75. 前夜
カリフォルニア州サンタバーバラ:海岸線
この辺りは大学キャンパスであったはずだが、今は水際陣地になろうとしていた。
学生達は疎開したか銃を手にしたかのどちらかで、カラフルだった校舎も迷彩色の簡易トーチカへと変貌している。緑の芝生に塹壕が走り、重機関銃や対戦車砲が備えられている。
真珠湾が奇襲された直後、この辺りも日本海軍の潜水艦に砲撃され、混乱に陥ったことはあった。
だがそれとは全く比較にならないほど凶悪で、本当に宇宙的な脅威が迫ろうとしていた。何しろ日本軍は宇宙人を味方に付けたらしいのだ。それが本当であることは、欧州にてドイツを破った多くの師団が、重装備を残して緊急帰還したことからも分かる。
そして急遽想定戦場となった西海岸一帯は、対揚陸戦闘の準備など全くできていなかった。
「連隊長、どういうことですかそれは?」
陸軍第4師団で大隊を率いるエーカー少佐が、電話機越しに声を荒げた。
市街の電話交換局は爆撃によって吹き飛んでしまったが、軍が新たに引いたそれは依然として通じている。
「無期限の固守命令など聞いたことがありません」
「いいかエーカー少佐、これは重大な話だ」
歴戦の第12歩兵連隊長が張り詰めた声で言う。
「ソ連が日本と戦った時、どうなったかが判明した。敵のクソッタレ連合が、重要目標を狙撃してくるのは知っていると思うが……奴等は真っ先に指揮系統を潰してくる。シベリアにいたソ連の師団長の大半が、開戦とほぼ同時に戦死したそうだ」
「えっ……?」
「私も嘘だと思いたいが……いざ戦闘となる前に、私は吹き飛んでいる可能性があるのだ。言うまでもなく貴官だって同じだぞ。普通の戦いなら兵隊から死んでいくが、この戦いは大将から死んでいく。私もさっき遺書を書いたし、それが家に届くかすらも分からん。郵便局まで爆撃されているからな」
連隊長の言葉には説得力と焦燥、理不尽への憤りが満ちており、エーカーは背筋が氷獄に接したかのような感触を覚えた。
敵は軍事理論を超越した存在で、ノルマンディやヒュルトゲンとは何もかもが決定的に違う。その恐るべき実感に、常識が木っ端微塵に粉砕されていく。
「だからこそ、固守なのですか?」
「そうだ。かつてドイツ軍の機甲戦、軍の神経をメスで切り裂く戦術を前に、フランス軍が神経を持たぬ群れで対抗したという事例があったと思う。野戦築城を行い、兵員と装備、物資を充足させた後、守備隊に無期限の固守を命じる。それら部隊によって衝撃力を減殺し、その間に本隊を再編、敵主力を撃滅を図るという寸法だ」
「フランス軍はドイツ軍にボロ負けしたではありませんか」
「その通りだよ」
連隊長は吐き捨て、
「だが他にいいやり方が全く見つからん……分かりたくもないだろうが、分かってくれ」
「了解……いたしました」
消沈した声で、エーカーは何とか応答する。
「それで、連隊長……装備と物資はまだ届かないのでしょうか? 大隊で定数を満たしているのは、兵隊と小銃くらいです」
「あと3日で届くはずだ。とにかく、準備を急いでくれ」
「分かりました。やれることをやります」
エーカーは命令を受領し、連隊長の本当に済まなそうな謝罪を聞いた後、通話を終えた。
あと3日で装備は届く、同じ台詞を3日前にも聞いていた。状況は5年前にドイツ軍を迎え撃ったフランス軍より遥かに悪そうで、しかし寸土たりとも国土を渡さぬと奮戦する以外、道はありそうにもなかった。
東京都千代田区:首相官邸
「この世界をどう捉えるか、そろそろ考えなければならないかと」
対策本部副本部長室を訪れた国家安全保障局の大橋局長は、会釈を済ませるやそう主張した。
