66. 戦意と思惑
東京都千代田区:国会議事堂
高野官房長官が議長応接室を出、本会議場へと姿を現す。
議長席後ろより入場した彼が、黒漆の盆に載せて運んできたのは、紫の袱紗に包まれた解散詔書。まず事務総長によって開かれ、内容を確認されたそれは、丁重に衆議院議長へと手渡される。
「ただいま内閣総理大臣から、詔書が発せられた旨伝えられましたから、朗読いたします」
衆院議長は宣言し、同時に場の誰もが起立した。
500に近い議員達と、それに倍する瞳が、その一挙手一投足を見守る。衆院議長は一礼し、厳かに続けた。
「日本国憲法第7条により、衆議院を解散する」
「万歳!」
議員達が諸手を上げて三唱。続いて万雷の拍手が場に満ちる。
この瞬間、彼等は衆議院議員としての身分を喪失した。引退を事前表明してた一部を除いて、選挙戦を勝ち抜き再びこの場に集おうとする者の群れへと変わった。
そして仲間と握手を交わすなどしながら、続々と本会議場を後にしていく。
「さあ、二正面戦だぞ」
職務執行内閣の首班となった加藤は、大胆不敵な笑みを浮かべる。
「全員で戻ってこよう。そして……日常を取り戻そう」
「日常を、取り戻す……なかなか、いい言葉ですね」
高野が追従し、
「スローガンにぴったりでは」
「十数年前と一文字違いになってしまうが、大丈夫かな?」
「いいのではないでしょうか。実際、今の我々にはそれが必要です」
「そうか……その通りだな」
加藤は大きく肯き、どこか遠くを見るような目をした。
多少の問題はあれど平穏だった世界。もはやそれは手の届かぬどこかに消えてしまったのかもしれない。だが少なくとも日本を、可能な限りその頃へと近づけることこそ、己が義務だと加藤は確信していた。
ワシントンD.C.:ホワイトハウス
本土空襲によって生じた混乱は、北米大陸全域を覆い尽くさんとしていた。
国家の屋台骨たる公官庁や州政府、大企業、金融機関などが吹き飛ばされ、あるいは今後狙われるのではとの懸念から、てんでんばらばらに動き出すなどしていた。政府としてそれらを統制しようにも、担当者が爆死していたり、電話が通じなかったりといったあり様で、状況を把握するだけでも一苦労。しかもその間にも、次の重要施設が木っ端微塵になったりする。
「我々の全てが丸見えだとでも言うのか……?」
大統領たるトルーマンは忌々しげに唸る。
被害を免れた科学者やらSF作家やらが討議した結果が書面にまとめられていて、それによれば日本軍の打ち上げた人工衛星は、極めて小型ながら一定以上の偵察能力を有している可能性があるという。空襲が異常なほどの効率を示しているのも、そのせいだというのだ。
なお幸いと言うべきは、対策の方向性がきちんと記されていることだ。
日本軍の人工衛星のうち低軌道のものは、秒速2キロ超の対軌道砲によって撃墜可能と試算されていた。対象の軌道計算も電子計算機――弾道研究所のENIACはバラバラになってしまったとはいえ――で行い得るとのことだ。
無論、対軌道砲など空の上のパイでしかないため、一から設計・開発を行わねばならないが、それでもまだマシな部類だった。
「ふぅむ……」
濃く淹れてもらったコーヒーを口に含みつつ、トルーマンは次の報告書に目を通す。
こちらは省庁や研究機関の一部をニューヨークやフィラデルフィアに疎開させるというもので、特に接収済みの地下鉄駅を活用するという内容だ。専用列車を仕立て、重要な人間の居場所を固定しないなど、かなり緻密な内容だった。
(もはや誰が狙われるか分からん……もしかすれば私も、か)
未だホワイトハウスは爆撃を受けていないため、日本軍にはその意図はないのかもしれない。
とはいえ卑劣な日本軍のことだから、いつ気が変わるか分かったものではなかった。更には硫黄島の海兵隊を壊滅せしめた謎の超兵器――ここにきてその正体がまた分からなくなった――を再度使用してくる可能性もあった。
有事に備え地下防空壕を拡張させてはいるが、こうなると生殺与奪が握られているようで、とにもかくにも苛立たしい。
「大統領!」
午後3時のオーバルオフィスに、相変わらず唐突に補佐官が飛び込んできた。
彼の顔は実に不可解だった。右半分が悲痛に満ち、左半分に喜色が浮かんでいるといった具合だ。
「何だね……また悪い報せとより悪い報せか?」
「いえ、よい報せと悪い報せです」
補佐官は興奮した声で答える。
「ではよい報せから頼む」
「あのアレクサンドロス人とかいうのとコンタクトが取れました!」
「何、本当かね?」
「はい! 詳細は追ってお伝えいたしますが、やはりあの静止衛星はアレクサンドロス人の所有物であるらしく、あれを経由してアレクサンドロス人の宇宙船と連絡が取れそうだとのことです」
