121. 淀んだ世界の中で
東京都日野市:ショッピングモール
「美奈、スマホの抽選どうだった?」
「あーもう全然ダメ。倍率高過ぎみたい」
OLの穂香の問いかけに、猫仲間の美奈は心底残念そうに答えた。
彼女が挑戦していたのは、家電量販店で催されていたスマートフォンの抽選会。政府備蓄から放出された時空間災害直前の高級モデルを、物価相応に跳ね上がった価格で買う権利が得られるというものなのに、結果はこの通りという訳だ。
「まだ暫く、これを使い続けなきゃかあ」
「もう5年ものなんだっけ」
「そう、機種変更考えてた矢先にあれだもの。ショップ行ったらまだ使えるって言われるし、買えるとしても再生品ばかりらしいし、ほんと嫌になっちゃう」
古びたスマートフォンを指で軽く叩き、美奈は軽く溜息。
バッテリーを交換するなどしつつ、耐用年数を過ぎた端末を騙し騙し使っているのだ。多少マシとはいえ穂香も、いや日本国民のほぼ全てが同じ状況で、新品は滅多なことでは店頭に出回らない。ちょっと前、何処だかの一貫生産工場が稼働を始めたというニュースもあったけど、供給が安定するまで時間もかかりそう。
戦争が終わってもう何年も経ち、食べ物やエネルギーの不安もなくなったとはいえ、全てが元通りという訳にはなかなかいかないのだ。
「ま、気を取り直して甘いものでも食べ行こ?」
「そうしよっか」
一応そんな風に意気投合し、人で混み合うエスカレーターを降りていく。
そうして500円ショップに変わった店の品揃えを眺めたり、本来の意味に回帰したアウトレット衣料品店を軽く物色したり。輸入家具屋の売り場には、"作り立てアンティーク"という表現が踊っていて、その珍妙さに吹き出してしまったりもする。
ただ問題なのは何もかもが割高で、しかも売切続出だったりすること。
配給統制がまだ部分的に続いているから仕方ないとはいえ、大狂乱物価も何とかならないものか。一時はハイパーインフレとかいう状態だったらしいし、給料も右肩上がりだけどさっぱり追い付かない。そんな他愛ない愚痴をこぼし合いながら、2人はレストラン街へと歩いていった。
するとやたらと香ばしい匂いが漂ってきて、思い切りその源を凝視してしまった。
「あ、手作りアップルパイだって」
「ちょっと高いけど……買っていこうかな。ヒデ君も好きだって言ってたし」
「そういえば上手くやれてる?」
「うん。うちのチョリもヒデ君家のハナと仲良しだし、そろそろ一緒になろうかって話もしてるよ」
「あッ、羨ましい。式には絶対呼んでよね」
「もちろんだよ」
少しばかり嫉妬気味に言う美奈に、穂香は満面の笑みで肯いた。
まだまだ大変なところはいっぱいあるけど、少しずつ世の中は落ち着いていっている。結婚して子供が生まれる頃にはもっとよくなっている、そう信じるのが一番だ。
ロンドン:出版社
擡げられたその頭は天を貫き、大きく広げられた翼は太陽をも覆い隠す。
海のリヴァイアサン、陸のベヒモスとともに三頭一鼎をなし、空を司るとされるジズ。かような言葉によってその威容を表されるべき神話的怪鳥をもって、世界の政治的状況を形容せんとする試みに、ウォーバーグ氏は思わず舌を巻いた。
「ふむ……ここで言う空とはすなわち未来のことか」
「ええ、まさしく」
慇懃ながらも陰鬱げに肯いたのは、出版社に多大な利潤と名声を齎した人物。
ジョージ・オーウェルというペンネーム、あるいは予言者という名で世間に知られる彼は、物憂げな瞳で窓の外を眺める。何の変哲もない蒼穹の遥か上を、令和時代から来る者達の監視装置が周回しているはずだった。
そして悪ければ――彼の著作にある通り、原子力兵器を搭載したロケットが降り注ぐこととなるのだろう。
「この世界の誰かが苦心して発見するべきものの大半を、彼等は既に当然のものとして知悉している。長年の試行錯誤の果てに辿り着く諸々の概念を、世にありふれたものと認識している。そうしたまるで手の届かぬ優越は今まさに全世界を覆わんとしており、その揺るぎようのない異質な支配は、リヴァイアサンやベヒモスといった既存の政治学的用語では到底言い表せないかと」
「なるほど、確かにな」
