49. 斬首
日本海:利尻島沖
アーレイバーク級駆逐艦『デューイ』以下3隻が、真っ暗な海を進んでいた。
そうした中、突如として甲板に閃光が走った。猛烈な白煙をたなびかせた物体が空へと舞い上がり、大きく弧を描いて北西へと突き進んでいく。アメリカ海軍の地上攻撃兵器として有名なRGM-109C トマホークが、VLSから次々と飛び立った。
発射されたのは合計120発。全弾打ち尽くしの大盤振る舞いだ。
「トマホーク、発射完了しました」
「うむ」
ソ連領へと向かう誘導弾を眺めつつ、任務部隊司令は肯く。
1発として欠けることなく、トマホークは飛翔していった。1時間ほどもすれば、それらはデジタル地形照合でロシア人の築いた飛行場や橋梁などを捉え、木っ端微塵に粉砕してくるだろう。
「本任務部隊はブラボー海域へと向かう」
命令が下り、駆逐艦『デューイ』は回頭する。後続の2隻もそれに続いた。
彼女達の行き先たるブラボー海域は、もっと北の海だった。そこで再び対地攻撃任務を実施し、友軍の着上陸を援護するのだ。
(とはいえ……いや、やめよう)
任務部隊司令は何か思考しようとし、すぐにそれを打ち消した。
ウラジオストク:金角湾
「なあミーチャ、何か変な音がしないか?」
岸壁で飲んだくれていた二等兵曹のグレゴリーが、完全に出来上がった表情でそんなことを言う。
不良仲間で同じく真っ赤な顔のドミトリーは、イカを炙ったものを眠たそうに噛み締めつつ、それを聞いて猛烈に面倒臭そうな溜息を吐く。追記するならどうしようもなく酒臭くもあった。
「何か変なって、どんなだよ……?」
「うん……さっき、妙に甲高い音が聞こえた気がしてな」
「甲高い女の子の声じゃねえなら、どうでもいいや」
つまらなさそうに言うと、ドミトリーは出処不明の酒をもう一杯。
乗艦の駆逐艦『レシーテリヌィ』は、北海道の偵察任務から帰投したばかりだったが、今度は朝鮮半島方面に出撃するとのこと。つい先日、日本が国交断絶を通告してきたから、どうも戦争の予定が早まったらしい。
となると飲むなら今のうち。闇市で仕入れたり艦の在庫をちょろましたりして、飽きるまで酒盛りという寸法だ。
「それにしても……ああ、かったるい」
グレゴリーがグダを巻き、
「出撃中止にならねえかな」
「無理だろ」
「そうかな?」
「ああ。お偉方が突然爆死でもしない限りは……」
ドミトリーの笑い声が途絶えた。彼の視線の先にあった太平洋艦隊司令部が、本当に大爆発を起こしたからだ。
直後、轟然たる爆発音が耳朶を叩く。制帽が吹き飛ばされ、並べてあった空き瓶が倒れてカランカランと音を立てる。
「本当に爆発しちまったぞ……?」
「ど、どうなってるんだ!?」
グレゴリーとドミトリーは揃って唖然とし、顔を見合わせる。酔いもまた一瞬で吹っ飛んでしまった。
その間にも爆発は立て続けに起こり、市街や港湾のあちこちに火の手が上がった。未だ空襲警報は鳴っていないが、空襲であるのは火を見るよりも明白だった。
そして彼等が狼狽える中、駆逐艦『レシーテリヌィ』もまた爆発四散した。
沿海州:シホテアリニ山脈上空
目標はATFLIR照準装置にくっきりと映っていた。赤軍の極東戦線、その脳髄たる司令部施設だ。
麾下の何十万という将兵に、電話や無線通信で急ぎ戦備命令を送っているそこは、当然の備えとして灯火管制を敷いていた。真っ先に狙われかねないところを不夜城にする愚か者など、こと赤軍では無能の罪で銃殺刑になってしまうだろう。
だがそんな努力も、合成開口レーダーや赤外線画像照準の前には何の意味もありはしない。
(よし……)
F/A-18E スーパーホーネットを駆るファニング大尉は、その方向に機首を向けた。
彼が今、破壊するべき目標は2か所。最も高価値な極東戦線の司令部施設と、その付近にある高級軍人用の宿舎だ。彼我の距離は徐々に縮まっていき、すぐさま12マイルを切った。
通常爆弾が40マイル先の目標に精密に突っ込む時代からすれば、ほぼ至近距離だった。GPS衛星が打ち上がるか何かしたら、そちらに回帰するのだろう。
「投下!」
ファニングはMk.83爆弾を放った。確実に司令部施設を瓦礫にできるよう、1000ポンドのそいつを2発だ。
それから更に操舵し、宿舎にも2発。機体を離れた爆弾が、夜明け前の暗く冷たい空を切り裂いていく。投下したのは無誘導爆弾だが、機体とパイロットが賢ければ全く問題ない。
