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令和時獄変  作者: 青井孔雀
第5章 反撃の意志
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57. 新たな潮流

沖縄県名護市:キャンプ・シュワブ



 新たに発足した臨時ベトナム人民陸軍第1大隊は、元々はゴルフ場であった辺りで訓練を行っていた。

 特異的時空間災害発生時、概ね30万人程度存在した在留ベトナム人。彼等の保護を担当してきたベトナム民主共和国臨時政府が、その中から兵役経験者を抽出し、将官へと昇進させた駐在武官の下、地上部隊を作り上げてしまった。日本政府が"国連軍"を編成すると言い出したので、それへの兵力提供を目的とした形だ。

 無論、本職の下士官などは稀少だから、使えると判断された人間が片端から軍曹になるなどしている。


(それにしても……まるで傀儡政権の軍じゃないか)


 これまた強引に政治委員に任命されたレ・ミンは、熱心に匍匐前進する兵卒を眺めながら思った。

 実際、南ベトナムの連中みたいだった。自衛隊の基地は100万以上の新兵受け入れで埋まってしまったそうだが、よりにもよって在日米軍基地の敷地に間借りすることになろうとは思わなかった。


 もっともこの世界の故郷は皇帝バオ・ダイの統治するところとなっているそうで、正直訳が分からない。

 臨時政府によると、戦争が片付いた後にその辺は調整されるらしく、そうした際の政治力確保という意味もあるのかもしれない。もっとも流通の回復のため、恐ろしい飢饉が終息しつつあるそうで、それだけは手放しで歓迎したいところだ。


「ふむ……以前よりはマシな動きになってきたな」


 大隊長のチャン・ホン少佐がそう講評する。彼は本職の軍人で、新婚旅行中に巻き込まれた口だ。


「もっともうちの隊だったら、全員落第どころではないが」


「成長は早い方だと思われます」


 レ・ミンはすかさず応じ、


「当初の魂の抜け切った態度からは想像がつきません」


「こういう時は、何かしらやる事があった方が幸せだ」


「その通りですね」


 言葉には実感と、幾分の悲嘆が籠っている。

 とにかく何かをやっていれば、目の前の課題を乗り越えんとしている間は、家族や故郷との断絶という苛酷な現実を考えずにいられる。今はそれが死活的に重要だった。


「ああ、それと……こんなのが回ってきた」


 チャン・ホンがスマートフォンをかざし、動画を再生させた。

 何かと思ったら、鶏が映っていた。場所はどこかの施設。カゴから出されたそれらは騒がしく鳴き、元気いっぱいに走り回っている。ただ注目するべきは、その脚がやたら太いことだった。


「ドンタオ鶏でしょうか?」


「そうだ。俺は一度だけ食べたことがある。結構値は張るが、美味いぞ」


「自分も味わってみたいところです」


「来週末には届くそうだ」


 予想外の言葉に、レ・ミンは目を丸くする。

 いったいどういうことだろうか? よくよく考えてみれば先程の施設、検疫所か何かのようにも見える。


「ハノイにコメや衣類を運んだ船が、土産にもらってきたらしい」


「何ともはや」


「それで色々あった末、うちに回ってきた。皆で食おう。まあ1人当たり1切れとかその程度だが、ちょっとした宴会だ」


「早速計画を立てたくあります」


 レ・ミンは相好を崩し、声を張り上げた。

 やるべき仕事があって、その後にご馳走がある。そんな単純なことが、今は何よりも嬉しかった。





大阪府堺泉北区:臨海ホテル



 レストランは貸し切り状態で、大勢のフィリピン人が母国の料理に舌鼓を打ち、景気よく酒を空けていた。

 赤銅色に焼けた男達がサンミゲルのビールやジン、ちょっと高めのラム酒などをグイッと飲み干し、こんがりキツネ色になった豚肉や鶏肉のアドボをご飯と一緒に頬張る。イカの丸焼きや魚肉団子、パエリア、野菜スープ、ポテトサラダなどもテーブルに並んでいて、一流ホテルのシェフが作ってくれただけあってどれも美味だ。

 その傍らでは、ちょっと化粧の濃い同胞の女の子達が黄色い声を上げ、晩餐を盛り上げている。


 食糧事情がある程度は改善したとはいえ、未だ誰もが配給、配食に頼っている状況だ。

 そんな中で好き放題飲み食いできているのは、この男達が船員だからに他ならない。輸出入ともに消滅した現在、船員もまた人余り状態ではあった。だが大連や釜山、東南アジアの各地から食糧や石炭、金属資源、多少なれど原油を船で運んでくるのは彼等だし、北米の資源が確保できたなら全力で働いてもらうことになるから、可能な限りいいものを食わせてやろうとなったのだ。

