に捻出できてしまいそうです。積荷を降ろすのがとんでもなく大変そうですけど。
またVALSのようなレーザー兵器は、視覚への直接攻撃に加え、光学機器の無力化にも使えそうです(作中の対B-29戦闘では情報秘匿の観点から用いられませんでしたが)。
実際この手の兵器としては唯一公式に存在が確認されているノリンコZM-87では、当然と言えば当然かもしれませんが、拡大鏡を使用している目標に対する射程が通常より伸びたりするようで。




