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令和時獄変  作者: 青井孔雀
第5章 反撃の意志
54/126

54. 政経中枢爆撃

東京都千代田区:首相官邸



「いよいよ、反撃開始です」


 テレビ中継に目をやりながら、飯田経済班長が声を弾ませる。

 画面に映っているのは、国民の期待を一身に背負ったB-747A。機体の輪郭を夜の闇に半ば溶かしたそれは、幻想的に煌く誘導路をゆっくりと進んでいく。既に何機かは上空を旋回しており、揃い次第進撃開始だ。


 なおNHKは太平洋渡洋爆撃の始まりを淡々と流し、時折SNSの声を拾うくらいだが、民放はもっと露骨だった。

 チャンネルを少し回してみれば、離陸していく特設爆撃隊を背景に、歌手グループが妙に戦闘的な新曲を披露している。


「おいおい……何だよこれは」


 対策本部副本部長たる武藤の反応は、何とも呆れたとばかりのもの。


「このグループ、ちょっと前まで愛だの平和だのやってなかったかな?」


「武藤さん、彼等だってお仕事でやってるだけですよ」


「まあ、人気商売か」


「そんなものです。それより……政経中枢爆撃計画、あれはお見事でした」


「少しは国民への贖罪となっただろうかな」


 武藤は表情を和らげ、少しばかり自慢げに言う。

 災害対策本部が稼働し始めたちょうどその瞬間、脳裏を過ぎった不可解な思念。加藤総理からの労いの言葉をきっかけにその正体を直観した武藤は、政経中枢爆撃計画という妙案をまとめ上げていた。


「まさか官僚団や企業経営陣、科学者などを重点的に爆殺しろと言い出すとは」


 自身も官僚の飯田は、少しばかり諧謔的で、


「武藤さんにはいつも驚かされます」


「皆が頑張ってくれているからだよ、あの案を思い付けたのは。突然対策本部メンバーを失ったら、この国はパニックになる。同じことが、米国にも言えるはずだと思ったのさ。それに実際、対ソ戦では片端から将軍や参謀を排除する方法で、敵軍を一挙に行動不能にした。その延長とも捉えられるはずだ、高価値目標から狙うのは戦争の基本だろうしな」


「実際ソ連でも試しましたが、モスクワの官僚団や共産党地方組織が爆撃で失われ、大混乱に陥っているようです。戦場における守護天使は、反対側から見た悪魔である。まさしく、昔の格言の通り」


 飯田はある意味において、実に面白そうな口振りだった。

 米国やソ連の人間からすれば、自分はサタンか何かだろうか。武藤はそんなことを思ったが、自分の立ち位置は明確に日本国にあるのだから、反対側からはより悪魔的な存在と見えるよう努めねばならないとも確信する。


「ともかくも、今は果報を待ちましょう」


 テレビを見てみれば、B-747Aの最後の1機が離陸を完了し、大勢の歓声が拾われていた。

 そうした中、飯田は少しばかり心配そうな表情を浮かべて口を開く。


「なので武藤さん、たまにはゆっくり寝られては?」





ワシントン州:ハンフォード上空



 グリニッジ標準時1945年5月16日、午前2時30分。それが爆撃開始時刻だった。

 太平洋標準時はその8時間減だから、現地時刻は5月15日午後18時30分。成層圏からはまだ太陽が拝め、山がちで乾燥した大地もまた茜色に染まっている。

 そうした風景の中に、最初の爆撃目標たるハンフォード施設群が映り込んだ。


「いよいよね」


 機長の斎田三佐が呟き、ゴクリと息を呑む。

 彼女の率いるB-747Aの3機小隊は、これまで一切の迎撃を受けていなかった。一応はレーダー網の整っている西海岸を避けるため、ユーラシア大陸東端のチュコト半島からアラスカ北部へと侵入し、カナダを経由して爆撃目標へと至る航路を取ったためだ。

 異なる目標にそれぞれ向かった2個小隊6機も――既に交信不可能な距離にあって武運長久を祈ることくらいしかできないが――恐らく状況は同じだろう。

 

 だがこれが次やその次の目標、サンフランシスコ連邦準備銀行や金門橋、ジェット推進研究所となるとどうだろうか。

 もしかすると高高度高射砲が撃ってきたり、青息吐息ながらも初期型ジェット戦闘機が飛んでいるかもしれない。そう思うとやはり気がかりではあった。


(だけど……絶対に成功させてみせる! そして皆揃って日本に帰ってみせる!)


