27. 混乱の芽
サンフランシスコ:新聞社
「何、ジャップどもがガスを使っただと!?」
編集長は電話越しに叫んだ。部屋にいた全員がびっくりする。
通話相手は海軍基地に取材に行っていた若手の記者で、あまり目立たない通信部門の中佐とディナーに行っていた。戦争に関する情報が聞き出せるかと思ったら、とんでもないスクープに出くわしたのだ。
「ボビー、いったいどういうことだ!?」
「例の中佐が言っていました。何でも5日前から硫黄島侵攻部隊と全然連絡が取れなくなっていて、化学兵器で全滅したのではと分析されているとか。本当なら大変ですよ、何万人もやられたことになる」
「糞、あの屑どもがやりそうなことだ……」
編集長も顔面を蒼白にし、歯を軋ませる。
卑怯なやり方で真珠湾の軍艦を沈めた挙句、負けが込んできたらガスで海兵隊の勇士達を殺してくる。何てろくでもない奴等だ、一刻も早くこの事実を国民に知らさねば。
「分かったボビー、急いで帰ってこい」
「はい、すぐ戻ります」
電話は切れ、編集長は腕時計を一瞥した。
既に夜も更けていて、流石に明日の朝刊には間に合いそうにない。となれば号外だ。今から急いで輪転機を回せば、明日の昼くらいにはサンフランシスコ中に配れるのではないか。
「皆、聞いた通りの大事件だ。ジャップどもが硫黄島でガスを使用したらしい」
編集長は社員達に向け、大声を上げて宣言した。
彼は大変一般的な正義感の持ち主だった。加えてどこも得ていないであろうスクープで部数を伸ばし、社員達の給料をはずめるようにもしたいとも思っていた。
「とにかく、号外の準備を急いでくれ!」
サイパン島:カグマン飛行場
「俺のキャリアはボロボロだ」
整備中の輸送機をやつれた顔で眺めながら、ルメイ少将はぼそりと呟いた。
例の5機を除き、未だに爆撃隊は戻ってこなかった。東京上空で大損害を受け硫黄島に緊急着陸したところを、日本軍に狙われたものと考えられる。一応再建された第21爆撃集団司令部には、そんな分析が届いていた。更迭命令と一緒に。
輸送機に乗った後に待っているのは査問会、降格、予備役編入。真珠湾で無能を晒したキンメル大将と同じ運命だ。
(だが、どうしてだ……)
自分に不運が降りかかった理由が、ルメイには少しも理解できなかった。
確かに指揮下の部隊が、新戦術を試したところで大打撃を受けたのは事実だ。だが低高度夜間爆撃が有効という分析は、陸軍情報部から寄せられたものだった。それに日本が強力な迎撃機――恐らくジェット戦闘機で夜間戦闘も可能な型――を配備したなんて話は、不確かな噂のレベルですら聞いたことがなかった。
それにこれまでの戦訓からしても、敵新型機の登場がすぐに被害拡大につながるとは考え難い。
事実、ドイツがMe262なんてやくざなジェット戦闘機を投入してきた時もそうだった。Me262は数が少なく、パイロットも不慣れで有効な戦術を採れていなかった。当初は驚愕した連合国のパイロット達も、地上撃破を狙うなどすぐさま対策を編み出し、その脅威をどうにか封じ込めたのだ。
とすれば、何か別の重大な理由があったのではないか。ルメイはそこで恐るべき可能性に行き着いた。
(まさか……スパイが情報を漏らしていたのでは?)
