53. 鳴動
東京都千代田区:国会議事堂
国会は少しだけ静かになった。喧しいのが何名か、物理的に登院できなくなってしまったからだ。
もっとも、別の方向でうるさくなっただけとも言える。戦争継続を阻害するものではないから、一応は歓迎するべき変化なのだろうが、どうにも違和感があって仕方がない。
「ともかくも総理、国民は一刻も早い米帝打倒を、それから各種資源の確保を求めています!」
野党の迷物議員が、熱に浮かされたようにまくし立てる。
「そしてそのためであれば手段を選ばない。総理はかつてそのように仰られましたが、私も全く同感です。ではいったいどのような戦略で米帝打倒を実現し、資源を確保するのか。特に最近、自衛隊は対ソ戦闘ばかりやっており、弾薬や燃料の枯渇の懸念されるところですが……この点について、総理のお考えを伺いたい!」
「加藤内閣総理大臣」
議長からの指名を受け、加藤はおもむろに立ち上がる。
妙な視線を送ってくる質問者には、こと安全保障関連では、とかく自衛隊の活動を阻害していた印象しかない。かつては基地を作れば攻撃の対象になるから反対だの、トンチンカンなことばかり供述していた。
いや――もしかすると論旨は変わっておらず、対象が変わっただけなのかもしれない。
例えば先の論は、基地があるのだから攻撃すべき、基地を置く方が悪いという論に転換し得る。実際、最近はそんなのばかりだ。戦争するくらいなら降伏をと主張していた一団は、降伏しない米国を戦争で滅ぼせとなったし、米国を被爆国にして核廃絶の義務を負わせようと、何と反核団体が言い出した。
恐らく終戦直後はこんな具合だったに違いない。あるいは元々反米活動家みたいな連中だったから、"悪の米帝国"と思う存分戦える現状に清々しているのだろうか。そんなことを思いつつ、加藤は壇上に立つ。
「来るべき対米戦につきましては……何分、太平洋の向こう側での戦闘となりますから、自衛隊および補助隊の規模的増強を含め相当の準備が必要であり、現在全力を挙げて準備に当たっていることはご存知かと思われます」
加藤はまずそのように答弁し、詳細へと入る。
「対米戦遂行に当たって必要となる各種装備品、物資、燃料等に関しましては、想定必要量の1.5倍を確保できる見通しです。現在、民間航空機および船舶等の運行がほぼ停止しておりますことから、同燃料備蓄の一部を転用することにより、自衛隊の当面の活動に必要となる燃料を捻出可能と判明いたしました。また各種装備品、物資等につきましても、既に各社に全力での増産を行っていただいている状況です。元々我が国の工業生産額のうち、防衛向けのものは1%未満であり、今後量産が開始されます民生品転用兵器群につきましても、輸出向け生産ラインの転用などしてもらっておりますので、国民生活への影響は最低限と考えられます」
加藤はそこで軽く息継ぎし、
「なお航空機や艦艇の損耗は特異的時空間災害によるもの以外には存在せず、各種車両も事故による損耗以外ありません。誘導兵器等の射耗につきましても、特に対ソ戦では敵司令部、通信インフラ、物資集積所等の要点を集中的に破壊する戦略を採用した結果、想定の半分以下に低減できた次第です」
「既存装備品には……例えばオスプレイとかですが、海外製もしくは海外製部品の割合が高いものも多いと伺っており……」
この期に及んでまたオスプレイかとの失笑が漏れ、例を挙げた野党議員が苛立った顔をする。
「ともかくもそうしたものの生産についての対応状況を伺いたい」
「既存装備品およびその部品の増産につきましては、交戦対象が大東亜戦争期の兵器であることも踏まえ、大胆な選択と集中を実施しております。例えば主要な艦対空ミサイルであるESSM――発展型シースパローミサイルは我が国でライセンス生産を行っておりましたが、ブラックボックス化された一部部品を輸入しておりました。これにつきましては、開発元であるレイセオン社日本法人の協力を得まして、多少の性能低下を覚悟の上で代替部品を製造いたします。無論、相手は時速5、600キロ程度の航空機ですから、性能低下が問題となる可能性はございません」
「なるほど……では肝心かなめの対米戦の詳細を、是非国民の前で説明していただきたい!」
「こちらは三段階の戦略を考えております」
そこで加藤は意気込み、
