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令和時獄変  作者: 青井孔雀
第2章 特異的時空間災害
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16. 未確認領域

ヴァージニア州アーリントン:ペンタゴン



 一昨年完成したペンタゴンには、極秘の通信装置が据えられていた。

 SIGSALYと称されるそれは、通信文以上に長い乱数鍵を話者同士が共有し、かつ乱数鍵の使用を1回限りに留めることで、理論的にセキュアであることを証明したシステムだ。安全性は情報理論の祖たるクロード・シャノンのお墨付きで、21世紀の圧倒的な計算資源を投じたとしても、通信内容の解読は不可能だ。

 では何故SIGSALYが普及しなかったのかというと、システムがとんでもなく複雑な上に重量も50トン超と巨大で、かつ運用が面倒であるためだ。SIGSALYの使用に際しては、乱数鍵を刻んだレコード盤を上手いこと回さないといけない。送信側と受信側でちょっとでもずれがあったら、その時点で全てが水泡に帰してしまう。

 そんな代物であったから、大統領や首相、元帥と呼ばれる者達の秘密会議くらいにしか使えないのだ。

 

「ああ元帥、どうだね調子は?」


 第32代アメリカ合衆国大統領のフランクリン・ルーズベルトは、SIGSALYの電話機越しに尋ねた。

 元帥というのはフィリピンで日本軍と戦っているダグラス・マッカーサーのことで、付け加えるならルーズベルトがこの世で最も嫌いな人間の1人だった。大統領に対して暴言を吐くわ、自分は神だとでも言わんばかりの演説を何時間もするわ、太平洋戦線での作戦方針を私利私欲で捻じ曲げるわで、おまけに共和党員。ナルシストで精神病質の糞コーンパイプ野郎だ。

 もっともルーズベルトにしても、流石にそんな内心を声に出すことはない。

 

「順調に日本軍を打倒しておるかね?」


「ご存知の通りマニラも奪還しました。後はルソンの山に籠ってるのを追い払うだけ……なので普段は夜もぐっすり眠れているくらいですよ。大統領閣下、何か問題でも?」


「つい先程東京爆撃任務のB-29が、とてつもない大損害を受けたという報告があった」


 ルーズベルトは苛立ちながら尋ねた。実際フィリピンは夜のはずだが、この野郎、俺のせいで眠れないとでも言いたいのか。


「何でも300機以上のB-29が出撃して、たった5機しか戻らなかったとかいう話だ」


「あり得ませんよ、そんなこと」


 マッカーサーの怪訝な声が雑音混じりで届く。

 

「戦場には間違いが付き物で、良い指揮官はそんなものに振り回されません」


「ふん、珍しく意見が一致したな。念のため聞くが、そっちにB-29が着陸してはいないな?」


「いえ、全く。それに東京からグアムに戻る方が、マニラに向かうより近いと子供でも分かります……あ、大統領閣下、1つだけ可能性があるとすれば、ソ連の共産悪党どもですよ」


「どういうことだ……あと元帥、ソ連は同盟国だぞ? ヤク中狂人のヒトラーを追い詰めてる」


「簡単ですよ。何らかの事情でソ連に着陸することになったB-29が、揃って抑留された。共産悪党どもならやりかねません。実際あの連中はドゥーリトルが頑張った時も1年くらい乗組員を抑留しやがりましたし、不時着したB-29をパクったままでしょう。特にあのスターリンという男は全く信用なりません。日独を打倒したらすぐ、返す刀でクレムリンを駐車場に変えてはどうかと」


「元帥、それくらいにしておけ」


 ルーズベルトは声を荒げ、物凄くうんざりした。

 このまま放っておけばマッカーサーは1時間ばかりソ連とスターリンを罵った挙句、その倍くらい自分が対ソ戦でどう活躍するかを説いて悦に入るだろう。日本も死ぬほど嫌いだが、この糞野郎だけは殺害してくれないものかと思ってしまう。

 

