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令和時獄変  作者: 青井孔雀
第4章 総力戦体制
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47. 対決姿勢

モスクワ:クレムリン宮殿



 ドイツ軍による突然の奇襲以来、ソヴィエト連邦の戦争指導を担ってきた国家防衛委員会。

 長く苦しかった大祖国戦争が決着しつつある中、同委員会の重鎮達は新たな課題についての議論を重ねていた。対独戦終了後に予定されている対日参戦、それから東アジア全域の共産化に違いなかった。

 だが最近になって、少しばかり風向きが変わってきた。日本軍が突然、米英軍を叩きのめし始めたのだ。


「同志スターリン、このところ日本軍はあちこちで暴れ回っております」


 国防人民委員代理のニコライ・ブルガーニンが説明する。


「サイパン島の奪還を機に、フィリピンやビルマといった戦線で猛烈な爆撃を行い、米英軍の攻勢を頓挫させてしまいました。彼等の海軍艦艇も酷い損害を受けており、まるで西太平洋には近付けない状況です」


「何ともはや、無様ですね」


 スターリンは少しウォッカを嘗め、大きな溜息。


「日本を地図上から消滅させるなどと豪語していた割に、大変だらしがありません。もっとも私達が再三にわたって要求した欧州第二戦線の構築を、彼等は随分と遅らせもしましたから、今更かもしれませんが」


「全くです、同志スターリン」


「それで……同志ブルガーニン、日本の帝国主義者が妙に勢いづいていることは分かりました。では、どうするべきだと言いたいのですか? まさか対日参戦を取りやめろなどと言うのではないでしょうね?」


「無論違います、同志スターリン!」


 忠誠を疑われぬよう、ブルガーニンは声を張り上げ否定する。


「米英軍は苦戦しております。であれば我等が参戦の意義も大きくなりましょう。厄介な日本を我々が撃ち破ることで、東アジア全土の人民を帝国主義の魔手から解放し、更には米英にその対価も要求できるかと」


「ふむ、なるほど……同志モロトフ、血と汗を流すのはロシアの労働者なのだと、米英にはきちんと伝わっていますか?」


「無論です、同志スターリン。我々は帝国主義によるいかなる搾取も許容しません」


 外務人民委員で党次席のヴァチェスラフ・モロトフが力強く首肯する。


「それから同志スターリン、大変に喜ばしい報せがございます!」


 再びブルガーニン。彼は拳を握り、自信満々に続ける。


「我等が赤軍の勇士達は日本帝国主義圏各所への積極的な偵察活動を敢行し……日本本土では例の大型機の活動が確認されましたが、少なくとも満洲や朝鮮、サハリン南部の軍部隊にはまるで変化がないという事実を掴みました! 関東軍も朝鮮軍も兵力をあちこちに吸われ、痩せ細った犬のようになったままです!」


「なるほど、油断し切っていると」


 スターリンは満足げに何度か肯き、またウォッカを少し呷る。心地よさそうな息が漏れた。

 すかさずブルガーニンが対日偵察活動の強化を命じた先見の明を絶賛し、あれこれと追従を述べて回った。そうした言葉はあまり中身の伴ったものではなかったが、彼が齎してくれた情報の価値は絶大だ。


「貴重な報告をありがとう、同志ブルガーニン」


「光栄です、同志スターリン」


「全く、今日の晩餐は大変よいものとなりそうですね……まあそれは暫くした後の楽しみとして、皆さん、予定通り対日参戦を行うことに異論はありませんか?」


「異論ありません、同志スターリン」


 国家防衛委員会の重鎮達が異口同音に賛同し、ソヴィエト連邦の方針は決定された。

 そうした後、スターリンはにこやかな視線をモロトフに送り、


「では同志モロトフ、中立条約を延長しない旨を、日本の佐藤大使に伝えてください」





モスクワ:クレムリン宮殿



 対日参戦方針が再確認された翌日、駐ソ日本大使の佐藤尚武が現れた。

 中立条約延長の懇願か、あるいは対米英講和の仲介依頼か。外務人民委員ヴァチェスラフ・モロトフは、佐藤が面会を求めてきた理由をそのどちらかだと思っていた。だがその予想は、のっけから覆された。


「貴国が米英と締結した、ヤルタ秘密協定のコピーを用意させてもらった」


 異様な形相の佐藤は、外交官らしさをかなぐり捨てたような口振りで、書類を投げてよこした。

 モロトフもまた突然の無礼に憤った。だが内心、ヤルタ秘密協定の内容が漏洩したのではとの懸念を抱き、それはすぐに確信へと変わった。一目見ただけで、実物と一字一句変わらぬ内容だと分かったのだ。

 無論モロトフは狼狽を見せぬよう、顔を何処かにいるはずの内通者への憎悪で覆う。


「貴国の中立条約違反はもはや明白だ。ただちに本秘密協定の破棄を全世界に対して宣言されよ。さもなくば我が国は貴国との国交を断絶した上、自衛のための行動に移らざるを得ない」