「まず第一段階として米本土への爆撃を実施、もって無条件降伏を促します。手段、目標等の制限は今のところ一切考えておりません。またこの爆撃によって生じるあらゆる人的、物的被害の責任は、大統領をして残虐非道の東京空襲を実施せしめ、挙句の果てに絶滅的戦争の布告を許した米国民にあります」
「おお!」
誰もがその言葉を待っていたとばかりに息を呑み、表情にパッと光が差した。
与党席から1人、また1人と起立した。野党側も、頑迷なこと極まりない一部を除いてそれに続いた。議員達は誰も彼も興奮し、万歳、万歳と、声を張り上げて叫ぶ。
それから暫くして議長が静粛を求め、次第に議場は静まっていく。加藤は機を見計らい、口を開いた。
「なお、米本土爆撃の開始時期ですが……今週中にも始まると、ここに約束いたします」
埼玉県さいたま市:カレー屋
料理人をやっていたインド出身のスバスは、久々に働いていた。
作っているのはフィッシュカレー、それからジャガイモのサブジ。日本語がほぼ分かる店長によると、アジアのあちこち――この時期は昔の日本軍が占領していたそうだ――からの食糧調達と、漁業の拡大のため、多少の余裕が出たらしい。
無論のこと食糧統制は続いていたが、配食用の食材が届き、店の電気が点いた時は嬉しかった。
「はい、お待ちどおさま」
「わあ、カレーだ!」
小学生くらいの子供が、配膳されたカレーに満面の笑みを浮かべる。
続けて両親が深々と頭を下げ、それから手を合わせて食べ始める。香辛料もまだ備蓄が切れていなかったので、元の味にかなり近い。違いといえば、流石にガンジス川の淡水魚は手に入らないので、別の魚肉で代用したところくらいだ。
「どう、おいしいですか?」
「うん、とても!」
「骨あるから気を付けてね」
「おじさん、ありがとう!」
子供が本当に元気よく食べ始める。世の中が滅茶苦茶になってしまったが、それを見ているだけで心が綻んだ。
スバスは以前、故郷の家族や婚約者とはもう二度と会えないという確信から、トラックの前に飛び込みそうになっていた。結局は偶然通りかかった警官に助けられたのだが、自分の料理を喜んでくれる人々の姿を見ると、やはり生きていてよかったと思った。
実際、ログアウティズムなんて終末思想が、日本のタイムスリップに巻き込まれた外国人を中心に、大流行しているらしい。
この世は意地悪な高次元人が気まぐれで作ったもので、ログアウト――つまりは死――することによってのみその軛から逃れられるとか何とか。今思うと、自分もその類似品に精神を蝕まれていたのかもしれない。
運命がどれほど残酷でも、そんなのには負けては駄目だ。スバスはそう思いながら配膳していく。
「おっ、この香り久々だよ」
カウンターの客がニッコリと笑った。
昔はたまにノートPCを広げ、ラッシーやコーヒーを飲みながら何かの原稿を書いたりする常連さんだ。早速スプーンを手にし、一口。彼もまた歓喜の声を上げる。
「ううん……やっぱ美味いな」
「ありがとう」
「あ、そうそう。ちょっとここのお店、写真撮っていい? 記事に使いたい」
「どうぞ。どんな記事書くんですか?」
「戦勝後に楽しみたいグルメ特集。総理が米本土爆撃始めるって言ってたし、流石に向こうも降伏するでしょ。そんで戦争が無事終わったら、皆ここに食べに来てって宣伝したい訳」
「いいね」
スバスは微笑んだ。戦争はよく分からないが、お客さん達が喜んでくれるなら、きっとそれでいいのだ。
北海道大樹町:宇宙ベンチャー企業
「おっ、戻ってきた……よっしゃ、ほぼ誤差なし!」
オービタリアン社の名物社長である堀内は、デスクトップPCの画面を見ながら喝采した。
そこにはJAXAの軌道監視チームが送ってきた情報が描画されていた。無論、堀内とその部下が打ち上げた衛星に関するもので、狙った軌道にばっちり投入できていた。
「皆、やったぞ! 完璧な軌道投入だ!」
「ふう……緊張したな」
「これで連続成功か」
はしゃぎ回る社長とは対照的に、エンジニア達の喜び方は静か。それでも、心の内は同じだった。
なお彼等が打ち上げたのは、総重量数十キロ程度の、数年もすれば大気圏で燃え尽きてしまう光学衛星だ。分解能も5mほどで、撮影能力も限定的。とはいえ現状の日本にとって、恐ろしく貴重な偵察資産の1つとなるだろう。
