19. 過去との遭遇
東京都福生市:横田基地
在日米軍および第5空軍の司令官で、更にはインド太平洋軍の指揮権をも臨時措置として継承したファーゴ中将は、陸海軍、それから海兵隊のトップと、ビデオ通話で顔を合わせていた。
状況は不可解かつ理不尽で、混乱と憔悴、狼狽だけがあった。だからこそ早急に方向性を定め、状況判断し、行動していかなければならなかった。ただ頭を巡らせているだけだと、全てが負の循環に陥ってしまう。
「とはいえ、どうしたものだろうな……」
ファーゴは頭を悩ませていた。
日本政府、自衛隊との協力関係を維持し、連合国との戦争状態終結に向け尽力する。その基本方針は変わらないが、具体的に何ができるか、何をするべきかが問題だった。
航空機で本国まで飛ぶことも考えたが、完全な片道切符だ。不審機として迎撃される、あるいは着陸早々に拘束されるかもしれない。日本政府に逃亡を疑われる可能性も考慮しなければならないし、何よりこの1945年3月らしい世界の情報が不足し過ぎている。
「それと昨日の情報収集任務だが、参加した将兵数名が、精神病棟へ緊急搬送された状態だ」
「海軍でもカウンセラーや神父の部屋には、物凄い行列ができています」
第七艦隊司令官のアルバート・トロスト中将が言う。
特異的時空間災害の影響という面では、第七艦隊の被害は甚大だった。原子力航空母艦『ロナルド・レーガン』を中核とした任務部隊は、怪しい動きをしていたロシアに対抗するため北太平洋を目指し、そのまま忽然と姿を消してしまった。どちらが行方不明なのか分かったものではないが、水兵達は本国との連絡に加え、仲間まで失ったのだ。
「正直、私も頭がどうにかなりそうだ」
「その意味では、沖縄は既にでたらめなあり様だ」
海兵隊第3遠征軍司令官のレイモンド・ノックス中将が顔を歪め、
「自衛隊の水陸機動団が明日から順次来ることになっていますが、米軍の拘束、解体が目的じゃないかという根も葉もない噂が、山火事みたいな勢いで広がってます。しかも島中至るところでデモだらけで、暴力沙汰まで頻発、しかも県知事まで怒鳴り込んできましたよ。また沖縄を戦場にする気かとか何とか」
「困ったことに、その懸念は無茶苦茶だが正しい」
ファーゴはちらりと最新報告に目を通し、
「あれだけの空襲の後だ、在日米軍と自衛隊が何らかの緊張関係に陥ると考えるのも無理はない。その上に厄介なことに、本当に今日が1945年の3月11日でもあるというのなら……諸君らも戦史は当然熟知していることと思うが、あと2週間ほどで慶良間諸島への上陸が、更には来月の頭には沖縄本島への上陸が始まってしまう」
「ああ、何てこった」
異口同音に呻きが漏れる。
「しかも先程、第58任務部隊への出撃命令が確認された。沖縄戦に先んじて日本本土を空襲した高速空母機動部隊だ。この命令については自衛隊も把握しており、既に任務部隊への対処を検討させているらしい」
「対処って、要は沈めるってことでしょう!?」
トロストが顔を蒼白にして叫び、
「現代のミサイルや魚雷を食らったら、あの頃の艦艇なんて一たまりもない……我々の祖父、曽祖父達が、何も分からないうちに何万と死ぬことになる!」
「日本政府に攻撃を避けるよう要請できないか?」
「しかし、第58任務部隊は放っておけば日本を空襲します」
大変精悍な他の中将達と比べれば、どこか会計士みたいな雰囲気のある陸軍第1軍団のチャールズ・ハディントン中将が沈痛な声をひり出し、
「そうなったらそれこそ、自衛隊は第58任務部隊を1隻残らず海の藻屑に変えてしまうでしょう。その上、日本における我々の立場も極端に悪化……東京を空襲した爆撃機のクルーと同列に見做されます。最悪の場合、自衛隊との全面的な武力衝突も覚悟しなければなりません。それから私達の妻子も含む将兵の家族全員が人質となることも」
「だったら特殊部隊で首相官邸を……ああいや、何でもありません」
「レイ、これが秘話回線でよかったな。お願いだから、そういう発想は口にせんでくれ」
「申し訳ございません」
ノックスが詫びる。実際それは最悪の手だろう。
核弾頭でもあれば話も変わるかもしれないが、現実にそんなものなどありはしない。北海道に中距離弾道弾部隊を展開させるという話はあったが、地元との交渉が始まる前に特異的時空間災害とやらに巻き込まれてしまったのだ。
「ともかく……我々が現在抱える最大の課題が、第58任務部隊だ」
ファーゴはそう宣言した。
「どうにかこの部隊に作戦を中止させ、穏便に帰ってもらうよう計らう他ないだろう。そのために知恵を絞ってほしい。ある意味、これは希望を掴むチャンスとも考えられる。何らかのコンタクトに成功すれば、この時代の軍司令官、そして大統領とのパイプへと発展させることができるかもしれないからな」
「了解いたしました」
「ピンチをチャンスに、それでいこう」
