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令和時獄変  作者: 青井孔雀
第9章 不確かなる未来へ
124/126

124. 邂逅軌道

東京都調布市:宇宙航空研究開発機構



「なるほど、誤差が大き過ぎるか……」


 返信メールの妙に古風な文面を読みつつ、仁科主任は唸る。

 特異的時空間災害がために令和X年の世界に生じ、時間軸に逆行する形で到来すると予想される衝撃波。その裏付けとなったのが、多数の衛星を含めた地球規模の観測網によって辛うじて検出された重力異常に他ならず、20年ほど先の邂逅に備え、観測能力の増強が急ピッチで進められていた。

 実際、近く打ち上がる予定の核パルス推進宇宙船で、静止軌道にレーザー干渉計を配置する計画にもなっている。


 だが若き俊才たるケナン・オクタイ博士は、それですら能力不足だと判断していた。

 確かに衝撃波そのものの検出は可能だろうが、特異的時空間災害について探るには、より精緻なデータが必要となるとのこと。しかも厄介だったのは、地球近傍では測定精度に限界があるとの指摘だった。時空間距離の3乗での減衰が推定されるそれを探る上では、色々と邪魔なものが多過ぎるのだ。


「とはいえ、これでは太陽系外縁まで行かないと条件が揃わない」


「いいじゃないですか。それくらい楽勝でしょう?」


 何とも明朗な声が響き、仁科は少々驚いた。

 研究室の入り口に立っていたのは超時空同僚のダイソン博士で、純粋にニッコリとした笑顔を浮かべている。


「核パルス推進なら隣の恒星にだって行けます。まあ100年以上かかりますけど。それに比べたら太陽系外縁なんて近所も近所、100天文単位とか200天文単位とかパッと飛んで、レーザー干渉計をあっちこっちに据え付けて回ればいいのです。人工惑星ネットワークでもって観測すれば、ケナン君だって満足行くデータが取れますよ」


「相変わらず、簡単に言いますよね」


「はい。簡単なことですから」


 疑いようもない口調でダイソンは言い、性能見積もりと飛行プロファイルを滔々と語り出す。

 それが十分な実現可能性を有していることは、仁科も当然理解していた。必要となる核爆弾も相当な数となりそうだが、六ケ所や営口・盤錦の原子力施設群をフル稼働させれば間に合いそうだし、最悪幌筵島に死蔵されている分を回せばいい。予算についてはよく分からないが、武藤総理は協力的であるから、多分都合がつくだろう。


「だが……時空間災害前に得られていた分はあるとはいえ、太陽系外縁に関する調査は不十分だ」


 これまでの実績を脳裏に浮かべつつ、仁科は懸念を表明した。

 莫大な予算投下により、日本の打ち上げ能力は何とか時空間災害前のアメリカのそれに届こうとしており、核パルス推進の実用化によって一気に跳躍しようとしている。だがその能力の大部分は失われた宇宙資産、つまりは衛星通信やらGPSやらの再構築に用いられてきたのであって、幾ら科学探究の時代とはいえ、宇宙探査機の打ち上げが十分できているとは言い難い。


「となれば不測の事態に即応する必要が出るかもしれず……ペイロード的には問題ないかもしれないが、未知の領域での長期有人ミッションをいきなりやることになるかもしれない」


「あッ、最高ですねそれ!」


 ダイソンは目を輝かせ、誕生日プレゼントを前にした子供のように声を弾ませた。


「でっかい宝島を前に、今こそアドベンチャーって奴です。私自身がそれに加わることは多分できませんが、人類史上最大の探検になるでしょう。素晴らしくて涙が出そうだ!」





カリフォルニア州サンフランシスコ:市街地



 北米方面隊人事部長に任じられた小野田一佐は、久方ぶりに西海岸へとやってきた。

 そこはなかなかに先進的で現代的な場所だった。川崎と三菱が再生産しているボーイング787から降り立てば、成田や羽田とさほど変わらぬ空港の風景が広がる。高低差の大きい市街には、煌びやかな高層建築物が雨後の筍のように建ち並ぼうとしているし、無人交通に関しては下手をすると内地より進んでいるかもしれない。

 ともかくも20年という歳月は、恐らく相当に大きいのだろう。東京を終戦間もない頃と1回目のオリンピック直後とで比較すると、誰もが驚異の復興に驚くだろうが、この世界のサンフランシスコはそれ以上だった。