その瞬間、ルメイの頭の中で全ての辻褄があった。
爆撃計画が漏れていたとしたら、そこにありったけの迎撃機を投入し、対空火器を並べることもできるだろう。他所が手薄になるとしても、一度大打撃を与えられれば作戦継続は困難だし、何より東京は日本の首都だ。
そしてそんな超重要機密を売り渡したスーパー級の売国奴は、もしかしたらサイパンにいるのかもしれない。
「ゆ、許さん……絶対に許さんぞ売国奴ども!」
打ち捨てられた指揮官たるルメイは、激烈なる怒りに燃えた。
爆撃機指揮官としての人生は既に閉じてしまっている。だが絶対に裏切り者を白日の下へと引き摺り出し、嬲り殺しにしてくれると彼は誓った。
東シナ海:五島列島沖
「何という速さであろうか!」
「この機体が量産の暁には、米英などあっという間だ!」
岡村大将随行の参謀達は、当初は童心に帰ったかのような喜び方をしていた。
だがC-1での空路の途中から、彼等はどんどん気分を害し始めた。便宜上陸軍大佐を名乗っている栗原一佐が、何を聞かれても軍機の一点張りで答えず、他のコスプレ陸軍の自衛隊員達も同様であったからだ。
「我等は栄えある支那派遣軍の参謀団であるぞ。いったい何を隠す必要があるというのか」
「西浦参謀、それくらいにしておこうよ」
案外と楽しげな岡村が、やんわりと部下を窘めた。
それから栗原の方を向き、その表情を凝視してから、改めて機内を眺めて回った。暫くの間、彼は反対側の椅子の空いている箇所を興味深げに見つめたり、電光掲示板に視線を止めたりしていた。
「儂が思うに、この栗原大佐は未来からの客人だ」
唐突に発せられた言葉に、誰もが等しくびっくり仰天した。
参謀達はそんな馬鹿なと漏らしながら顔を見合わせ、自衛隊員達は正体がバレたと冷や汗をかく。
「まあ宇宙人か未来人、あるいは超能力者のいずれかだとは思ったよ。ただ宇宙人には見えんし、妙な能力も持ってなさそうだから、消去法で未来人と考えた訳だ。どうだ、図星だろう?」
「閣下、そんな空想科学小説まがいのことがありますか」
「西浦参謀、少し考えてもみろ。確かにこの飛行機に爆弾を詰めば、米英があっという間なのは間違いなかろう。だがそれ以上に、我々のそれを遥かに超越した技術、未知の科学概念がそこかしこに詰まっておるのが分からんか?」
「それは、その通りではありますが……ううむ……」
西浦はしどろもどろになり、目を見開いて頭を捻り出す。
自衛隊の基準では、C-1は退役が見えているロートルだが、昭和20年の人間にとっては未来飛行機もいいところだ。
「で、栗原大佐。君達はいつの御代に生きておったのだね?」
「令和の御代です、閣下。昭和、平成、令和の順です」
こうなっては仕方ない。栗原は観念し、皇紀や西暦への変換式を伝える。
「ふむ、令和ね」
岡村は妙に納得し、かつ安堵したようだった。
築城基地に着陸した零式練習機のパイロットと乗り合わせていた大佐が、今の元号を聞いて大いに喜んだとは聞いていたが、その有効性は本当に高いらしい。
「とすると君達は、この皇国未曾有の危機に助太刀せんと、時を越えて馳せ参じたという訳だろうかね?」
「それが、何と言うべきか……」
そこで言葉に詰まると、岡村や参謀達が不審そうな視線を向けてくる。
すると部下が小声で、佐世保の街並みが見える辺りまで来ていると教えてくれた。百聞は一見にしかずという諺が、これほど当てはまる状況もあるまいと栗原も思う。
「その、閣下、当機は佐世保上空に差し掛かりましたので、街並みをご覧いただけないでしょうか?」
「うん、物見遊山しろと言うのか」
何とも不審そうな口調で応じたが、ともかくも岡村は双眼鏡を構えて立ち上がり、窓の外を望遠した。
そうして暫くすると、岡村は落ち着かない雰囲気になり、ガクガクと震え出した。双眼鏡を降ろしては自らの頬を叩き、また構えるといった動作を何度も繰り返す。
「ま、街並みが変わっておる……」
「その通りです、閣下。どういった訳か……令和の日本が、昭和20年にやってきてしまったのです」
東京都文京区:住宅街
どうやってここまで逃げてきたのか、テーラー大尉はもはや思い出せなかった。
例の無線機があった店の周辺は、その後とんでもなく警備が厳しくなった。しかも自分が落下傘降下したのが明るみになったのか、英語で投降を呼びかける放送まで聞こえてきた。全く冗談じゃない。捕虜としての待遇を保障するとか何とか言っていたが、嘘八百に決まっている。
(しかし……どうしたら基地と連絡が取れるだろう?)
路地裏にて、浮浪者を銃で脅して奪い取った謎の麺類を啜りつつ、テーラーは尚も考える。
どうにかして裏切り者の米軍が日本にいることを、黒人やヒスパニックが合衆国に牙を剥こうとしている事実を、本国へ伝えねばならなかった。何故か市街の至るところにある総天然色テレビジョンでは、ふざけた面の将軍もどきが、日本と協力してサイパン島へ上陸するとほざいているのだから。
(そうだ、早くしないと……ん!?)
