55. 戦果
北海道夕張市:露天掘り炭鉱
昼休憩もそろそろ終わりそうであったから、元タンクローリー運転手の田島は準備を始めていた。
唐揚げつきの豚カツ定食がなかなかに美味で、午後の仕事にも力が入りそうだ。マグロステーキや鯨カツもなかなかいけるが、肉体労働者にはやはり豚や牛の肉が必要だ。
(よぅし……いっぱい石炭を掘ってやろう!)
田島は意気込み、飲み残しのファンタを空にした。
ファンタの起源は独国――この時代のドイツで、戦争中コカ・コーラの原液が入手できなくなったため開発された。ホイールローダーの得意な荒島がそんなトリビアを披露していたが、何故か第二次大戦に放り込まれてしまった現代日本の場合、その辺りはどうなるのだろうと思い、少しばかり首を傾げる。
休憩所のテレビはNHKに合わせられていて、ちょうどNHKのアナウンサーが独国について喋っていた。
歴史ではもう降伏しているはずだが、ベルリンが陥落した今も抗戦を続けているという。ユダヤ人が大勢殺されたとかでちょっと怖い気もするが、ここで踏ん張ってくれるのであれば、日本としては大助かりではないだろうか?
「あッ、新しいニュースが入ってまいりました」
唐突にNHKのアナウンサーが言い、休憩所の注目が画面に集まる。
「ただいま入ってきました情報によりますと、航空自衛隊は先程、米国本土にある複数の核関連施設、研究施設、政府庁舎、金融機関などを爆撃、その全てを破壊したとのことです」
「おおッ!」
田島も思わず呻った。仲間達も皆揃って沸いている。
「防衛省の発表によりますと、航空自衛隊のB-747A爆撃機に損害はないとのことです。また詳細については現在も分析中とのことですが、米国はその核開発能力を完全に喪失したとみられます。このニュースにつきましては、後程改めてお伝えいたします」
「俺達も負けてられねえなァ!」
班長が全員を代表するように威勢を上げ、
「誰か、何かいい音楽頼む」
「合点承知」
幾人かが同時にスマートフォンを操作し、田島はその中で一番を獲得した。
誰もがお馴染みの、大変に景気のよい行進曲だ。基地祭でもよく演奏されるし、ぴったりではなかろうか。
「おッ、センスいいな。そこのジュークで流してくれよ」
「オーケー!」
田島がアプリを起動して選曲すると、スマートジュークボックスから音楽が大音量で流れ出す。
言うまでもなく、流れているのは「軍艦」だ。大昔の大本営発表さながらになってしまったが、誰もそんな昔話に囚われていなかった。それに自衛隊の活躍を疑う理由など、どこにもありはしないのだ。
東京湾:羽田空港沖
「それにしても……東京が寂しいわね」
長駆北米まで進出し、爆撃を成し遂げたB-747A。その機長たる斎田三佐は、ポツリと呟いた。
特異的時空間災害の前までは不夜城のごとしだった深夜の大都会は、電力節減の結果として、随分と暗くなってしまっている。一部を除いて高層ビル群には明かりがなく、治安上の問題から幾らかの外灯が輝いている程度だ。
「きっと、じきに元に戻りますよ」
副パイロットの天野貴子二尉が、持ち前の朗らかな声で言う。
「何たって、私達が原爆施設を吹き飛ばしたんですから」
「まあ、そうね」
斎田は出撃してから今まで、ほぼ丸一日の飛行を省みる。
大変な長旅だった。追加燃料タンクや爆撃ポッドの搭載によって幾分不安定となった機体で、気象衛星やGPSの頼りもなしに、北米大陸まで編隊を率いて飛んだのだ。更に僚機と密に連携して複数個所を吹き飛ばし、ジェット気流に逆らって戻ってきた。
事前の説明通り迎撃こそなかったが、日付変更線の向こうでトラブルがあろうものなら生還は絶望的という、熾烈極まるフライトに違いなかった。その成果があってほしいものだと、斎田もまた強く願った。
「とりあえず、最後まで気を抜かずいきましょう」
「はい!」
明朗快活な返答。それにコクリと肯いた後、機体を大きく左旋回させた。
すると還るべき懐かしい場所、羽田国際空港の薄ぼんやりとした風景が、徐々に大きくなってくる。
「えっ……!?」
コクピットにいた誰もが、その瞬間息を呑んだ。
