60. アラスカ強襲
アラスカ準州:アリューシャン山脈上空
「何ともまあ、雄大な景色ですねェ」
C-2輸送機のコクピット。副操縦士の小堤二尉は、眼下を望みながら息を呑む。
太平洋プレートと北米プレートの衝突によって形成された、6月上旬となっても溶けぬ雪を被った峻険な山々が、極北の大地の彼方にまで連なっている。その麓には濃緑の森が広がり、朝の陽光に煌く湖畔が散らばったガラスのように点在している。
「一度、この辺旅行してみたいと思ってました」
「ならまあ、多少は夢が叶ったんじゃないか?」
機長の水瀬一佐はそう言って笑い、
「もっとも、観光ではなく爆撃に来た訳だが」
「そのうちできますかね、観光?」
「特異的時空間災害が、未だ詳細不明だからな……正直分からん」
「まあ、そうなりますよね」
小堤は軽い諦観を吐き出した。
国家国民の生存のため、敵中に活路を見出す。それについては誰もが賛成し、百万単位の人員を出征させることとなっている。だが全てが上手くいった後のことは、未だ何のコンセンサスも取れていなかった。
昭和20年の世界とどう関わるかも議論百出であったし、何より再度の時空間災害発生も考えられる状況だった。
後者が元の時代への帰還となるのであれば万々歳だが、それに際して海外に大勢が出ていると、軒並み置き去りとなってしまうかもしれない。まずあり得ない戦死ではなく、それこそが小堤や水瀬を含む自衛隊員にとっての最大の懸念であり、将来的に海外旅行が復活するとしても、渡航には相当の覚悟が必要となるだろう。
「とはいえ、そのうち頭のいい学者さんが、答えを見つけてくれるかもしれないさ」
「それを期待しつつ、今為すべきを為す、でしょうか?」
「ああ。ともかく、俺達は俺達の仕事をしよう」
「了解です」
そんな会話から数十秒した後、C-2は僚機と翼を揃え、高度12000メートルでランプ扉を解放した。
そこから蹴り飛ばされるよう連続射出されたのは、3トン級の新型サーモバリック滑空爆弾だった。シベリアでの実地試験でどうにか信頼性を確保したそれらは、民生品転用の誘導機構によって降下軌道を修正されながら、目標へと突入していった。
アラスカ準州:アンカレッジ上空
「な、何なんだよあれ……」
陸軍航空隊のメイソン大尉は、次々と立ち上るきのこ雲に愕然とした。
十数分前に航空無線電話が妨害され始めたため、直掩中だった彼の小隊は、そのまま敵編隊の捜索を開始した。だが目を皿のようにした甲斐も空しく、爆撃は始まってしまったのだ。
しかも更に悪いことに、第27歩兵師団司令部やニキスキーの野戦砲兵陣地、ファイア島の魚雷艇隊根拠地などが、精確に潰されてしまったらしい。幾つかある高射砲陣地も同様と思われた。
「畜生!」
操縦桿を握る手に、理不尽への怒りが込められる。
数少ない最新鋭機P-80 シューティングスターを与えられていながら、自分はまるで役立たずだったのだ。
「だが、どうする……?」
せめて一矢報いたい、しかし敵編隊がどこにいるのかまるで分からない。捜索範囲を広げるべきだろうか? いや、基地上空を離れすぎると、空襲第2波の迎撃に失敗してしまうかも。そうなったら基地が吹き飛び、着陸ができなくなる。
メイソンは孤立無援の状況の中、視線をあちこちに振りながら、とにかく思考を巡らせる。
(ん……!?)
逡巡の中、メイソンの視力は真っ黒い点を捉えた。
前上方に発見されたそれは、どうしてか急速にその大きさを増しており――思考より前に全身に言い知れぬ悪寒が走る。
(不味い!)
