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令和時獄変  作者: 青井孔雀
第5章 反撃の意志
62/126

62. 北太平洋の嵐

東京都千代田区:首相官邸



 時計の針が進むが如く、アラスカ侵攻作戦は予定通りに進捗していた。

 現地の守備隊は着上陸した自衛隊によって瞬く間に消滅し、僅かな残余はアンカレッジ市民の生き残りと一緒にフェアバンクスへと撤退している。作戦の途中、20機ほどの爆撃機が飛来したこともあったが、これまたF-35Bが機関砲で撃墜してしまった。


 だが彼我の戦力を考えれば、これは単純に自然な結果で、作戦の本質はむしろこの後にあった。

 後方には大型フェリーや貨客船に便乗した施設科や補助隊など数万が控えており、アンカレッジやウィッターの港湾、エルメンドルフ飛行場、それら拠点を繋ぐ鉄道網などを一気に増強し、"アメリカ占領"のための一大根拠地を築いてしまう予定なのだ。

 そうした工事が1日遅れれば、大勢の国民が苦しむこととなる。絶対に遅滞は許されない。


「そして現時点で作戦遂行の障害となっているのが、米太平洋艦隊です」


 加藤総理以下いつも通りの面子に対し、三津谷統幕長が淡々と説明していく。


「現在米国はアラスカ奪還に向けて活発に動いており、間もなく太平洋艦隊にも出撃命令が下るものと見られます。それが発令され次第、自衛隊は総力を挙げ、北太平洋上にて同艦隊を撃滅いたします」


「総力を挙げて撃滅、か」


 加藤は無表情に応じつつ、ふと3月中旬の、特異的時空間災害直後を思い出す。

 今議題に上っているのは、その頃に全滅させるか否かで揉めた空母機動部隊の残余に、多少の増援を加えたものに他ならない。


「最初から徹底的にやっておくべきだったのかもしれない……なあ、武藤君?」


「あの時点では……致し方なかったかと」


 武藤補佐官も微妙に首を傾げつつ答え、


「あそこまで気の狂った反応をし始めるとは、正直に言って予想外でした。加えて後知恵ですが、硫黄島やサイパンでの顛末を見る限り、艦隊を撃滅したとしても結果は変わらなかったかもしれません。今回の攻撃でも恐らくそうでしょう」


「まあ、そうだろうな」


「ただ少なくとも失敗が即時的な致命傷とならず、こうしてリカバーが可能なことは、何より喜ぶべきかもしれません」


「どこかの本にあったな。失敗の有無ではなく、そこから如何に回復できるかが勝負の決め手だと」


 加藤は三津谷の背後の、地図が投影された辺りに視線をやりながら言う。

 どの部隊がどこにいてといった物理的な部分は、最初からほぼ間違いなく取得できている。問題があったのは心理的側面への誤解のみで、とすれば端からそれらを評価の対象外とし、相手の意図に全く左右されない態勢を構築すればよいだけなのだ。


「まあいい。三津谷君、敵艦隊の撃滅、頼んだぞ」


「了解いたしました」


「それと……曾爺様達にも、よろしくな」





オアフ島:太平洋艦隊司令部



 ニミッツ元帥は更迭を覚悟していたが、未だ太平洋艦隊司令官の役職を与えられたままだった。

 ただ正直なところ、それは予備役編入などよりよっぽど堪え難かった。後任が見つからなかったが故かもしれないとすら思えた。凶悪極まりない異星人を味方につけた、アインシュタイン博士にも理解できない超兵器を用いる日本軍と対峙するなど、どれほど勇猛な提督であっても嫌がるだろう。


 そして今、ニミッツは頭を抱えていた。日本軍がアラスカに押し寄せてきたためだ。

 当然太平洋艦隊にも出撃命令が下り、事前に策定した作戦計画の通り4つの任務部隊を、合わせて正規空母10隻、軽空母5隻、戦艦13隻を擁する大部隊を編成した。だが全くと言っていいほど、上手くやれる気がしないのだ。


