64. 洋上撃滅
北太平洋:アンカレッジ南東1000キロ
4機のC-2から2発ずつ投下された滑空徹甲爆弾が、微細に針路を変更しながら落下していく。
総重量4トンを超えるそれらは、いずれも赤外線対応の眼を持ち、事前に与えられた像に近しいものを目指す。兵器としての信頼性についても、ソ連戦艦『アルハンゲリスク』を"謎の失踪"に追い込むなど十分だ。
そうした突然の空襲を受けているのは、西海岸沿岸を這うように進んできた戦艦部隊。
海軍軍縮条約を生き延び今にいたる7隻と、クリーブランド級軽巡洋艦1隻が最初の標的となった。何かを察したのか、商船改造の護衛空母群から戦闘機らしきものが飛び立ちつつあるが、そもそもC-2の巡航高度まで飛んでこれる機体ですらない。
「全弾命中……おっと」
C-2の機内にて、戦果確認をしていた木原二尉が驚嘆を漏らす。
「何かあったか?」
「ああ……目標全艦、爆沈のようです」
機長の水瀬三佐からの問いかけに、木原は肩を竦めながら答える。
彼の端末には最大望遠の映像が流れていた。ニューメキシコ級戦艦が巨大な爆煙に包まれ、三連装砲塔が宙を舞って基部まで露わとなる様が、嫌になるほど鮮明に映っていた。
ついでに言えば、クリーブランド級などは既にV字型に折れ曲がっている。
「あの爆弾、弾薬庫か機関部を優先して狙いますから」
「はぁ、呆気ないなぁ」
副操縦士の小堤が気の抜けたような声で言う。
そう易々と沈まぬと思っている艦が、あれこれ考える間もなく爆散する。死にゆく者にとっては幸福なんだろうか。
「撃たれる側じゃなくて、まあよかった」
「とりあえず、さっさと仕事を片付けるぞ」
水瀬は事務的な口調で、
「それで休暇を貰いに行こうや」
「ですね」
C-2の編隊はそれから2度、3度と滑空徹甲爆弾を放ち、逃れる術もない艦艇を仕留めていく。
1万トン以上の大型艦はそうして全てが爆沈し、1万人超が訳も分からないうちに戦死した。もっとも攻撃はそれで終わらず、翼下に対艦ミサイルを抱いて飛来したP-1により、奇跡的な生存者を救助していた駆逐艦に至る全てが撃沈された。
かくしてデイヨ少将の水上打撃部隊は全滅し、水兵は1人として還らなかった。
北太平洋:ウナラスカ島南東1300キロ
ハルゼー大将麾下の第38任務部隊が言葉通りの全滅をした後も、高速戦艦6隻は針路を維持していた。
その周囲を幾多の駆逐艦が駆け回り、せわしなく探信を打つ。1隻だけ随伴したインディペンデンス級航空母艦から哨戒機が飛び立ち、海面から突き出た潜望鏡を探す。昭和20年の基準ではこれ以上ないほどの対潜警戒態勢ではあったが、それらの水測能力では、21世紀の潜水艦を捕捉するなど夢のまた夢だろう。
それらの真下の深海には、そうりゅう型潜水艦が複数展開していた。
装甲に覆われた大型艦を撃沈するには、長魚雷こそが相応しい。そのため通信衛星から定期的に齎される針路情報に基づき潜伏し、その耳を研ぎ澄ませながら、獲物がやってくるのを待ち構えていたのだ。
「魚雷戦用意」
潜水艦『うんりゅう』艦長の梅本二佐が発令する。
戦艦には1隻当たり2発、重巡洋艦には1隻当たり1発の89式魚雷を見舞い、大型艦の全てを葬り去る。硫黄島沖で戦艦『ミズーリ』を撃沈した時とは異なり、もはや躊躇は一切ない。
「一番から六番、魚雷発射用意」
強力な89式魚雷に目標情報が入力される。まず狙うは先頭を征く3隻、アイオワ級戦艦と判定された音源だ。それに続くサウスダコタ級3隻は、僚艦の『けんりゅう』が撃沈することとなっている。
そうしてHU-606魚雷発射管の扉が開かれ、海水が注入される。その音に気付く者などこの時代にはない。
「一番から六番、魚雷発射準備完了」
「撃てッ!」
命令と同時に圧搾空気によって89式魚雷が6発、深度400の海中へと押し出される。
忍び足の如く静かに、それでいて55ノットもの速力で突入してくるそれらの追撃を逃れるなど、21世紀の水上艦にとっても困難だ。20世紀半ばの戦艦ならば命中は確実で、弾頭が不発でない限り大被害を免れ得ない。
「方位3-0-0より魚雷発射管注水音。『けんりゅう』のものと見られます」
「向こうもやる気だな」
梅本は不敵に笑みながら呟いた。
それにしても……アイオワ級戦艦の全てを1隻で撃沈するなど、なかなかに英雄的じゃないか。
北太平洋:ウナラスカ島南東1300キロ
戦艦『アイオワ』の戦闘指揮所にて、ジェシー・オルデンドルフ中将は悲鳴のような通信を受け取った。
強力な2つの任務部隊が航空攻撃により、相次いで壊滅したようだった。その被害のほどは不明だったが、少なくとも戦闘継続は不可能となったのではなかろうか。それほどまでに理不尽な敵でなければ、戦艦で突入などという少し前のクリタ艦隊のような真似を、自分がすることなどないのだから。
(糞、どうするべきだ……?)