何しろ堀内が生まれた頃はまだ、地表に向けて撮影したフィルムを投下する方式の偵察衛星が現役だった。
その更に数十年も昔ともなれば、自分達が宇宙から見張られているなどと夢にも思うまい。もしかすれば偵察衛星の概念くらいはあったかもしれないが、実現方法が全く浮かばないだろう。
「とりあえず、納品前に試験を済ませましょう」
開発部長の半田が言う。
「撮影場所、適当でいいので、何かございますか?」
「ニューヨークとかは前に撮ったし……ああ、ジェット推進研究所とかどうだ?」
「いいですね。じゃあもう1つ、ラングレー航空研究所も撮影しますか?」
「よし、それでいこう」
「了解です」
半田はその通りに指令を作成、JAXA経由で送信した。言うまでもなく、航空宇宙開発の祖への敬意が選定理由だった。
ブリヤート自治共和国:バイカル湖上空
深夜。夜空に輝く月を映した水面の真上を、3機のB-747Aが飛行していた。
左翼に巨大な棍棒のような部品を抱いた、漆黒のフェライト系電波吸収材を塗られた機体。赤外線の目でも持っていない限り、それらを闇夜の中から見つけ出すことは困難だろう。
なお、編隊は1辺が数十キロにもなる、巨大な正三角形。お互い視認困難な距離を、正確に維持している。
「擬似GPS、問題ありません」
投弾を行うのは三角形の頂点を占位する一番機で、それに搭乗する開発元企業のエンジニアが報告した。
彼は本来の搭乗員ではない。急造し、無理矢理機載したに等しい疑似GPS装置が、何らかのエラーを起こした場合に備えていたのだ。また今回の爆撃は実験的なものであり、動作ログの収集も彼の任務だ。
「擬似GPS、再チェック」
元哨戒機乗りの民間貨物機パイロットで、再び自衛隊に舞い戻った斎田香織三佐が発令する。
「再チェック……完了。推定誤差±10m」
「爆撃準備」
斎田は高らかに宣った。ここからは爆撃手の責任で飛ぶ。
爆撃手――彼だけは現役の自衛官だった――は発令を受け、端末を眺めながらテキパキと針路微修正の指示を出す。ここから投下すれば確実に当たる、そんな領域へと機体を誘っていく。
「投下!」
左右の翼に抱いた爆撃ポッドから、2000ポンドのMk.84爆弾が次々と落下していく。全てJDAMキット付きだった。
軌道上にGPS衛星はまだないが、それと互換性のある信号が、3機のB-747Aから放たれていた。座標系が既知のランドマーク――この場合はバイカル湖の湖岸線やハマル=ダバン山脈の稜線など――を電子的に観測することで機体の座標を同定、その情報を乗せた擬似GPS信号を3機分発信することにより、爆弾も自己座標を計算可能となるという仕組みだ。
無論、発信源同士が近すぎる上に機上で同定した座標にも誤差が含まれているから、正規のGPSほどの精度は出ない。だがそれでも、実用上の問題はなかった。
「全弾命中」
爆撃手の言葉通り、12発の爆弾がイルクーツク空軍基地を木っ端微塵に粉砕していた。
それを確認し終えると、B-747Aは編隊を組み替え始めた。今度は二番機を頂点に置いて、新たな目標を破壊するのだ。
米本土爆撃に向け、様々なものが動き出す第53話でした。それに伴い、自衛隊の補給面の状況もある程度判明してきます。総力戦の時代と比べると、軍需と比べて途方もなく大きな民需が否が応でも目立つのではないでしょうか?
いよいよ米本土爆撃が始まる第54話は4月4日(土)更新予定の予定です。読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。
作中にログアウティズムという末法的終末思想を出してみましたが、これの元ネタはステラリスという洋ゲーです。同ゲームに「ヴルタウム星間会議」という大昔に滅亡した星間文明が出てくるのですが、これがまた「全宇宙が人工の現実で、あらゆる知的生命体は高次元存在の気晴らしのためにそれに接続させられている。この人工現実システムを破壊するためには集団自殺しかない」という電波思想を揃って信じた挙句、遂には惑星ごと反物質で自爆してしまった……というとんでもない連中だったりします。
とはいえ、特異的時空間災害のような既存科学体系で全く説明が不可能なものが発生し、家族と会えなくなったり母国に戻れなくなったりする人が大勢出ると、本当にこういう系統の終末思想も流行ってしまうかもしれません。




