43. 戦時急造兵器計画
東京都千代田区:首相官邸
「武藤補佐官、現代水準の兵器を作らねばならないという固定観念を、まず捨てる必要があります」
鶴の一声で決まってしまった"アメリカ占領"計画。その実現を詰める会議で、国家安全保障局長の大橋は断じた。
補佐官として加藤総理への報告をまとめねばならない武藤は、その言葉に何か光明めいたものを感じた。大橋は間違いなく、現状を打開する案を有しているに違いない。
「例えば護衛艦の艦対空ミサイル。これらは超音速飛行する航空機、あるいは海面すれすれを超音速で飛翔する対艦ミサイルを確実に撃破する性能を有しておりますが、昭和20年のレシプロ機を相手にする場合、極端なオーバースペックでしかありません」
「しかしだ大橋さん、現行兵器を作り続けた方が、再設計その他の手間を考えれば低コストではないか?」
武藤はまず常識的な反論をした。大橋も当然把握している内容だろう。
しかし――武藤は確信する。突破口とは、従来の常識や観念、事実を積み重ねた上にあるのだ。一定以上のそれらを集積させて初めて、思考の相転移が発生する。経済学者のシュンペーターは、イノベーションを新たな結合であると定義した。何もなければ結合も生まれようがないという意味だ。
「実際、システムの連接であるとか発射装置との適合性であるとか、課題が山積みになる。確かに現在、海外製コンポーネントの供給が絶たれたことから、一部機構が機能不全になっている。しかしそうであっても、その部分をどうにか複製し、現有兵器の稼働率向上を狙う方が得策ではないのか?」
「武藤補佐官、それはハイローミックス概念における"ハイ"に関する議論です。その意味では完全な正解です」
大橋は瞳を怜悧に輝かせて評した。本題に移る合図でもあった。
「現行の自衛隊は全て"ハイ"に当たります。一方、今後編成が進む予定の"ロー"、要は臨時の促成自衛官を中心とする部隊については、運用する兵器体系からして分離する方が効率的であると考えました」
「まさかクリュンパーまがいのやり方を本当にやるとはな」
武藤は呆れたような口調でぼやく。
将校、下士官の比率が極めて高い軍を平時に運用し、有事に際しては徴兵により一挙に規模を拡張する。それがクリュンパーシステムで、第一次大戦後のドイツが好例。昔からいい加減な左派が徴兵制というオバケ騒動をやる目的で吹聴していたから、ある意味では有名かもしれない。
ただ実のところそれは、動員を前提とした20世紀半ばまでの概念だ。冷戦以後、想定される戦争がまた極端な短期決戦型にシフトしたことから、基本的にどこも大きな常備軍を最初から整備・運用する構造となっている。将校、下士官比率が高いのも、扱う兵器が高度な習熟を必要としたり、雇用上の問題が大きかったりするためだ。
だが日本以外の世界は、どうしてか昭和20年に逆戻りしてしまった。
そうなると国防環境もまた逆戻りしてしまう。特にアメリカの徹底的打倒が現実のものとなった今、兵力の増強は急務で、最大150万人の促成自衛官と輸送や炊事、レクリエーションに至るまでを担当する補助隊員300万人の動員が決定した。それら部隊の指揮系統構築のため、元から定数すら満たしていない自衛隊から人員が移動する予定で、どこの師団も悲鳴を上げている状況だった。
更に恐ろしいことに、旧日本軍向けの補給もあって、小銃も銃弾も生産が追い付いていなかった。こちらも精機と名の付く企業に片端から発注をかけ、本業でやっていた豊和や旭精機に監督指導に当たってもらう予定だが、軌道に乗るまで数か月は必要だろう。外地や満洲の工廠、企業向けに、工作機械を自家発電機付きで送る計画も進行中だが、こちらも時間がかかるという点では同じだ。
そして一応は行進ができ、小銃を何とか撃てる程度の兵では、現代の戦いにまるで適さない。大橋が述べていたのはまさにその部分を弥縫する方策だった。
「武藤補佐官、こちらをご覧ください」
大橋は不敵な笑みを浮かべると、ワイヤレスマウスを操作する。スクリーンに投影された資料のページが進んだ。
レーザーポインターで示されるのは、アフリカのゲリラが使う武装ピックアップ、装甲板を張り付けたブルドーザー、鋼管で作った簡易ロケット、即席爆発装置、イランの自爆ドローンなどだった。
「大橋さん、国民に非正規戦の真似事をやれとでも言う気か?」