 加えて最近になって、贅沢が許容される理由が新たに1つ追加されていた。


「俺等、今度は軍隊や弾薬だって運ぶぜ」


「兵隊がいたって、船が動かなきゃ駄目だもんな」


 男達がいい気になって放言し、酒をラッパ飲みしたりチマキを食べたりする。

 彼等を雇っている海運会社は、先週辺りから防衛省との傭船契約を次々と打ち出した。本格的軍事輸送へと切り替える対価として、船員達が要求したものの1つが、更なる好待遇という訳だった。


「でもさあ、アタシ達の故郷ってどうなってるの?」


 何気ない質問の声。


「曾お爺ちゃんとかもう生まれてるはずだし、会ってみたいの」


「その辺、まだ難しいらしいんだ」


 船員の1人が真っ赤な顔にちょっと困惑を浮かべ、


「俺もこの間アパリまで行ったけど、船長があんま降ろしてくれなくてさ」


「えー、何それ酷くない? アタシ達の国でしょ?」


「住んでるのはご先祖様だし、アパリの街は昔の日本軍が占領してたし、マニラには米軍が籠ってるし……21世紀の俺等まで入っていったら余計訳分からなくなるって」


「うーん、駄目かぁ……」


「まあ戦争終わったら、その辺も何とかなるんじゃないかな?」


 少しばかりしょげ、口をすぼめる可愛いのに、ちょっと年上の船員が言う。

 そのついでとばかりに自分のブランデーを取り、一口呷って満足げな息を吐き出した。


「他所の軍隊も、そうなりゃ撤退するだろ」


「そっか、そうだよね」


「ああ。それまでは……まあ、今の日本に協力しとくのが一番ってもんさ」





群馬県太田市:自動車工場



 ブラジルから来た自動車組立工のミゲルは、仕事に復帰していた。工場が稼働し始めたからだ。

 ただ寮で待機している間に、ラインは様変わりしていた。ベルトコンベアから流れてくるのは、乗用自動車より小さい程度の、どこか甲虫を思わせる謎の無人飛行機械。ライン工達は違和感しかないそれに戸惑いつつも、指示された通り組み立てていく。折り畳み式の翼や四翅プロペラなどを、どうにかこうにか取り付けていく。

 説明によれば自爆型ドローンで、無数に射出して連合国軍に突入するらしい。


(よし……!)


 折り畳み式の主翼の取り付けが完了した。

 ビス打ち機を台の上に置き、腕で主翼を何度か動かし、取り付けが正常か否かを確認する。問題はなさそうだった。


 そうして自分の担当分を終え、次の工程へと流れていくドローンを見守った。

 するとその直後、どこかでトラブルがあったのか、ラインが一時停止する。乗用車とは似ても似つかないものを突然組み立てることになったから、ミスなんて日常茶飯事だ。自分だって結構やってしまう。


「何でもいいけどさ」


 ミゲルは肩を竦め、ドローンを眺めながら、ポルトガル語でぼやく。


「こんなの役に立つのかな」


「俺等の気にすることじゃねえや」


 寮でも隣のベルナルドが適当に返してくる。


「飯のタネになるかどうか、それが重要だ」


「それもそうか……あと気になったんだが、うちらの曾爺さんとかに当たるとかはないよな?」


「うちの国、戦争ではイタリアに兵隊送ってただけらしいぞ」


「そっか、なら大丈夫か」


 ミゲルは納得した。そういえば世界史で習ったっけ。

 実際祖国ブラジルは地球の裏側だし、東京を爆撃した訳でもない。日本の敵国ではあるが、自衛隊もあまり気にしないだろう。


「ま、とりあえず今は仕事して、世界が元通りになるのを待とうや」


「だな」


 そんな風に無駄口を叩き合っているうちにラインは再開し、2人とも組立を始めた。





北海道ニセコ町:公民館



「何だか、不思議な気分ですね」


 資材の入った箱を運びつつ、オーストラリア出身のグリーンは呟いた。

 町に留まらざるを得なくなった外国人などを励ますイベントが、公民館で開催される運びとなった。手伝いにきたグリーンは、それなりに広い視聴覚室に万国旗を飾りながら、ちょっとした違和感を覚えたのだった。


「どうかされましたか?」


 長女の学級担任をやっている沼田教諭が、段ボール箱を運びながら聞いてくる。

 それに対してグリーンは、万国旗の一端を抓んで軽く振ってみた。幾つかの国旗が小さくはためく。


「これ、敵国の旗だらけじゃないのかなって」


「ああ……言われてみれば」


 沼田は虚を突かれたような反応をし、段ボール箱を持ったまま考え込む。


「案外、米国や英国が敵だからなのかもしれませんね」


「というと?」


「僕の知っているアメリカやイギリス、オーストラリアは、どこも素晴らしい国です。米国や英国、豪州と違って。この暴力と野蛮人の掃き溜めみたいな世界にあっても、それを忘れないようにしたい。そういうことかもしれません」