そう思った直後、メイソンの肉体は愛機とともにバラバラになっていた。
付け加えるならば、彼の僚機や緊急発進中だった機体もまた、等しく何もできないうちに撃墜されていた。彼等を一瞬にして平らげた上、掩体や司令部施設に片端から小直径爆弾を叩き込んでいったのは、グレー日の丸を描いたF-35Bだった。
アラスカ準州:ニキスキー近郊
正規空母や大型巡洋艦すら含んだ20隻超の艦隊は、これまた緊急出航中に全滅してしまった。
突然飛んできた大型ロケット弾が何十発と飛来し、駆逐艦に至るまでの全てに漏れなく命中したのだ。未だ浮かんでいるのは、手の施しようがない火災に見舞われた大型艦くらい。沈むか転覆するのも時間の問題だろう。
「役立たずどもめ!」
アンカレッジ南部のキーナイ半島。その北西部に陣取る戦車中隊を任されたディーン大尉は、苦々しく吐き捨てた。
カムチャッカ半島が陥落して以来、アラスカが戦場となる可能性は高まっていた。そうした中で海軍部隊は、ダッチハーバーあるいはアラスカに直接上陸が行われた場合に備えていたのだが、見ての通りのありさまだ。しかも迎撃機は片端から撃墜され、あちこちから黒煙が立ち上っている。
だがディーンは多少油断していた。ざっと見た限り、自分の中隊に被害はないからだ。
確かに日本軍の爆撃は、噂通り異常な精度だった。クック湾の狭隘部を睨んでいた砲兵陣地が、謎の大型爆弾の直撃で跡形もなくなってしまったほどだ。だがディーンは麾下の戦車全てを半地下壕に格納し、上に偽装網を被せるよう命令しており、そうした努力の甲斐あってか、空襲をやり過ごせていたのだ。
「畜生ども……来るなら来てみやがれ!」
ディーンは再び毒づきつつ、頭の中にアラスカ南部の地図を思い描く。
アンカレッジはクック湾の最奥に位置し、外洋から100マイルほど隔絶されている。しかもクック湾は途中で幅6マイルほどに狭まり、その東岸にニキスキーは位置している。地理的に考えて、ここを制圧しないことにはアンカレッジへの上陸は不可能だ。
であれば……待ち伏せが成立する。M4中戦車で轢き潰してやろうではないかとディーンは意気込む。
「中隊長!」
大声を張り上げながら指揮車に駆け寄ってくる曹長に気付き、物思いは中断された。
「どうした!?」
「敵の水陸両用車です!」
「何と、もう来たか!」
信じ難かった。だがディーンは軍曹を女房よりも信頼しており、指し示された辺りに双眼鏡を向けて驚愕した。
浜のすぐ近くの海面を、水陸両用車両が異常な速度で進んでいた。時速20マイルは出ているのではないかとディーンは推量し、更にはその針路を観察した。自分達の陣の目の前に、あと数分で上陸するものと予想された。
「戦闘準備!」
ディーンは命令し、信号弾を撃ち、伝令を走らせた。どうやって忍び込んだのか不明ながら、戦闘は間近に迫っていた。
完全な想定外であったから、まともな計画など皆無で、小隊ごとに撃ちまくるくらいしかない。それでも大丈夫だろうとディーンは思った。相手がどういう代物かは不明だが、水陸両用車の如きが戦車に敵う訳がない。大方この辺りに地上部隊はいないと踏んでの上陸だろうが、地球の反対側から蟻ンコが這ってくるほど甘い見通しだ。
信頼性抜群のM4中戦車、それも質のいいイージーエイトのエンジン始動音が、中隊全員の戦意を沸き立たせる。
「よゥし……ジャップどもは地獄に直行だ!」
ディーンは拳を強く握って意気込み、直後に爆音を耳にした。
射撃開始にはまだ早いのでは。そんな違和感を抱いた直後、彼の意識は吹き飛んだ。
アラスカ準州:カスタタン
最近昇進だけはした水上一尉。彼が率いる水陸機動小隊は、拍子抜けする戦闘を終わらせた。
23式水陸両用車で突入したクック湾西岸の砲兵陣地は、サーモバリック爆弾の直撃を受け、完全な焼け跡に変わっていた。そこに配置されていた人員もあらかた焼死していて、小銃と手榴弾で立ち向かってきた僅かな生き残りは、40㎜機関砲弾に吹き飛ばされたり、追加装備の遠隔操作式機関銃に撃ち殺されたりした。
「大変に、ありがたいことだ」
いがらっぽい気分を抑えながら、頼もしい友軍への謝意を表明した。
至近距離での戦闘となると、部隊に犠牲が出てしまう可能性が一気に高まり、もしかすると自分が死神に選ばれてしまうかもしれない。それに敵と目を合わせずに済んだのもありがたい。この陣地を守っていたらしい米兵は、黒粘土で作った出来の悪い人形みたいになって、虚空を見つめているばかり。
そして辺り一帯には、焼肉屋と便所を合体させたような異臭が立ち込めている。
「小隊長、制圧完了いたしました」
「おう」
一曹から報告を受けた水上はそれを中隊本部に上げ、警戒しつつ待機との命令を受領する。
上空の無人機が赤外線で調べた限りでは、怪しい熱源はないそうだ。だが周囲は針葉樹林帯であるため、何かの拍子に見落としてしまっている可能性もあるから気を抜けない。
