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令和時獄変  作者: 青井孔雀
第2章 特異的時空間災害
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22. ファーストコンタクト

埼玉県入間市:入間基地



「はい閣下、光栄であります」


「おいこら、違うだろ」


 ふざけた冗談を口にする副操縦士の三谷聡二尉を、機長の岩根啓三佐が軽くとがめる。

 とはいえ傍から見れば、両者とも悪ふざけをしているとしか映らない。航空自衛隊の幹部であるにもかかわらず、大昔の陸軍航空従事者のコスプレをしてC-1輸送機のコクピットにおり、復古調の口調で話したりもしているからだ。普通こんなことをしていたら、呆れ切った隊司令に「明日から応援団で街宣でもしていたまえ」と即刻クビを宣告されるだろう。

 だが彼等の操るC-1輸送機は、何もかもがそんな調子だった。機のクルーも陸上自衛隊のお客さんも揃って変テコな格好で、機体の塗装までもが昔風。そして誰にとっても大真面目な目的があった。

 

「連絡要員を便乗させた後、陸軍機を装って南京に着陸せよ」


 岩根と三谷にはそうした命令が下されていた。

 政府は特異的時空間災害を把握するや、小磯国昭内閣や陸海軍のように振る舞い、何とか支那派遣軍と連絡を付けたらしかった。そこで重大災害のため本土防衛計画に抜本的な見直しが必要となったという理由をでっち上げ、連絡要員――陸上自衛隊の一佐で今は陸軍大佐になり切っている――を送る旨を伝達したのだ。

 それで向こうが納得したのかは怪しい気がするが、ともかくもそんな事情で、岩根と三谷は南京まで飛ぶこととなった。

 

「しかし、どうなるんでしょうね……?」


「何がだ?」


「いや、大陸のご先祖様達です」


 三谷はちょっとしんみりと言うか、神妙な顔をする。


「二度と祖国の地を踏めまい、二度と家族と会えまいと覚悟はしていても、まさか祖国の方が未来にぶっ飛んで、幼い息子や娘が爺さん婆さんになってるなんて思ってもいないでしょう」


「そうだな……三谷二尉は、自分がそんな境遇だったとしたらどうすると思う?」


「ほんと、難しい質問ですね。うーん……」


 三谷は1分ほど思い悩み、


「ひとしきり喚き散らし、馬鹿みたいに騒ぎ、それでどうにもならないとわかったら、何かの拍子に自分は死んだとか異世界転生したとか思い込んで、新しい人生でも探すと思います」


「実際それを探せる場所が、どこかに必要なんだろうな」


 コクピットの外に広がる星空を仰ぎ、岩根もちょっと考えてみる。

 靖国神社に参れば祀られる側だったり、故郷に戻れば自分の足跡がびっしり刻まれていたり、もしかしたらヨボヨボの自分と遭遇したり。大変に酷い話だ。多少の滞在なら可能かもしれないが、長居はとてもできそうにない。


「ともかくもこの任務が、その一助となることを祈ろう」


「ですね」


 岩根と三谷はちょっと笑み、お互い親指を立てた。

 その5分後、管制塔から離陸許可が下り、C-1は滑走路を走り出した。途中で築城に降りて給油を受けはするが、東シナ海を越えた先は過去の世界だ。





ベルン:在スイス日本大使館



「本国はいったい何を考えているのだ?」


 在スイス日本大使たる加瀬俊一は頭を抱えた。

 音信不通が解消されたはいいが、今度は無茶苦茶な内容の電文が届いた。講和の叩き台だというそれには、全占領地からの撤退や朝鮮、台湾の領有権放棄、満洲国の市場開放および特殊権益の返還といった条件が記されている。同盟国ドイツが消滅寸前で、連合艦隊の大半が失われた今、それだけでも世界の裏側から蟻が歩いてくるほど甘い見通しだと言わざるを得なかった。

 その上、3月10日に行われたらしい東京への空襲を言語道断の犯罪行為と批難し、責任者の引き渡しと損害賠償、戦争状態終結後の速やかなる原油、石炭等の輸出といった条件が書かれている。サウジアラビアの石油採掘権の譲渡もだ。