 だが何より首を傾げたくなるのは、やはり異国情緒を根底から覆す雰囲気に違いない。

 街のシンボルたる金門橋やケーブルカーは元通りだが、それ以外がどうしようもなくおかしかった。道を行き交うのが日本車なのは序の口で、ヴィクトリア風建築の横に瓦葺きの建物だったり、神社でもないのに鳥居型の門があったりする。最近開通した市内鉄道の高架下は赤提灯の飲み屋街で、「居酒屋」「串カツ」「焼鳥」などと書かれたノボリが翻り、少し目を反らせば天守閣のようなものが摩天楼の上に聳えているのに気付く。

 挙句の果てはヒスパニック系酔っ払いの2人組で、頭にネクタイを巻いて高吟放歌する始末。それがスペイン語版の「同期の桜」であることは、翻訳イヤホンに頼るまでもなく明白だ。


「話には聞いていましたが、何ですかねこれは」


 小野田は頭痛をいなす中、妙な既視感を覚えた。

 案外、正体は単純だった。特異的時空間災害の10年ほど前、まだ娑婆にいた頃に見た3DCG映画さながらの風景だったのだ。


「こうなると……ケアロボットまで歩いても不思議はない」


「ああ、実際歩いていますよ」


 何事もなさそうに答えるは、防衛大の1期先輩で、同じく水陸機動団の一員として戦った水上。

 三佐で退役した後、北米で戦災孤児の救済事業をやっている彼は、スマートフォンを取り出して軽くタップした。すぐさま実空間電磁波特徴量を用いた検索が行われ、付近で撮られた写真が画面上に並ぶ。一週間ほど前、マシュマロめいたロボットや鎧武者のようなロボットがこの辺を練り歩き、大勢の市民が記念撮影をしたらしい。


「ディズニー公認で、こんな調子です」


「何とまあ」


 驚嘆の声が思わず漏れ、


「大連や上海はおろか、オックスフォードやゲッチンゲンまで妙なことになっていると聞きますが……全く、サンフランシスコ一帯はその比ではありませんね」


「教科書的な説明は、まあ幾らでもできます」


 水上はちょっと寂しげに微笑み、そう言った。

 戦争を生き延びた日系人や"外地系"の人々が、臨時政府主導で復興したベイエリアに多く移住したこと。国連研究都市認定を切っ掛けに、基幹技術の独占によって得られる資本が大量投下されたという事実。あるいは隔絶された未来世界への憧憬。それらがため国外が妙になっているという記事は、国内ネットで検索しても出てきはする。


「ですが、一番の原因は日系思想かもしれません」


「初耳なのですが、そちらは?」


「我々は日本人であり、アメリカ人でもある。そんな妙チクリンな思想で、最近妙に流行ってます。日ノ本は太陽の下という意味だから、地球はおろか太陽系全てが日本であるとか」


「は、はぁ……」


 常軌を逸した理論展開に小野田は唖然とし、二の句が継げなくなった。

 とはいえ記憶を遡ってみると、太平帝国の乱なる運動を、中国人が大真面目にやっているというニュースが思い出された。朝鮮系も"日本"の看板にしがみ付いたままだし、幾つかの一神教社会もリスボン地震に際してのそれを数百倍に増幅したような疑問に晒され、信仰の空白を埋めるようにシステム神道が蔓延ったという話もあった。

 つまるところ勝手に日本に同化しようとする現象が、世界中のあちこちで起こっているらしいのだ。


 であれば――日系思想とやらも同根なのかもしれない。

 かような結論に到達するや、小野田の背筋を電撃が走った。それは言い知れぬ悪寒である一方、時空間災害後に必然的に起こる現象への納得とも考えられ、全くどうしたものかと唸ってしまう。

 ただそれでも、この極端におかしな世界の行く末に対する興味は沸々と湧いてくる。


「オノジュンも案外、開明的ですね」


 何かを察したかのような口調で、水上はそう言って微笑んだ。

 国家が物体だという信じ難い学説が飛び出して20年。かような状況において、それはどのように振る舞うのだろう?





