31. 着上陸
サイパン島:コブラ―飛行場上空
3月18日、夜明け前。久保田一尉はまたしても、マリアナ諸島へとやってきた。
レーザー誘導対応のMk.82爆弾でもって、航空基地を完膚なきまでに破壊し、小型機であれ離陸不可能にするためだ。それから地上部隊にとっての脅威となる野戦砲や、ヘリを撃墜しかねない高射砲、高射機関砲も可能な限り叩く。
敵迎撃機の離陸状況を見る限り、飛行場には大勢がいるようだ。伝単は効果がなかったのだろう。
「よし……投下っ!」
F-2Aの翼下を離れた爆弾が、所定の目標へと飛んでいった。
滑走路上ではP-47サンダーボルトの一群が、4機揃って離陸しようとしていたが、ちょうどその真っ只中で爆発が起こった。爆竹で吹き飛ぶプラモデルと大差ない光景だった。
それから遅まきながらも対空砲火が打ち上げられたが、F-2Aには全く追随できず、明後日の方向に弾幕を張るばかり。
しかも辛うじて離陸できたものの、右往左往するしかなかった迎撃機が、味方の対空機関砲に撃墜されるというあり様だった。
「ドラグーン02、投弾完了」
「ドラグーン03、投弾完了」
「ドラグーン04、投弾完了」
僚機からも報告が次々と入る。サイパン島西方上空にて集合しつつ、久保田は島の様子を眺める。
黒々とした煙があちこちから上がり、島影は炎に薄ぼんやりと照らされていた。幅5キロちょっとの海峡で隔てられたテニアン島も同様だ。スナイパー照準装置の評価を信じるならば、小隊に与えられた目標は全て撃破できていた。
「別命あるまで警戒待機」
久保田は命じた。例えばペリリュー島やビアク島などから米軍機が飛来した場合、それを撃墜する役目だ。
もっとも、そうなる可能性は高くない。C-2EBがこの時代の米軍を装った偽電を盛んに打ち、混乱を撒き散らしているからだ。
「まあ、遊覧飛行みたいなものか」
久保田はぼそりと呟き、サイパン島に目をやった。着上陸が始まろうとしていた。
サイパン島:カウタウンビーチ
それまで波に揺られるだけだったのが、唐突にガタンと揺れ始めた。
岩礁に車体が接触したのだと、水上二尉は瞬間的に理解した。上陸が時が近いということだ。輸送艦『くにさき』を発った23式水陸両用車の群れは、1時間ほどの航海を経て、無事にサイパン島北岸に到達しようとしていた。
無論、敵からの射撃はない。事前に現地潜入した連中が、赤外線ライトで誘導してくれてもいるようだ。
「さあ、いよいよサイパンだぞ」
水上は少し無理にでも意気込み、
「油断せず、普段通りやろう。訓練通りに戦えば大丈夫だ」
「はい」
部下が異口同音に応じる。一番緊張しているのは自分かもと水上は思う。
車体は尚もガタガタと揺れ、そのうち無限軌道で走り出したのが分かった。その辺に棲むカニや小魚などに迷惑をかけつつ、一気にカウタウンビーチ――令和の時代の名称で、この時代に何と呼ばれていたか不明――を駆け上がる。
地形は浜というより岩場で、そんな場所を突破できるのも、21世紀の技術があってこそ。AAV7では絶対に不可能な芸当だ。
「サイパンに到着しました」
車長が平坦な声で言う。感慨を覚える暇もないが、ともかくも異時代の外国に上陸したのだ。
23式水陸両用車はゴツゴツした海岸をいくらか進み、下草が生い茂り始めた辺りに停止した。後続を待つためで、それらもすぐに集まってきた。何もかも予定通りだ。
「中隊長車より全車。敵の抵抗は皆無の模様、これよりバナデル飛行場に突入する」
「了解。バナデル飛行場に突入する」
その命令を各車が受領し、23式水陸両用車は縦列を組んで突撃を始めた。
獣しか通らなさそうな細い道を押し通り、植生を踏みつけながら、サイパンの地をひた走る。ある程度進むと視界が啓け、車両は大きく右旋回。その目と鼻の先が、目的地たるバナデル飛行場だった。300m級の滑走路しかないが、ヘリの離発着には十分だ。
「射撃始め」
号令一下、車載の40㎜CTA機関砲が轟然と火を吹く。
駐機していた軽飛行機がバラバラになり、ジープが炎上する。突然現れた戦闘車両に抗せる者などいるはずもなく、パイロットや整備員、警備の小隊に至るまでが算を乱して逃げ惑う。
