68. 信託
香川県仲多度郡:公民館付近
航空自衛隊でF-2Aを駆る久保田三佐は、昇進祝いも兼ねてか、生まれ故郷へと戻っていた。
対ソ戦が落ち着いて以降、第3飛行隊には作戦任務があまり割り振られていなかった。中国奥地の延安なる場所を奇襲し、毛沢東一派を爆殺したという程度で、日々の訓練の合間に休暇を取ることもできたのだ。
ただ半年ぶりに訪れた山間の村には、妙な活気が溢れていた。
何のことはない、平均年齢が一気に若返っていたのだ。政府の掛け声の下、大勢の臨時就労者がやってきて、休耕田にあれこれ植えたり、採算度外視でバイオ燃料用木材を切り出したりしているようだ。
(戦争は既存のしがらみをリセットするとか、誰かが言ってたっけ)
日課のランニングを終えた久保田は、その辺をブラブラ歩きながら、適当に考えを巡らせる。
土地だの水だのという話は、特例的に実施された所有と利用の分離政策により、解決したようなしてないような状況らしい。父も文句はあるようだったが、非常時が故と納得もしていて、その説の妥当性をある程度実感できてもいた。
「あッ、久保っち!?」
とりとめのない思考は唐突に中断された。公民館での投票を終えて出てきた一団に声をかけられたのだ。
誰だったか――久保田は一瞬分からず、目を丸くする。だがその直後、中学生の記憶が鮮明に蘇ってきた。一緒にバカをやった元クラスメイトだ。
「おお、畑山か……それに横山と、中川!」
「覚えててくれたか、嬉しいぜ」
畑山が屈託ない笑顔を返し、横山と中川もそれに続く。
「久保っちさ、東京でB-29撃墜しまくったんだって?」
「チームで戦った成果だよ」
「いやでもすげえよ。町の誇りだわ」
「なんでさっき、俺も久保っちの上司に票入れたで」
横山もまた嬉しそうに言った。
香川3区選出の代議士は確かに現役の防衛大臣政務官だが、上司と言われると微妙に違う。とはいえ一々説明するのが面倒なので、その辺は久保田も気にしないこととする。
「で、俺達今からうどん会やる予定なんだ」
「何だよそれ」
「俺達香川県民のソウルフードを、皆でしこたま食う会さ。久保っちも飛び入り参加してくれよ」
「それに臨時就農で3年2組の面子も結構揃ってるで。ちょっとした同窓会や」
「小麦、満洲産らしいけん、味はちょっと勘弁な」
元クラスメイト達がワイワイと言い、久保田も懐かしい気分でいっぱいになってくる。
それに小麦の供給がさっぱり改善していないことからして、催しへの力の入れようも分かった。何しろ地元の名物が滅多に口に入らないというのだ、相当に堪えていたに違いない。
「よし……それじゃ、久々にうどん食い競争でもするか!」
「おう、そう来なくっちゃ!」
大阪府淀川区:公民館
世界史と現代社会を担当している前田教諭は、ただ投票者の列に並んでいた。
あまりにも常軌を逸した災害に見舞われた世を、これまでに培った知識や見識で解釈しようという試みは、全く不成功に終わったと言っていい。世界史に通じてはいても、再帰的な歴史などお手上げだった。
ついでに担当科目をどう生徒に教えるかについても、半ば手探りといっていい状況だ。
(まあでも……最悪を回避するという選挙の原則は生きているわよね)
そう思いながら、前田は投票用紙を受け取った。
空いているボックスへと入り、まず小選挙区の候補者の選定にかかる。この地域は公正党――長いこと自由民権党にくっ付いている党だ――の地盤で、そこにネームバリューのある団結党の候補が挑む構図だ。
他にも候補もおり、そのうちの1人は性懲りもなく降伏などと主張していたが、色々あった末に入院してしまったらしい。
(さて、どうしようかしらね)
前田は党名や候補者名を眺めつつ、少しばかり思い悩む。
争点については何処も大差がない。ただ公正党は宗教ベースの政党で、対米仏罰とか主張しているのが難点だ。一方の団結党は関西の地域政党に元左翼の転向者が合流した代物で、やくざめいた支持者があちこちで暴力沙汰を起こしている。
(ここは与党としてやってきた実績を信じましょうか)
