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令和時獄変  作者: 青井孔雀
第3章 「ピース・メイカー」作戦
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37. 怒りの日

埼玉県戸田市:スポーツ居酒屋





 日本時間22時にアメリカ大統領が国民を前に演説をし、その様子は全世界にラジオ生中継放送されるらしい。

 そのニュースは日本中を駆け巡り、誰もが期待に胸を膨らませた。和平が成立すれば貿易も再開し、石油や石炭も入ってくる。小麦や肉類も購入することができる。すぐに全てが元通りとはいかないかもしれないが、普通に仕事や学校に行き、レストランで昼食を摂り、休日はドライブに行ったりする日常が戻ってくるのだ。

 確かに東京への空襲は許せない。しかし、まず日々の生活を何とかしたいと大勢が願っていた。


「大統領が平和を呼び掛けるんだよね?」


「そりゃそうでしょ。自衛隊、昔の米軍をフルボッコにしたもの」


「彼等だって今の製品ほしがりそうだし……っていうか向こうで商売やればチートじゃね?」


「きっとどこの企業も同じこと考えてるよ」


 既に始まった食糧統制の関係で、スポーツバーではたこ焼きもビールも出やしない。

 それでも常連達はこぞって集まり、ガヤガヤと取り留めのないことを話しながら、80インチの大型プラズマテレビを囲んでいた。何も売り物のない店の女の子が、何も買えない客に配るのは、氷水の入ったジョッキ。大統領が平和を宣言すれば、ただの氷水もたちまち清酒のごとくなるだろう。


「つかトム、この変な戦争終わったらお前どうする?」


 ボート部の若いのが、同じ部のアメリカ人留学生に尋ねる。

 彼の家族は特異的時空間災害当日に揃って来日していて、駅近くのビジネスホテルの部屋を宛がわれていたから、トムと呼ばれた筋肉ダルマのドイツ系はそれなりに元気な類だった。


「正直、分からない」


 トムは違和感のない日本語で答える。


「この時代を旅してみたくもあるけど、行っていいのかなって」


「まあ時空間災害がまた起こるかもだしなぁ」


「それよりトム、そろそろ始まるわよ。翻訳お願いね!」


「オーケー、NHKなんかに負けないよ!」


 実は意中の女の子に頼まれ、トムは屈託ない笑顔でウインクした。

 NHKの特別放送ではルーズベルト大統領の演説を同時通訳する準備を整えている。一方のトムも大学の無線部から借りた受信機とイヤホンで挑む構えだ。本職を相手にいい勝負ができれば、彼女もボクがただの筋肉モリモリマッチョマンではないと気付くはずだと彼は確信していた。

 

 22時が過ぎると、店の中はしんと静まり返った。誰もがその時を待っていた。

 そして待ちに待った音声が、スピーカーから響いてきた。店内の全員が、更には国民全員が固唾を呑む中、トムとNHKの通訳が競うように挨拶部分の翻訳を始める。


「私は今日、決断しました……えっ!?」


 トムが固まった。NHKの通訳までも同じように凍り付いていた。

 それから多少なりとも英語を聞き取れる人間に、驚愕が次々と伝染していく。


「何、どういうこと!?」


「日本を地球上から消滅させると言ってる……」





ワシントンD.C.:ホワイトハウス



 十数万の群衆が集まっていた。戦争支持の大規模デモの参加者だった。

 兵士の妻や両親などが、強烈な主張を記したプラカードを掲げていた。未だに行方が全く分からず、連絡もつかない海兵隊や陸軍の何万という将兵。その遺族を中心として、「爆弾には爆弾、ガスにはガス」「日本を根絶せよ」などと、徹底的で苛烈な戦争の訴えが書き連ねられていた。

 そうした只中、ルーズベルト大統領はホワイトハウスの玄関に姿を現した。多数のマイクや並び、無数の視線とフラッシュが集中する中、彼は演説を開始する。


「国民の皆様、こんにちは。私は今日、決断いたしました。この地球上から、未来永劫にわたって日本という国を消滅させようと。あの悪しき専制主義の歴史に、今こそ終止符を打とうと」


