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令和時獄変  作者: 青井孔雀
第2章 特異的時空間災害
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24. 戦場の霧

ワシントンD.C.:ホワイトハウス



「全く、どうなっておるのだろうな……」


 ルーズベルト大統領は顔を歪めながら、コーヒーを少しばかり口にする。

 大統領執務室たるオーバルオフィスには、ウィリアム・リーヒ海軍元帥の姿があった。軍の最高指揮官たる大統領のアドバイザーであり、陸海軍の頂点に立つ将軍達をどうにかまとめている穏当な苦労人だ。

 それ故、よろしくない報告をホワイトハウスに届けるには、リーヒを経由するのが一番なのかもしれない。

 

「なあビル、何か分かったことはあるかね?」


「申し訳ございません、大統領閣下。依然として、ほとんど何も判明しておりません」


「ううむ……」


 議題は無論太平洋戦線での異常で、ルーズベルトの当惑は深まる一方だった。

 東京へ向かった爆撃隊の大部分は未だ行方不明のままで、マリアナ諸島の航空基地は送り狼攻撃を受けて暫く使用不能。グアムの太平洋艦隊司令部もオアフ島に撤退する破目になった。更には硫黄島侵攻部隊とは未だ通信が回復せず、偵察に向かった駆逐艦や護衛空母までカミカゼ機に沈められたらしい。

 とにかくも何万という将兵の命が危ぶまれた。それから戦争の行方と、自らの政治生命も。

 

「ただ裏は取れておりませんが、日本軍が新兵器を投入したとの報告は複数上がっております」


「ほう」


「何でもグアムやサイパンを襲ったのは、高性能のジェット機であったとか」


「日本がジェット機か……厄介だな。しかし我々も既にドイツのジェットと戦っているはずだ」


「はい。そのドイツもそろそろお終いです」


「それを考えれば……多少の新兵器で戦局がひっくり返ることなどあるまい」


 微妙に口ごもりつつ、ルーズベルトは常識的な内容を述べる。

 脳裏に浮かんでいたのは、最重要機密の原子爆弾だった。だがあれは20億ドルという巨費とアメリカの科学技術の粋を結集し、ようやくものになろうとしているのであって、日本が先んじられるはずはないと打ち消す。それに硫黄島で大規模な爆発があったのなら、硫黄島の偵察に赴いた今はなき駆逐艦が、確実にそのことも報告してきていただろう。

 しかし原子爆弾ではなく化学兵器であれば――ルーズベルトはそこで、以前目だけは通したレポートを思い出した。

 

(確か、ドイツが強力な神経ガスを量産しているという内容だったな……)


 そこに思考がたどり着いた時、頭の中で全てが繋がった。ルーズベルトは身震いした。

 

「まさか……ドイツ製の神経ガスが硫黄島で使われたのではないか?」


「えっ……どういうことです、大統領!?」


「いいかビル、全ては繋がっているんだ。確か前、ドイツが神経ガスを量産していたという報告があったな?」


「はい、確かにありました」


「それが日本の手に渡っていたのだ。ドイツの同盟国だからあり得るだろう。残虐非道の日本軍は硫黄島において神経ガスを使用し、正々堂々と戦う海兵達を卑劣な罠にはめたに違いない!」


「なるほど、音信不通になっているのは神経ガス攻撃を受けたためだと……」


 リーヒの顔もどんどん青ざめていく。


「そういうことだ、ビル。加えて爆撃隊もこれと関係している。東京上空で予想外の損害を被った爆撃隊は、硫黄島に緊急着陸していたのだ。何処にも降りた記録がないのであれば、消去法で硫黄島しかなくなる」