そして数十秒後、狙った通りの場所で爆発。熱心に勤務する将軍や疲労困憊の大佐、ピロシキを作る料理人に掃除夫に至るまでの大勢が、夢にも思わぬ攻撃でこの世から弾き飛ばされた。
「目標の破壊を確認。よくやった」
対地攻撃を指揮統制するE-8 ジョイントスターズから、爆撃評価が届いた。
ファニングはオペレーターの声にはっとなった。それから厄介な物思い、想像力を脳裏の片隅へと追い払った。
(そうだ……あれはただの"目標"だったんだ)
チタ:ザバイカル戦線司令部
「ううむ、何もかも足らぬか」
ミハイル・コワリョフ大将は苦しげに唸った。
突然の対日戦であったため、準備がまるでできなかった。戦車やトラックを動かすための燃料も、将兵が必要とする糧秣や日用品も不十分だった。ただその場で普段通りの活動をする分には問題はないが、いざ戦闘となると必要量は大幅に増えてしまう。
日本の無茶苦茶な行動も、この窮状を見越してのものだったのか。そう考えるとなかなかに侮りがたい。
「であれば……致し方あるまい。戦車軍団に燃料と弾薬を集中させよう」
コワリョフは頭の中で案をまとめ、宣言する。
「兵站参謀、それくらいの量はあるよな?」
「はい……何とかなります」
「よし。とにもかくにも打って出る、今はそれが重要だ」
「同志大将、それでは他の部隊が動けなくなります」
参謀長は慎重意見を述べる。
「シベリア軍管区からの補給もじきに届きます。その到着を待ってから、総力で進軍した方がよいのではありませんか?」
「駄目だ。敵は我々が動けないとタカを括っている。その裏をかかねばならん。まず戦車軍団がハイラル前方を目指して突破し、自動車化歩兵師団が補給を完了し次第それに続く。逐次投入になるが致し方ない」
「しかし……」
それを見越して罠を張っている可能性はないか。参謀長はそんな懸念を口にしようとした。
だがその直後、作戦に関する論争は全く意味をなさなくなった。会議室の壁が滅茶苦茶に爆発し、一瞬の激痛とともに心身の全てが消滅してしまったためだ。
なお奇襲爆撃で司令部要員を全滅させたF-2Aの編隊は、燃料庫や弾薬庫も念入りに吹き飛ばしていった。
興安総省:ジャライノール
独立混成第80旅団の樫村陸軍中尉は、華々しい夢を見ていた。
小隊が即席の陣を築いた、満ソ国境の地ジャライノール。そこに数多の砲弾が降り注ぎ、土煙が濛々と舞い上がった。ひとしきりの砲煙弾雨の後、赤軍が怒涛となって押し寄せてくる。樫村は逸る兵を抑えながらその時を待ち、ロシア兵が一線を越えた瞬間に射撃を命じた。
小銃弾が、機関銃弾が、更には擲弾がロシア兵を捕捉する。バタバタと倒れていく。
赤軍が警戒態勢に入った。狙い通りと樫村はほくそ笑み、兵の一部をその隙に移動させる。旅団主力はハイラルの要塞へと後退し、そこで防衛戦闘を行う構えだ。今なすべきは赤軍の規模や目標を見定め、可能な限りその行動を遅滞せしめることだ。
玉砕は目に見えている。それでも旅団の戦友達が仇を取ってくれるだろう。それまではただ勇戦し――。
「小隊長殿、お休みのところ申し訳ございません」
「何事か?」
樫村はすぐに目を冴えさせ、起こしてきた軍曹に問う。
先程まで見ていたものは正夢かもしれない。戦って死ぬ覚悟はとうにできている。
「戦が始まりました」
「遂にか。しかし……砲弾は飛んできておらんようだな」
「友軍が先手を打ったようです」
軍曹は対岸を指さした。次々と閃光が走り、真っ暗な世界に地平線が浮かび上がる。
耳を澄ませば、何十秒か遅れの爆発音も響いてきた。空の上は味方の飛行機隊が制圧したらしく、流星のごとき輝点が轟々と喧しい音を立てて飛び交っている。それから寸秒、一際大きな爆発があり、夜の闇が一瞬だけ明けた。
「何だ、何が起こった?」
「味方が空襲したようだぞ」
「すげえ!」
兵は揃って喝采し、一方の樫村は違和感を覚えた。
航空は専門ではないが、異様に速い飛行機だと分かった。プロペラの音が全くしない辺りからして、最新鋭のロケット機か何かが投入されたのかもしれない。夜間の対地攻撃も、相当の技量がないと不可能だろう。
「全くもって、心強いではないか」
樫村は疑念を放り投げ、武者震いしながら言った。