 ルーズベルトは穏やかだが凛然とした口調で、まず高らかに宣言した。

 合衆国大統領としての明白なる意思表明だった。化学兵器使用については疑っていた閣僚も、日本からの異様に高圧的な和平提案を見るなりコロリと態度を翻した。


「3月10日未明、日本は強力な化学兵器を硫黄島において使用しました……6万もの将兵が奮闘していた島においてです。彼等は合衆国の歴史上、最も勇猛果敢で、最も誇り高い兵士達でした。勝利の暁にはよき父となり、よき勤労者となり、そしていずれは大勢の子や孫に囲まれて生涯を終えるべき人々でした。そんな英雄達が……歴史上最も非人道的で、甚だしく道義に悖るやり方で、突如として命を奪われることとなったのです!」


 ルーズベルトは語気を強めていく。


「かような卑劣で悪辣極まる攻撃が、後世の歴史に史上最悪の独裁者と記述されることとなるヒトラー総統ですら思いもつかないような攻撃が、何故我々の最良の兵士達を襲ったのか……全ては日本という国の極度のファシスト的異常性に原因があると言わざるを得ません。日本は世界征服の野心の下、近隣国を蹂躙し人々を搾取しています。太平洋での戦いにおいても、パイロット達を誘導装置としています。そうした生来の狂気こそが、硫黄島での化学兵器使用という蛮行に繋がったのです。

 そして昨日、日本はその恥知らずな歴史に1ページを加えました。和平提案という名のついた特大の外交的侮辱でした。東京爆撃へと赴いた勇気ある爆撃機乗り達を虐殺者と罵った挙句、あろうことか停戦条件として10億バレル近い石油を要求してきたのです。これが侮辱でなくて何でありましょうか」


 群衆は明かされた事実を聞いてどよめき、すぐさま怒号へと変わった。

 憤怒に満ちた無数の声が重合され、ワシントンD.C.全域を埋め尽くす。ルーズベルトは辛抱強く待った。演説の先を聴くべく、1人また1人と口を閉じていき、遂には刺すような沈黙が訪れる。


「以上が、私が決断した理由です。戦争がなおも続くであろうことを、若きアメリカ人の血がまだ流れるであろうことを、私は大変に残念に思っております。しかしながら、かような残虐非道の国家を相手に、矛を収める理由などありますでしょうか? 私は断じて、そのような理由などないと信じます。確かに日本は恐るべき兵器を貯蔵し、我々を待ち構えているかもしれません。しかしここで思い出していただきたい――真に恐怖するべきは、恐怖そのものなのだと!」


 12年ほどの昔、自身が初めて大統領に就任した時に用いた言葉で、節を締め括る。


「私は合衆国陸海軍総司令官として、国民の皆様に約束いたします。必ずや我が軍は勝利を納め、かの残虐非道の国を歴史上の存在へと変えると。また私は合衆国大統領として、大いなる確信を得てもおります。国民の皆様は自らの意志で、邪悪なる敵を徹底的に、跡形もなく消し去る聖戦のために立ち上がるであろうと」


 その言葉と同時にルーズベルトは渾身に力を込めた。

 ガタリと音がした。己の視線が突然高くなったように思えた。周囲を見渡すと、補佐官が大変に驚いた顔を浮かべて「大統領閣下、立っておられます」と呟いている。

 いかなる神の恩寵か、ポリオの後遺症でほぼ麻痺していたはずの下半身が動き、ルーズベルトは起立していた。


「改めて、私はここに宣誓いたします。我が軍は日本を地図から消し去るまで戦い抜くと。神よ、我等を助けたまえ!」


 ルーズベルトは演説を終え、彼の言葉は人々の心に染み渡った。直後、群衆の声が爆発した。

 そしてルーズベルトの脳髄もまた爆発していた。突然目がくらみ、身体の自由が効かなくなり、何も聞こえなくなった。その違和感に気付く前に、彼の意識は暗転した。


 合衆国史上初となる4選を成し遂げ、第二次世界大戦を戦い抜かんとした傑物は、こうして壮絶なる最期を遂げた。

 享年63歳、死因は脳卒中だった。





東京都千代田区:首相官邸



 全ての閣僚が、全ての官吏が、微動だにできずにいた。

 大統領演説が始まるや否や、誰も彼も引きつった表情を浮かべ、呪いの仮面のように顔に貼り付いて剥がせなくなった。呼吸すら忘れられるほどで、演説が終わった後も何十秒間かは、総理大臣執務室は冷凍庫も同然だった。


