42. 膠着状態
ヴァージニア州アーリントン:ペンタゴン
新たにアメリカ合衆国大統領となったハリー・トルーマンは、まず事態を掌握しなければならなかった。
序列第2位の副大統領となって、僅か2か月ちょっとしか経っていない中、突如としてアメリカの指導者となったのだ。ソ連や英国といった老獪な同盟国との折衝、まるで知らなかったマンハッタン計画を始めとする軍事機密の確認、一癖も二癖もあるような陸海軍の将軍達の指揮監督など、やることは幾らでもあった。
ただ太平洋戦線での戦争指導については、全てがガッチリと決まっていた。偉大なる指導者として仰ぎ、あまりにも英雄的に世を去ったフランクリン・ルーズベルトの最期の演説を、そのまま踏襲する以外ないのだ。
「大統領閣下、とにかく早急に増援を! このところ理解不能な攻撃で、被害が急増しております!」
SIGSALYの電話機越しに、マッカーサー元帥の切迫した声が響く。
南西太平洋戦域の連合国軍の頂点に立つこの御仁は、英雄気取りの、とんでもない難物だとトルーマンも聞いていた。だが今や、彼の言葉にそんな気配はまるでない。トルーマンは軍事は素人だったが、打ち負かされた将のものだと直観した。
「元帥、いったいどういうことなのか、きちんと説明してくれないか?」
「はい、大統領閣下。昨日から我が軍はフィリピン全域で謎の爆撃を受け、ほぼ全ての航空基地が使用不能になりました! 小型の連絡機を飛ばすのが精一杯です!」
「どういうことだ……?」
トルーマンもまた流石に愕然とした。
マニラ近郊のクラークフィールド空軍基地を拠点に対日爆撃を再開するという説明を、ついこの間受けたばかりだった。それを含めた何もかもが、吹き飛んでしまったということだろうか。あるいは例の化学兵器がまた散布されたのだろうか。
硫黄島やマリアナ諸島といい、戦争の何もかもがおかしくなっている。そう思うと手が震えた。
「いったい何がどうなったらそんなことが起こる!?」
「極めて高速の……恐らく超音速の爆撃機をジャップどもは運用しています」
「そんな馬鹿な話があるか!?」
「信じられないが本当です! とにかくありったけの迎撃機と高射砲、レーダーを……」
「うん、どうかしたか元帥?」
応答はなかった。マッカーサーの声は突然途切れてしまった。
巨大な通信機械を操作する第805通信中隊の腕利き達が狼狽し、何が起こったのかを急ぎ確認していく。虚を突かれたトルーマンも、何やら猛烈に嫌な予感を覚えた。
「大統領閣下……マッカーサー元帥の旗艦『ボイシ』との連絡が途絶えました」
真っ青な顔の通信中隊長が報告した。信じられないことばかり起こっていた。
南シナ海:南沙諸島沖
護衛艦『たかなみ』は僚艦の『おおなみ』とともに、東南アジア航路を啓いていた。
この時期、フィリピンには大規模な米軍部隊が存在しており、また沖縄戦に向けて準備されていた揚陸艦艇などが集まっていた。硫黄島沖で第58任務部隊が撃破され、更にはサイパンへの逆上陸が行われたことから、避難先として選定されたのだ。
ただ1000を優に超える航空戦力は、那覇基地を拠点とする航空自衛隊の反復爆撃により、既に滑走路上のオブジェに変わっていた。更には戦艦や護衛空母、巡洋艦なども、空対艦ミサイルの直撃で沈むか動けなくなるかしている。
そんな実に一方的な戦況の中、護衛艦は最後の仕上げを行っていた。
「左砲戦。TDS指示の目標」
発令が飛び、復唱が木霊する。同時に127mm単装砲が旋回し、ピタリと照準が合わせられる。
「主砲、撃ち方始め」
「撃ち方始め」
主砲が轟然と火を吹き、薬莢がカランカランと転がっていく。