「何を根拠に……恫喝の心算か!」


 流石のモロトフも激昂し、声を荒げる。もはや中立条約の廃棄通告どころではない。


「恫喝だと!? 秘密裏に我が国の寝首を掻こうとしたのは何処の国か、よく考えることだ」


 佐藤は猛烈な剣幕で、怒声が室内に木霊する。


「なお寛大なる我が日本帝国は、貴国の恥ずべき背信行為を赦し、改めて中立条約を締結する用意がある。条件は北樺太の割譲、カムチャッカ半島およびコマンドルスキー諸島の無期限租借、各種資源の無償提供。7日以内の回答を要求する」


「今この場で回答しよう。断固拒否だ。国交断絶でも何でもするがいい」


「了解した。ここまでのようだな」


 佐藤はそうとだけ言い、本当にさっさと帰ってしまった。

 あまりにも無茶苦茶な面会で、モロトフもまた面食らっていた。だが彼は佐藤の後ろ姿に、どうしようもない自暴自棄と、得体の知れない狂気を感じ取ってもいた。無理難題に押し潰された人間の、全てを省みなくなった末の暴挙だ。


(だが……)


 懸念はなおも消えなかった。猛烈に嫌な予感もした。

 事実、ヤルタ秘密協定の内容は完全に漏れていた。満洲や朝鮮の部隊に変化はないという話だったが、もしかしたら硫黄島で用いられた化学兵器のような、何かとんでもない罠が待ち受けているのかもしれない。





東京都渋谷区:国際連合大学



 駐日ロシア大使館で参事官をやっていたイワン・ノビコフは、国連大使という肩書を得て"安保理決議"に臨んだ。

 ただノビコフは酩酊していた。もはや何も考える心算がなかったためだ。反対だの拒否権だのとやろうものなら、外交官としての権限を止められてしまうだろう。しかも在日邦人まで人質も同然だ。となれば、賛成ボタンを押すのが酔っ払いだろうとチンパンジーだろうと、何の違いもありはしないではないか。

 カメラ映りにしても、日本のテレビ局などは案外、同情的に扱ってくれるのではなかろうか。


「ヤルタ秘密協定破棄の公表を拒否したソヴィエト連邦は、平和に対する脅威と考えざるを得ず……」


 つい先程常任理事国入りを果たした日本。その典型的な風貌の国連大使の英語演説が耳に響く。

 そういえば、国連公用語に日本語は入っていないのだっけ。常任理事国も何も意味をなさなくなった今、そんなものに拘る必要があるのか全く分からなかったが、妙なところは律儀なものだ。


「国連憲章第7章第42条の定めに基づき、平和の維持に必要なあらゆる軍事行動を……」


 日本の国連大使がなおも喋り続け、それから急に静かになった。

 代わって議長――もはや何処の国の人間だか分りもしない、アラブ系か何からしい人間――が、これまたあまり生気の籠っていない声で、採決の開始を宣言した。


(まるでスターリン時代の選挙だ)


 ノビコフは苦笑いを浮かべた。党の定めた候補を信任するかしないかしか選べず、不信任を選んだ先には投獄や拷問、シベリア送りが待っているというとんでもない代物だ。

 それに似た催しをした上で、スターリン時代のソ連軍を叩き潰しにいくというのだから皮肉なものだ。


(これでいいんだろ、これで……)


 ノビコフは"賛成"のボタンを押した。"反対"のボタンは髑髏マークか何かに見えた。

 そうして強制的全会一致でもって、国連軍編成についての決議が可決された。まばらな拍手の中、議長がその旨を抑揚のない口調で伝える。国連軍といっても自衛隊と在日米軍で、しょうもない茶番劇でしかない。


「後は……犠牲が最小限で済むよう祈る他あるまい」


 ウクライナの国連大使が、諦観に満ちた声でぼそりとつぶやく。

 全くもって同感だった。元の世界では未だ紛争状態が続いるのだろうが、ロシア人もウクライナ人もかつてはソ連軍の一員だった。その時代の体制がどれほどろくでもなくとも、先祖の無事を願う心情はあって当然なのだ。





新京:関東軍司令部



 横長3階建てのビルに天守閣を取り付けたような建物が、新京の中心部に聳えている。言うまでもなく、関東軍司令部だ。

 ほぼ10日ぶりに司令官室へと戻ってきた総司令官の山田大将は、何も知らないおめでたき部下達から、人が変わったと噂されていた。おかしくなったとすら言われていた。だが内地が突然に令和時代となるというあまりにも異常で奇怪な時空間災害を目にして、平然としていられる人間がいたら、それこそ狂人の最たる例だろう。

 そして山田はまたも驚愕することとなった。令和時代の人間が、無茶苦茶を言い出したのだ。


「いったい何の冗談なのか!?」


 山田は思わず顔をしかめ、声を荒げる。

 空想科学の産物のごとき無線電話の向こう側には、統合幕僚長――参謀総長と軍令部総長とを合体させたような役職らしい――の三津谷がおり、開口一番に爆弾を投げ付けてきた。