「おお、素晴らしい……これで何とかなるかもしれん」
トルーマンの顔に光明が差す。これも謀略の可能性も考慮せねばならないが、突破口になるかもしれない。
「それで、悪い報せというのは何だ?」
「太平洋艦隊がアラスカ沖で全滅いたしました」
「は……いったい、どれだけやられたんだ?」
「文字通りです。1隻残らず、容赦なく沈められたと」
「う、ううん……」
トルーマンは強烈な目眩を覚え、直後に意識を失った。
モスクワ:クレムリン宮殿
銃声が轟いてくる。日本との内通が疑われた者が、次々と銃殺刑に処せられているのだ。
もっとも現状、ベリヤ内務人民委員の独走となりつつあった。かの性癖倒錯者は粛清の結果、ヨーロッパ・ロシアへの空襲が激減したと主張しているが、単に日本軍の矛先が北米に向いただけにしか見えない。加えてベリヤにしても、自分の邪魔になりそうな者を好き放題に抹殺しているだけのようだった。
そうした殺伐とした気配の中、外務人民委員のモロトフはスターリン書記長の執務室を訪れていた。
「ふむ……本当に異星人が、日本に助力をしていると?」
直近2か月ほどで盛大に老けた感のあるスターリンは、これ以上ないほど怪訝な顔をし、
「冗談にしても酷くはありませんか、同志モロトフ?」
「しかし同志スターリン、アメリカ人達は本気でそう考え始めています」
モロトフもまた当惑を浮かべつつ、外交機密文書を鞄から取り出す。
どれほど信じ難い内容であったとしても、ハクトウワシの国章が捺されたそれは、紛れもなく本物だった。
「日本軍は人工衛星や誘導ロケット弾、高性能ジェット機と推測される長距離爆撃機など、既知の世界には存在しない兵器を運用しております。これらは日本独自に開発されたものとは考え難く……何らかの異星人か否かはともかく、何らかの外力が作用した結果と考えざるを得ないのは事実です」
「確かに、裏切り者がいるというだけで、あれだけの被害を被ることはありませんか」
精密に焼き討たれたモスクワの惨状を思い出し、スターリンは不可解そうな色を露わにする。
日本軍による奇襲爆撃の全容は、特に極東軍やザバイカル軍との連絡がまともにつかなくなっていたこともあり、判明するまでにかなりの時間を要した。しかも高級将校が残らず戦死となると、裏切りや内通としても不自然だ。
「続けてください、同志モロトフ」
「はい。そのアメリカ人ですが、どうも件の異星人と見られる存在と何らかのコンタクトを取ることに成功したらしく、その事実について共有、討議するため3か国首脳会談を呼びかけてきました」
「ふむ……首脳会談と」
独裁者が故の懸念をまず抱き、それからウォッカを一口呷って思案する。
元々ドイツ降伏後――昨日ようやっとチョビ髭野郎の死体が見つかった――の国際秩序について話し合う用意はあったし、何がどうして世界がここまでおかしくなったのか、確かめねばならないのは事実だろう。
「それも必要でしょうね」
スターリンは結論をまず言い、それから続ける。
「ただし……この期に及んで、米英の言うことを鵜呑みにはできません。日本軍の標的を逸らすため、ヤルタ秘密協定を彼等が漏洩させたという可能性も考えなければなりません」
「では……?」
「同志モロトフ、貴方には日本との交渉を進めてもらいます。和平など口にするだけ腹立たしくもありますが、今は時間稼ぎと情報収集が必要です。特に貴方が以前言っていた通り、駐日大使の同志マリクは何かを知っているやもしれませんから、ともかくも早急に彼の身柄を引き渡すよう、要求してきてください」
「同志スターリン、了解いたしました。この身に代えてでも」
「同志モロトフ、よろしくお願いしますよ」
胸を張って宣誓するモロトフに、スターリンは比較的穏当な視線を送る。
ちょうどその瞬間、銃声が響いてきた。それが聞こえるような場で処刑をするよう指示したのは自分だが、現状のそれはどうにも不躾に思えた。
「それから同志ベリヤにも、少しばかり小言を言っておきます」
ロンドン:首相官邸
駐英米国大使のジョン・ワイナントの顔色は、真っ青としか表現のしようがなかった。
未だ新聞やラジオで報じられてはいないが、日本軍の揚陸船団を撃滅するべくアラスカに赴かんとした米太平洋艦隊主力が、北太平洋で1隻残らず沈んでしまったのだ。本土空襲によって国家の中枢施設が次々と木っ端微塵となっている中での大悲報で、外交官に相応しい態度を忘却せしめるほどの衝撃となっているようだった。
「ともかくも日本と異星人とを引き離し次第、我々は再び反攻に転じねばなりません。そのためには一刻も早く太平洋艦隊を再建せねばなりません」