くっ付いたままの割り箸が止まった。
適当に移ろわせていた視線の先には、結構な高さのアンテナタワーがあった。その上部には立派な八木アンテナが幾つも取り付けられていて、一番大きいものは目測だが30フィート以上ありそうだった。
アマチュア無線局。テーラーはそう判断した上で、どういうことだと首を捻った。
アメリカにも日本にも昔はアマチュア無線局はあっただろうが、どちらも開戦と同時に消滅し、設備も撤去されているはずだ。それがどうして残っているのか全く分からない。
だがアンテナ長からして14メガサイクル帯と思われ、これは長距離交信に適しているはずだった。そしてそのための無線機も、アンテナタワーの下にあるに違いなかった。
(これは、天佑神助というものかもしれない)
テーラーは拳銃を取り出し、黒光りする銃身をじっと見る。
アマチュア無線局であれば警備は手薄と思われ、単独でも制圧できそうだった。罠の可能性もあったし、電波を放射すれば警察がすぐ飛んでくるかもしれないが、上手くやれば基地に情報を送れるだろう。その後であれば、最悪捕虜になったりタケヤリで刺殺されたりしても、まだ諦めがつくではないか。
(よしっ……俺はやるぞ!)
テーラーは覚悟を決めた。そして進軍速度も腹次第と、案外と美味い謎の麺類をかき込んだ。
モスクワ:クレムリン宮殿
「ほう、驚きましたね」
ソヴィエト連邦最高指導者たるヨシフ・スターリンは、机上に並べられたカラー写真に目を見張った。
馬力の出そうなエンジンを4基も備えた、多少野暮ったい雰囲気の大型機だった。規模はアメリカが誇る新型爆撃機B-29と同等か、僅かに小さいくらいだろうか。ただ何より驚嘆すべきは、主翼と胴体に日の丸を描いていることだ。
「同志クズネツォフ、これは日本の新型爆撃機ということですか?」
「その通りです、同志スターリン」
海軍人民委員たるニコライ・クズネツォフが、何とも大袈裟な態度と声色で首肯する。
「これら写真はオホーツク海で撮影されました。アメリカからの支援物資を運ぶべく、同海域をウラジオストクに向け航行していた貨物船『タイミル』号の上空数百メートルを、この航空機は数度航過したとのことです」
「我々に対する威嚇ですか?」
「少なくとも国際法的に威嚇と解釈される行動は、同機は取っていなかったようです。無論のこと、新型機を見せびらかすという意図は間違いなくあるものと考えられますが」
「フム、何とも嫌な気配がしますね」
スターリンは大きく息をつき、改めて写真の1枚を手に取った。
日本が四発の爆撃機を実用化したなどという報告は、これまで全く受けていなかった。まだ試作機の段階なのかもしれないが、それでも脅威だった。満洲に展開されたら、東シベリアの大部分が射程に入ってしまうかもしれない。
「まあしかし……同志クズネツォフ、よく報告してくれました。それから、この貴重な写真を撮影した同志を報いてあげなさい」
「了解いたしました、同志スターリン」
「ええ。どれほどの脅威であっても、事前に何も知らないよりはよいですからね」
スターリンは一見穏やかな表情を浮かべ、超然とした口ぶりで言った。
独ソ戦の初期においては、ドイツ軍の戦意を見誤ったがため、ソヴィエト連邦は大損害を被った。今となってはヒトラーもベルリンに追い詰められてはいるが、欧州戦線終結後に予定している対日参戦に際して、同じ轍を踏む訳にはいかなかった。
(もっとも、日本も既に虫の息のはずですが……それでも、今一度情報を洗い直した方がいいかもしれません)
退室するクズネツォフを見送りつつ、スターリンは心の内で自らを戒めた。
実際ここ1週間の間に、アメリカ軍は太平洋戦線で大損害を出したらしい。かの新型爆撃機だけの影響ではないだろうが、どうもおかしな雰囲気だ。偵察活動の強化が必要だった。
『ピース・メイカー』作戦の裏で、混乱の芽が育ち始めてしまう第27話でした。第28話は明後日、1月27日(月)更新予定です。
読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。
時空間災害など及びもつかない(ついたらほぼ狂人ですよね)人々が、その影響に振り回された結果、どんどん妙な方向に思考を働かせ、暫定的な結論に基づき動き出します。そうした結果がもたらすものは……?
なお作中のサイクルという単位はヘルツと同じです(古い電気学の教科書だとサイクルかもしれません)。
また「進軍速度も腹次第」は、腹が減っては戦はできぬと同義のことわざ(An army marches on its stomach)を直訳したものです。テーラー大尉は本作の世界で初めて、カップ麺を食べたアメリカ人にもなりました。




