26. 作戦準備
硫黄島:硫黄島航空基地
特異的時空間災害以来、島は手狭になってきていた。
マリアナへの反撃を行った百里の第3飛行隊は展開したままで、哨戒機も給油や休養のため降りてくる。輸送機が大わらわで必要物資や整備隊、高射隊などを降ろしていくし、揚陸作戦に備えて陸上自衛隊のオスプレイまで展開してきている。更にはあと数時間で海自のタンカーがやってくる手筈で、とにかく大わらわだ。
ただ同じようにやってきている在日米軍の面々については、やはり腫れ物に触れるように扱うしかなかった。
「なあ、どう接したらいいんだろうな?」
同僚でやはりF-2A乗りの川越誠一尉が、食堂で昼のハンバーグ定食を食べながら尋ねてくる。
その質問には、久保田一尉も答えられなかった。何の名案も浮かばないし、答えを出せる人間がこの世にいるとも思わなかった。
「普段通り……は難しいよな」
久保田はそうとだけ言い、ちょっと視線を動かす。
ステーキとポテトを貪り、コーラをがぶ飲みするのが似合うアメリカ人達は、食堂の端っこの方にダンゴになって、揃って気の抜けたコーラみたいになっている。
「何とか元気づけてやりたいんだが……」
「励ますにしても……既に俺等、この時代のアメリカ人を100人以上殺してるぜ」
「ナオ、それは仕方ないヨ」
なまった日本語が飛んでくる。背の高いアイルランド系が、忍者みたいに後ろに立っていた。
海軍の第27戦闘攻撃飛行隊で、F/A-18Eスーパーホーネットに乗っているトーマス・ファニング大尉だ。久保田とは時折一緒に登山に行ったりする仲の彼は、恐らく明日の未明くらいに、大先輩達が乗る航空母艦をミサイル攻撃する1人に違いない。
「戦争になっちゃった以上、戦うのは当然……ここ、いいカ?」
久保田と川越が黙って肯く。
ファニングは溶接した仮面みたいな笑顔を浮かべ、久保田の隣に腰かけた。そうして皿に積まれたリブロース肉をうまそうに齧ったが、無理しているように見えて仕方ない。
「だけど戦争は早く止めないと……止めないと皆不幸」
「本当にな」
「昔のステイツ、今の日本と戦争する理由ない。平和が必要」
ファニングはちょっと間を置き、意を決したようにコーラを飲む。
「だから『ピース』作戦が上手くいくよう祈ってほしイ」
「OK Tom, Do your best!」
久保田は条件反射みたいにそう言った。この場合のベストとは最小限の人的損害で航空母艦を作戦不能にすることで、ファニングの表情は少しだけ自然になった気がした。
とはいえ本当にそれしか道がないのだとしても、平和を冠した作戦の中身が同士討ちだなんてのは酷すぎる。
東京都練馬区:朝霞駐屯地
「第1輸送隊より連絡。西部方面戦車隊第1中隊、収容完了とのことです」
「うむ。順調だな」
陸上総隊司令にして『メイカー』作戦統合任務部隊指揮官たる樋室省吾陸将は、その報告に満足した。
事前の検討、準備が奏功した結果だった。特異的時空間災害が発表された翌日、防衛大臣から太平洋島嶼への着上陸を研究するよう指示を受けており、その結果もあって各部隊がスムーズに動けたのだ。
「あとは……第二波の硫黄島展開か」
樋室は統合任務部隊の陣容を頭に浮かべた。
おおすみ型輸送艦3隻で水陸機動1個連隊を基幹とする戦闘団をサイパン島北部に上陸させ、更には護衛艦『ひゅうが』を中継する形でヘリボーンを実施する。着上陸第一波はそんなところで、軽空母兼揚陸指揮艦の護衛艦『いずも』以下8隻が火力支援を行う。
無論、これは自衛隊側だけだ。在日米軍も強襲揚陸艦『アメリカ』を中核とする水陸両用作戦部隊を『メイカー』作戦に投入する予定で、最終的に日米合計で6000人規模となる。この当時、サイパンには第2海兵師団が駐留しており、兵力ではその3割ほどだが、80年の技術格差から戦力的な問題は生じ得ないという判断だ。
(とはいえ、一番の目的は対話の場を作ることだ)
その点については、慎重な対応が必要だった。
