48. 作戦展開
東京都日野市:平山城址公園駅付近
配食場となったレストランで昼食を摂った後、無期限待機中のOLな穂香は元スーパーマーケットへと向かった。
ロシアンブルーのチョリのため、汎用の配給チケットで缶詰やパウチ、猫砂などを確保するのだ。特異的時空間災害が始まった頃にはとんでもない噂が流れたが、ペット用の餌はまだ供給が途切れてはいなかった。
「それもこれも漁師さんのお陰ね」
一緒に列に並んだ猫仲間の美奈が言う。
その辺はニュース特番の通りだった。日本中の漁船がフル稼働で漁を行っていて、配食にも魚の塩焼きや寿司、更には鯨カツが出たりする。その余剰分からペット用品も生産できているのだ。
「それに昨日テレビで見たんだけど、この時代の海って魚多いんだって」
「へえ。何で?」
「どこも戦争で漁どころでなかったから、魚増えてたらしいよ」
「あ、そっか」
なるほど確かにと穂香は納得した。
元の時代に戻れそうな気配はないし、戦争もまだまだ続きそうだけど、そればかりは不幸中の幸いかもしれない。
「それに今度、オホーツクとか北の海でも漁をやるそうだし」
「えっ……あの辺、ロシアの巡視船とかが銃撃してこない?」
そう疑問を呈した直後、唐突にスマートフォンがブルッと振動した。
何かと思えばニュースアプリの通知だった。ソ連――この時代のロシア――の対日参戦が確実と判明したため、自衛隊や在日米軍で国連軍を編成し、先手を打って爆撃するという内容だ。
「あ、ロシアとも戦争するの……?」
「やぁねえ……」
画面を覗き込んだ美奈が溜息をつく。
「爆撃の賠償をすれば赦すと総理が言ったのに、何でどこもかしこも戦争なのかしら」
「ほんと、どうかしてるわよ」
2人はそんなことを言い合いながら、係のおばちゃんから猫用の缶詰を受け取った。
青森県三沢市:三沢基地
在日米海軍の第27戦闘攻撃飛行隊は、三沢基地への展開を終えた。
作戦準備もまた万端だった。安全保障理事会がゴーサインを出し次第、空軍の第35戦闘航空団や航空自衛隊の第302飛行隊とともに出撃し、極東のソ連軍を滅多打ちにするのだ。
「射爆演習と何も変わらん。行って落として帰ってくるだけのピクニックだ」
飛行隊長は任務についてそう説明した。全くの事実に違いなかった。
ただ彼の声もまた、相当に自暴自棄だった。21世紀のアメリカ本土との連絡が全くつかないのは当然として、在日米軍が主導して行ったはずの『ピース・メイカー』作戦は最悪の形で失敗し、更にはルーズベルト大統領が対日絶滅戦争の大演説をぶってしまった。そんな滅茶苦茶を通り越した状況では、正気を維持するだけでも難しい。
「その意味では……トム、お前さんもう大丈夫なのか?」
格納庫に佇むF/A-18E スーパーホーネット。かの機体を任された整備長が問いかける。
「ぶっちゃけ、病み上がりだろ?」
「大丈夫だ、問題ないヨ」
パイロットのファニング大尉は、ちょっとくすんだ笑顔を作った。
和平のためと信じて先祖に弓を引いた彼は、作戦に参加した大勢の将兵と同様、精神に変調を来してしまっていた。そこから原隊に復帰できた例は、現時点ではまだ珍しい。
「今度の敵はロシア人。それだけで十分」
「ロシア人か」
整備長は溜息をつき、
「大して好きでもないが、そこまでの恨みもないなぁ」
「僕もないヨ。でもここで頑張らないと、僕達日本に何も言えなイ」
ファニングは自身の言葉を反芻し、込み上げるものをどうにか抑える。
何故『ピース・メイカー』作戦があんな形で終わってしまったのか、未だ納得できていなかった。事態を打開しようと足掻けば足掻くほど、犠牲ばかりが増えるという危惧も頭をよぎっていた。
だがそれでも、逃避という選択肢は全力で否定しなければならなかった。その先には、本当の地獄しかないのだから。
「だから……ここでロシアと戦って、戦果を挙げル。僕達の存在を示ス。多分、それが僕達の義務」
「まさに、試練だな……」
「そう、試練だヨ」
ファニングは深呼吸し、改めて愛機のF/A-18E スーパーホーネットをじっと眺める。