「下車戦闘」
水上は命令した。23式水陸両用車の後部ハッチが開き、南洋の太古の空気がどっと流れ込んできた。
サイパン島:マッピ山
山頂に据えられた高射砲はガラクタになっていた。砲撃で破壊されてしまったのだ。
沖に現れた3隻の巡洋艦は、どれも艦尾にライジング・サンの旗を翻らせていた。排水量の割には武装がささやかに見えるが、精度が異常なほど高く、ほんの数発で高射砲陣地を消滅させてしまった。
「糞っ、俺の友が!」
「逃げちまいてえ……」
生き残った陸軍の兵隊達が狼狽え、ともかくも身を伏せる。
幸運なことに、砲撃はすぐに他所へと指向された。今撃たれている味方には悪いと思いつつ、誰もがほっと息をつく。
「やべえ、やべえよ!」
「どうした、デイビッド!?」
「ジャップどもだ!」
マッピ山の断崖から下を覗いていた兵が、赤ん坊のような声で叫んだ。
バナデル飛行場が襲撃を受けていた。でかい装甲車両が速射砲を撃ちまくり、その後方をよく統制のとれた歩兵が進んでいく。飛行場警備の小隊では全く太刀打ちできないに違いない。
しかし何故、こんなところに強力な敵が出現したのか。全く理解不能の戦況だった。
「あッ!」
断末魔が響き、遠ざかっていく。
先のデイビッドという兵が、昨年身を投げた大勢のサイパン居留民と同じように、崖から落下していた。
それから間を置かず、野太い火線が薄暗い空を切り裂く。飛行場を襲撃している部隊に気付かれ、射撃を受けたのだ。まずは直射で崖から離れれば大丈夫だったが、次は迫撃砲か何かが飛んでくるだろう。
「おい、退くぞ」
軍曹が引きつった顔で命令した。
逃げるのは臆病者みたいで癪だが、高射砲が専門の自分達が頑張ったところで意味は薄い。それより一刻も早く味方に合流し、敵の襲撃という事実を伝えるべきだだろう。
そうして誰もが定まらない表情で、とかく背を低くして走り出す。
「ん……何の音だ?」
兵の1人が後ろを振り向き、目を白黒させた。
バラバラと羽音を立てて飛ぶ飛行物体が迫ってきていた。正体はよく分からないが、凶暴さだけは伝わってくる。
「畜生、何なんだよ……」
太平洋:サイパン島北西30キロ
「順調なようだな」
揚陸部隊の現場指揮を任された間宮陸将は、大画面表示された戦況図を見て満足げに肯いた。
護衛艦『いずも』は軽空母であると同時に、優秀な揚陸指揮艦でもあった。十分な床面積のある司令部作戦室には、着上陸作戦に関するあらゆる情報がリアルタイムに集まり、司令部要員が的確にそれらを評価していっている。
2つの戦闘上陸中隊は、サイパン島のほぼ北端に位置するカウタウン、ウィングの両ビーチから無血上陸を果たした。
現在、下車させた普通科中隊とともに周辺の制圧に当たっており、バナデル飛行場は逃げ遅れた者達を拘束したりしている段階だった。ウィングビーチの南方1キロ、サン・ローク地区には海兵隊の1個大隊が確認されていたが、護衛艦と攻撃ヘリの立体射撃を受けたこともあり、タナパグ方面へと潰走している。
また『いずも』の飛行甲板では、CH-47JAチヌークが前後の回転翼を唸らせ、離陸の準備に入っていた。人員に加え、120㎜迫撃砲RTやFH70 155mm榴弾砲、軽装甲機動車のような車両や通信機器等を運び込むのだ。
「しかし……まるで子供とプロレスラーの喧嘩だ」
間宮は何とも言い難い表情を浮かべて呟いた。
人的損失は今のところ、バナデル飛行場制圧に際し、負傷した士が2名ほど出ただけだ。その逆は戦死からして100名以上で、差はもっと開くに違いない。何ともありがたい話であるはずなのに、どうにもおかしな気分になってくる。
「こちらは全てを知っていて、向こうは打つ手がない。何だろうな、これは」
「恒星間文明が地球侵略を始めたとすると、こんな具合か……」
幕僚長も溜息交じりに続け、
「あるいは、もっと酷いかもしれません。技術格差が数百年分あるでしょうから」
「そんな連中に来てほしくはないな」
「全くで……ただ我々は、侵略ではなくコンタクトを取りに来た訳です」
「そうだよな」