「まあ、状況は分かった。確認事項は以上だ、健闘を祈っているぞ」


「大統領閣下、くれぐれも共産悪党には気を付けて……」


「もういい」


 ルーズベルトは受話器を叩き付け、大きな溜息を吐いた。寿命が何日分削られた気分だった。

 それでもマッカーサーの言う通り、本当にB-29が帰還していないとしたら、ソ連領に着陸している可能性は高そうだ。ソ連の対日参戦の調整もあるし、色々尋ねてみても良いかとルーズベルトは思った。





南京:支那派遣軍司令部



「内地の様子がおかしい」


 司令部内はそんな噂でもちきりで、てんやわんやの騒ぎとなっていた。

 昨晩からずっと連絡が取れていなかった。電話も不通で、電文を打電しても全く応答がない。代わって開戦と同時に封止したはずのアマチュア無線局が活動を開始し、トンチンカンな内容が飛び交っているという。NHKのラジオ放送は八俣送信所から飛んでいるようだが、これまた周波数が規定と異なる上に、外国の謀略放送めいた内容になっているらしい。

 しかも確認に向かわせた航空機は、未だ1機も帰還していない。着陸の後、搭乗員が拘束されたのかもしれなかった。

 

「ふむ……関東軍も何も知らんか」


 報告を受け、総司令官の岡村寧次大将は首を傾げた。

 担当者が電話連絡をした感触だと、独断専行下剋上の関東軍も軒並み大混乱に陥っているようだ。海軍についても、少なくとも香港の第二遣支艦隊司令部は同様であるらしい。

 

「やはり何者かが武装蜂起したのでは?」


 総参謀長の小林浅三郎は、不可解な顔をしながらもそう言う。

 

「外部との通信の遮断はそれで一応の説明は付きます」

 

「分からんな。何者かが武装蜂起したのだとしたら、手際がよすぎる。日付が変わるのと同時に、内地の全陸海軍部隊が一切の例外なく協同して事を起こすでもせん限りこんなことにはならん。しかも我々に全く察知されずに……できるか、そんなこと?」


「しかし消去法で考えると、武装蜂起の公算が最も高いかと」


「そこだよな、うん」


 かけている丸眼鏡を直しつつ、岡村は沈思にふける。

 しかしこれまでに集まった情報からは、まるで答えは出てこない。だいたい内地の陸海軍部隊が結託しているのなら、既に新政権の樹立を内外に宣言し、全部隊に忠誠を要求していてもいい頃だろう。

 

(しかしこのまま座視する訳にもいかん……)


 思い付く最悪の可能性に、思わず岡村も身震いする。

 日本列島全域に異様な靄がかかったような状態だ。打てる手があるなら、早いうちに打った方が良いだろう。

 

「よし……斬り込み隊を編成しよう。輸送機を搔き集めてくれ」





東京都千代田区:秋葉原



 無線機の捜索は、途中までは上手くいった。

 高架下の店は当たりだった。無駄に洗練された用途不明の製品だらけだったが、基盤や抵抗、ケーブル類や無線アンテナも売られていて、テーラー大尉は確信を得て捜索した。すると「骨董品」「伝説」「売り物ではない」とか書かれたガラスケースの中に、見覚えのある逸品を発見した。B-29に搭載されているART-13無線機で、丁寧に英語で「アメリカ軍が使用」とか書かれていた。

 言うまでもなくテーラーは狂喜し、ガラスケースを叩き割ってそいつを確保した。

 

 だが上手くいったのはそこまでで、店の外に警察が集まり始めていた。

 これでは80ポンドもの無線機や電源、アンテナなどを持って逃げるのは困難だ。そう直感したテーラーは、咄嗟の判断で周囲の製品や陳列棚を滅茶苦茶に叩き壊し、どうにか窓から逃走した。これなら狙いが何なのか特定できないだろう。暫くして警備が手薄になったところで、こっそり持ち出せばいいのだ。

 そしてテーラーは相変わらず人気のない市街に潜伏し、時が過ぎるのをひたすらに待った。

 

「縺薙■繧峨′闊ェ遨コ閾ェ陦幃嚏縺ョ蜿肴茶縺ォ……」


 ビルの壁面に設けられた巨大な総天然色テレビジョンからは、アナウンサーの声が響いてくる。

 内容は全く聞き取れないが、ニュース番組であることは理解できた。テーラーは非常食の不味いチョコバーをかじり、中東風牛肉サンドイッチをまた食いたいとの雑念を振り払いつつ、ちらちらとその方を見たりしていた。言語が分からなくとも、映像から分かることもあるはずだった。