そして意を決したかのように、ファニングはコクピットへと向かった。この1945年の世界においては大悪魔も同然の航空機が、その通りの働きをし得るかどうかを確認するためだった。
ハイラル:演習場
小型車両に無理矢理搭載したような大口径砲が火を噴き、前後に猛烈な爆炎が巻きき上がる。
くろがね四起と大差ない車両に100㎜以上の砲を載せるなど、正気の沙汰とは思えなかったが、車両がひっくり返ったりはしなかった。無反動砲の面目躍如といったところだ。
「ほう、大したものではないか」
陸軍第119師団を率いる塩沢清宣中将は、思わず驚嘆の声を漏らした。
小型車両にはすぐさま兵が取り付き、運転を始める。次発装填には1分程度はかかるようであるし、射撃時の煙が凄まじく目立つから、一撃離脱を繰り返すのが正しい運用とのことだ。
それでもこれが中隊に1門もあれば、戦車師団とも対峙できるのではないかと塩沢は思う。
「師団長、弾は三式穿甲榴弾の改良型とのことです」
参謀長もまた上機嫌で、
「T-34はおろか、噂のスターリン重戦車が現れても問題ありません」
「ふむ……うちらにまでこんな新兵器が回ってくるとは驚いた」
「加えてあの小型車両も、大連からここまで故障なしで走破したとか」
「ううん……いつの間にそんな自動車ができたんだろうの」
塩沢は砲の性能以上にそちらが気になった。大連からハイラルまで、直線距離でも1500キロ以上ある。
そんな代物が現れたとなると――最近巷間で噂になっている、未来人とやらの存在を信じたくなる。荒唐無稽なこと甚だしいが、そうでも考えないと説明のつかない事象も多かった。
「とはいえ対ソ開戦が決まった以上、新兵器があって困ることはありません」
「まあ、そうだよな」
無反動砲が再び射撃をし、将兵が喝采する中、塩沢は訝しげに肯いた。対ソ開戦自体、本来は無謀の極みなのだ。
だがつい最近まで主流だった対ソ静謐論は、どうしてか雲散霧消してしまった。ジャジャ馬で鳴らした関東軍すら振り回す、超越的な力が突然作用し始めたようで、それもまた未来人とやらと関係しているのかもしれなかった。
チタ:ザバイカル戦線司令部
「どうにも解せぬ……」
部下からの報告を総合しつつ、ザバイカル戦線司令官のミハイル・コワリョフ大将は首を傾げた。
モスクワの日本大使が突然無茶苦茶で侮蔑的な要求を叩き付け、即時国交断絶となったのはプラウダ紙の通りだ。それに呼応して関東軍が動き出したというのも、大変腹立たしくはあるがおかしくはない。
だが何より不自然なのは、攻勢の兆候がまるで見つからないことだった。
確かに関東軍は兵力や資材を搔き集め、開拓移民のうち戦えない者を後送するなどしていた。それでも地形に沿って布陣し、野戦築城を始めたといった程度で、満ソ国境の突破を図ってきそうな部隊が見つからない。暗号電や無線通信量の変化、スパイの情報などからしても、防衛戦闘以外の何かを意図しているとは思えない。
関東軍は主要な戦力の大部分をあちこちに抽出していたはずだから、そんな能力などないと言えばその通りだろう。とはいえそうすると、何のための戦争準備なのかか分からなくなる。
「状況は極東戦線でも同じなんだな?」
「その通りです、同志大将。満洲東部の要塞群も増強されつつはあるそうですが……」
参謀長もまた顎に手を当てて考え込み、
「海上機動をするにしても、オホーツク海には未だ流氷が浮かんでいます」
「あ……案外、輸送を停滞させるのが狙いかもしれません」
兵站参謀が手を叩いて言う。
「アメリカからの補給の半分ほどが、アラスカから日本近海を通ってウラジオストクに陸揚げされています。これが途絶した場合、我が軍の対日攻勢は兵站面から困難になり……既に貨物船の大半は引き返しています。目的を達成したので、後は守勢に徹するだけでよい。そういうことかもしれません」
「なるほど、あり得る」
コワリョフは兵站参謀の見解を是とした。厄介な事態かもしれなかった。
日本海軍が貨物船を攻撃し始めたら、阻止する手段など全くない。ドイツを降伏させた後には対日参戦はほぼ確定だが、シベリア鉄道で部隊も物資も欧州から運ぶとなると、本攻勢は秋にずれこんでしまうかもしれない。