院外団まがいの行動はいただけないと、前田は公正党の候補者の名前を書き記した。
それ以外については自由民権党を選択し、裁判官の国民審査には何も記載せず、投票箱へと向かった。
アラスカ準州アンカレッジ:駐屯地
「はい。午後2時半現在の投票率は、既に3割を上回っている状況で、期日前投票を合わせますと……」
大型プラズマテレビに映った投票所を背に、リポーターが直前の情勢を伝えていた。
水陸機動団の水上一尉は、上陸訓練に関する報告を提出し終えた後、アンカレッジ基地――市街の跡地に建設されたプレハブ建築物集合体だが――の大食堂にてニュース番組を眺めていた。日本との時差は17時間で、そろそろ消灯時刻がやってくる。
「俺等、名前変わるのかな?」
水上は基地のコンビニで調達した羊羹を頬張りつつ、ぼんやりと尋ねる。
「自衛軍とか、国防軍とか」
「どうでしょう……案外そのままなんじゃないですか?」
そう応じるは後輩の小野田一尉。
「団結党は日本軍にしようってノリですが、それだとこの時代の軍人さん達と被っちゃいそうですし……それに妙だ変テコだと言われてますけど、それが70年も続くと愛着も湧きますよ」
「確かにそうなのかも」
「まあどっちにしろ、まだ暫くは戦争が続くんでしょうけどね」
その言葉を証明するかのように、ニュース番組が世論調査結果を流した。
与党は相変わらず優勢で、団結党がそれに続いている。資源確保の目途がつくまでか、あるいは米国解体までやるかの違いはありはするが、戦争遂行を支持する者は9割超。生活がかかっている状況で、理由も道義もない反戦を唱えられる人間などほぼいないということだ。
なお"アメリカ"に対しては未だ国民の半分以上が好感を抱いているという、ある意味清々しい結果もあるらしい。
「なら正直、治安戦は勘弁願いたいな」
水上は溜息交じりに言い、
「あそこ銃社会だし……無差別爆撃で降伏とかならないかな?」
「難しいんじゃないでしょうか? 爆撃だけで降伏した国はないって言いますし」
「ふーむ……今日のオノジュンは妙に現実的だよな」
東京都千代田区:内閣府庁舎別館
「さて、どう出ますかね?」
国家安全保障局を率いる大橋は、割と無機質な局長室にて、選挙特番を眺めながら言う。
半ば住み込みになっているものの、国家の重要情報と意思決定が直に流れ込んでくるその席が精神を刺激するのか、その表情にはまるで隈がない。その明朗度合いは選挙報道によっていよいよ増していると、飯田経済班長は思った。
「予想を大きく外れることもないでしょうが」
「地盤と風向きで、概ね読めますからね」
飯田は生返事をしつつ、私用のスマートフォンにインストールしておいたアプリを起動する。
それは随分前に趣味で作った議席予測シミュレータで、過去の政党支持率や各選挙区の実績を基に議席配分を予想する代物だ。それによると自由民権党は衆議院で単独で3分の2に達し、参議院でも70議席を超えると出ている。
「結果が出るまであと10秒です」
「多少緊張しますね」
画面上では国会議事堂の絵を背景に、カウントダウンが既に始まっていた。
大橋も飯田も、更には何千万という有権者が固唾を飲む中、それは0へと下っていき、20時ちょうどに画面が切り替わる。
「RNNの調べによりますと、自由民権党が単独で衆議院議席の2/3を獲得、現政権の維持が確実となりました」
アナウンサーが割と平常心を保ったような口調で伝え、
「参議院においても改選議席の過半数を上回る見通しで……」
「まあ、こうなりますね」
大橋はホッと息を撫で下ろして見せ、それからケミカル風味の炭酸飲料を一口。
画面を見てみれば、与党のメーターが恐ろしい勢いで回り、当選確実者の名前も次々と上がる。各党の選対事務所に画面が切り替わり、幾多の歓声、唱和された万歳などが木霊する。
「加藤総理、高野官房長官、日下防衛相、志村外相、それから武藤さんも当確です」
「団結党の方はどうですか?」
大橋がちょっと眉をひそめて尋ね、