 斎田は改めて意を決し、科学的思考をもってリスクは極めて小さいと自らに言い聞かせる。

 時速900キロ超の大型機が、高度12000メートルを飛行しているのだ。それだけでも昭和20年の航空機からすれば対処不能に近いし、目視が困難な夜間爆撃だ。万が一レーダーが捕捉された場合に備え、電波妨害装置も備えている。


(それに……悪いのは何もかも貴方達だから)


 東京を突然火の海にした悪鬼の巣、それが眼下に広がっているのだ。

 しかも恐ろしき原子爆弾を開発している。ドイツは史実より長く抵抗してはいるようだが、ベルリンは昨日陥落したらしい。となるとその標的は日本以外になく、絶対にその意図と能力を破壊しなければならなかった。

 そしてその時は今だ。擬似GPS正常との報告が、B-747Aのコクピットに反響する。


「爆撃準備」


 斎田は宣言し、最終爆撃航程へと突入した。

 そうしてB-747Aは微妙に針路を変え、最適位置に到達。爆撃ポッドから、次々とMk.84爆弾が落下していく。


「全弾命中、期待してるわよ」


 長男の創太と長女の桜のため、日常を取り戻したい皆のため、斎田は強く願った。

 技術の程度を考えれば当然の成り行きとして、その願いは聞き入れられた。12発の爆弾は見事、3基ずつあった原子炉とプルトニウム処理施設を精確に捉え、その全てを木っ端微塵に粉砕した。





ロスアラモス:研究棟



 天才が大量に集まって、何か凄い超兵器を研究している。

 大量雇用された下級研究補助員の1人であるケニーは、職場のロスアラモス国立研究所を、実のところそんな程度に認識していた。金属工学なら多少心得もあり、ラジウムやウランが放射線を出すことくらいは理解していたが、それがとんでもない威力の爆弾に繋がるなんてのは頭の悪いパルプ小説の世界ではないかとも思っていた。

 だが実際に物理学会の超有名人が真剣に取り組んでいるともなると、戦争に間に合うかはまるで定かではないが、案外と本当なのかもしれない。


「ああ全く……君は自殺願望でもあるのかね?」


 高名なファインマン教授の嘆きが廊下にまで漏れ伝わってくる。


「そんなんじゃ1年以内に死んでしまうぞ」


「先生は大袈裟だなあ」


「臨界実験だぞ? 一歩間違えれば中性子線を浴びて即死だからな」


「大丈夫ですって。うまくやりますよ」


 スローティン博士はいつもの調子。実験室に置いてある金属体は、詳細不明だが大変に危険らしい。

 それはともかく、今日の仕事はそろそろ終わり。夕食はレストランでTボーンステーキにビールの予定で、今から既に涎が出てきてしまいそうだ。


「ん……?」


 何故か妙に外が騒がしい気がした。ボヤでもあったのかとケニーは首を捻る。

 だがそれもすぐ静かになった。きっと非常に軽微な事故だろうと思い、ともかくも実験器具のチェックを済ませ、さっさと飯にしようと足を速めようとする。


(えっ……?)