 自衛隊なるトンチキな名前の令和時代の軍は、ソ連軍を先制攻撃で叩くという。しかも事後承諾の形だった。


「満洲でソ連軍と対峙しておるのは我々関東軍なのですぞ! にもかかわらず、我々に一切の連絡もなく対ソ開戦を決められるとは、どういう了見なのですか!? 第一、全く準備もできておりませんぞ!」


「事後承諾となった点については申し訳ございません」


 事務的な口調で三津谷は謝罪し、尚も続ける。


「しかし、意図を秘匿する必要があることをご理解いただきたい。関東軍が戦闘準備に入りますと、無線通信量の増加などから、確実にその兆候がソ連軍に掴まれます」


「それは貴軍でも……」


 同じだろう。そう憤ろうとして、山田は言葉を呑み込んだ。

 令和時代の日本は、昭和20年の日本とは何もかもが違う。常識で計れるものではないのだ。


「しかし……何故ソ連を叩くという結論になったのか。ソ連が中立条約更新を拒絶したのは我々も把握しておるし、羽田大本営で教わったヤルタ秘密協定も、満洲国崩壊の悲劇を防がねばならぬのも事実と思う……」


 山田は部分開示された"未来史"を脳裏に浮かべ、何とも堪えがたき面持ちとなる。

 自分は暢気に大連出張をしている間にソ連軍の侵攻に直面し、無惨にも敗北した関東軍将兵や満蒙移民とともにシベリアに抑留されるという。あってはならぬ話だった。


「とはいえ、何もかもが性急に過ぎる! 供与いただいた新型戦車や野砲にしても訓練が始まったばかりであるし、だいたい満洲には自衛隊とやらの1個小隊も展開しておらん。大連の飛行場に新型機がおるだけではないか!」


「対戦車火力の緊急供与および必要に応じての空挺投入を予定しておりますが、基本は航空攻撃のみでソ連軍の作戦能力を破砕します。命令と物資、燃料が各部隊に行き渡る前に叩き潰しますので。一方、彼の国がドイツを降し、満ソ国境に兵力を終結し終えた後では、ある程度の損害を覚悟せねばならなくなります。来るべき対米戦に備える上でも、そのような状況は許容できません」


「ふん、ある程度の損害ね……負ける気はさらさらないという訳か」


 諦観や驚異の念、やり場のない感情などを織り交ぜ、山田は嘆息するように言った。

 どうせ侵攻してくるのであれば、相手の準備が整わぬうちに叩くのは正論だ。加えて何とも癪で理不尽だが、自衛隊とやらの新型機は、僅か十数機で強力無比な米機動艦隊を壊滅させたらしい。その実力を鑑みれば、本当に先手必勝なのかもしれない。


「とにかく、対ソ開戦の件は了解した。ただちに準備に移る」


「よろしくお願いします」


 三津谷が慇懃無礼の限りを尽くした通話は終わった。同時に無線電話併設のファクシミリがピガーと喚き、紙を吐き始める。

 作戦概要を記したそれらを一瞥しながら、山田は大きく息を吐き出した。関東軍は本国に無断で満洲事変を起こしたりしたものだが、今度は何とも皮肉なことに、令和時代の本国が関東軍を振り回し始めた。逆満洲事変だとでもいうのだろうか。

令和日本の動きにソ連も関東軍も大混乱となってしまう第47話でした。とはいえ戦いにおいては、こちらの手の内を明かさない、理解させない努力も重要です。

第48話は3月17日(火)更新予定の予定です。読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。


ソ連の対日分析ですが、日本本土に関して得られた情報を、何らかの異常値として処理してしまう可能性が高いのではないかと考えています。

国境を接する満洲、朝鮮、千島、樺太などは全く変化がなく(もしかしたら高級将校が幾人おかしくなったという情報は得られるかも)、日本本土のみ謎の大型機が飛び、通信状況が変化し、諜報網が消滅、太平洋方面で戦局転換が続いているという状況です。この場合、何らかの理由で海空戦力が飛躍的に向上するも、地上戦力にはそれほど影響が及ばず(サイパン奪取は行ったものの、他の戦線には変化がなく、ビルマでは後退中です)、恐らく大陸方面は全く余裕のない状況が続いているものと判断してしまうのではないでしょうか?

無論、日本本土とそれ以外の領土が全く別系統の存在であると理解できれば、簡単に答えを出すことができるのですが……特異的時空間災害から1か月弱しか経っておらず、状況そのものがあり得ないくらい非科学的で、元々日ソ間の交流も極めて限定的、しかも令和日本が対外的な情報発信の意欲をほぼ喪失しているという状況では、それも困難と言えそうです。

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― 新着の感想 ―
[一言] あれ、ウクライナとロシアが戦争してる世界から来たってことはいつ書かれた作品? って見返したら2年前。 そういや2014年からドンバスでは紛争してたなぁ…。 今のロシアによるウクライナ侵略戦…
[一言] 自衛隊とは名ばかりに国防軍と化してますね
[良い点] >関東軍は本国に無断で満洲事変を起こしたりしたものだが、今度は何とも皮肉なことに、令和時代の本国が関東軍を振り回し始めた。逆満洲事変だとでもいうのだろうか。 大変笑いました  少しだけ様…
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