着上陸以後、日米合同部隊は守備の手薄なサイパン島北部を迅速に制圧し、占領地の維持および滑走路等の破砕を実施しつつ、同島に展開しているこの時代の米軍部隊との接触を図る。当然ながら接触や交渉については、まず在日米軍が担うことになるが、現代と過去のぶつかり合いがどう推移するかは想像し難い。何しろ海兵隊に爆撃隊と、血の気の多い部隊ばかりなのだ。
(もっとも、大場栄大尉を英雄と遇したのは彼等だが……ああ、本人がまだ戦っているのか)
サイパンで終戦後もゲリラ戦を続け、10年ちょっと前に映画にもなった陸軍軍人のことを、樋室はふと思い出す。
現地にはまだ戦っている日本陸軍部隊が、更には収容された島民等が1万人以上存在するのだ。それらの扱いを含め、単純な軍事では片付かない、ややこしい話ばかりだった。
そして通信衛星の全てが失われた今、現場での迅速かつ的確な判断が何より必要となる。
「間宮、頼んだぞ……」
樋室は独り言ちた。
陸上総隊幕僚長の間宮博陸将は既に、護衛艦『いずも』に乗艦しているはずだ。彼が上手く対処してくれれば、この妙な戦争も早いうちに収束させられるかもしれないのだ。
地上波放送:民放討論番組
「マリアナ諸島への反撃につきましては、昭和31年の政府見解の通りの内容であったと解釈できます」
パネリストの1人はまずそのように前置きした。
それから画面上には、「たとえば誘導弾等による攻撃を防御するのに、他に手段がないと認められる限り、誘導弾等の基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能であるというべきものと思います」とテロップが表示される。当時の鳩山一郎首相による有名な答弁だ。
「とはいえ、これが自衛隊によるサイパン島への着上陸となりますと、全く別の話……憲法上許容される限界を超えた武力の行使に当たるのではないでしょうか? これを許してしまいますと、自衛隊の活動にまるで制約がかけられないという由々しき事態になってしまいかねません」
「常木さん、ありがとうございます。確かに、その可能性は考えねばなりませんね。さて、ここまでの議論についての視聴者の反応はどうか、見ていきましょう!」
司会者はそう区切り、ひな壇の上に備えられた大型モニタに注目が集まる。
最近になって取り入れられた、ニアリアルタイムな視聴者反応分析システムが稼働した。SNSの投稿から番組視聴者のものを一定数抽出し、関連キーワードや感情分析結果、賛否の強度などをパネリストごとに表示したりする代物だ。
そうして拍子抜けする効果音とともに、大型モニタに結果が表示された。
「おっと、視聴者の反応はあまり芳しくないようです」
司会者はちょっと驚いたような、苦笑するような口調で言う。
常木に関連したキーワードは、「非現実的」「平和ボケ」「空想論」なんて具合で、かつ感情分析グラフ上では不満が突出。まるで歓迎されていない状況だ。
付け加えるなら、強烈過ぎるキーワードは意味的に一番近いものに置換される仕組みで、実態はもっと酷いかもしれない。
「常木さん、この結果をどう受け止めますか?」
「私が申し上げたいのは、我が国は法治国家ですから、何事も手続きを踏まえて行うべきだということです」
「あの、ちょっと」
挙手したのは番組で定番になってきている北本教授だ。実際、視聴者ウケの良さをシステムが示している。
「これアメリカ南北戦争の例ですけど、かのリンカーン大統領は国難にあって、憲法上問題とされとった徴兵制の導入に踏み切った訳です。そうしてなけりゃ、今頃のアメリカの首都はリッチモンドかもしれない。で、今の日本は特異的時空間災害で、外道どもにいきなり東京を焼かれもした。状況はそれと同じようなものでしょ」
「だからといって、何事も超法規的措置で済ませるのはいかがなものかと」
「そりゃあなた、ハイジャック犯の要求に屈して凶悪犯釈放するに比べりゃ、ずっとまともでしょ」
北本はそう言って笑った。ただ、陰のある笑い方だった。