陰鬱な空気の中、強烈に歯軋りしながらオルデンドルフは思考する。
目的地のアンカレッジまで、本当に後先考えぬ全速力で突っ走ったとしても、どうしても1日半はかかってしまう。デイヨ少将の艦隊が壊滅したことからして、幾らアイオワ級やサウスダコタ級が防御に優れるとはいえ、戦艦が長距離ロケット攻撃に抗堪し得るという観測も甘過ぎたのかもしれない。
となれば自身が軍法会議にかけられようと、艦を生還させることを優先すべきでは――そんな誘惑が首をもたげる。
オルデンドルフは顔を少し上向かせ、戦闘指揮所に詰めた面々の視線を浴びた。
参謀達の誰もが平静、泰然自若を装いながら、どこか縋るような目でこちらを見つめてくる。太平洋艦隊の、いや合衆国の至宝とでも言うべき、優秀な男達だった。
(彼等を生きて家族のもとに還してやるのも……ああそうだ、だから征かねばならんのだった!)
その瞬間、滅茶苦茶になっていた脳裏に、改めて作戦の意義が浮かび上がった。
アラスカに日本軍が恒久拠点を築いてしまえば、あの正体不明の超重爆撃機がより頻繁に、より多くの爆弾を抱いて本土を襲うだろう。既に民間の死者は5万を超えており、しかも国家の中枢を集中攻撃されたことから、連邦そのものが綻びつつあった。これ以上の跳梁は、決して許す訳にはいかないのだ。
「諸君」
己をも奮い立たせるような厳かな調子で、オルデンドルフは声を発した。
そうして振り向いた参謀達の顔を、1人ずつじっくりと眺め、ゆっくりと、慈父のように口を開く。
「今こそ思い出そうじゃないか、合衆国海軍軍人の……」
その先は義務であったか、存在意義であったか、全く分からなくなった。
2発の89式魚雷が戦艦『アイオワ』の艦底で爆発し、指揮官の逡巡も家族への想いも愛国心も、何もかもを冷たい海の底へと引き摺り込んでしまったからだ。
アラスカ湾:アンカレッジ南南東600キロ
「おゥ、敵が見えてくるか」
重巡洋艦『足柄』の艦橋にて、田中少将は肯いた。
主力艦が全滅した中、最後に残った米巡洋艦部隊。その一糸乱れぬ陣形が、海霧に霞んだ水平線の向こうにあった。光学的手段では未だ艦影を確認できぬが、電磁波の屈折率の関係から、新型電探は明確にその存在を捉えていた。驚くほど視覚的に理解し易い表示器によると、1時方向より反航戦の構えであるようだ。
なお敵戦力は重巡洋艦8隻、軽巡洋艦4隻、駆逐艦20隻。やはり圧倒的な数だった。
「敵駆逐艦、向かってきます。本隊は直進の模様」
「ふむ……」
同じく電探により、米艦隊もこちらに気付いたようだった。
数多の駆逐艦を最大戦速で突っ込ませ、避退か被雷かという二択を強いる。巡洋艦からなる本隊は砲力をもってその支援を行いつつ、機関を焼き付かせんばかりの勢いで、ウィッターへ一直線に突入する。そんな思惑が見て取れ、たかが5隻という侮りは感じられない。米国の智将メリル少将も決死の覚悟で、いや死兵となって指揮を執っているのだろう。
相対速度は60ノット超。彼我の距離は1分に2キロほども縮まり、急速に緊張が高まっていく。
「全艦、空中魚雷戦!」
深呼吸して潮風を吸い込み、田中は朗々と叫んだ。
命令は艦に浸透し、また件の無線機をもって後続艦へと通達されていく。
「まずは邪魔な駆逐艦から……距離3万8000で射撃開始だ」
「全弾発射いたしますか?」
「流石に敵の数が多い。『足柄』、『羽黒』は1番発射機のみ、『五十鈴』、『春月』は景気よく全弾発射」
田中はすかさず決断する。
空中魚雷なるものの正体、それは88式地対艦ミサイルの発射機を強引に取り付け、入力端末に極座標を与えるだけで射撃可能としたものだった。『足柄』、『羽黒』はそれぞれ発射機を2基、他の艦は1基ずつを備えている。
合計42発の必殺兵器。そのうちの24発を、まず前衛たる敵駆逐艦隊へと見舞う。
傍目には珍奇に見えるそれがどれほどの威力を有するか、艦隊には知る者は少ない。だが確実にその突撃を粉砕し、過半を撃沈せしめるほどの打撃となるだろう。
「敵距離3万8000!」
「撃てえっ!」
高らかな命令とともに、空中魚雷は次々と発射されていく。
轟々と白煙を噴出して亜音速まで急加速したそれらは、その最大射程からすれば随分短い距離を飛び越え、備えられた電子の目を開く。射撃統制装置からの指示がないことから、飛翔軌道は随分といい加減だが、それでも対艦ミサイル戦を全く想定していなかった相手には無関係な話だった。
