61. 制圧戦
アラスカ準州:州道1号線
キーナイ半島北端に布陣した特科の砲撃は、鉄量という点では案外ささやかだが、限りなく正確無比だった。
指揮系統をズタズタにされたまま、アンカレッジ南岸に布陣していた米陸軍部隊の頭上には、遠隔操縦観測システムの小型無人ヘリコプターが張り付いていた。その可視光および赤外線の眼は、歩兵の1人まで見分けることが可能で、中隊本部から個々のタコツボ壕に至るまでの座標を受け取った19式装輪自走155mm榴弾砲が、それらを片端から墓場に変えてしまったのだ。
故に水陸機動団の23式水陸両用車が着岸した際には、抵抗らしい抵抗はまるでなかった。
その後も僅かな迫撃砲弾が飛来し、州道に沿って走る鉄道路線の脇を抉った程度。洋上の揚陸艦と制圧した浜との間をLCACが忙しく往復し、凶暴な10式戦車や16式機動戦闘車、各種機材や燃料物資が降ろされていく。
「おッ、戦車が通るぞ!」
暫くして、誰かが景気いい声で言った。
その通り、ディーゼルエンジンの轟々たる駆動音を撒き散らしながら、10式戦車の小隊が2つほどやってきた。水陸機動団の水上一尉はその雄姿に限りない頼もしさと、少しばかりの靄ついた感情を抱く。
「うちら、一緒に行かなくていいんでしょうか?」
銃を構えて警戒中の三曹が、僅かに不満げに尋ねてくる。
「普通科、随伴してないみたいですけど」
「命令は出ていないな」
水上はちょっと首を傾げ、榴弾の降り注ぐ正面を見据える。
敵襲に備えろとのことだが、そんなものあろうものなら、特科や攻撃ヘリが寄って集って磨り潰してしまうのだろう。
「まあこの時代の兵器では……それこそ戦艦の主砲弾でもぶつけない限り、10式は壊せない。普通科がついてなくても大丈夫って判断なんだろう。攻撃ヘリも飛んでることだしな」
「そんなもんですかね?」
「そんなもんなんだろう」
一応の納得を得たのか、三曹はそれ以上尋ねてこなかった。
10式戦車は砲撃で荒れ果てた道を履帯で踏み付けながら、要衝アンカレッジへと向かっていく。人口6000人程度の小さな市街は、サーモバリック爆弾や火力支援艦のロケット弾を受け、焼け跡と言うに等しい状況となっている。
「ん、何だあれ?」
また誰かが、実に不可解とばかりの声を上げた。
今度は水上にもさっぱり分からなかった。施設科の遠隔操縦装軌車両と一緒に、護衛と思しきオープン仕様の武装オフロードカーが走ってきたのだが、その座席にあまりにも場違いなものが載っていたのだ。
「何だかこの作戦、変テコなものばかり見ますね」
「全くだ」
アラスカ準州アンカレッジ:市街地外縁部
車体を覆う分厚い装甲から、金属塊を弾く音が響いてくる。
ほぼ焼失したアンカレッジの市街地にあって、辛うじて原型を留めているコンクリート造りの建築物群。その破れた窓に据えられたブローニングM2重機関銃か何かが、果敢にも撃ってきたのだ。
更には瓦礫の中から兵隊が立ち上がり、M1バズーカをぶっ放してきもした。
「流石10式だ、何ともないぜ」
10式戦車を駆る串本一曹は、そんな台詞を口にした。
実際、その通りだった。あまりいい気分がしないのは事実だが、50口径弾や60㎜ロケット弾が幾ら命中したところで、最新の複合装甲には傷一つとしてつきやしない。
「撃てッ」
号令と同時に10式戦車が反撃を開始し、120㎜滑腔砲が轟然と咆哮する。
目標情報は小隊内で全て共有されており、車載のセンサーに捕捉された全てが無力化された。M1バズーカを構えた兵隊は主砲同軸機銃の餌食となり、多目的榴弾が火点となっていた建築物を打ち砕く。第二次大戦当時の戦車に対してであれば確実に有効であったはずの陣地は、21世紀のそれによって一瞬のうちに叩き潰されてしまったのだ。
だが圧倒的な衝撃と武威を目の当たりにしても尚、米陸軍第27歩兵師団の将兵は決死の対戦車戦闘を継続した。
前進した10式戦車の小隊に対して射撃を続行し、更には肉薄攻撃すら仕掛けてくる。収束手榴弾や火炎瓶を投擲せんと、あるいはスコップや工具を転輪に挿し込もうと、砂煙の向こう側から突っ込んでくる。