「いえ、注目するべきはそこではありません。これらは全て大量生産が前提の民生品を利用したものだという点です。民生品を既存の兵器に組み込むのではなく、民生品を兵器に近づけるのです」
「むッ、なるほど……」
武藤もまた思考を巡らせる。ありかもしれないと思った。
そんな中、スマートフォンがブルブルと振動する。そこには高速大容量デジタル無線通信機能、何百万画素のカメラ、加速度やGPSなど各種センサー、そして現代のCPUとメモリ、ストレージが詰まっている。ついでに言うならOSはオープンソースで、開発者も何十万と存在する。
「あ、先程のは私からです」
「大橋さん、よく理解できたよ!」
武藤もまた啓示でも受けたかのような表情で言った。実際、鼓動が高鳴った。
そう――現代水準でまるでお話にならない玩具であっても、昭和20年なら"超兵器"になり得るのだ。しかもその"超兵器"には、この時代には想像もできないような概念が詰まっている。
「ドローンで敵陣を隠密裏に偵察し、無数の簡易自爆ミサイルで敵基地や敵戦闘車両を破壊、ピックアップに乗せたいい加減なロケット砲の射撃管制をノートPCでやり、スマホ連動の銃座で敵を精密射撃し、無人装甲ブルドーザーで敵陣を破砕してしまえば勝てる! しかも全員、通信ネットワークでリアルタイムなやり取りや兵器の遠隔操作が可能で、即応性も段違い……そういうことか!?」
「そうです。自衛隊の水準であれば完璧な落第生であっても、この時代の米軍相手であれば幾らでも戦えます。というより無敵でしょう、どうして自分達が異様な精密射撃を受けているか理解できませんし、通信の遮断も不可能ですから。そしてそうした民生品転用兵器は、資源が許す限りではありますが、現代日本の品質で量産可能です。この概念を陸海空全てに適用するのです」
「うん……更に言うなら民生品を微改造で転用するなら、誰もが使い慣れたユーザーインターフェースでの操作が前提となる。これは兵器への習熟にかかる期間を大幅に短縮可能なのではないか!?」
「武藤補佐官、それはこの後のページで説明する予定の内容でした」
「俺もなかなかやるだろう」
武藤はちょっと得意げに言った。こうして頑張れば、国政の場へと送り出してくれた国民への罪滅ぼしにもなる。
武藤は更にそこで閃いた。現状、外国に機密が流出する可能性は、コミュニケーション手段が極めて限定的であり無視できる。また流出したとして、概念そのものが理解できないに違いない。
「大橋さん、オープンイノベーションだよ!」
「えっ…?」
「国民から広く民生品転用兵器のアイデアを募るんだ! 三人寄れば文殊の知恵というが、三百万人が寄ったらどうだ? 文殊の知恵と阿修羅の力を凌駕する何かが出てくるかもしれないぞ!」
千葉県成田市:成田国際空港
「ううん、こんなのが来たか」
川崎重工業の香取主任は画面上の図面を睨みながら、流れてきたニュース速報に唸った。
国は源内プロジェクトと称し、民生品転用兵器について広く公募を行うという。防衛装備庁の技官が審査委員で、陸海空あるいは宇宙において、戦闘に使えるものなら何でも採用するという触れ込みだ。
「俺達も負けてられないな……」
香取は航空各社合同調査チームの一員で、民間旅客機の爆撃機転用に関する検討を行っていた。
アメリカが設計した機体でアメリカを爆撃するというのも皮肉だが、現代の旅客機は100トン以上を積んで1万キロを飛んだりする。それだけを見れば、戦略爆撃機にもってこいだ。高度1万2000メートルを時速900キロで飛翔するから、まず捕捉される恐れもない。
しかし問題は、機体に手を加えるのが相応に面倒だと予想される点だった。
特に機種が新しくなるにつれ、経済性追求の観点から、想定外の用途への転用が難しくなっていっていた。古いボーイング747は色々な改造機があったし、空中空母に改造するという狂気じみた案まで出たくらいだから、何とかなるのかもしれない。だが自社開発の機体ではないから、改修設計と実際の改装には数か月は見る必要がありそうだ。
ついでに言うと、ボーイング747は既に数がない。しかも買い上げた機体以外は全部貨物機だ。戦争には貨物機が多く必要で、いざという時に改修中で使えないでは困るだろう。
(やはり……貨物室に太平洋往復のための燃料タンクを配置しつつ、その残りを爆装庫として改装、かつてのCMCA案のように後部貨物扉から誘導爆弾を射出する形が一番妥当だろうか?)