相変わらず総理補佐官と特異的時空間災害対策担当大臣を兼任している武藤は、その微妙に藪から棒さに少しばかり首を傾げつつ、その意図するところを探らんとする。
「つまるところ大橋さん、『神武』作戦以後の話かな?」
武藤はチョコ菓子をデザート代わりに齧りつつ応じ、
「口約束など少しも信用ならないから、最低限の資源供給能力を実力で確保してから、尚も戦争を継続するか連合国と交渉を行うかを決める。そこに変わりはないはずだ。あるいはもう少し後、戦争が終わった後の世界戦略についてだろうか?」
「武藤補佐官、その二択であれば後者でしょう」
大橋はそう前置きし、
「ただもっと根本的な問題です。結局のところこの世界は、いったい何なのでしょうか?」
「ううん……かなり難しい質問だ」
武藤は幾分ハッとなって考える。
ある意味で、避けてきた問いでもあった。超常的で政治的な自然災害という、あまりにも異質で非科学的な災害の結果、対峙せざるを得なくなったこの昭和20年の世界。まず国家の生存を最優先で物事を進めてきたこともあり、それ自体への考察は全くできていないも同然だった。
無論、対策本部は各学会に協力を仰ぎ、特異的時空間災害そのものの調査・研究を行ってもいた。
だが今のところ、ほんの僅かな手がかりすら得られていないのだ。件のSF作品であれば、日本全土を震度2の軽震が襲ったとか、それに先駆けて地磁気の異常が確認されたとかいった兆候があるはずだが、その類のものは一切確認できていない。
「正直なところ、判断材料がなさ過ぎる。答えを出しようがない」
「その通りです。実際元の世界に昭和20年の日本があるのか、22世紀の日本が引き摺られてきているのか、はたまた数百兆トンの質量消失による超震災が起きているのかも分かりません」
大橋は色々と可能性を述べ、同時に不可知論者的な表情を浮かべる。
「ですが正解が分からなくとも、方針を示さねばならない。それが政治の役割ではありませんか?」
「……大橋さんの言う通りだな」
武藤は一瞬声を失った後、眼を澄ませて大きく肯く。
現在、対策本部も国家安全保障局も防衛省・自衛隊も、『神武』作戦の成功を前提として、資源供給の算段を詰めている。それが一段落し、日常をある程度取り戻すことができたら、決めねばならぬことがあった。結局のところそれは、再度の時空間災害という可能性をどれほど織り込むかという問題に帰着するだろう。
「武藤局長、我々は国家の存続に関する問題を解決しさえすれば、この世界とは自由に付き合えます」
「極論すれば、核と宇宙を独占しさえすれば何とでもなる。そんなところか?」
「ええ。ですから今のうちから、この世界について論じておくべきでしょう。何年かかっても結論が出ないかもしれませんが、それはそれで幸福なことかもしれません」
大橋はそう言うと腕時計を一瞥し、
「さて、そろそろ"第一艦隊"が敵の哨戒線に差し掛かる時間です」
「そうだな。では目の前を見守りつつ、この世界について考えよう」
太平洋:サンフランシスコ西方420キロ
現地時間で7月18日午前3時半、西海岸へと迫る脅威が捕捉された。
第一発見者たるは、アラメダ海軍基地を発ったTBFアヴェンジャーの搭乗員達。対水上レーダーに不可解な反応があり、打電の後にその上空で照明弾を投下したところ、とてつもない艦隊を目撃するに至ったのだ。
「な、何だありゃあ……?」
機銃員のロング曹長が驚天動地の声を漏らす。
操縦士で飛行時間900のヘンダーソン大尉は、眼下を驀進する艦艇群を冷静に眺め、やはり部下と似たような感想を抱いた。合計8隻からなる艦隊の中心で、おどろおどろしく白波を蹴立てる2隻は、どちらも全長1000フィート超の巨艦だった。