「何しろ地球より重いらしい人命が、1億2000万人分もかかってるんだもの」
太平洋:マリアナ諸島沖
第58任務部隊には一つの作戦が追加された。硫黄島の空襲だ。
同島への侵攻部隊とは、今なお連絡が取れていないらしかった。日本軍が化学兵器を用いて侵攻部隊を壊滅させ、かつカミカゼを総動員して事実を隠蔽している可能性があるらしく、その真偽や海兵師団などの安否を、空襲でもって確かめろという訳だ。
仮にそれが事実なら、陸軍や海兵隊の何万という将兵が、卑劣極まりないやり方で殺傷されたということだ。そうした内容を聞かされた際、寡黙なミッチャー中将でさえ怒りに我を忘れそうになったほどだ。だがよくよく考えてみると、確かにそれ以上に辻褄が合う説明は困難ではあるのだが、おかしな点も多かった。
「なあ、参謀長」
第58任務部隊旗艦たる航空母艦『バンカーヒル』の艦橋にて、驀進する僚艦を眺めながらミッチャーは呼び掛けた。
傍らでコーヒーを飲みながら海図を眺めていたバーク参謀長は、すぐさまそれに反応して顔を上げる。
「硫黄島の件、どう思うね?」
「といいますと……?」
「化学兵器が使用されたという噂についてだ。私は化学戦の専門家ではないから詳しいことは分からんが……ドイツ製の強力な化学兵器が用いられたとして、誰一人としてそれを報告できずに全滅するなんてことがあり得るか?」
「確かにそこは分からないところです」
バークも首を傾げ、顎に右手をあてて考え込む。
複数個所で同時に致死的な気体が散布されたとしても、効果が出るまでには一定の時間が必要で、被害の度合いも場所によって異なるはずだ。対して無線機は、携行型のウォーキートーキーや航空無線まで含めれば何百何千とあるはずで、それらが揃って沈黙するとも思えない。
「通信妨害や電離層の異常といった可能性についても参謀達に確認しましたが、やはり何もなかったようで」
「それに化学兵器だとしたら、サイパンやグアムに対しても使っていてもおかしくはない」
「あの島々では隠蔽が困難と考えたのではないでしょうか」
「なるほどな……しかし硫黄島は火山島だ。大規模な火山噴火という線はないかね?」
「その場合でしたら、あちこちの地震計が振れますし、噴煙も目視されるかと。火山性ガスの噴出もあり得ますが、その場合は化学兵器と同様、何かかしらの状況報告がなされるものと考えられます」
「うん、その通りだな」
「まあ、明日を待ちましょう」
バークは楽観的な面持ちで言い、
「朝一で、任務部隊の第1群、第2群がそれぞれ120機ずつ出します。何があったか、それで全て分かるはずです」
「そうだな」
ミッチャーも肯いた。自分は世界最強の任務部隊を任されているのだから、弱気は禁物というものだ。
しかしそれでも、不安は拭えなかった。硫黄島がアトランティスのように一晩で沈没し、代わって巨大な邪神の棲む冒涜的な島が浮上したのではないか。あまりに非科学的だが、そんな悪寒をミッチャーは覚えていた。
『ピース・メイカー』作戦が発動し、各部隊が準備を始める26話でした。第27話は25日(土)の18:00に更新します。
読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。感想と評価人数がどちらも100を超えました。まだまだこれからですがよろしくお願いいたします。
化学兵器の噂にはミッチャー中将も困惑してしまいます。どうにも不自然ですが、他の可能性はもっと直接的に不自然となると、どうしたものか分からなくなってしまいます。
国ごと転移するという常識を外れ過ぎた現象が実際に起こったら、突然未来の軍隊や国が現れてしまったら、過去の人々はどう解釈するか。そこも追っていきたいと思います。
なおミッチャー中将がラブクラフト的な書籍に触れているかのような描写は完全に筆者の創作です。年代的には読んでいた可能性もなくはないのですが、当時はまだマイナーだったでしょうし……。