「ああ、そうか。緊急着陸した爆撃隊と海兵部隊の双方を一網打尽にすべく、日本軍は神経ガスを使用したと……おお神よ、なんと恐るべき悪魔の所業でしょうか」


「まさしく悪魔の所業だ……あのちょび髭虐殺マニアでさえ躊躇うような禁忌だぞ!」


 ルーズベルトは怒りに打ち震え、ぎりぎりと歯を軋ませた。

 それ以外に整合性の取れた説明ができそうになかったのも事実だが、仮定と憶測の話はいつの間にか真実に変わっていた。硫黄島偵察に向かった艦艇がカミカゼに沈められたのも、神経ガス使用の痕跡を掴ませないためと考えれば合点がいってしまった。

 

「ビル、ただちに長官達を呼んできてくれ。緊急の作戦会議を行う」





南京:支那派遣軍司令部

 

 

「それで大佐、君は本当は何という名だ?」


 司令官室の人払いが済むなり、岡村大将が詰問してきた。

 支那派遣軍司令部との連絡確立という重大任務のため、黒木啓介大佐という偽の名前で南京へと赴いた栗原登也一佐にとって、それは予期されたことだった。ただ思ったより早く正体が露見した、言ってしまえばそれだけのことだ。

 

「いえ、自分は……」


「黒木大尉は左利きだったんだよ。それを直した癖がない」


 もはや弁解の余地はなく、改めて栗原陸軍大佐と名乗った。正式な所属と階級は、説明が面倒なので今は省く。

 なお黒木啓介というのは、大正の末頃に航空事故で殉職した青年将校だ。実は黒木は生存しており、陸軍内でも極秘の特務機関に専従していたという即席のカバーストーリーを歴史学者と共同ででっち上げたのだが、結果はご覧のありさまだ。猿の浅知恵で、かえって不信感を抱かせてしまったかもしれない。

 

「黒木大尉の同期で特に仲が良かったのが、ちょうど一昨日から出張で来ていてな」


 岡村は多少自慢げな微笑を浮かべ、

 

「見分け方を聞いておいた。君も知っていることと思うが、陸軍は広いようで狭い。ちょっと詰めが甘かったようだね」


「閣下、自分を逮捕なされないのですか?」


 室外の気配に耳を澄ませつつ、栗原は尋ねた。

 対して岡村は、鋭く興味深げな目で凝視してくる。精神を鷲掴みにするような眼光だった。だが幸いなことに、憲兵が踏み込んできそうな気配は今のところない。


「大佐相当の人物であることは分かるよ。敵でもないね。だが陸軍に君のような大佐はおらんし、海軍とも違う。しかも世界中何処を探しても見つからんような新型輸送機でやってきた……だから君が何者なのか見当がつかない。いったい何処の誰なんだね?」


「一連の事情をご理解いただくためにも、閣下、一度内地へとお越しいただけないでしょうか?」


 栗原は意気込み、直球勝負に出た。命取りになりかねない賭けだった。

 

「内地では現在、特異的な災害による混乱が続いており……」


「よかろう」


 返されたのは予想外の即断。栗原は驚異に目を丸くする。

 

「誰もが、内地の様子を知りたがっている。とすれば儂が直接視察し、皆に説明するのが一番だろう。ただし状況が分からん以上、視察中は定期的にここと無線交信をさせてもらう。交信が途絶えたら、クーデターと分かるという寸法だ」


「ありがとうございます、閣下」


 賭けは当たったようで、栗原は懇ろに謝意を表した。

 無線交信要請にも反対する理由はなかった。割とフェイルデッドリーなやり方だが、この際仕方ない。本当に最悪の場合でも、斬り込み隊を殺傷することなく無力化すればいいと割り切るべきだ。

 

「まあ何だ……あの新型輸送機、早く乗ってみたいものだな」


 岡村は唐突に柔和な目をして、暢気なことを言った。

 

 