「となると……今のうちに関東軍に打撃を与え、地積をある程度稼いでおく必要がありそうだな」
「打って出られますか?」
「ああ。せめてハイラル辺りまでは占領しておかんと、示しがつかんだろう」
コワリョフはそう言って唸る。本格的な攻勢計画は未だ策定できていないから、戦線独自にやるしかない。
「敵の術策に乗る形ではあるが、火力や戦車の数ではこちらが優位だ。見事食い破ってやろうではないか」
東京都千代田区:首相官邸
「ソ連軍は罠にかかりました。これで確実に撃滅できます」
加藤総理以下、会議室の机を囲む大臣達に、三津谷統幕長が自信満々に断じた。
彼の背後には、満洲国周辺を示した地図が投影されている。やたらとプロットされている赤い点は、国連軍こと自衛隊および在日米軍の攻撃目標。最初の1日で数百もの軍司令部や通信施設、補給拠点、航空基地などを粉砕する予定だった。無論のこと、交戦による損害は皆無との判定だ。
「特に急増した無線通信を分析した結果、各部隊指揮官の所在および今後の行動予定が判明いたしました。極東、ザバイカルの両戦線に所属する将官の8割以上、佐官級の半分以上を、初日に排除できる見通しです」
「何度聞いても、凄まじい戦い方だ。会議室が片端から事件現場になるんだからな」
加藤は砂糖菓子をボリボリと齧りながら肯く。なお砂糖については、高雄からの輸送が始まった状況だ。
「まあでも、それが一番効率がよい訳か」
「はい。末端ではなく、高価値目標を叩くのは軍事の基本です。加えて通信施設の破壊により部隊間の連携も不可能、燃料や弾薬も前線部隊に届く前に消滅という状況では、行進すらままなりません。ただのカカシも同然です」
「よく分かった。三津谷君、ありがとう」
加藤は礼を言い、三津谷はプレゼンを終えて着席する。
続いて加藤は居並ぶ閣僚達に視線を向け、その表情をまじまじと見つめる。
「これでいこうと思う。どうかな?」
会議室に肯定を意味する沈黙が走る。明日4月9日、日本標準時午前4時の対ソ開戦はこうして決定した。
「では決まりだな。三津谷君、始めてくれ」
「了解いたしました」
三津谷が連絡員を呼び、端的に決定を伝える。連絡員はすぐさま出て行った。
そうした中、加藤は不可思議な雰囲気に気付いた。何かと思えば、国家安全保障担当総理補佐官にして特異的時空間災害対策担当大臣の武藤が、どうにも神妙な面持ちをしていたのだ。
「武藤君、どうかしたかな?」
「どうも引っ掛かるものがありまして」
「ふむ……まああまり根詰め過ぎんでくれよ。今、君に倒れられたら国家的大損害なんだからな」
加藤は鷹揚に微笑んで言った。激務を慮っての言葉だった。
だがその直後、武藤の表情がみるみるうちに変わった。一瞥しただけで、武藤がとてつもない妙案を思い付いたと分かった。
対ソ戦準備がいきなり、しかし着々と進んでいく第48話でした。
第49話は3月20日(金)更新予定の予定です。読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。総合評価5000、PV40万、UU10万を突破しました。本当にありがとうございます。
昭和20年4月段階で開戦するメリットとしては、ソ連軍の集結がまだだというのもそうですが、ウラジオストク経由のレンドリースが完全停止する、というのも大きいと考えられます。シベリア鉄道の破壊とウラジオストク封鎖を組み合わせた場合、沿海州やザバイカルの経済基盤そのものが打撃を受ける可能性すらあるかもしれません。
また漁業についても、総動員状態が続きます。1984年のデータで水揚量1200万トン超という記録がありますので、ここが目標でしょうか? 無論南インド洋のマグロですとか、南極近海のクジラとかは難しそうですが、日本海や大西洋西部、東シナ海などは邪魔者がいないので取り放題に。なお、漁業燃料消費は現在300万キロリットル程度で、この1.5倍くらいの量を備蓄から切り崩す形となりそうです。