放たれた127㎜砲弾が指向するは、浮上航行中のガトー級潜水艦だ。この時期の潜水艦は、作戦期間の大半を水上航行で過ごし、会敵時にのみ潜航する程度の存在だ。当然『たかなみ』からは丸見えで、その逆は何も見えていなかった。だいたい砲戦で仕留めることになったのも、西方100キロほどを飛んでいるP-3Cが、短魚雷や対潜爆弾を射耗していたからでしかない。
そして至極当然の成り行きとして、ガトー級潜水艦は127㎜砲弾に艦橋を弾き飛ばされた。
「敵艦、沈みます」
「主砲、撃ち方止め」
「戦闘用具収め」
味気も何もないような対潜戦闘は、それにて終了した。
大半の乗組員にとってみれば、普段の訓練と何ら差のない、敵艦撃沈の事実にまるで実感の湧かないような戦闘だった。
「何とも、味気なかったですね…」
あれこれと報告し終えた副長は、ちょっと納得いかない表情をしていた。
「まるで戦いになっていません」
「それが一番いい戦いだ。つまらない方がいいんだ」
艦長はにべもない口調で言った。プロの棋士が幼稚園児に勝ったところで、誰に威張れるだろう。
「まあ、それよりだ」
「はい」
「明日には重巡洋艦『足柄』以下4隻と合流だ。出迎えの準備をしっかりしようじゃないか」
沖縄県那覇市:那覇基地
「おお、トモじゃあないか……!」
花開きつつある靖国神社。その大鳥居の前で、車椅子の老人が涙を浮かべていた。
その前には陸軍曹長が立っていた。時折見かけるコスプレ軍人ではなく、本物の曹長だった。特異的時空間災害が起こった翌日、南京から一式戦闘機で飛んできた人物だ。更に言うなら、英霊として祀られているはずの者らしい。
「えっ……まさかカズか?」
「そうだよ、俺だよ。すまんなあ、俺、今まで生き延びちまったよ……」
泣き崩れる老人に、びっくり仰天の曹長。驚異だけがそこにはあった。
だが遥か昔に凍り付いた時間が、今また動き出すかのように、曹長は一歩足を踏み出した。そして――。
「時空を超えた再会を果たした2人の戦友。果たして彼等はどうなるのか……続きはCMの後で」
「あーあ、これだよ」
興ざめなテレビ放送に向かって食堂内の誰かが文句をつけ、お決まりの公共広告が割って入る。
警察の特殊部隊みたいな格好をした奇ッ怪な一団が、「自宅警備も大切な仕事だ」などと熱心に説いている。元々は冗談のコスプレ集団だったのだが、彼等はあまりにも国策休業に合致した存在になってしまっていた。
付け加えるなら、この「靖国で会えた」なんていう色々心配になる特別番組の後には、ニートの少年が巨大ロボットで戦うという狂ったストーリーのトンチキアニメが始まってしまう。
「どうかしてるぜ」
「ここんとこずっと、どうかしてるよ」
愚痴る久保田一尉に、同僚の川越一尉が素っ気なく応じる。
サイパン戦が一段落した後、彼等の属する第3飛行隊は那覇基地へと移動していた。東南アジア航路の安全確保のため、那覇の第204および第304飛行隊と共同で作戦を行い、非番の際は一緒にワイワイやるのだ。
ついでに川越は相変わらずソーシャルゲームで遊んでいた。例の"鋼鉄魔法少女"だ。
「つーか久保田もさあ、これやろうぜ。厄介なフレンドミッションがあるんだよ」
「お前、デブリーフィング終わった直後だろ? 切り替え早過ぎ」
「航空自衛官はスマート、スピード、そしてスイッチ! ついでにスマホのスイッチもON!」
「分かった、考えておくよ」
久保田はどうにか川越の追撃を躱し、超時空番組で盛り上がる食堂を後にした。
そのままトイレに向かいつつ、特異的時空間災害から現在に至るまでを思い出す。突然現れたB-29の大群、数度に及ぶサイパン爆撃、過去の米軍艦艇を撃破しにいったファニング大尉、フィリピンや中国の米軍基地の破壊任務。レイテ湾に停泊していた戦艦に向けてASM-3Bを発射したこともあり、メリーランド級だったらしいその艦は、弾薬庫誘爆で轟沈したらしい。
そうした凄まじい戦歴と、テレビ番組やゲームで盛り上がる同僚、自宅警備が推奨される世相。何だか酷い組み合わせに思えた。