東京都千代田区:首相官邸



 のどかで楽しい夢を見ていた。

 場所は遊園地――千葉県にあるのに東京と名の付いた、世界一有名な海外資本がやってるあそこだ。風船を持った着ぐるみ、メリーゴーラウンド、土産物屋の列。そんな中で妻がジェットコースターで目をぐるぐる回してしまったり、年相応の我儘さを発揮するようになった長男と次男がはしゃぎ回ったりしていた。

 武藤は滝降りアトラクションの写真撮影で、何とも間抜けな顔をしている自分に苦笑しながら、

 

(こういう場を、今まさに閉鎖させようとしているのだ……)


 と思った。電力供給が決定的に不足する状況では、遊園地などまともに操業できるはずがなかった。

 それどころか、東京ディズニーランドはB-29の空襲を受けた。真っ先にシンデレラ城が焼夷弾で焼き尽くされ、今や黒焦げの廃墟。他のアトラクションも軒並みやられ、スタッフや宿泊客も大勢犠牲になった。再開の見通しなど立ちようがない。

 

(夢など見ている場合ではないか……)


 対策本部副本部長の武藤は仮眠を終えた。目の前には、稀少金属や希土類の流通統制に関する書類が置かれている。

 通常、供給不安が生じた場合には、国家備蓄の緊急放出によって対応する。しかし先が見通せない現状では、それすらも不可能だ。むしろ廃棄家電等のリサイクル、所謂都市鉱山の活用と合わせて、金属製品の供出まであり得る状況だ。現代の製品は昔の人間が見たら卒倒するような高級な素材が使われており、故に例えばチタンなら、チタンフレーム自転車の回収といった手が考えられる。古典的なのはニッケルで、硬貨には稀少金属の戦略備蓄という側面もある。

 加えて不要不急の製品については、強烈な電力使用制限と相俟って、生産そのものを停止させる予定だ。それ故、稀少金属や希土類は総合的には、化石燃料ほどは逼迫しない見通しだという。

 

(しかし……製造業は稼働率半減か)


 ページをめくりつつ、武藤は頭を抱えた。

 輸入品・輸入中間財の代替ラインの緊急立ち上げや武器弾薬の増産など、新たに拡張が必要なものもある。しかしそれら要素を考慮しても、工場の稼働停止が原因で全製造業従事者の52%が実質的な失業状態に陥ると試算されていた。

 無論、卸売や小売、サービス業などは更に悲惨な数値が出ている。供給能力の基盤が保てないが故の、最悪の失業だ。

 

(ううむ……どうしたものか)


 失業は不満を増幅させ、国内を無秩序へと導く。早急に何らかの手を打つ必要があった。

 武藤は眠気覚ましの紅茶飲料を少しばかり飲み、紅茶やコーヒーは戦略物資になりそうだと苦笑しつつ、あれこれ思案する。総力戦の時代に突然放り込まれはしたが、国内経済に限っても、かつてとは全く別のアプローチが必要となると考えられた。

 だが思考はそこで打ち切られた。扉が喧しく叩かれ、飯田経済班長が飛び込んできたからだ。

 

「武藤さん、大変です。在日米軍が総理を夜討ちしました!」


「馬鹿な、ここが首相官邸だぞ!?」


「申し訳ありません、説明不足でした。在日米軍トップが総理との緊急会談を要請、総理がこれを受諾しました!」





東京都千代田区:首相官邸

 

 

 首相官邸4階の総理執務室。その応接机には、4名が座っていた。

 日本側からは加藤総理と日下防衛相。アメリカ側は駐日アメリカ大使のヴィクトリア・パターソンが、在日米軍を代表するファーゴ中将を従えた形だ。なおパターソンは形式的に、臨時の大統領代行に就任する予定だという。

 

「我々のプラン、『ピース・メイカー』作戦についてご理解いただけましたでしょうか……現状これが、もっとも現実的かつ有効なプランと考えております」


 ファーゴは悲痛な面持ちで尋ねた。

 執務室の一面には、富士山と鳥居、日本列島を合わせた在日米軍マークが投影されている。作戦内容を記したプレゼンテーション資料の最後のページで、ファーゴはつい先程まで熱弁を振るっていた。