「ふざけるな!」


 加藤総理が思い切り声を荒げ、机を強打した。鈍い音が響く。


「突然我が国の首都を焼いておいて、今度は我が国を消滅させるだと……あはは、あはははは」


「総理、どうか落ち着いて……」


 顔面蒼白の高野官房長官がどうにかとりなそうとする。


「ああいや、高野君。どうにも気分はとても落ち着いているんだが、口が勝手に笑ってしまうんだよ」


「あの大統領、気は確かなの?」


 津山総務相も信じられないといった表情で、


「死に至るほど馬鹿としか思えないわ」


「実際、演説の最後に倒れたようです」


 松本国家公安委員長は苦虫を噛み潰したような口振りで言う。


「史実では4月12日に死亡していますから」


「あら、そうなの」


「ええと、とりあえず外務省といたしましては……かの演説内容の撤回と早期の停戦とを、スイス経由でアメリカ側に要請し……」


「もういいよ、志村君」


 あれこれと説明しようとする全身冷や汗でびっしょりの志村外相を、加藤は溜息を吐きながら制止した。

 それから恨めしげに天を仰ぐ。キリスト教徒であったなら、唯一神の悪戯を大いに呪っていたのかもしれないが、加藤がいかなる神に何を言わんとしていたのかは分からない。

 そして暫くすると、何かの啓示でも授かったかのような表情になった。


「あんな国さあ、もう滅ぼしてもいいよね……」


「えっ、総理、いったい何を!?」


「決めたんだ。昭和20年のアメリカなんて滅ぼしてやる。最低でも無条件降伏、連合国とやらは全部無条件降伏だ。こちらは紳士的にやってきたというのに、とことんまで馬鹿にしやがって。これからはハンティング、ついでにクッキングの時間だ。不足している化石燃料や食糧なども全部アメリカから奪ってしまえばいい」


 阿修羅の形相となった加藤は、ギラリと妖しい光を帯びた刃のような口調で、滔々と述べる。誰一人として異論を差し挟める空気でなく、しかも概ね全員が同じような敵愾心を抱いていた。

 行政の長たる者の視線は。補佐官で対策本部副部長の武藤の方へと向く。何事かと思った彼を、強烈無比な視線が射竦める。


「武藤君、君は確か、アメリカ占領なんて案を検討してたな?」


「え、あ、はい。しかしあれはあくまで試案で……」


「おお、事実なのか。大変にありがたい。今すぐ本稼働させようじゃないか!」

ある意味、読者様に最もその死を望まれていた(?)ルーズベルトが壮絶なる最期を遂げる第37話でした。第38話は明後日、2月16日(日)更新予定です。

読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。


ルーズベルトが死に際に放った一言がアメリカ国民を戦へと駆り立て、一方の加藤総理も大料理を宣言。本来日の目を見るはずのなかったプランが稼働し始めます。その先に待ち構えているものは、いったい何でしょうか? 

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― 新着の感想 ―
[一言] え? いや、あんな要求したら普通アメリカはぶちギレるよね。 相手が日本の事情理解してること前提に話進めてなかった? 情報なんて一ミリも相手側に渡ってない状況で、相手は大日本帝国相手に戦争して…
[一言] ここまでキャラクターの居ない小説だなと思ってたけど、ここでようやく総理がキャラクターになって先が楽しみになった
[良い点] Hahaha。こちらも変な笑い声を出してしまいました。 人は所詮信じたいものしか信じられない。 ところでこの作品の影響か、私はこう考えます。 アメリカは独力で公民権運動をなし得たかのか…
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