香取は思考しつつ、その場合の改造案を練っていく。767以降の機体にも適用は可能だろう。
とはいえ――やはり実現に時間がかかるのが問題だ。この時代の米軍は、着々と核武装を進めている。化石燃料もそうだが、今の日本には無数のタイムリミットがある。
「お疲れ様です、主任。ケーキいかがですか?」
大谷という三菱重工業の元気のいい若手が、盆に甘味を乗せてやってきた。
「米粉シフォンです、美味いですよ」
「そうだな。いただくよ」
香取は仕事を一時切り上げ、うーんと背伸びをする。
それから大谷が持ってきた米粉シフォンの皿とフォーク、湯飲みを取る。ペットボトルは予備の発電用燃料にするらしく、最近めっきり見なくなってしまった。
「そういえば主任、あの漫画、超面白いです。ありがとうございました!」
「だろ? ちょっと絵柄がくどいが、読んでみるものさ」
2人はケーキを味わいながら、そう言って笑い合う。
香取が進めたのは40年近く前からシリーズが続いている、特徴的な擬音で有名な超能力バトル漫画だ。大谷は一気にハマったようで、同好の士ができて何よりだった。
「逆に考えるんだってところがピンチを切り抜けるヒントになるの、凄くよかったです!」
大谷はニッコリと微笑み、
「で、俺も逆に考えたんです。改修しなくたっていいさ、って」
「おいおい、仕事しろよ」
「いえ、いっそ巨大なグライダーでも曳航したらどうかって思ったんです」
「ほう……」
香取はそう言われて驚いた。
確かに盲点だった。グライダーは0から設計しないといけないが、検討する価値はありそうだった。機体そのものにほぼ手を加えずに済むのは大きな利点だ。
「確かにありかもしれない」
「あともう1つあります。今あそこにある747は最新の8系ですけど、400系以前の古い機体って確か、主翼に5発目のエンジン付けられましたよね? あの構造を応用して、爆撃ポッドでも取り付けられませんか?」
「それだ!」
絶賛した香取はすぐにメールをしたため、チーム全員に送信した。
搭載量は限定的だろうが、すぐにでも取り掛かれそうだった。それに量は精度で補えばよかった。核施設ばかりか、エンパイアステートビルも自由の女神も、自在に圧し折ることが可能なのだ。
愛知県名古屋市:社員寮
国の"NEET"計画で仕事にならなくなった電機会社の社員達が、寮のレクリエーション室に集まっていた。
室内は真っ暗で、スクリーンにはアニメが投影されていた。海上自衛隊のイージス艦が第二次大戦中にタイムスリップしてしまうという内容の、ある意味で今に似たストーリーの作品だった。
戦闘を前に人命がどうこうとなる辺りは、社員達もシラケ顏だ。だがいざイージス艦が砲や対空ミサイルが米軍機を撃墜する場面になると、誰も彼も湧いてくる。何だかんだで皆、ドンパチやる話が大好きだった。
「この作品は、現代のイージス艦1隻と第二次大戦中の攻撃機40機が戦う話だ」
視聴が終わり、部屋に照明が点いた後、彼等を束ねる部長の松中が言った。
実のところ、これは社内ベンチャーの第1回説明会だった。源内プロジェクトへの応募に向け、松中がぶち上げたのだ。
「イージス艦といえど、弾の制約がある状況では、停止した蠅も同然の40機相手に苦戦するかもしれない、という内容だ。それを踏まえ、各々知恵を絞り、1隻が400機……いや1隻が4000機の波状攻撃を生き延びるための装備を考える。それが課題だ」
「ええっ!?」
誰もがざわめく。無茶だとかあり得ないとか、そんな言葉があちこちから漏れる。
「部長、それは実現可能な内容なのですか?」
係長の矢坂が挙手して問う。
「それを含めての課題となる。実現可能性がないという結論ならそれも結構。だが本当にそうか、皆でよく考えてほしい」
「わ、分かりました……!」
「なお装備のユニットコストは1億円以内とする。以上だ」