 気が付いた時には身体が壁に叩きつけられ、激痛が走っていた。

 ケニーが知覚できたのはそこまでだった。意識は身体とともに押し潰され、何もかもが消滅してしまった。スローティン博士が1年どころか1分ちょっとで死亡し、ファインマン教授も同様であったことは言うまでもない。





ワシントンD.C.:宿泊施設



「畜生、どうしてだ」


 敗軍の将たるルメイ少将はまともに夕食も摂らぬまま、ホテルの一室でただ呆然としていた。

 東京へ赴いた爆撃隊が想定外の大損害を被った背景には、間違いなくスパイの影がある。しかし査問委員会の誰もそれを信じてはくれなかった。確たる証拠はないとはいえ、それ以外にあり得ないというのに。


 実際、新聞を賑わせるニュースはろくでもないものばかりだった。

 ナチの滅亡がほぼ確定したはいいが、太平洋戦線は3月以来負け続け。ソ連は日本の奇襲を受けて大混乱で、蒋介石も寝返ろうとしているとの噂だ。裏切り者が絡んでいなければ、こうも酷いことにはならないはずなのに、全くもって理解できない。


(いっそフーバー長官ならあるいは……)


 ルメイの頭にそんな考えが過ぎる。

 相手は連邦捜査局のトップで、大統領が変わろうと、北極星のごとくその地位に君臨し続けている。口さがない者は影の大統領とか呼びもする、正直に言って近づき難い妖怪のような人間だ。

 だがスパイの摘発の腕前は超一流のはずで、何らかの情報を持っているかもしれない。己の名誉を多少なりとも挽回し、日本の悪辣なやり方に打ち勝つには、彼の協力が不可欠ではなかろうか。


「よし……」


 意を決して立ち上がり、ルメイは8階の窓から東南東を眺める。その先には連邦捜査局の庁舎があった。

 だが未だ大勢が働くワシントンD.C.の官庁街に、何の前触れもなく爆発が起きた。それも複数個所で、鈍い衝撃が大地を伝わってくる。何秒か遅れておどろおどろしい爆発音が轟き始め、微妙に遅れて届いたものの中には、真南から響いてきたものもあったように思えた。


「爆撃……まさか……!?」


 顔面蒼白のルメイはすぐに確認へと向かい、ポトマック川の向こうにも火の手が上がっているのを目撃した。

 言うまでもなく、そこには五芒星形の建物が存在していた。長年仕えてきた陸軍の中枢もまた、一切の警報もなしに、正体不明の爆撃を受けていたのだ。

 それから何十秒かして、あまりにも遅まきな空襲警報が鳴り始めた。


「空襲だ、空襲だぞ!」


「そんな馬鹿な!」


「嘘でしょ、どうして!?」


 宿泊客の半狂乱な悲鳴が、あちこちから響いてくる。誰一人としてそんな想定などしておらず、従業員もまた上擦った声で平静を呼びかけることしかできていない。

 一方のルメイはそうした中、とてつもなく恐ろしい可能性に行き当たり、顔面蒼白となっていた。


「やばい、とにかくやばい!」


 ルメイはうわ言のように繰り返す。

 爆撃してきたのはどこの、どんな機体か。実際に爆撃されるまで誰も気づかなかったのは何故か。それら要素を総合し、強引に1本の線に結んだ末に出た結論は、以下のようなものだった。


「日本軍がスパイを使って首都の防空網を無力化し、サイパンで鹵獲したB-29でもってカミカゼ爆撃を仕掛けてきたに違いない」





ニューヨーク州:マンハッタン上空



「ワシントンD.C.空襲さる。被害甚大の模様」


 その第一報が齎されるや、航空隊はすぐに厳戒態勢に入った。

 勝利を目前にしながら、あろうことか首都に爆弾が落ちたのだ。しかも僅かな目撃情報によると、前代未聞の爆撃を行った正体不明機は、ニューヨーク方面へと転針したという。

 ならば確実に撃墜してやる。全ての迎撃機パイロットがそのように意気込み、空へと赴かんとした。


「馬鹿な……もう始まったのか!?」


 滑走路を離陸したばかりのパイロットは、マンハッタン島はウォール街に閃光が走るのを目にすることとなった。

 それから海軍工廠が爆撃され、シビックセンターの市庁舎も炎上し始める。驚くべきことに周辺に外れ弾らしきものの弾着は認められず、まるで凄腕のハンターに狙撃されたかのようだ。