そんなに上手く事が運ぶだろうか。自身の心の内にある弱気を打ち消すように、ファーゴは笑顔を作った。
太平洋:九州南東500キロ
那覇を発った海上自衛隊第5航空群所属のP-3Cは、朝焼けの中、洋上に発見されたレーダー反応の確認に移った。
浮上航行中の潜水艦のようだった。ただそれが何処のものかは、流石に見なければ分からない。そうりゅう型やおやしお型、あるいは米軍の原潜でないことは間違いないが、今のところ攻撃が許可されているのはこの時代の米軍の潜水艦だけだ。
また確認作業には、対空射撃を受ける危険性があった。第二次世界大戦中の潜水艦は端的に言えば潜航が可能な水上艦であり、水上航行中に航空機に発見された際、自衛できるよう機関砲を搭載していたりする。そのためその射程外から、どうにか見分けるのが得策だった。
「所属不明潜水艦を視認しました……あッ、艦橋に日の丸を確認」
見張り員が報告する。友軍と言っていいのかはまだ分からないが、絶対に敵ではない。
「艦型分かりますか?」
「ちょっと自信ないですが、巡潜乙型」
「了解……バンク振ります」
機長の判断により、P-3Cは大きく翼を振った。
敵対関係にないことを示す合図だ。翼に描かれている日の丸を見て、警戒を解いてくれれば何よりだった。それにP-3Cなんて機体を見たら、大先輩方は心の底から驚き、喜んでくれるのではないだろうか。実際にはアメリカで開発された機体ではあるが。
「あッ……乗組員が帽振れしています!」
「おおッ、本当だ!」
見張り員が嬉しそうに叫んだ。お互い敵ではないと理解したのだ。
そしてそれに応えるように、機長は翼を小刻みにバンクさせた。この海域で活動している巡潜乙型というと『伊44』辺りで、針路から考えて呉に帰投しようとしているところだろうか?ともかくも無事な航海をと誰もが強く祈った。
「ただ……呉に戻ったらどうなるんでしょうね、大先輩方?」
その疑問に明確な答えを出せる者は、機内はおろか、日本の何処にもまだいなかった。
東京都杉並区:老人ホーム
「ありゃあ、あの零式練習機、元山空のじゃないか」
広間のテレビを見るなり、宗方敏夫老人は驚嘆の声を上げた。
昨日飛来した零戦――正確にはそれを改造した零式練習機――が築城基地へと着陸する様子をマニアが撮影、動画共有サイトにアップロードしていて、放映権を買った民放が朝のニュースでそれを流していた。
「ああ、間違いない……それどころか、昔乗ったことがある奴じゃぞ?」
「どうかしたの、宗方のおじいちゃん?」
若い介護士が尋ねてくる。
「ああ、何か大変だよね。変な爆撃機が東京を空襲するし、時空災害?とか何とかで食べ物が買えなくなるっていうし……そういえばおじいちゃん、昔戦闘機乗ってたんだっけ?」
「そうじゃよ。零戦に乗って、米軍と戦っておったよ。戦うつってもあの頃はだいたい特攻隊でな、飛行機をパイロットごと爆弾にして、敵の空母とかに突っ込むのよ。僕はその護衛で、何度も突っ込むのを見たよ。ありゃ辛かった……」
「えー、ミサイルとか使えばよかったんじゃない?」
「そんなもん当時ありゃせんかったよ……まあそうやって戦う前は、パイロットの教員やっててな、若いのがパイロットになって、米軍と戦えるよう、教えておったのよ。でな、さっき映ってた飛行機、その頃乗ってたのにそっくりなんじゃ」
「すぐ分かるの?」
「うむ。垂直尾翼に部隊番号が描かれておるんじゃが、僕がいた部隊のだったよ」
「じゃあもしかしたら、その頃の友達が来たのかも?」
「かもしれん。そうだといいなあ、会いたいなあ……」
宗方老人は当時のことをしみじみと思い出す。
凄まじく激烈な戦争の時代だった。だが間違いなくそこに自分の青春があり、精一杯生きた記録があった。その後の人生なんてオマケみたいなもので、何もかもが懐かしかった。
(あの飛行機、誰が乗ってきたんじゃろう?)
色々な顔が思い浮かぶ。予備学生13期の同期、教え子、腕利きの下士官、ちょっと仲が悪かった兵学校卒の連中。
そのうちの誰でもいい。もうじき自分もそちらに行くと思っていたら、逆に向こうからやってきてくれたのだ。電車や飛行機、バスなどは燃料不足でどれも運休になっているらしかったが、一度でいいから会いにいきたいと心の底から願った。体ももうガタガタだったが、生きてかつての戦友と話せるなら、大して残ってもいない命など惜しくはなかった。
「あ、宗方さん、大変大変!」
唐突に叫び声が響き、物思いが吹っ飛んだ。
その方をおもむろに向くと、チーフで中年の介護士が、幽霊でも見たような顔をして駆けてきた。
「首相官邸からお電話よ、宗方さん!」
様々な形で過去と遭遇する第19話でした。特に在日米軍は困難に直面します。何とかコンタクトを取らなければなりませんが、果たしてその方法は?
明日も祝日ですので、多分明日18時にまた更新します!