 挙句の果てに、数量がおかしい。最低原油1億キロリットル、石炭2億トンを輸出しろというのだ。


「何かの間違いか、虚偽電文の類ではないか」


「その可能性を考慮し、既に再送を要求しておりますが……」


 一等書記官も困惑し切った顔で言い、


「内容を除けば、受信された信号に疑わしいところは全くないそうで」


「どういうことなんだ……?」


 考えたところで、見通しは全くきかなかった。

 電波伝搬の問題はあり得ない。信号の誤りが酷いのであれば、単に文章に起こせなくなる。何者かが偽電を送っている場合は、外交暗号が解読されている訳だが、その場合は悟られぬようこっそり聞き耳を立てるのが常道だ。

 とすると本国が本当にこんな戦敗国に突き付けるような内容を送ってきたのかもしれないが、どんなコチコチ頭の軍人政治家であろうと、流石にここまで非現実的なものを寄越すとは考え難い。


「ふむ……ここは奥の手を使う必要がありそうだ」





釜山府東莱:温泉街



 高木明宏が巡査になれたのも、恐らくは長く続く戦争の影響だった。

 まともな壮丁は北朝鮮や日本、満洲なんかの炭鉱や工場にさっさと働きに出ていたか、徴用でそれら地域に向かっていた。あるいは昨年朝鮮での徴兵が決まったから、訓練を受けている最中かもしれない。

 そんな人手不足の環境でもなければ、高木が警官となるなどあり得なかっただろう。何しろ元来がホラ吹きで、丁子屋百貨店でパイナップルを食った体験くらいしか人に自慢できることのないチャランポランだった。両親に採用通知を見せたら、祝われる前に大口開けて驚かれたほどだ。

 

「宿場で妙な歌謡が流行っとる。お前、ちょっと行って見てこい」


 同胞の巡査長に命令された高木は、眠たい目をこすりながら東莱温泉へと向かった。

 新羅の王が愛したと歴史書に書かれているらしいこの温泉は、高木にとって天国であり地獄だ。馴染みの芸妓がいて、いい湯に浸かって酒をやり、だいたいいつも月給の6、7割が一夜にして消えるからだ。もっとも最近は円札より食べ物や嗜好品の方が喜ばれので、闇市から没収した米や酒、煙草をチョロまかして持っていっている。

 

「あら、リーチちゃんじゃない」


 煩悩に満ちた目で宿場でうろうろしていると、ちびっこい妓生が朝鮮語で声を掛けてきた。一応これも馴染みだ。

 

「どう、凄くなれた?」


「何だとお前こいつめ、俺は凄いぞ!」


「で、今日は朝っぱらからどしたの? お仕事?」


「何か妙な歌が流行ってるって聞いて、その調査だ」


「歌ったげる。管制塔、俺のハートは緊急事態、ディスイズ緊急事態♪」


「何だよそれ。でもちょっと楽しいぞ。ディスイズ緊急事態♪」


 これまでに耳にしたことがない感じの歌で、高木は気分が乗ってきた。よく分からないが英語っぽい響きがかっこいい。


「一昨日から急に流行り出したの。ラジオで流れたって」


「お、感謝だ。つかこれで仕事は終わり。流石俺、やっぱ凄いぞ!」


「じゃ、休んでく? 何か持ってる?」


「もちろんだ」


 これまた闇市を見逃す代わりにいただいた煙草を何箱か懐から取り出すと、高木はニヤリと笑う。

 当然ながら数時間後に「馬鹿者! 何故そのラジオを摘発せんのだ!」と巡査長に雷を落とされる未来が待っているのだが、元々高木には放送の重要性などピンとこなかった。


 

 


東京都大田区:羽田空港ターミナル隣接ホテル

 

 