 加えて、驚くべきはその速度だった。離陸直後に爆撃が開始されたとなると、正体不明機はワシントンD.C.からニューヨークに至るまでの200マイルを、長くとも20分程度で飛翔したことになる。


「畜生、どういうことなんだ……」


 P-61 ブラックウイドウのパイロットが唸り、空恐ろしさに歯を軋ませた。

 それから無線電話で地上局に問い合わせる。辺り一帯は真っ暗闇で、目視による迎撃などまるで叶わない。敵がどこを、時速何マイルで、どちらへと飛んでいるかをまず教えてもらい、そこへ向かった後、機載のSCR-720レーダーで捜索する必要があった。

 だが――防空管制官は最悪なほどに役立たずだった。


「何も分からないとは何だ、この馬鹿野郎!」


「残念だが事実だ」


 管制官の悔しそうな声が響いてくる。


「レーダーは機能を失った……敵機の電子戦とみられる」


「何とかしろ。この暗闇じゃ何も見えない」


「繰り返すが……」


 返答は途切れ、猛烈な雑音がそれに取って代わった。周波数変更で交信を継続しようにも、矢継ぎ早に塞がれてしまう。

 その暗澹たる現実に、パイロットは頭蓋を銃剣で突かれるような衝撃を受けた。合衆国が誇る科学を遥かに凌駕した、この世ならざるものが、ニューヨークを襲ったのではないか。寒気と戦慄、言い知れぬ恐怖が全身を駆け抜ける。


 それでも、パイロットは乗機に高度を稼がせ、再度の爆撃に備えんとした。それから地上から照射される幾筋ものサーチライトの、まるで当てもなさそうな振幅の中に、正体不明機の影を懸命に探した。

 無論のこと、それは全くの徒労だった。世界金融の中枢たる機能を瓦礫にしたB-747Aは、既に北西へと飛び去っていた。

第54話目にして米本土爆撃が始まり、第15話、第48話の伏線をようやく回収できました。あとソ連の混乱によってベルリンの陥落が少しだけ遅れています。

第55話は4月7日(火)更新予定の予定です。読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。


政経中枢爆撃は作中の造語です(Google検索かけても一致するものがありませんでした)。

米本土爆撃が開始されましたが、簡単な改修で強引に爆撃できるようにした形ですので、投弾数はさほど多くありません。1機当たり2000ポンド爆弾12発ですので、9機で合計108発としています(何だか煩悩の数みたいですね)。

この108発しかない(108発もある?)爆弾を最も効率よく使うには? 特に3分の1以上がマンハッタン計画の破壊に用いられる状況で、残りの爆弾を用いて最も大きな被害を与えるには? と考えてみると……各省庁や連邦準備銀行、証券取引所、重要な研究所などを奇襲的に爆撃、国家基盤そのものを破壊・機能不全に陥れるという方向に結構行き着くのではないでしょうか?


そして前回ステラリスネタを出したら……おお、何ということでしょう、私まで封印を解いてしまいました。なお現在はバージョン2.6が楽しめます。銀河コミュニティとか出てきます。すごーい! たーのしー!

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― 新着の感想 ―
[一言] 両国ともかなり攻撃的だが、相手の情報を持たない以上敵は敵として処理するしか方法が無いんだよね 相手を鬼畜だと思ってるから同じ鬼畜にならなきゃ怖くてやってられない
[気になる点] (^ω^ ≡ ^ω^)おっおっおっ ニューヨークとワシントンが火の海になったぜヤッホい [一言] ステラリスってソ連しか思いつかないんですけどそれは
[一言] ルメイはまだ理知的だな。論理的に思考してるのはさすが。
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