とはいえ東岸に比べると、こちらは気楽なのだろうかと思う。
海峡の向こう側――キーナイやニキスキーといったクック湾沿岸や、シューアードからアンカレッジに至るアラスカ鉄道沿線などには、米陸軍第27師団の半分が展開している。また後輩のオノジュンこと小野一尉の小隊を含む連隊主力が既にそこに上陸し、艦砲射撃や攻撃ヘリによる精密な支援の下、20世紀の米陸軍部隊を細切れにしつつある。
「んー……何だぁ、ありゃあ?」
部下の1人が素っ頓狂な声を上げ、水上もまた首を傾げた。
旭日旗を掲げてはいるが、明らかに内航タンカーと思しき船が、一応は戦場であるはずの海域を堂々と航行していた。しかも射撃中の護衛艦よりも突出していて、どういう意図なのか判然としない。
「うおっ!」
タンカーらしき船の甲板に閃光が走り、それから猛烈な白煙が船体を覆った。
濛々たる煙の尾を引いた光弾が放たれ、数秒に1発といった具合に東へと飛んでいく。呆然と見つめているうちにそれらは頂点に達し、アラスカの大地に向かって落下し始める。
「ガキの頃、歴史の授業であんなの見ました」
火吹き龍の如きタンカー改装艦を眺めながら、一曹がぼそりと言う。
「確か、沖縄戦関連か何かで」
「ああ……鉄の雨を降らせた火力支援艦だな。俺も覚えがあるよ」
ワシントンD.C.:ホワイトハウス
「糞ッ、何たる被害だ……」
合衆国第33代大統領たるトルーマンは、空襲被害報告の冒頭を読むなり目眩を覚えた。
ここ2週間ほどで、数万もの被害が出ていた。しかも政治、産業、通信、研究といった基盤的な部分に集中している。5月16日の空襲の5日後には、弾道研究所やベル研究所、ハーバードやプリンストンといった名門大学が超ナパーム弾で焼かれた。更に最新の報告では、ゼネラルエレクトリックやフォード、デュポンなどの本社が奇襲爆撃され、経営陣の半分が殺害されたという。
その影響で、合衆国は完全に混乱していた。突然爆殺されるようになったエリート達は、自身の生き残りに必死で仕事どころでなくなり、国家は脳震盪に近い状況に陥りつつある。あるいはもっと悪いかもしれない。
「何とかしなければ……」
トルーマンは歯軋りし、名案が浮かばないので余計に顎に力が入った。
空襲対策や省庁の疎開は遅々として進まず、日本に支援を行っているらしいアレクサンドロス人についても何も分かっていない。科学者達はシカゴ南方の平原に巨大な火文字でギリシャ語の挨拶を描くなどしているが、全く成果に結びついていなかった。
「ううむ……」
「大統領、大変です!」
執務室の扉が悲鳴にも似た声とともに開け放たれ、補佐官がすっ飛んできた。
悪い報せなのは明らかで、しかも見慣れた光景になりつつある。トルーマンは真っ先にそう思ってしまった自身に震えた。第二次世界大戦に勝利した輝かしい大統領、そんな未来が待っていたはずなのに、いったいどういうことなのだ。
「重大報告が2件ございます!」
「悪い報せともっと悪い報せとでも言うんじゃないだろうな?」
「ええ……まさしくそれでして、まずブリッグス上院議員が、残念ながら」
「畜生、忌々しいジャップども!」
トルーマンは声を荒げ、机を拳でガンと叩いた。
ブリッグス上院議員というのはトルーマンの後任としてミズーリ州選出議員となった人物で、遊説中に爆撃を受けていた。1000人もの支持者が一瞬で焼死体となった中、瀕死の重傷で病院へと担ぎ込まれ、やはり助からなかったのだ。
「それでもう1つは何だ?」
「日本軍がアラスカに上陸したと」
「馬鹿者、何故そっちを先に言わんのだ!」
トルーマンは怒りの形相で怒鳴り、補佐官は己が失敗に委縮する。
だが何より拙いとトルーマンは思った。日本軍の巨人爆撃機がアラスカに展開などしようものなら、今よりも更に多くの爆弾を搭載し、各地を焦土にしていきかねない。
「スチムソンとキング、リーヒを呼べ。ただちに反撃せんと間に合わなくなる!」
第60話でようやくアラスカ侵攻が始まります。太平洋大圏航路は現代日本の富と安全保障を齎してくれていますが、本作では……?
第61話は4月25日(土)更新予定の予定です。読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。
書いていてアラスカに旅行に行きたくなる今日この頃です。お金があったとしても、コロナウイルスが猛威を振るっている現状、海外旅行などできそうにない訳ですが……なのでGoogle Earthなどを眺めながら気を紛らわせ、また現地の地形、気候などの参考情報を集めたりしています。
なお1950年代後半、アラスカに新たな港を作る計画がありました。その計画とは……核爆発によって港を作ってしまおうという、世に言う平和的核爆発です。とはいえ太陽系に進出するくらいになったら、案外似たような手段が復活したりするのでしょうか?