太平洋:ライン諸島沖



 航空自衛隊の久保田一佐には、部下の表情を直視し難いところがあった。

 核パルス推進宇宙船『たかまがはら』の乗組員は、1965年側の人間が8割ほどを占めているが、彼等との間に諍いがある訳ではない。能力的には全く問題なく、チームワームも抜群で、一緒に仕事をするのが楽しかった。元々の世界でも宇宙飛行士であった人間は1人だけだが、他の者達は恐らく、そちらでは運に恵まれなかっただけなのだろう。


 だが間違いなく、負い目のようなものを感じてはいた。

 マニュアルは先人の血で書かれているとの格言があるが、有人飛行を急いだ日本政府および"国際連合"は、それを字義通りに実行することを選択していた。そうして実験飛行をとにかく繰り返し、尊い犠牲を伴ったそこから知見を搔き集め、何とか現代水準の安全性を確立するに至ったのだ。

 つまるところ彼等は、情熱的な最優秀モルモットの生き残りだった。だが事故死した宇宙飛行士のがらんとした部屋は、モルモットのケージには決して見えまい。


(まあ俺も国家国民のため、万単位の敵を殺してきたのだし、こいつも似たようなものだが……)


 そんなことを思いつつ、ヒーリングVRを解除する。

 国連マークを描いたC-2の貨物室が視界に広がった。今は乗組員の私物や無重力娯楽用品などが積み込まれているが、そこにはかつて4トン超の滑空徹甲爆弾が懸架されていた。


「キャプテン、お考え中のところ申し訳ございませんが」


 南部訛りの英語が唐突に響き、


「飯の時間です。ケイジャン寿司なんてどうです?」


「おう、いい響きだな」


 先程までの思考の片鱗も見せぬよう、久保田は楽しげに笑う。

 そうして部下達の許へと向かい、案外いける南部風和食のトレイを受け取った。ただ違和感があった。北米や欧州、ユーラシア連合などから集った宇宙飛行士達が、揃って秘密を明かそうとする悪ガキみたいな顏をしているのだ。


「キャプテン、食事の前に1つ。俺達はただ希望を追い求めて、ここまでやってきたんです」


 朗らかだが真面目な声色で、副長のリドリー中佐が口を開いた。


「時空間災害のお陰で、俺達は最悪の時代に育ちました。戦争がどうとかじゃありません。苦労して発見していくはずのものが全部先取りされ、挑戦する心からして打ち砕かれてしまう、本当に最低最悪なジズの時代です。叔父は自動車の設計をやっていて、戦争を生き延びはしましたが、酒浸りになって死にました。仕事の意義を失ったからです」


「それは……」


 久保田は何かを言おうとするも、声はそれ以上通らなかった。

 返答に窮したところもあったし、周囲の者達の面持ちなどから、恨み節ではないことも分かったためだ。


「戦闘機乗りって職業も似たようなもんでした。キャプテンが乗っておられたF-2相手には絶対勝ち目のない貧弱な機体に乗り、まるで意味のない曲芸飛行に精を出し、ぼんくら宗教や馬鹿民兵にロケット弾を撃つだけの簡単なお仕事です。そんな中、国連が宇宙飛行士の募集を始めて……それが何よりの希望に見えました。本物の挑戦ができる場だとすぐに確信できたからです。そして選抜を通った時は、もう死んだって構わねえと心底思いましたよ」


 尋常でない熱量を帯びた言葉に、先人達が揃って肯く。


「無論、危険な仕事を押し付けたいんだとはすぐに分かりました。でもどんとこいでしたね。少なくともそこでならトップランナーになれる訳で、晴れ舞台をわざわざ用意してくれたって感謝しかありません。といってもまあ、ミックやトーマスが死んだ時は、流石に悲しくはありましたが……あいつらは間違いなく生きています」


「心の中に、か?」


「叡智の中にです。マニュアルは先人の血で書かれている。それが事実なら、宇宙飛行士がいる限り生き続けられる」


「なるほど。己が不明を恥じずにはいられない」


 久保田は詫びるように瞑目し、努めて冷静にそう答えた。

 表に出ることを阻害された情動は、しかし精神の中で凝縮され、恒星のように燃え始める。煌々たるその光はあらゆる闇を払わんばかりで、それでいて途方もなく懐かしく思えた。