「風見鶏の暴力主義者どもで、ぶっちゃけ大嫌いですが、憲法改正には協力が必要なはずです」
「ええと、参院では23から25議席程度。その点は問題ありません」
飯田が選挙関連のWebサイトを調べながら答え、
「ただ衆院の一部の選挙区で、事前予想に反して未だ当確が出ていないところがあります」
「ふむ……」
大橋はこれまた不愉快そうに唸る。
テレビを見てみれば急に占領憲法無効論に転じた学者が比例で当選確実となり、沖縄戦と占領期の復讐を唱え出した議員も、与党の候補とデッドヒートを繰り広げているようだ。
「とりあえず局長、全体としては良好な結果かと」
「……その通りですね」
大橋はほぼ赤一色に染まった日本地図を一瞥し、
「後は戦に勝利し、資源を確保していくだけ……しっかり日本を支えていきましょう」
「ええ。最低でも西海岸を確保しないと、もはや日本が成り立たぬところまで来ていますからね」
東京都千代田区:首相官邸
自分の氏名に加藤総理が花をつけてくれている様を、武藤は対策事務局員とともに見ていた。
危機管理に関する肩書が山盛りだと、危急の事態に即応するため、持ち場を離れられない。そのため地元の後援会や支持者、そして家族からの祝辞は、いずれもビデオ通話経由で届いていた。
ただその崩れた相好とは裏腹に、武藤は既に勝利の美酒から醒めていた。
何しろ消極的権限争いの結果、行政の中枢に放り込まれたような面がある。そこで結果を残せたのは、自分の責務を忠実に果たしてきたが故だが、当然それは目立ち過ぎるし、党内の微妙なバランスを突き崩す作用が多分にあった。
ついでに大臣予備軍は、これまでの政治状況から大勢いる。特異的時空間災害の下でも、党内抗争が消えることなどあり得ない。
(その辺を思い出したのも、つい最近なんだったな)
武藤は少し自嘲的な笑みを浮かべる。
総選挙後には新内閣。そんな常識すら半ば忘れていたなど、どれだけ忙しかったとしても、政治家失格ではなかろうか。
「副本部長、どうなりますかね?」
アマチュア無線について警告してくれた、対策事務局員の秋月が尋ねてくる。
「まあうちのボスの方も分かりませんが」
「全ては総理の腹一つ」
武藤はそう言って流れに身を任せる。
未だ国民への贖罪を果たし切れたとは思っていないが、対策本部以外の場であってもそれは可能だ。それに異動となるのであれば、熟慮の末のものであろうから、そこで全力を尽くすまでだろう。
「まあ誰がトップであっても、対策本部は動き続ける。そうでなくちゃな」
「ええ。ここに爆弾でも命中しない限り」
経済産業省出身の蔭山局員はちょっとふざけた面持ちで、
「副本部長が政経中枢爆撃を考案されたことを我々も光栄に思っております」
「ああ、本当に感謝しているよ」
武藤が本心からそう返した直後、彼のスマートフォンが唸る。
振動のパターンで誰からか区別できるよう設定してあり、すぐに加藤総理からのものと武藤は気付く。鷹揚にスマートフォンを取り、指紋認証で画面を開くと、ショートメッセージが届いていた。
『武藤君は再任の予定だ。大変だろうが、引き続きよろしく頼む』
文面はそんな具合で、武藤は改めて心身を引き締めた。
それから居並ぶ事務局員へと向き直り、少しばかり気恥ずかしげに口を開いた。
「どうやら、まだここを離れる訳にはいかないようだ」
選挙が大方の予想通り決着していく第68話でした。反戦思想は極めて自然的な理由から消滅していきます。
第69話は5月19日(火)更新予定の予定です。読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。
現在の日本で食べられているうどんは、オーストラリア産の小麦を使っているものが多いそうです。それもうどんに最適化された品種であるとか……現代の資本主義とは物凄いものです。一方で本作の世界では、量の限られた国産小麦と、昭和20年の満洲(そのうち華北での生産分も?)で生産された輸入品でうどんが作られますので、後者の場合かなり味が落ちてしまいそうです。