埋立地と桟橋を組み合わせたD滑走路。その路面上に、小さな光が次々と灯されていった。蛍のように群れをなしたそれらは、徐々に文字を形成し、帰還を労うメッセージへと変わっていく。
「わぁ……ただいま!」
「まるで2万光年くらい旅して、戻ってきたみたい」
「でも2万キロなら飛びましたよ!」
「そうだったわね」
天野は天真爛漫に喜色を表し、斎田はちょっとだけ気恥ずかしげな笑みを浮かべた。
滑走路上には、でかでかと「オカエリナサイ」と描かれている。流石にイの字が左右反転してはいなかったが、きっと決定権を持った人間の中に、昔のSFアニメが好きな人間がいたのだろう。
それでも……眩いメッセージを視界に浮かべると、やはり涙腺が緩みそうになる。
「さあ、きちんと着陸しましょう」
斎田の力強い言葉に誰もが肯き、漆黒のB-747Aは翼端灯を点滅させながら、空港の煌きの中へと吸い込まれていった。
ワシントンD.C.:ホワイトハウス
「いったいどういう冗談だ……?」
トルーマン大統領は愕然とした。手足が慄然と震えていた。
アメリカ本土が突然、同時多発的な空襲を受けた。数千人が目の前で爆殺され、同じ数が大怪我を負った。それだけでも失神しそうなほどであったが、心的衝撃は2波に分かれて彼を襲撃し、後者はより理解を拒絶するものだった。
ワシントンD.C.で標的とされたのは、陸海軍省に加えて商務省、財務省といった官庁、連邦捜査局や最高裁判所など。
言うまでもなくそれらは政治の中枢をなす施設群であり、いずれも2000ポンド級と推定される爆弾に精確に直撃され、夜勤中の職員ともども瓦礫の山となってしまっていた。しかも驚くべきことに、一見関連のなさそうなホテルまで吹き飛ばされており、何とそこでは政財界の大物がパーティを催していたというのだ。
被害は閣僚にまで及んでいて、財務長官のヘンリー・モーゲンソーの死亡が確認された。連邦捜査局長官のエドガー・フーヴァーも未だ行方不明。何故かような爆撃がなされたのか、全く分からない。
「しかもマンハッタン計画関連の施設は全滅で、ニューヨーク証券取引所や連邦銀も吹き飛んで金融も完全停止……」
暫定報告書を読み進めるなり、トルーマンの顔面は蒼白となっていき、
「おかしいじゃないか、何をどうやったらこんなことが起こる!?」
「至急、全力で調査いたします」
陸軍長官のスティムソンがすかさず答える。爆撃当時ペンタゴンにあった彼の右腕は、ギプスで固定されている。
「日本人が何等かの冒涜的な手段を用いたに違いありません」
「いや、そうじゃない……ヘンリー、君の見解を聞きたいんだ」
トルーマンは親指の爪を噛み、それから続ける。
「空母から見つかったロケット兵器の残骸についても、未だ何も分からん始末だし、だいたい調べさせようにも科学者が大勢死んでしまった。悠長に調査している暇なんてあるとは思えんぞ」
「でしたら……やはり火星人ではないかと。あるいは超心理学ですとか、超古代文明の遺物ですとか……」
「畜生、何でそんな発想しか出てこないんだ……」
ズキズキと痛む頭を抱え、トルーマンは苦しげに呻く。
それは非常識な可能性ばかり口にするスティムソンへの叱責ではなく、本当にどうかした結論にしか行き着かない、常軌を逸脱し切った現実に対する呪詛だった。
「とにかく分かった。フー・ファイターだか何だかとの接触を急いでくれ」
東京都千代田区:首相官邸
「とりあえず、核に関しては一安心ということでよさそうだな」
三津谷統幕長の報告に、加藤総理はホッと一息といったところ。
ハンフォードのプルトニウム生産炉やロスアラモス研究所、オークリッジのウラン濃縮施設。米国の核関連施設といったらそんなところだが、空撮映像を見る限り、その全てが瓦礫の山と化している。3000キロリットルに近い航空燃料と、貴重なB-747Aを投じた成果は、十分にあったということだ。
「とはいえ……奴等も再建しようとするはずだ。その場合はどれくらいかかるだろうか?」
「科学者、技術者等をどれほど排除できたかが、まだ現段階では確定できておりません。とはいえ、悲観的に見ても2年以上は必要と考えられます。無論、その間に我が何の妨害を加えない前提で」
「高名なアインシュタイン博士も死んでしまったかな。人類の損失だな、この時代のだが」