間宮は同意しつつ、1日だけ休暇を許可した部下のことを思い出す。
彼は特異的時空間災害初日の空襲で、結婚したばかりの妻を喪っていた。「昔のアメリカなんざ解体しちまえばいい」という悲痛な声が脳裏をよぎり、実際それは可能だろうと間宮は直観する。そしてそれは嫌な昆虫を殺虫剤で抹殺する行為と大差ない、戦争とすら呼べないような内容になるであろうとも。
「まあ、さっさと話をつけてもらおう」
嫌な想像力を停止させ、間宮は言った。『メイカー』作戦において、自分達は脇役なのだ。
「海兵隊のノックス中将に、準備が整ったと伝えよう」
サイパン島:チャランカノア
「冗談だろう……」
日本軍がサイパン島北方に上陸したとの報を受け、第2海兵師団長のワトソン少将は絶句した。
自分の足で島を視察し、小規模な軽歩兵以外の揚陸は不可能と判断したそこから、装甲部隊が突然湧いてきたという。しかも万が一への備えとして配置した大隊まで、あっという間に駆逐されたらしい。
その上、師団砲兵は1発も撃てずに全滅してしまった。目と脳味噌がついたような爆弾が、擬装をいとも容易く見破り、貴重なM101 105mm榴弾砲やM115 203mm榴弾砲を木っ端微塵に粉砕していったのだ。
その割にはどういう訳か、師団司令部としていた建物はまだ無事なようだ。先週の空襲を思い返すなら、真っ先に吹き飛ばされていそうなものだが。
「全く、予想が大外れだ」
仮設司令部天幕で従兵の置いていったコーヒーを飲みつつ、ワトソンはどうにか言葉をひり出す。
あり得ないことばかり起きていて、頭痛で頭が爆発しそうだった。ふと視線を持ち上げると、のっぽの参謀長が死んだ魚みたいな眼をしていて、今度は胃の痛みを覚える。
「ああ、全部私の責任だ。師団長なんだからな」
「しかし、師団長……」
参謀長は夜中のうちにばら撒かれた、妙に美麗な伝単を広げていた。
「どうもこれの通りに爆撃されているようです」
「ええい、まだそんなもの持っていたのか!」
瞬間的に頭に血が昇った。ワトソンは苛立たしげに唸り、伝単を奪い取る。
そうして「こんなものはこうだ」とか呟きながら、ビリビリと破いていく。紙っぺらの癖に妙に頑丈なのも気味が悪い。
「参謀長、敗北主義にかかったら終わりだぞ! あれは最悪の病だからな!」
「あっはい」
「それより師団長、戦車隊はまだ無事です」
作戦参謀が口を挟み、
「大隊長のピートが、出撃はまだかと喚いとりますが」
「ふゥむ……」
ワトソンはどうすべきか考えた。
下手に動けば、あの訳の分からない爆撃の餌食になる。艦砲射撃も異様なほど精密で厄介だ。しかし隠忍自重していたところで、戦場の女神が微笑んでくれるとは限らない。だいたいあのアマ、性悪を通り越して邪神みたいになってやがる。
「よし……」
ワトソンは心を決めた。日本軍の装甲部隊がいるらしいが、M4中戦車の敵ではないはずだ。
「戦車大隊と第2連隊で敵を叩く……そうだ、奴等にもう一度崖から飛び降りる運命をくれてやろう!」
『ピース・メイカー』作戦の後段、サイパン着上陸が始まる第31話でした。既に爆撃などは行っていますが、令和の時代の人間が初めて昭和20年の世界に足を踏み入れます。その先は果たして……? 第32話は明後日、2月4日(火)更新予定です。
読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。
サイパン島の北部は崖だったり、浜というより岩場だったりします。カウタウンビーチの様子をyoutubeにアップロードしてくれた方によると「ほんの僅かなハイカー、バイカーしか訪れない秘境」とのこと。一方、ウィングビーチはもう少しビーチらしい浜です。
そこから奇襲上陸を仕掛ける23式水陸両用車は、本作初の架空兵器なのですが……要するに最近話題の三菱水陸両用車が制式化されたらこんなのかな? というイメージです。主武装として40㎜CTA機関砲を搭載し、1個分隊程度を乗せてウォータージェットで水中を20ノット超の速度で航行、珊瑚礁や岩礁、岸壁を乗り越え進む30tくらいの車両です。