ワイナントは覚束ない早口でまくし立て、
「太平洋艦隊には1隻でも多くの戦艦や航空母艦が必要です……今、太平洋において戦力たり得る艦隊は、貴国のそれしかありません。故にその譲渡をお願いしたいのです。時間がありませんから、乗組員ごと」
「そう言われましてもね」
ドイツとの戦いを勝利に導いたチャーチル首相。彼もまた事態に当惑しつつも、少々意地悪く応じる。
それからおもむろに葉巻を吹かし、とある事実に気付いた。鳥なき里の蝙蝠も同然ではあったが、現状では確かに英国太平洋艦隊が、連合国唯一の空母機動部隊になってしまっているのだ。
それにしても――栄光のロイヤル・ネイビーが蝙蝠と言い表すべき存在となってしまった。何たる悲劇だろうか
「確かにあの艦隊は、元々は貴国の指揮下に入る予定ではありましたが……艦を操る熟練の水兵達は、大英帝国への忠誠を誓った身。戦車や飛行機をお渡しするのとは訳が違いますぞ」
「そうした無理を承知でお願いしております」
「我が国にも国防というものがあるのですぞ。確かに暴威を極めたドイツはもはやないとしても……」
「閣下、我々に幾ら吹っ掛ける気でしょうか!?」
咄嗟にワイナントが声を荒げ、流石に不味いと思ったのか慌てふためいた顔をする。
「ああ……閣下、大変失礼いたしました」
「お気持ちは察しておりますよ」
チャーチルは相変わらず葉巻を吹かし、何ともはやと息を吐く。
とはいえ日本軍が異形の怪物になり果ててしまったのは紛れもない事実で、正直どう対峙するべきか全く分からない。スピットファイアやミーティアを100機集めても、件の写真のジェット機を1機も撃墜できないだろう。
結局のところ自分達がまだ冷静でいられるのも、日本軍がビルマ方面では妙に消極的だからでしかない――そう思うと腹が立って仕方なくなりはするのだが。
「まあ……新大陸では率直さこそ美徳ということなのでしょうな。ともかくも艦艇でしたら、キャンセル予定の戦艦や空母が結構な数ありますから、それらをお渡しすること等であれば十分あり得ますな」
「それらも全ていただきたい。本国艦隊の余剰艦も。ともかくも既存および今後就役する主要艦艇を譲渡いただけるのであれば、武器貸与法に基づく債権の一部放棄を含め対応させていただくことを考えております」
「ふむ……」
その言葉に、チャーチルは内心ほくそ笑む。
財政面から大英帝国が危機に陥るのを、これで回避できるのではないだろうか。いずれにしても維持不可能なほどに膨らんだ軍事力を高値で売却できるなら、それに越したことはない。
無論、将兵を無意味に死地へと向かわせる訳にはいかないが――ここは何か手を講じるべきだろう。
「そこまで言われるのであれば、友誼の厚さにかけては並ぶもののない大英帝国といたしましても、艦艇等兵器の譲渡について検討せざるを得なくなりそうですな」
「おお……閣下、感謝いたします!」
相当に面の皮の厚い言葉を、ワイナントは正面から丸呑みにして喜ぶ。
「閣下のご厚意を、貴国のご厚意を、一刻も早くトルーマン大統領の耳に届けたくあります」
「私といたしましても、大統領閣下とフィラデルフィアにてお会いできるのを楽しみにしておりますよ」
かくして会談は終了し、儀礼的な会釈などした後、ワイナントは退出していった。
そうしてチャーチルは一息つきながら、反攻の前提を満たすことは――満たしてもらわなければ世界の危機そのものではあるが――果たして可能なのだろうかと首を傾げた。
第66話では衆議院が解散され、衆参同日選へと突入。また各国首脳も理解困難な状況に狼狽しつつも、それぞれ策を講じていきます
第67話は5月13日(水)更新予定の予定です。読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。
作中に概念が登場した対軌道砲の元ネタは、ジェラルド・ブル博士の会社が製造した高高度砲です。何でも宇宙空間まで砲弾を飛ばすことに成功したのだとか(軌道には当然乗りません)。
真空管のオバケみたいな射撃統制装置(性質上、アナログ式でも十分でしょうか?)に照準用レーダー、大型望遠鏡等を、16インチ砲を2連結させたような砲に括り付け、射撃するという代物です。昭和20年時点に人工衛星なんてものが登場したら、こんな具合の変テコ兵器が考案されるのではないでしょうか?
なお現実の対衛星兵器として有力なのはレーザーだそうで。衛星にレーザーを照射し、カメラを飽和させる、衛星本体を過熱させ機能喪失を狙う、といったものになるようです。外への放熱が黒体放射以外でできない宇宙は色々と大変ですね。