(大型空母……いや、それにしてはおかしい)
輪形陣の中核たる巨艦は両方とも、理解できない容姿をしていた。
1隻目は平べったい甲板を有しているが、その艦尾には艦橋構造物が置かれている。航空母艦だとすれば着艦が不可能で、設計者の意図がまるで分からない。
そのすぐ後方を進む2隻目も艦体そのものは似たようなもので、ただ艦橋構造物の前に、物々しい砲が据えられている。ドイツの大型列車砲か何かを無理矢理積んでいるのかと思えた。
(いや、考えるのは後だ)
ヘンダーソンはすぐに我に返り、
「敵艦隊発見、超大型艦2隻を含む。打電急げ」
「はい」
レーダー士と無線員を兼ねるジョーンズ少尉がすぐさま電鍵を叩く。
緯度、経度を急ぎ確認し、情報を電波に乗せていく。きっとこれで基地の皆が目を醒ますだろう。
「だ、打電完了しました」
「よし……接触を続けよう」
ヘンダーソンは意を固める。まだ生きていられる理由は分からないが、命ある限り報告を続ける義務があった。
深呼吸を繰り返しながら操縦桿を握り、照明弾を再度落とす。ジリジリと揺らめく光球が敵艦を照らし出す。
「あッ、デカブツ1号から何かが発進してますぜ」
存外に暢気な声でロングが報告してきた。
敵大型艦の方を振り向くと、その通り小さな飛行物体が、まな板のような甲板を駆けていた。それらは真っ暗闇の中へ次々と躍り出るや、ただ東方へと一直線に飛翔していく。
「もしやあれは……」
ジョーンズが一瞬声を詰まらせ、
「例の長距離ロケットでは!?」
「それだ。追加で打電頼む」
ジョーンズの咄嗟の判断を肯定し、ヘンダーソンは命令した。
一瞥した限りではエンテ型の小型プロペラ機のようだったが、後から二段目のロケットに点火するのかもしれない。母艦が着艦不可能な構造をしているのも、上空で編隊を組んだりしない理由も、無人機であれば納得がいく。
(こいつが、こいつが艦隊を滅茶苦茶にしやがったのか!)
操縦桿を握る手が震えた。また偵察である故、爆弾を積んでいないのがもどかしい。
しかしサンフランシスコ付近の基地にいる仲間達が、また陸軍や海兵隊のパイロット達が、きっとこの報を聞きつけ駆け付けるだろう。そしてあの忌々しいデカブツどもに爆弾や魚雷を叩き付け、海の藻屑とするだろう。ヘンダーソンはそう確信していた。
カリフォルニア州アラメダ:アラメダ海軍航空隊基地
「畜生、何だこいつらは!?」
「駄目だ、当たらん!」
「とにかく撃ちまくれ!」
空襲警報が鳴り響く中、幾多の対空砲火が闇夜を切り裂く。
しかし基地を襲ってきた無人機は、熾烈な弾幕を悠然と潜り抜け、滑走路や搭乗員宿舎などに突っ込んでいく。機銃弾の直撃を受けるなどして墜落する機もあったが、その数はあまりに少ないと言う他ない。
結局のところそれらは目標とするには小型過ぎ、レーダーで捉えることも高射砲の照準を合わせることも困難だったのだ。
ヘンダーソン機による通報もあって、夜間戦闘機が緊急発進したりもしたのだが、それらも上空で右往左往するばかり。
「糞ッ、ふざけやがって!」
50口径弾の木箱を抱えた上等兵が、惨劇を目の当たりにして叫ぶ。
無人機はカミカゼ型で、猛禽めいて夜空を旋回し、誘導路を避退中のSB2Cヘルダイバーを整備員ごと吹き飛ばす。そうかと思えばF4Uコルセアが炎上し、搭載していたロケット弾が誤作動で明後日の方向に飛んでいく。
とはいえ滑走路脇に並べたベニヤ製の囮機が、その役割を十分に果たしてもいた。