(まあ、俺も考え過ぎなのかもな)
久保田はそう結論付け、物思いを停止させた。どうしようもないことは考えない方が心身によいのだ。
それからスマートフォンを取り出し、ダウンロードページへと飛んだ。"対魔妖精"や"エキメイ"、"鋼鉄魔法少女"などで遊んでいる方が、国家や国民のためになるに違いない。
北海道大樹町:宇宙ベンチャー企業
「あッー、畜生!」
オービタリアン社の名物社長、堀内宙生はネットの生中継を見ながら怒鳴った。
映っていたのは種子島宇宙センター。カウントダウンが終了すると同時にH3ロケットが燃焼を開始し、猛烈な閃光と白煙を噴き上げながら、射場を離れ空高く昇っていく。
軌道に乗る予定の衛星は、諸々の事情で打ち上げが延期になっていたXバンド防衛通信衛星だ。
「宇宙一番乗りを持っていかれた、ああ腹が立つな!」
「社長、あれ元々今日打ち上がる予定だった奴じゃないですか」
開発部長の半田はそんな風に宥める。
彼等が商品としているのは、東大宇宙航空研系のSS-520ロケットを大胆に再設計した小型ロケットだ。打ち上げコストも1億円台で、ノートPCで打ち上げ管制可能なのが売りだったから、本家本元のJAXAや串本の合弁ロケット会社に先んじて、昭和20年の世界で軌道一番乗りも夢ではなかった。生中継の通り、水泡と帰してしまいはしたが。
「それにあの衛星がないと、短波通信とか面倒なのやらないといけないんですよ」
「腹が立つのと何の関係があるんだ。短波通信? 結構じゃないか。皆ハムをやればいい」
「ハムは例の事件以来、原則禁止です」
「一々細かい奴だな!」
堀内はバンバンと机を叩く。キーボードがあったら滅茶苦茶になっていただろう。
定期的にこうなってしまう堀内を横目に、よくもまあ自分もこんな人物についていっているものだと半田は思いつつ、手に持った書類の束を堀内の机の上にどさっと置く。
「防衛省とかがうちに打ち上げを依頼したがってる衛星、これだけあります」
「うん……何だこの量は!?」
「社長が1週間で1基とか吹いていたから、見積依頼が1年分来ました。スマホに毛の生えたくらいの超小型偵察衛星を多数打ち上げ、世界中を監視したいらしいです」
「あれま、たまげたな」
堀内は目が点になったが、すぐに思考を切り替える。
今までのオービタリアン社は、軌道投入を目的とした打ち上げを6回行い、うち4回成功していた。だがそれが50回、60回となると、事業としての次元が変わってくる。まずロケット自体、ソーセージを作るように生産できないとまずい。
「ということで社長、まず面接、次に教育です」
半田は人懐こい笑顔で言い、
「暇になった生産技術職、品質管理職、いっぱいいて掴み放題ですから。あと資材も優先して回してくれるそうです。製造拠点も大幅に拡張する必要がありますね」
「楽しくなってきた! よし……我々の目標は軌道に一番多く衛星を打ち上げた企業、だ!」
堀内が拳を振り上げて叫び、半田もまた名物社長に呼応した。
なお彼等にまるで無視されているH3ロケットもまた、SRB-Aや衛星フェアリング、第一段エンジンと予定通りのタイミングで分離し、順調に宇宙を飛行していった。
第42話では戦線は降着したかのようですが、南方航路開拓や宇宙の利用など、着々と次への布石を打っていきます。衛星打ち上げ能力が、特に静止軌道への投入が可能なものがまずあったら、最初は通信衛星ではないかと考えました。
第43話は3月2日(月)更新予定の予定です。読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。
なお大樹町にはインターステラテクノロジズ社があり、MOMOロケットを打ち上げていたりしますが、作中のオービタリアン社とは特に関係はありません。精々社長の苗字が1文字合ってるくらい?