「なあソック、突如反撃のいいアイデアが閃いたりせんか?」


 馬鹿みたいに薄いコーヒーを飲みつつ、ニミッツはやつれた笑顔でそう尋ねる。


「あるいは、アレクサンドロス人とやらを仲間にして助けてもらう方法でもよいがね」


「正直、お手上げです」


 参謀長のチャールズ・マクモリス中将もまた、非情な現実を前に力なく肩を竦める。

 ソクラテス並の頭脳を持っているため、ソックと渾名されている彼にしても、やはり何も思い付かないようだ。


「我々はあの誘導ロケットについてすら、未だほとんど情報を得られておりません」


「そういえばボーイングに送った分はどうなった?」


 ニミッツは念のため聞いてみる。

 どういう訳か不明だが、長距離ロケットの残骸からボーイング社の名前と製造番号らしきものが見つかっていた。


「欺瞞工作ではないかと私も思うが」


「それですが……先日の空襲で、研究所ごと消滅しました」


「糞ッ、何なんだ」


「ともかくも今のところ、確かなのは弾頭が500ポンド爆弾相当だということくらいで、他は全部推測の域を出ておりません」


「それ故、戦艦であれば誘導ロケット攻撃に耐えられる可能性がある、か」


「はい。『ミズーリ』の喪失は大きな痛手でしたが、潜水艦にさえ注意すれば、戦えるかと」


「ふむ……」


 ニミッツは机の上の作戦計画書を一瞥し、嫌そうに目を背けた。

 まず高速空母を中心とするハルゼー大将直卒の第38任務部隊――実は空母の半分弱が甲板の穴を強引に塞いだだけで、まともな航空機運用能力を有していない――が囮となって敵の攻撃を引きつけ、その隙にオルデンドルフ中将、デイヨ少将が率いる2つの戦艦部隊と、メリル少将麾下の巡洋艦部隊が、がそれぞれハワイ、サンディエゴ、シアトルを出航、アンカレッジを目指す。そんな具合のあからさまに覚えのある内容が、作戦計画書には記されていた。


 そしてそれ以上に現実的なプランなど、どれほど頭を捻っても出てこなかった。

 だいたいが超重爆撃機が本土を襲い、主要施設を精密に破壊して回っている状況では、いつ太平洋艦隊にその矛先が向いてもおかしくはない。いつ謎の誘導爆弾が停泊中の艦隊を直撃し、戦艦や空母をガラクタに変えてしまうか分からない。とすれば戦力として機能しているうちに出撃し、罠であったとしても押し通るしかないのだ。


「全く、悪い冗談としか思えん」


 ニミッツは吐き捨て、


「いったい何故、我々がレイテ沖の日本軍を演じねばならないのだろうな」


「追いつめられると、考えることは案外同じなのかもしれませんね」


「あの戦いからまだ1年も経ってないんだぞ……」


 ニミッツは苦虫をまた噛み潰したように唸り、直後、更に恐ろしく悍ましい悪寒を覚えた。

 フィリピンまで追い詰められた日本軍は、人間を爆弾の誘導装置として使ってすらいた。そこから全てが逆転したとなると、今度は自分達がカミカゼに手を染めることにならないだろうか。





太平洋:オアフ島北方2100キロ



 水平線まで広がる群青の外洋。その一角をつぶさに見れば、奇妙な物体が飛び出ていることが分かる。

 波の荒々しい海面の下には、海上自衛隊が誇る潜水艦『うんりゅう』が潜伏していた。未だ世が平穏だった頃に追加装備された極めて被探知性の低い機材を用いて、静止軌道上の通信衛星経由で自衛艦隊司令部からの情報を受け取っているのだ。


「艦長、真珠湾の米太平洋艦隊が出撃を始めました」


 副長が声を弾ませ報告する。


「現在オアフ島南方海域に集結中。針路は判明し次第連絡とのことです」


「うむ……狙いは十中八九アンカレッジだろうな」


「いえ艦長、確実にアンカレッジです。米国の無線通信は筒抜けですから」


「なるほど。そうだったな」


 艦長の梅本二佐は不敵に肯く。

 発令所を見渡せば、あからさまに空気が変化しているのが分かる。アラスカに上陸した自衛隊を叩くべく、出撃するであろう米太平洋艦隊。全力で海原を押し亘ってくるであろう大艦隊の撃滅という大任に、誰もが打ち震えていた。