 沼田がそのように、しみじみとした口調で言った。

 80年ほど前の先祖が極めて自然な形で仇敵と認識され、かつ元居た世界とは完全に切り離されているという現実に、グリーンの精神が一瞬ゾッとする。ただ次の瞬間には、無意識的にそうした思考は掻き消されていた。


「なるほど……確かに私達は、同じ時代を生きてきましたしね」


「ええ、同じ時代を生きた仲間ですよ」


 沼田がニッコリと微笑み、段ボール箱からあれこれを取り出し始めた。

 彼の笑顔が少し寂しそうだったのは、本来あって当たり前の外国を、自分達を通じて思い出すしかなくなっているからなのかもしれない。グリーンはそんなことを思った。





東京都港区:アメリカ大使館



「我が軍は既に、戦える状態ではなくなっています」


 臨時国防長官兼統合参謀本部議長となったファーゴ中将は、絶望的状況を率直に口にした。

 脱落の原因は、わざわざ報告書にまとめるまでもないだろう。祖国に忠実な人間には耐えられないほど現実は過酷で、またグリーンカード目的の入隊者などが、挙って自衛隊外人部隊への移籍を始めていたためだ。

 そうした結果として、海兵隊などは人員の数割を既に失ってしまった。ファーゴはそう説明する。


「その上……隊内での内部対立が酷くなる一方で」


「軍ですら、そうなの……?」


「残念ながら」


「私達の理念は、いったいどこへ消えてしまったのかしら」


 臨時大統領たるパターソン女史は、ただ俯いたまま、消え入るような声で嘆く。

 現在のアメリカは、大使館しか領土がないにもかかわらず、内戦状態に陥ろうとしていた。黒人やヒスパニックといったマイノリティの一部が、1945年の合衆国を打倒し、人種差別的でない新体制の樹立を求め始めた。かと思えば曽祖父達と合流して戦うべきという一派が現れ、日本政府から懸念の声が寄せられてもいる。更には日本に帰化しようとする者や、無気力の末にログアウティズムに足を掬われる者も数知れずといったあり様だ。

 無論、何らかの形での和平を目指すべしとの声が主流ではある。だがそれも現実の荒波によって徐々に削られつつあった。何しろルーズベルト大統領が死に際に放った演説が、本土を熱狂の渦に巻き込んでしまっており、自衛隊も先日ワシントンD.C.やニューヨークを空襲し、今後無差別爆撃へと移行することが確実視されているのだ。

 そんな救いようのない状況でどうするべきか。そもそも何が可能なのか。あまりにも結論は出し難かった。


「とはいえ……大統領閣下、何らかの指針を示していただかねばなりません」


 ファーゴは重苦しい沈黙を破り、


「何を最優先とし、残された軍事資産とこれまでに積み上げた実績を投じるかは……全て政治の問題です」


「そうよね」


 パターソンが苦し気に肯き、瞑目して熟慮を始めた。

 ファーゴはただその様子を見守りつつ、今尽くすべき最善とは何であろうかと考える。この場で自分の頭を拳銃で撃ち抜くことかもしれない。そんな思考が脳裏を過ぎり、どうにか振り払った直後、パターソンと視線が合わさった。


「まずはNBC兵器使用の抑制……特に市街地等への使用の抑制を、日本政府に要望しましょう。そのためであれば……一部航空機、艦艇等を自衛隊に譲渡することも、検討するべきでしょうね」


「現実的な判断だと思います」


 世辞でなく、ファーゴは乾いた声で肯いた。反吐が出るほど現実的だった。

異次元の災害によって、突然異国に置き去りにされた人々も、どうにか自分達の進むべき道を模索し始める。そんな面が表出してくる第57話でした。とはいえ、在日米軍の運命はとりわけ苛酷です。

第58話は4月16日(木)更新予定の予定です。読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。


作中にドンタオ鶏を出してみました。面白い鶏だなあと思っており、更には元々が皇帝に献上される品種であったそうなので、この時代にも存在するはずです。というか食べてみたいのですが、残念ながら今のところ日本では食べられる店はないようです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 官民の様々な視点の物語。 重厚でほんと良いですね。 それこそ1人を焦点にあてて無限に物語が綴れそうです。 こういう転移戦記を望んでました! 在日ベトナム国連軍! 実に素晴らしい。 ベトナ…
[一言] 本国と突然切り離されて補給もないか。脱出を図るやつとかいそうだけど。
[一言] 在日米軍の手持ちとしてホワイトハウスの占領計画でも立案した方がマシなんじゃあないかなーという気はしないでもない 強引に占領して講和を結ばせる方が多分マシだろうしね。 海兵隊か特殊部隊によるパ…
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