「ヤンキー魂か……」
砲手や操縦士に効率的殺戮を指示しながら、串本は小さく独りごちた。
力量すら推し量り得ぬ怪物を相手にかくも勇敢に戦える軍組織が決して多くはないことを、そしてその徹底的殲滅が祖国の安寧のために不可欠であることを、彼は痛いほど理解していた。
アラスカ準州:ウィッタートンネル
一昨年に開通して以来、アラスカの兵站を支えてきた3マイル半のトンネルには、虚ろな目の敗残兵が集まっていた。
命令もまるで届かぬまま、異様な攻撃力を有する戦闘車両やヘリコプターに追い散らされてしまったのだ。徴兵されてきた連中は既に士気を阻喪し、職業軍人達すらも破断界が近い。
「いいかお前等、俺達はこのトンネルで戦うんだ」
集結した中で最も階級の高いメイヤー少佐が言う。
新生日本軍は確かに恐ろしい――というよりこの世のものとすら思えないが、ここで少しでも気分を盛り上げておかないと、もはや銃すら手に取れなくなってしまう。
「このトンネルには、敵の目玉爆弾も届かなければ、戦車も入れない……ならば入ってくるジャップ歩兵を撃って、撃って、撃ちまくって、ウィッターの港から増援が来るまで粘ればいい。どうだ、そこの新入りのキャラガン二等兵、できそうか?」
「で、できます!」
怯え切った表情の二等兵は、突然指名されたにもかかわらず、シャキッとした返事をする。
「うむ、いい返事だ」
メイヤーは不敵な笑みを頑張って作り、薄暗い周囲を見渡し、
「この中にキャラガン二等兵よりダサいチキン野郎はいるか?」
「いる訳ありませんぜ」
中隊長を失った軍曹が声を上げ、大勢がそれに呼応する。
実際、硫黄島のトンネル陣地では海兵隊が大いに苦戦したと聞く。彼等は突然の化学兵器攻撃でやられてしまったという話だが――いや待て、ここで使われないという保証がどこにある?
「よしお前等、まずは防毒マスクを……」
メイヤーの発しようとした命令は、突然の爆風によって肉体ごと消し飛ばされてしまった。
彼の懸念はある意味では正しかった。自衛隊が使用したのは坑道陣地破壊用のサーモバリック爆弾で、爆発性のものではあるが、人間にとって有害な気体を用いた攻撃だったからだ。
アラスカ準州アンカレッジ:市街地
ラッセル軍曹は瓦礫と砂塵の中で目を覚ました。
身体のあちこちが酷く痛んだが、骨折やその他重傷に特有の目眩などはない。あまり物音を立てぬようゆっくりと起き上がり、身体に覆い被さったコンクリートの欠片を掃う。
「畜生、何だったんだ……」
脳裏が多少鮮明になるや、意識を失う前までの記憶が逆流し、ラッセルは思わず呻いた。
敵超重戦車への射撃を開始したと思ったら、次の瞬間には戦車砲がこちらを向いていた。覚えているのはそこまでで、恐らくは機関銃陣地ごと吹き飛ばされ、自分は奇跡的に生き永らえたのだろう。
すかさず腕時計を一瞥すると、それは辛うじて動いていて、どうやら1時間以上も失神していたことが分かった。
では分隊の部下はと見渡すと、吹き飛んだ幾つもの手足が付近に転がっていた。周囲には命の気配がまるでなく、自分以外は全滅したのだと直感する。
立ち込める砂埃と硝煙に饐えた臭いが混ざり、一方的に打ち負かされた屈辱に全身が震えた。
「糞ッ、やられっ放しで終われるかよ」
ラッセルは砂っぽい唾を吐き、強く歯軋りする。
自分のものではなかったが、M1ガーランド小銃がちょうど脇に転がっていて、それを手にして立ち上がる。時折響いてくる銃声や砲声、爆発音はかなり遠いが、空の上からは奇妙な羽音がしていた。どうも偵察機らしいそれに見つからぬよう、物陰から物陰へと素早く移動していく。
友軍との合流を最優先すべきなのだろうが、もはや再集結地点がどこか見当も付かなかった。
だが銃声を辿っていった先には間違いなく、危機に瀕した友軍が存在するはずだ。とすればどうにか敵の目を掻い潜って合流し、ともに肩を並べて戦えばいいとラッセルは考えた。
なお不自然なことに、38式小銃の銃声は響いてこなかった。異常に強力になった日本軍は、40年前に制式化されたそれを新型に更新してしまったのかもしれない。
(ん……何だ、あれは?)