 何しろそのために、先月の終わり頃から長い航海を続けていたのだ。

 これまでの難儀に満ちた道程を思い出すと、アメリカやロシアが原子力潜水艦に拘っていた理由もよく分かる。通常動力潜水艦の中では格別大型なそうりゅう型ではあったが、広大な外洋を駆け回るのは簡単ではない。

 そしてそうであるからこそ、大戦果を挙げて凱旋したいと梅本は思った。また当然、それは可能なはずだった。


「狙いは1に戦艦、2に戦艦。3、4がなくて5に戦艦。それから10くらいに重巡洋艦」


 梅本は戦意を滾らせながら、抑制された声量で念を押す。


「今回は遠慮は無用。全力で、確実にやろう」





太平洋:オアフ島北北東600キロ



 大型レーダーを搭載したTBFアヴェンジャー雷撃機が、航空母艦『タイコンデロガ』の飛行甲板を駆け抜けていく。

 油圧式カタパルトによって十分な速度を与えられたそれは、空中へと投げ出されるやすぐさま上昇に転じ、哨戒チームを組むF6Fヘルキャットと合流する。

 続いて今度は対潜型の機体がカタパルトに接続され、担当の将兵が急ぎ準備に入った。


「しっかり頼むぞ」


 勇躍飛び立っていくパイロット達に、ウィリアム・ハルゼー大将は艦橋から声援を送った。

 第38任務部隊を中心とする半径120海里――特に根拠がある訳ではないが、敵の射程はその程度と推定された――の円上を飛行し、忌々しい長距離ロケットを運搬する何かが接近してきていないか警戒するのが彼等の役目だ。その正体は未だ不明で、航空機なのか艦艇なのか、はたまた甲板に射出レールを備えた潜水艦かも分からない。しかし一度発射されてしまった長距離ロケットへの対処は困難で、であれば発射前の段階での撃破あるいは妨害を狙うしかなかった。

 そうした目論見が上手く運べば、損害も局限できるかもしれない。未だ真珠湾の哨戒圏内にはあるが、高い練度が要求される夜間を含め、常に1ダース以上の哨戒チームに艦隊周辺を固めさせていた。


(だが何故、栄光の空母機動部隊がこんな真似を……!)


 ハルゼーは厳かな表情を装いつつ、顎がおかしくなるほど歯噛みした。

 根性の腐った宇宙人野郎がジャップどもに超兵器を供与し出したせいで、休暇中に戦争がひっくり返ってしまっていた。しかも硫黄島沖で17隻の空母が一瞬で無力化され、東海岸まで爆撃を受けている。そうした状況を鑑みれば、空母機動部隊が囮となり、戦艦の突入に賭けるしかないのは理解できるが……心からの納得などできようはずもない。


「畜生、オザワの糞野郎かよ俺は……」


 そう消え入るような声で漏らしていると、前触れもなく参謀長のロバート・カーニー少将が現れた。

 少しばかり慌てた様子だった。流石に敵の攻撃が始まった訳ではなかろうが、何か重要な情報が入ったのだろう。ハルゼーは一瞬でそう直感し、カーニーが口を開くのを待った。


「司令、アダック基地から入電がありました」


「うん……アダック基地?」


 思いがけぬ地名に、ハルゼーは思わず聞き返した。

 他のアリューシャン諸島にある基地と同様、アラスカ侵攻の際に音信不通となったという話だったが……通信設備の復旧に成功したということだろう。


「それで、いったい何事だ?」


「はい。アダック島守備隊が、同島沖を東進する艦隊を捕捉いたしました。同艦隊は巡洋艦3隻、駆逐艦2隻からなり、巡洋艦のうち2隻はミョウコウ型、もう1隻は懐かしのナガラ型の模様です」


「ほう、あいつらが出てきた訳か」


 ハルゼーは頬を一気に紅潮させ、獲物を前にした肉食獣のような笑みを浮かべた。

 素性の分かる敵が現れたという事実、それが何より嬉しかった。少なくとも名目上は、アリューシャン諸島沖での日本海軍部隊撃滅という任務が与えられていたから、言われた通りやればいいだけでもあった。