「弾着、今!」
見張り員が大声で叫び、空に描かれた白線の向こうに閃光が煌いた。
必殺の魚雷戦を挑まんとしていた20隻の駆逐艦。そのうちの8隻が轟沈、5隻が戦闘航行不能に陥り、嚮導艦たる軽巡洋艦2隻も同じ運命を辿ることとなった。
アラスカ湾:アンカレッジ南東690キロ
合理的に考えれば、この海戦の必要性は薄かった。正直なところ、フネ同士をぶつけ合うなど時代錯誤の極みなのだ。
そもそもかつての海軍艦艇をアラスカでの迎撃作戦に参加させること自体、燃料の無駄と言えそうだった。確かに20.3センチ砲を10門も備えた艦艇は、あまりに旧式とはいえ対地支援に使えなくもないため、一応の現代化改装の末にウィッターへと回航させたのだが――どうしてか、行きがけの駄賃に対空戦や艦隊戦をやっている。
一説には連合艦隊司令部の面々に泣き脅し、もしくは腹切り脅しをされた三津谷統幕長が、渋々ながら指揮権の独立を認めたという話だった。
旧日本軍や在外邦人が700万ほども残っている以上、ともに戦果を挙げることが政治的にも望ましいだとか、取り付けた装備の具合を評価するためだとか言われてもいるが、どうにもそれらは後付感が否めない。
そしてそんな駻馬の如き艦艇群のエスコート役を仰せ付かる事となったのが、護衛艦『しまかぜ』だった。
「先輩方、結構派手にやってますね」
砲術長の菊地三佐がどうにも嬉しそうだった。
「今度は重巡洋艦、軽巡洋艦を2隻ずつ撃破したようです」
「まあ大戦果だよね」
艦長の宮沢二佐は少々ポーッとした具合で、
「これで満足しただろうし、ここらへんでピリオドかな」
「どうでしょう。誘導弾を放って突撃、これだ……とか思っているかも」
「いや、『足柄』は戦艦じゃないし、それではちょっと困るんだけどなァ」
宮沢は溜息交じりに言う。
事実、敵艦隊と遭遇した場合は対艦ミサイル戦の後に避退し、残余は航空攻撃で片付けるという手筈になっている。これは海軍艦艇であれ、哨戒に出ている護衛艦であれ同じだ。
加えて損傷した艦も含まれているとはいえ、米艦隊は未だ足の衰えぬ6隻の重巡洋艦、2隻の軽巡洋艦を擁していた。
それと接触しようものなら損害は必至で、衝突なら全滅してしまうだろう。そうなったら大勢が死ぬ訳で、寝覚めが悪いどころでない。まず兵隊を陸に還してやる、それが指揮官の第一義務ではないのか。
全く――宮沢は落ち着かなかった。
「ところで、航空支援はまだかね」
「視界が最悪ですぐには出せないと。エルメンドルフはまだILSが付いてないですから」
菊地の声から妙な期待を感じ、深刻なことではないかと宮沢は顔をしかめる。
「では、ウィッターの本隊も出るのかな」
決死の前進を続ける敵艦隊、その確実な殲滅を期する為には当艦だけでは力不足だ。
少し不安にもなるが、本隊と合流して叩けばいいだろう。追加で40発も被弾すれば流石に敵も全滅だろうし、最悪残存艦があったとしても、癪だが陸サンのSSM連隊の餌食となるだけだ
思索に入るうちに宮沢は少々落ち着いてきた。だが直後、すぐに現実に引き戻された。
「艦長、田中艦隊より入電です。『我、是ヨリ断ヲ実演ス。鬼神モ之ヲ避ク様、御覧アレ』と……」
「え、ええ……」
宮沢は報告にかなり面食らい、菊地は余計に興奮した。
レーダー画面上では未だ旺盛なる戦意を保った2つの艦隊が、真正面から果し合いをせんと突き進んでいた。
第64話では米艦隊が次々と全滅、というより消滅していきます。そうした中、海軍艦艇も大きな戦果を挙げますが……。
第65話は5月7日(木)更新予定の予定です。読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。
「断じて行えば鬼神も之を避く」と言いますが、鬼神を避かしめるには何が必要でしょうか?
馬鹿正直に鬼神を相手に戦っては、鬼神の方が恐らく強いので、単なる無謀となってしまいそうです。しかしここでの断というものが、劣勢にあっても鬼神の想定していない手法、戦術等に全力投球し、もって混乱を誘発せしめるといった内容だったら如何でしょうか? そうした相手の虚を突くことが可能な領域を全力で見つけ出し、これで勝てるとの確信の上、事に当たる。それが断じて行うことではないかと考えております。
一方、田中少将麾下の艦隊は、断じて行っている風には見えないかもしれません。果たして如何に戦うか、ご期待いただければ幸いです。