 

「そう、もっとも現実的かつ有効なプランなのです」


「心中お察しします」


 加藤は理解を示した。むしろ胸を強打されていた。

 在日米軍はこの異常事態にあって、事態終息に向けて日本に全面協力するという。しかも来航が予想される第58任務部隊を在日米軍機により最小限の犠牲で無力化し、直後に日米合同でサイパン島奇襲上陸を実施する案を持ってきた。この時代のアメリカに戦闘を止めさせ、外交関係を樹立するためであれば、先祖の軍部隊と交戦することも厭わぬと明言したのだ。

 確かに加藤は、東京空襲に大変憤っていた。しかしそれ以上に、ファーゴ達の覚悟に感銘を受けた。涙がこぼれそうだった。それがどれほど辛い決断であったか、分からぬ者などいないだろう。

 

「総理、サイパン島での両アメリカ軍の接触は、我々の状況を説明する上で、これ以上ない好機と考えられます」


 日下が何かを堪えたような表情で言い、

 

「我々も乗るべきではないかと。在日米軍に対する不安も解消されます」


「そうだな……私も同意見だ。スイスの大使館経由以外にも、コミュニケーションチャンネルが必要だと思っていた」


「無論、この作戦にはリスクもあります……私を見ていただければ分かります通り」


 パターソンは言った。在日米軍そのものが、裏切り者と考えられる可能性があった。

 それに彼女はアフリカ系で初めての駐日アメリカ大使だった。第二次世界大戦中のアメリカ軍が、黒人部隊を編制していたのは事実だ。しかし公民権運動の前であり、在日米軍の黒人やヒスパニックの将兵が、最悪の誤解を生むかもしれなかった。

 

「しかしそれでも、同じアメリカ人同士。我々の先祖の良識に賭けていただけないでしょうか?」


「分かりました。この案で行きましょう」


 加藤は決断した。

 

「自衛隊に伝えます」


「おお……何とお礼を申し上げたらよいか、言葉もございません」


 異口同音に、パターソンとウィリアムが感極まる。

 加藤もまた、これでいいと確信した。もう1つの作戦案である一方的な航空攻撃に艦隊を完璧に全滅させ、歴然たる力の差を見せつけるというやり方は、有効性は理解できるが極端に合理的な惨さがある。技術格差に脅えてのものであっても、この時代のアメリカが東京空襲の非を認め、補償の確約等が得られるなら、それが一番だった。

 

「とりあえず、細かい調整を急がせましょう。あまり時間は残されていないでしょうから」

各プレイヤーが霧の中で判断を下していく24話でした。第25話は21日(火)の18:00に更新します。

読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。


気になられた方も多かった硫黄島。それについてルーズベルト大統領が、とんでもない勘違いをしてしまいます。

とはいえ、国家規模のタイムスリップというあまりに常識外な事象を理解していない状態で、今起こっていることを無理矢理説明しようとすると、

あのような結論が導き出されてしまうかもしれません。


一方、日本側は在日米軍案を採用し、コミュニケーション樹立を最大目標とするサイパン上陸に移ります。

ボタンを掛け違った感のある状況で、事態がどう推移していくか、お楽しみいただければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 戦前の陸軍将官は適材適所に、懐が深く頼れる親分であったと亡き父親から何度も聞きましたし、八五郎親分と呼ばれた部隊長さんに幼少期お会いして囲碁(五目並べ)のテクニックを伝授され記憶が生々しく…
[一言] 現実として、国まるごと、戦国自衛隊待ったなしなんですが、その自覚あるのかな?首脳部。しかも食料なしという最悪なおまけ付き。
[一言] 当時の密約とか改めて背景関係含めて調べ直してると思いますけど部署担当者はいろいろ資源の消費量と備蓄量を考えると絶望してそう
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