「よゥし、全部沈めてやろうじゃないか」


「司令、哨戒部隊を減らす訳にはいきませんぞ」


「100機は出せるだろう。カーニー、艦隊に魚雷が合計何発あるか確認しておいてくれ」


 ハルゼーは意気揚々と命令すると、唐突に艦橋を後にしようとする。


「司令、どちらへ?」


「食堂だ。アイスクリームが食べたくなった」





太平洋:ウナラスカ島南南東500キロ



 まさかこんな形で艦隊に戻るとは。重巡洋艦『足柄』の艦橋にて、田中頼三海軍少将はぼんやりと思った。

 異常な災害のために、内地だけ80年ほど未来となってしまった。その混乱たるや筆舌に尽くし難く、輸送機で一緒だった陸軍の辻参謀など、このまま狂死するのではと思ったほどの戸惑いようだった。


 だが――田中は案外と珍しく、早くに吹っ切れてしまっていた。

 ビルマの根拠地隊司令という閑職にあって、日々悪化する戦線を眺めるしかなかった経験がそうさせたのかもしれない。ただ呆然と死を待つばかりのような生き様だったのだから、いっそ自分はもうこの世にないものと考えればいい。その上で再び戦う機会が与えられたのなら、全身全霊でそれに臨み、潔く戦死でも何でもしてやればいい。彼はそんな風に思っていた。

 無論、部下の大部分には事実を伝えられぬのは心苦しい。だがどうあっても、自分達が進むべき道は1つしかないのだ。


「司令、このまま東進しておって大丈夫でしょうか?」


 参謀長が尋ねてくる。彼は令和を知らぬ人間だった。


「幾ら米海軍が大打撃を受けたとはいえ、ここは敵地の真っ只中です。既に見つかってもおります」


「心配なら無用だよ……高雄で色々とほら、新装備を搭載したじゃあないか」


 田中は明日を省みぬ散財を楽しむかのような口調で言う。

 実際『足柄』と彼女に追従する4隻には、幾らかの武装を外した代わりに、原理の理解し難い新装備が多く搭載されていた。最新鋭の電探に水測装置、傍受される恐れのない通信機、1人で操作可能な極小高射装置、砲身に取り付けられた小型機械、自動照準の対空機関砲、カタパルト跡に設置された筒を束ねたような装置――これは空中魚雷発射機だというから驚きだ。

 なお令和の御代においては、これら装備は使い古されたものあるいは民生品を改造したいい加減な代物でしかないらしい。とはいえそんな事実は一文にもならないため、口を噤んでおく。


「これだけあれば米海軍も空襲も怖かないさ」


「我々は僅か5隻です。確かに新装備には瞠目すべきものがありますが……」


「一騎当千とはいかなくとも、多分50隻くらい相手できるよ」


「……ううむ、いったい何がどうなっておるのか、全く解せません」


「貴官もそのうち分かるよ」


 田中は呆けたような笑みを浮かべ、


「まあでも、とにかく今は戦って勝つ。それだけ考えればいいさ」

北太平洋の海軍力、航空戦力が動き出す第62話でした。帝国海軍艦艇も登場し始めます。

第63話は5月1日(金)更新予定の予定です。読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。


現代化改修された帝国海軍艦艇は我ながら浪漫枠だと思っています。正直どこまでやれるのか、あるいはどこまでやるべきなのかかなり怪しいというか……それでも8インチ級の砲を10門も備えた艦が複数存在する、というのは火力面で割と魅力的かもしれません。当然今の砲とは事情が違い過ぎますが、ズムウォルト級でも155㎜自動砲2門といった具合なので。

それにしても当時の高射装置、凄く大きいですし、よくこんなもの扱ってたな……と思えてしまいます。

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― 新着の感想 ―
つか、ここまで読ませていただいて 青井孔雀先生の地ジカラが凄すぎます。 どんだけ、この作品を執筆するのに時間を掛けて思考を深め構想を高めたのか、 と思ってます。 途中から入り込んで読んでます。
[一言] まさにアラスカが土間になりましたね 各地に散らばる米軍の残存戦力を反攻という形で自ら集めさせ 最後に自衛隊と言う箒で塵取りに入れると ハワイはもはや孤立しつつあります 航路が閉ざされたらも…
[気になる点] 重巡足柄・羽黒・軽巡五十鈴・駆逐艦神風 もう一隻の駆逐艦はなにかな? 以前一緒にいた護衛艦のたかなみかな 大破して放置してある高雄と妙高もシンガポールにいるけど修理が大変そうですね
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