「アインシュタイン博士はマンハッタン計画に参加しておりませんよ」
高野官房長官のぼやきに、津山総務相がすかさず訂正を入れ、
「確か……海軍の魚雷を直していたくらいです」
「ああ、そうだった」
「とりあえず、自分からは以上です」
話が逸れそうになる中、三津谷は一礼して着席する。
単に報告が終わったという訳ではない。これ以上は自衛隊の領域ではなく、内閣が論ずるべきところだという意思表示だ。
「では……今後どうしていこうか?」
加藤は砂糖菓子を口に放り込み、多少咀嚼してから、志村外相へと視線を向ける。
「志村君、君はどう思う?」
「更なる爆撃を継続するべきかと」
志村はあっさりと言い、
「少なくとも現状、我が国から講和を呼びかけるメリットは薄いと考えざるを得ません。米国政経中枢への一方的攻撃を今後も反復することにより、国家の統治機構そのものが崩壊するとの恐怖を惹起せしめ、もって降伏へと追い込むべきです。そうでなければ、仮に戦闘状態が終結した場合であっても、何かと理由をつけて資源供出を遅らせるかもしれません」
「志村君は本当に、外務大臣らしからぬ外務大臣だな」
「対米和平は目的ならず。そう仰られたのは総理ではありませんか」
そうした返答に、加藤もまた不敵に鼻を鳴らして応じる。
実際、かの訓示は言葉の通りだ。全てが特異的時空間災害前と同様とまではいかないだろうが、少なくとも国民が食やエネルギーの心配をせずに済む環境を構築する。それこそが至上目的であり、そのためのあらゆるオプションを是認するのが現内閣だった。
そしてその根底をなしているのが、武藤補佐官と国家安全保障局とが取りまとめている"アメリカ占領"計画だ。
「まあ実際、和平を結んだが石油が入らないでは無意味だからな……ああ、武藤君はどうだね?」
「志村外相の案に全面的に賛同いたします」
意見を請われた武藤補佐官は、まずそのように前置きした上で、一気呵成に説明する。
「その上で、一点だけ付け加えさせていただくとすれば……政経中枢への爆撃を十分に実施したタイミングで爆撃方針を転換、現在開発中の低出力核爆弾、化学制圧剤の使用を含めた対米無差別爆撃へと移行するべきです。使用する機材の改修状況およびクルーの訓練期間、弾薬の生産体制等を鑑みますと、第一段攻勢が終了する予定の7月上旬を目途に転換が可能と考えられます」
「ふぅむ」
加藤が低い声で唸り、他の閣僚も追随する。重々しい沈黙が会議室に満ちる。
都民を何の躊躇もなしに焼夷弾で焼き、絶滅的な戦争まで布告してきた米国に対する反撃としては、至極当然の内容ではあった。そのことを誰もが理解し、認識していたが、長年に亘って培われた人道意識が最後のつっかえ棒となっているのだろう。
(だが……人道とは何であろうか?)
武藤は鋭利な表情で、そのように考える。
例えば都民が焼かれ、ニューヨーカーが焼かれないのが人道だろうか? 武藤は全力でそれに否と答えるべきとした。それこそ最悪の理不尽であり、不正義の最たるものであり、一方的暴力を追認する野蛮な思想に他ならない。
加えて、爆撃方針の転換は目標達成に欠かせない。そうした確信を胸に、武藤はゆっくりと口を開いた。
「総理、この無差別爆撃への移行は……我が国の資源確保および国民生活安定に不可欠なのです」
政経中枢爆撃があちこちで反響を起こし、また被害のほども判明してくる第55話でした。一方で日本側も、目的のためには本当に手段を選ばなくなっていきます。
第56話は4月10日(金)更新予定の予定です。読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。
まああからさまに分かると思いますが、「トップをねらえ」が大好きです。飛行経路と爆撃時間を計算したら羽田には夜間着陸になるので、ならいっそあれを……とどうしても。ステラリスにもタカヤ・ノリコ提督とか出したいですよね。
なおコカ・コーラの原液を製造している工場、日本にもあるので、ファンタとかで代用しなくとも大丈夫なようです。もっとも原液の材料が確保できません、なんてことになるのかもしれませんが。