どういう訳かは分からぬが、新型機が投入された。とすれば自分達も相当頑張れるだろう。限界まで戦い抜いてロシア兵を倒しまくり、靖国の戦友に自慢してやるのだ。
「よし……全員配置に着け。俺等も大立ち回りしてやろう」
ブリヤート自治共和国:バイカル湖付近
列車が突然急ブレーキを踏み、一等兵のイワンは頭を強打した。
ついでに同郷のイーゴリの肉体が、兵隊雪崩の先端となってすっ飛んできて、またもや痛い目に遭った。スヤスヤ気持ちよく寝ていたというのに、いきなり酷いじゃないか。
「イーゴリ、いい加減どいてくれよ」
「おう、すまねえ」
どうにか戦友が退いてから、イワンはやおら立ち上がる。列車は完全に停止していた。
皆が不安げにざわめく中、暢気に軍服の埃をパタパタ掃っていると、不運なことに小隊長の目に留まってしまった。
「イワン、志願ご苦労。何があったか見てこい」
相変わらず運の悪い奴だ。そうとでも言わんばかりに、戦友達がニヤニヤ笑いを浮かべてくる。
イワンは大きな溜息をついた後、仕方なしに車外へと躍り出た。先頭のアメリカ製蒸気機関車まで1キロ半もあって、冷え冷えする夜の針葉樹林を駆け足で進んでいく。
すると何かが燃えているらしいことが分かり、どうにか先頭まで辿り着くと、機関士が途方に暮れていた。
「えと、何があったんすか?」
「この先の橋が……木っ端微塵だ」
機関士は言った。見てみると、セレンガ川に架かる橋がポッキリ折れてしまっている。
残骸が煙を吐いている辺りからして、自然現象で折れた訳ではないことだけは確かだろう。
「誰かが爆弾でも仕掛けたか……それとも爆撃か? 日本と戦うらしいしな」
「えと、どうしたら?」
「さあな。こんなん直るまで立ち往生だよ。ウォッカでも飲んでたらいいんじゃないか?」
黒河省:愛輝上空
電子偵察機C-2EBは、ソ連極東の様子を電波の目で見渡していた。
指揮系統の中核を最優先で叩き潰す、何とも一方的な航空攻撃だったが、ロシア人の無線局全てを沈黙させた訳ではなかった。大から小まで合わせれば無線端末は1000の単位で存在しているはずで、それらを一網打尽にするのは流石に現実的ではない。
とはいえ、作戦上の不都合など生じてなどいなかった。
軍隊とは上意下達の組織であるから、基地局を失った携帯端末のようなものだ。しかも状況が理解し切れないまま、全ての端末が一斉に問い合わせを行ったものだから、どの帯域も完全に塞がってしまっていた。
そして電子戦を統括する中西一尉は、混乱を助長するべく知恵を絞っていた。
「ん、流石に撃ち漏らしが出たか」
中西は端末画面を睨みながらこぼす。
機内の人間だけでは処理が追い付くはずもなく、傍受した無線通信は全て情報本部に直送している。そこで暗号を障子紙のように破ってみたところ、爆撃を生き延びた師団長が見つかった。戦線や軍といった上級組織の脳髄は既に消滅していたが、師団のそれまで一撃必殺とはいかなかった。
「第66歩兵師団司令部。発信源の特定お願いします」
「了解……特定完了。移動していますね」
「アップデートお願いします」
「了解」
機上無線員が端末を操作し、処理のモードや優先順位を変更する。
また同時に、在日米軍のE-8 ジョイントスターズにも情報が引き渡される。高性能な地上監視用のレーダーを備えたかの機なら、目標をロストするなどあり得ず、更には近傍の攻撃機に指示を出すなりするだろう。
(それにしても、変テコな戦だな)
中西は業務を継続しつつ、そんな感慨を抱いた。
敵軍の指揮系統と交通インフラ、兵站拠点を徹底して叩いた後、ただ放置するというのだから。シベリアなど何の資源もないから、軍隊をカカシの集まりにすれば確かに十分なのだろうが、正直舐めプより酷くないかと彼は思った。
対ソ戦準備がいきなり、しかし着々と進んでいく第49話でした。
第49話は3月23日(月)更新予定の予定です。読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。
ソ連軍が一方的に奇襲爆撃を受けています。知恵を巡らせ頭を使おうとしても、脳味噌ごと吹き飛んでしまっては……といったところでしょうか。衛星や偵察機がどれほどの偵察・情報収集能力を有するか、どれほど迅速に情報が共有されるか、という知識すらない状況ですので、この辺りの対応は現実のゲリラ勢力等のそれよりも困難になります。