フィリピンでの戦いにあって、艦載機隊が飛行場を襲撃して敵機を地上撃破したと思ったら、ハリボテの類を撃っただけだったりした。立場はすっかり逆転してしまったが、その戦法はカミカゼ無人機相手にも有効だった。
(それに――)
十分に擬装された半地下式の掩体には、今のところほぼ被害が出ていない。
攻撃隊を率いる予定のマイケル・ポーター中佐は、その事実を素早く察知した。加えて爆薬の量もそこまでではないようだ。
「見ろ。お前等の機体はほぼ無事だ」
狼狽する部下を鼓舞せんと、ポーターは豪快に笑ってみせる。
大勢の視線が集中し――それらが戦士のものに変わったことを、彼は肌で実感した。
「滑走路もすぐ復旧するだろう。そうなったら殴り込みだ、100倍にして返すぞ!」
太平洋:サンフランシスコ西方400キロ
無人機母艦『しなの』は一応自衛艦旗を掲げていたが、はっきり言うならバカ船だった。
元々あまり効率的でないとされていた超大型タンカーを改造し、自動車工場で絶賛量産中の自爆無人機を積み込み、一応自動射出できるようにしただけのものだ。まともな戦力として期待されていないことは記すべくもなく、被弾時の対応についても「原油も積んでいないし、予備浮力が極めて大きいから何とかなるだろう」という出鱈目具合である。
結局のところ何から何まで沈んでも大して惜しくないもので構成されており、だからこそ敵戦力の吸引にうってつけの存在だと言えた。すぐ後ろを進む長距離砲艦『むつ』や貨物船改装の護衛艦艇も、その点では全く変わりない。
ただ命を失う訳にはいかない運用要員達だけは、来るべき空襲に備え、艦の防護区画内へと避難を始めていた。
「いよいよ敵さんのお出ましだ」
電機会社の松中部長は通路を早足で進みながら、何とものんびりした口調で言う。
彼のチームは源内プロジェクトで最優秀賞を獲得したこともあり、軍属の技術者みたいな形で『しなの』に乗り組んでいた。
「一応こっちも8隻だが、本当に1000機単位で飛んでくるだろうな」
「4000機やってきても大丈夫、でしょう?」
係長にしてサブリーダーの矢坂が不敵に笑い、
「油断は禁物ですが、動作不良さえなければ確実にいけます」
「まあ試験も散々やったしな」
そんなことを言いながら、松中と矢坂は二重の水密扉を潜る。
少々狭苦しい防護区画には、"第一艦隊"司令官以下全員が揃っていた。壁面にかかった何枚かの大型ディスプレイには、夜明けを迎えた明媚な空が描かれていて、間もなくそこに敵機が映り込むことだろう。
そしてその徹底的な撃滅こそが"第一艦隊"の任務に違いなく、そのための多種多様な実験的兵装を全艦が満載していた。
「さて、どんな塩梅か」
対空戦闘用意の号令がかかる中、松中は自信を滲ませ、
「21世紀の科学力を、奴等の目に焼き付けてやろうじゃないか」
西海岸沖での一大海空戦を控え、それぞれが動き出す第75話でした。
第76話は6月9日(火)更新予定の予定です。読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。評価ポイントが5000を超えました。この調子で頑張っていきます。
紺碧/旭日な艦隊シリーズに木製戦艦『八咫烏』なんてものが出てきますが、"第一艦隊"はほぼそんなイメージの改装艦群です。艦隊ごと完全遠隔操作という発想もあったのですが、流石にそこまで無人操船に対応できるか? という疑念があったので、艦隊シリーズと同様、囮艦の中に重防護区画を設け、乗組員の防護を保つという方向で考えてみました。
それから第43話で出させていただいたクイズ、覚えておられますでしょうか? 次回ではいよいよ、この答えが明らかになります。乞うご期待です。