矢坂を含めた誰もが騒然とする中、松中は不敵な笑みを浮かべて去っていく。誰にとってもすさまじく衝撃的で、猛烈なまでに刺激的な課題だった。
室内はしんと静まり返り、それから十数秒した後、堰を切ったように侃々諤々の議論が開始される。
「あれは絶対、実現可能性なしというものではないな」
「だがどうやるのかしら? 4000機を相手に1億円だと、1機当たり最大2万5000円しかかけられないわ」
「スマホが自動制御する簡易砲はどうだ? 正直能力としては不足し過ぎていると思うが」
「いや、部長は撃墜とは言っていなかった。こちらの身を隠す方法かもしれない」
「光学迷彩ということか? だが艦を隠しても、航跡までは隠せないぞ。それに確実に予算オーバーだ」
「1億円以内というのがヒントなんじゃないか?」
意見や見解、反論が盛んに飛び交う。
そうした中、矢坂は私物のノートPCを開き、改めて先のアニメを見ることにした。件の"NEET"計画のお陰で、アニメもドラマも事実上見放題となっている。
「多分、このアニメの中にヒントがあると思う」
一緒に見るべく寄ってきた仲間に、矢坂はそんな見解を述べる。皆同意のようだった。
5名ほどが食い入るようにアニメを見、時折停止させ、また再生する。途中から同期の赤尾の提案で、カラフルな付箋が持ち込まれた。気付いた内容を、更には当時の航空機の動き登場人物の台詞など、関連があるかもしれない要素を全部書き出していく。
「ううん、分からないな……だが確実にこの中に何かあるはずなんだ」
矢坂は呻きながら、画面を血走った眼で凝視した。
それから「レーダー」「双眼鏡」「編隊」「索敵」「爆雷同時攻撃」「通信妨害」などと書かれた付箋と見比べ、検討を開始する。やはりまだ見当もつかない。だがそれでも、諦める気になど全くならなかった。
「案外、他の作品も見た方がいいのかもな」
「というと、どんなのだ?」
「いや、分からないけど」
赤尾はなかなかいい加減で、周囲が肩を竦める。
だが視野が狭くなってしまうのも問題かもしれない。そう思った矢坂はレコメンド作品の一覧を確認し、ちょっと場違いな定番のアニメ映画に注意がいった。
その瞬間、矢坂の背中を電撃が走った。気付いた時には全てが一線上に繋がっていた。
「間違いない……1対4000の答え、分かったぞ!」
自衛隊が空前の大規模動員を開始し、更には民生品を転用した兵器群の大増産、オープンイノベーション型兵器開発プロジェクトなど、現代の産業、技術が急速に戦時適合し始める第43話でした。その結果誕生するのは、いったいどのようなものでしょうか?
第43話は3月5日(木)更新予定の予定です。読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。
ボーイング747の5th Pod形態は結構有名かと思います。最新の747-8ではこの機構は存在しないようですが(この形態での輸送需要がほぼ消滅した等の理由でしょうか?)、旧型機に存在した機構を追加し、同時並行で装着型の爆撃ポッドを製造するのが、この種の民間機改装爆撃機をやる上では一番手っ取り早いのではないか? と考えてみました。
なお、1対4000などという相当にぶっ飛んだものを最後に出してみましたが、この正体は
48ca5d60531db4101816a0cd57729f64432e15574530d29ef51c1e51be9f04ef (SHA256関数によりハッシュ化)
です。正解が分かりましたら、直接筆者までメッセージ等(なろう、twitter)で報告いただければ幸いです(回答が上記ハッシュと一致する必要はございません)。
多少難易度が高めかもしれませんが、読者の皆様、是非チャレンジしてみてください! 正解された方につきましては、先着順に最大10名ほど、twitter、活動報告等で表彰させていただきますので、何卒、よろしくお願いいたします。