隠密移動の途上、ラッセルは何か敵対的なものを目撃した。
焼け焦げた交差点を曲がってきた、ナンバープレートに漢字で何か書かれたオフロード車。すぐさまラッセルは身を引き、焼け焦げた家屋の陰に身を潜めたが、車両だけが突出しているらしいことと、運転手がどうにも不気味だったことだけは記憶していた。
そうして妙に小さいエンジン音を頼りに、オフロード車との距離を把握せんとする。
音は近付いてくる。逸る心を抑え、彼我が最接近した時に、一撃で運転手を仕留めて離脱することだけを考える。
「今だッ!」
ラッセルは叫び声を上げ、かつて玄関であったところに躍り出る。
敵のオフロード車は目の前にあった。すぐに銃を小銃を構え、連発で撃つ。放った銃弾は間違いなく、不気味に真っ白な運転手の頭部を捉えていた。
「ば、馬鹿な!」
軍帽と頭部の一部を剥ぎ取られた運転手が、不気味な大きな目をぎらつかせながら、ラッセルを向いてきていた。
それは血を全く流さず、名状し難い、機械的な笑顔を送ってきた。正体の全く分からない、少なくとも人間ならざる異形。その存在を認めた時、ラッセルの正気はガラガラと崩れてしまっていた。
「畜生!」
ラッセルは困惑しつつも銃を構え、更なる攻撃を試みた。
だがそれは果たされなかった。運転手の損傷具合とは無関係に動作する後部銃座が、ラッセルの顔を正確に検出し、50口径弾を叩き込んだためだった。
アラスカ準州:キーナイ半島北部
「目標を無力化しました。確度99.9981%」
大型基地局車を改造した試験車両の内で、専用ゴーグルを被ったオペレータが報告する。
「囮ユニット頭部に被害。基幹自動銃ユニットに異常はありません」
「オーケー、そのまま掃討を継続」
「了解。それでは……天羽、行きます!」
幾分年配な主任の前動続行命令に、天羽という苗字のオペレータが声を弾ませる。
彼等は大手自動車会社と携帯キャリア、新興のロボットサービス企業などの混成チームだ。源内プロジェクトに共同参画するや否や、そのまま臨時の自衛隊員としての階級を与えられ、システムの実証試験を実地でやることとなったのだ。
試験中の基幹自動銃ユニットは、簡単に言えば自動運転車に遠隔操縦の火器類を取り付けたものだ。
市街地での近接戦闘など技術優越を発揮し難い環境において、普通科に先行して突入し、敵兵力を炙り出し掃討するための代物だ。現在は射撃にオペレータを用いるが、将来的なソフトウェアアップデートで完全自動射撃を実現する事を予定している。また搭載火器の方が自動運転車より貴重という状況が未だ続いているから、もっと簡易なものに換装される可能性も高いらしい。
「それにしても主任、ハッピー君って効果あるもんですね」
技術者の1人が微妙に納得し切れていないような顔で尋ねる。
自動運転車の運転席に載せられている人型ロボットは、実のところ基幹自動銃ユニットの機能とはまるで関係がない。どっかの会社の倉庫に眠っていたものを、多少人間っぽく振る舞えるからという理由でくっ付けた代物なのだ。
「まさか本当に囮として機能するとは」
「見たことない人間なら、あれが運転手だと思うだろう。多少外見が変テコでも」
「相当変テコだと思いますが」
「まあ、いいじゃないか」
主任はクスリと笑い、戦闘ログをチェックする。
「おッ、さっき無力化したの、画像解析では下士官級と出たぞ」
「とすると、普通の兵隊ならもっと勘違いするんですかね」
「だろうな。まあその効果を確かめるのも、俺達の仕事のうちなんだろう」
主任はそう答え、車内に並んだディスプレイへと向き直る。
画面上ではまたもや火点が発見されていた。人間工学的に優れたゲーム機のコントローラをオペレータが華麗に連打し、火点の根元をロックしていく。程なくして、数十キロ先の遠隔操縦火器が火を吹いた。
第61話ではアンカレッジ周辺の掃討、制圧が進んでいきます。一部、民生品転用兵器も出てきました。
第62話は4月28日(火)更新予定の予定です。読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。
本作に登場するハッピー君、まあトリガーハッピーをかけているという点もありますが、実のところ皆様も見覚えのあるあれです。というか元々ハッパー君でいこうとしたのですが、法令に反する行いをしてそうな名前なので、こちらに変更いたしました。市民、あなたは幸福ですか?
とはいえ形だけでも人型ロボットが自動車の運転席に乗っていると、特に初見の人などは、あれが運転手なんだろうと勝手に勘違いしてくれるかもしれません。