 宗方老人はホテルの一室にて、茶を飲みながら待機していた。

 昨晩、今や国政の頂点に立っている元教え子から電話がかかってきて、どうしても会ってもらいたい人物がいると請われた。面会相手は言うまでもなく零式練習機のペアで、間を置かず承諾したら、朝方に厚生省から迎えの車がやってきた。

 そうして通された部屋で待っていると、航空自衛隊の連絡機が着陸したのが見えた。

 

(いったい誰が来るんじゃろなあ……)


 期待に胸を膨らませていると、扉がトントンと叩かれた。

 

「宗方様、お客様をお連れしました」


「ああ、どうぞ」


 扉が開く。先導の厚生省の役人に促されるように、まず老いた海軍大佐が入室した。

 その瞬間、かつての景色がどっと鮮明に蘇った。懐かしい元山海軍航空隊での日々。パッと大きく燃えて太陽みたく輝いていた黄金時代。真っ青な空に自分の全てがあった頃。それらが走馬灯のように脳裏を巡った。

 だが話す前に死ねるかとシャキッと起立し、滲む視界を拭って一面の笑みを浮かべる。

 

「司令、本当にお久しぶりです。と、ちょっと老けられたんじゃあありませんかの?」


「ああ、本当に宗方中尉……なんだな」


「はい。終戦の時には大尉で」


「そうか、そうだよな……ああいかん、頭がこんがらがってしまう」


 青木がそんな調子で困惑し、ちょっと滑稽なくらいに狼狽する。

 もっとも、それもそうだろう。司令は数日前まで若々しかった部下がヨボヨボになった姿を、様変わりどころでなく変貌した日本を、見てこられたのだ。自分だったらもっとみっともなかっただろう、そう思った矢先、耳に覚えがあり過ぎる声が僅かに聞こえた。

 

「ああ中尉……早くこっちに来んか。貴官の……ええと、貴官が、おるぞ」


「司令、ドッペル何とかという現象をご存知ですか!? 自分が2人いる現象で、見たら死ぬそうです! 俺は祖国のためになら命を懸けて戦いますが、ドッペル何とかで死にたくはありません!」


「あっはっは、そん時は死ぬのは僕の方じゃよ。もう百歳越えなんじゃぞ」


 宗方老人は大いに笑った。何のことはない、若い時の自分がやってきてしまったのだ。

 思い出してみれば、何度か司令の運転手で元山と内地を往復したじゃないか。ちょうどそのタイミングと特異的時空間災害が重なって、こんな椿事が出来してしまった訳だ。

 

「ほら中尉、観念して出てこーい」


「わ、分かりました……!」


 そう言ってガチガチに固まった表情で、恐る恐る現れた若い自分を見て、宗方老人は思い切り腹を抱えた。

 当然ドッペルゲンガーで死者が出ることなどなく、宇宙開闢以来初めての、全く同じ人間同士の挨拶がなされた。

まるで未知のものと接触したり、時間を越えて本人同士が出会ってしまったりする22話でした。第23話は明日18:00に更新します。

また、PVが10万、UUが2万5000まで到達しました。読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。


本作ではタイムパラドックスその他については、「タイムスリップ大戦争」に近い形としています。

日本列島という少な目に見ても数百兆トンもの物体が入れ替わってしまった以上、タイムパラドックスどころではありませんし、

そもそも昭和20年の日本にいた人が時空から突然消滅してしまっておりますので……その点、ご容赦いただければ。


第1話にちょっとだけ出てきた釜山では、恐らく福岡辺りのAM局(あと7、8年でFMに一本化するようですが)の電波が混入してきて、

ちょっとした流行が生まれています。実際、この時期のラジオ受信機でも受信できてしまう可能性がありそうです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 令和世界に昭和20年日本が入れ替わりに出現した話とか読んでみたくなりましたw
[良い点] 初登場の時も思ったけど、青木大佐はなかなかの大物に見える
[一言] 更新お疲れ様です。 スイス大使の戸惑いが・・・・ 同盟国ドイツが断末魔の叫びをあげている中、故国の実情を知っている彼からしたら荒唐無稽の提案でしょうね(^^;; 米機動部隊が消滅し、向こう…
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