 そして再び双眸を開いた時には既に、蟠るものの全てが消滅していた。


「まあ一週間後には軌道上。キャプテンには生まれついての開拓者な俺達について、ちゃんと知っておいて欲しくて」


「ありがとう。それが一番重要だ。辞書に二重線を引いておかないとな」


 久保田は隈のない笑顔を浮かべ、全員のそれと混じり合う。

 その後、機内で食したケイジャン寿司は、これまでのどんなご馳走よりも美味に思えた。無茶苦茶なものだから、美味いのだ。





タヒチ島:パペーテ



 カウントダウンが0になると同時に、巨大なスクリーンは真っ白になった。

 数百海里向こうの環礁から、強烈な閃光と爆風を撒き散らしながら浮上するは、ひっくり返した茶碗とカップを合体させたような超巨大宇宙船。1万トン超の重量を一度に軌道投入し得る彼女は、比較的ささやかな核爆発の痕跡を真珠のネックレスのように空に連ねながら、轟々と空の高みへと舞い上がっていく。

 映像を撮影している調査船に凄まじい爆音が届き出したのと、空の軌跡がタヒチ島から光学観測されるようになったのは、ほぼ同じ時刻だった。


「やったァ、飛んだァ!」


「何と神々しい……」


 島の人口密度を一時的に激増させていた観光客達は、感嘆の声を次々と漏らす。

 だが人類史上空前の宇宙飛行は始まったばかりで、その旅程を誰もが固唾を飲んで見守り続ける。0.5秒間隔で超臨界していく核爆弾群は、『たかまがはら』に平均2Gの加速度を与え、巨体を一挙に軌道上へと押し上げんとする。


 もし何処かで問題が生じたなら、船体が金属蒸気の塊に変わるか、質量兵器となって落下するかしていただろう。

 とはいえそれは杞憂に終わりそうだった。既に速度は秒速7キロ、高度は400キロを突破し、予定された飛翔経路を概ね正確に突き進んでいく。懸念された電磁パルスの影響もない。南東太平洋上空に定期的に低軌道衛星が存在しない時間帯が訪れるよう、JAXAと国連軌道管理機構が徹底した管理を行っており、それが奏功した形となった。

 そして最後の仕上げとばかりに、補機の熱核ロケット推進系が作動。水素ガスの噴射でもって、姿勢や速度を微調整していく。


『本船は原子力にて軌道飛行中』


「やった、やったぞ! 打ち上げたんだ!」


「万歳、万歳、万歳!」


 低軌道から通信電文が届くや否や、全地球が沸き返った。

 その中心の1つに違いないタヒチ島の管制センターでは、万雷の拍手の中、最優秀のエンジニア達が肩を組んで涙ぐむ。歓喜の声は英語やロシア語、ドイツ語などが大きかったが、それに負けぬ音声で、オービタリアン社の堀内社長が叫んだりもする。


「たった今、未来に手が届きました!」


 計画発案者たるテーラー博士は、カメラの前で宣言した。

 それから彼もまた、人々の波によって空中に放り上げられる。胴上げに加わった者の中には、先程の堀内の姿があり、コロリョフやフォン・ブラウンといった面々の姿もあった。


 無論、『たかまがはら』打ち上げの目的の何割かは、軌道支配の絶対化にありはした。

 だが空前の質量を軌道投入するという人類史的偉業と、その圧倒的な浪漫の前には、生きてきた時代も国籍も案外関係ないものなのだろう。

遂に大天使めいた何かが飛翔する第124話でした。

第125話は5月28日(金)~31日(月)辺りで更新の予定です。読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。ここ4話くらいで、各話の作中年代が等比数列になっていることはお分かりいただけたかと思っておりますが……つまりは、そういうことです。


書いていて痛感したのですが、やはり1950年代くらいのビッグサイエンス的世界が好きなのかもしれません。

そうした時代を遥か昔に通り過ぎてしまった人々と、時代の開拓者たることができなくなってしまった人々。その両者が特異的時空間災害の解明という、これまでにない巨大な課題に立ち向かうこととなったら、いったいどのような化学反応が生じるか? それは相当に予測不能ですし、作中のトンデモ思想までそのうち絡んでくるかもしれませんが……案外それは、ある種の若返りという表現になるかもしれません。


なおあからまさにベイ〇ックスなシーンに登場する「実空間電磁波特徴量を用いた検索」というのは、現実にある技術です。

そこら中に飛び交っているwifiの固有IDとURLか何かを対応させれば、簡単にロケーションベース情報検索ができるのでは? というアイデアに基づくものなのですが、主にiOSの仕様に邪魔されて、さっぱり普及していないとのこと。せっかくなので作中に登場させてみましたが、現実でも普及したらいいですね。

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