 だがそんな中、唐突に聞き取れる英語が飛び込んできた。

 

「我々といたしましても、全くもって不可解ではありますが、日本政府の発表は事実と言わざるを得ず……」


 急ぎテレビジョンへと視線を向けると、いかにもパイロット上がりといった雰囲気の中将が映っていた。

 彼は何やら会見を行っているらしい。だが何処の誰なのかは全く分からず、見覚えのない徽章も着用している。しかも何故、日本のニュースに出演などしているのだ?


「在日米軍といたしましては、今後も日本政府と協力し……」


「あっ……!」


 その瞬間、テーラーは理解した。こいつらは捕虜か何かだ。

 それに黒人と組もうとしているのも……そうか、星条旗を裏切った卑怯者と黒人、あとヒスパニックやインディアンどもで連合軍を編成し、祖国と戦わせようとしているのだ!


(畜生スニークジャップども、真珠湾に続いて何て汚い真似を!)


 テーラーは激怒した。必ず、かの奸佞邪智の陰謀を伝えねばならぬと決意した。





福岡県築上郡:築城基地



「儂等、浦島太郎になっちまったのですかのう?」

 

 敬礼と挨拶が済むなり、率直な質問が飛んだ。

 テレビジョン放送を何時間も呆然と眺め、流れてくる奇怪な映像に目を丸くしていた青木大佐と宗方中尉は、すったもんだの末に基地司令の今村文明空将補に呼ばれた。兵隊達の慌てぶりを見るに、あの部屋にテレビジョンがあることを皆忘れており、かつ操作もできないだろうと高を括っていたらしい。全く失礼な話だ。

 それにしても、空将補。少将に相当することはすぐ分かったが、航空自衛隊といい珍妙な呼称だと2人とも思った。

 

「あのテレビジョンとやらを見た限りでは、少々違うようですけども」


「今更隠し立てしても致し方ありませんね……」


 今村はちょっと項垂れ、数秒ほど顎に手を当てた後、

 

「ここは令和の……昭和20年からは随分経った後の日本です」


「ま、暦にもそう書いてありますからのう」


 青木はカレンダーの昭和換算された年表記を指して言う。

 

「全く、珍奇なこともあるもんじゃ」


「あまり驚かれていないようですね」


「そりゃ、とっくに仰天した後ですからの……ただ、ここへ来て安堵しもしました。あの未曾有の大戦争を経ても尚、万世一系の皇統が続いておるのですから……のう、中尉」


「はい。加えて飯が大変美味でありました。これは未来日本の国力の表れと確信しております」


 宗方のそれは随分と現金だったが、それらは偽らざる感想だった。

 あたら将兵の生命を爆弾の誘導装置としてまで戦って、その先にいったい何があるというのか。そうした疑問の答えを、科学文明が発展し国力を充実させた日本の姿を、垣間見ることができたのだから。その実、これで安心して米軍と戦うことができると、青木と宗方はテレビジョンを見て喜び合っていた。

 

「ということで司令、ウェルズ装置は何処にありますかのう?」


「は?」


「いえ、そろそろお暇して、昭和20年に戻ろうかと……」

異変に気付いた過去の人々が戸惑い、勘違いをしもしながら、状況を探るべく行動する第16話でした。次の更新は明後日、1/10(金)の予定です。


ルーズベルトとマッカーサーは、本作の描写ほどではないかもしれませんが、大変に仲が険悪だったようです。あの時代のアメリカ軍高官、政治家などは、大概アクの強い人ばかりかもしれません。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あまり考証もない作品が殆どの中で、きちんと考えられているのは良いと思います。 が、縛りが強くて書けなくなるなんて事が無いか心配ですね。 [一言] SIGSALYの開発に関わってる人達が教科…
[良い点] 今後の想定が他作品とは一線を画するくらいにシビアなところ。 「金積もうが強盗仕掛けようがこの時代に無いもんは無いんだよ」という絶望感よ… [一言] マッカーサーは後任のトルーマンへの対応や…
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