ウォーバーグはカップに注がれた紅茶を口に含み、その原産地の様相に思いを馳せる。
パキスタン地域を含めた英領インド帝国は、紆余曲折の末に英連邦王国インド連邦へと移行していた。未だ総督府が残っていたりもするが、国際連合顧問団なる未来人組織にほぼ乗っ取られてしまったという。
それから最近酷く高騰気味のチョコレートを摘み、アフリカ植民地もまた変容を余儀なくされつつあることを思い出す。
似たような話は世界中のあちこちで起こっているらしい。かつて七つの海を制した偉大なる帝国は、その形骸を微妙に残しつつ、全くの別物になろうとしていた。
「その意味では……君とて既に把握していることとは思うが、ロンドンの知識人の中には、ジズを歓迎している者もいるよ」
そう言ってから少し間を置き、
「ジズは確か……暴風の脅威から人々を守る存在でもあったろう。あの戦争はあまりにも異常ではあったが、令和時代の日本人は根本的なところでは平和愛好的だという話ではあるし、あまりに隔絶した力が故とはいえ、今後この世界に戦争など起きそうにもない。とすれば本物の世界連邦運動をやる好機だとか何だとかな」
「その効用については、私としても否定できないところです」
オーウェルは乾いた笑みを浮かべ、
「もっとも令和時代の日本人はこの時代に究極の特権階級として君臨し、かつて我々がインド人やビルマ人を見たような目で、我々を含むこの世界の全人民を見る心算かもしれません。事実、この間の世界統一特許制度樹立やペルシャ湾域での独占的化石燃料開発に見られる通り、世界中の枢要なる権益を令和時代の日本人は手放す気などさらさらないとも見えます。ただその場合であってすら……人類福祉の総和という観点においては、私ですら多少癪に思うほどですが、本来あるはずだった世界のそれを大きく上回ってもおかしくはないとも考えられます。たとえ何百万という失業者と引き換えであれ、帝国に住まう全ての人民が、随分と未来の産品や文化、思想を享受できる可能性が生じる訳ですから」
「なかなか悪くない、そう聞こえてくるね」
「ええ。まさしくそこが最大の問題ではないかと。ジズの庇護の下にあれば幾許かの平穏と豊かさは保障され、空を見上げるまでもなくなり、いつしかジズの翼の上に空があることすら忘れてしまう。前作で考えが至らなかったと痛感しているのはまさにここです。監視装置やプロパガンダなどなくとも、未来の存在というだけで、人々の精神を容易く制御し得るのだと」
「ユートピアであるが故、ディストピアという訳か」
未来の喪失という結論に直面したウォーバーグは、ゴクリと唾を飲み込んだ。
続けて持ち込まれた原稿を幾らか捲り、内容を矢継ぎ早に脳へと送り込んでいく。空を見上げることを対価とする、恐ろしく蠱惑的な福祉社会の様相。地球全体で何億もの労働者の過半が失業状態に陥り、しかし未来文明の高度な生産、調整力によって物質的な豊かさは保障されてしまうが故、競合の意欲が徹底して削がれていく甘美な監獄。
帝国主義が究極的には仕事を奪い合う理論であるとするなら、それは帝国の完成形と言えるのだろう。支配という果実が得られるならば、耕作を躊躇う者などいるはずもない。
「であれば、どうするべきなのだろうな?」
「ジズの頭の上に立とうかと」
その言葉とともに懐から取り出されたのは、結核予防薬として売り出されている錠剤。
まともな治療法がないとされた病すら制圧されようとしており、その驚嘆すべき効用を齎したのが何者かは言うまでもない。しかも眼前の人物は、本来であれば既に結核を発病しているはずであり、数年後には死ぬ運命であったことを明かす。
「大連新租界に来ないかとの誘いに、乗ろうと思います。彼等の言うがままのようでこれまた癪ですが、我々の時代の人間が空を見上げられると証明するには、そうする他ありませんから」
埼玉県さいたま市:喫茶店
馴染みの事情通のUSBメモリに格納されていた音源を、副業ライターの大野はイヤホンで聞いていた。
ロシア語のラジオ番組だった。時空間災害直前に放送されていた内容を誰かが録音していたものらしいが、第二外国語でぎりぎり単位を取った程度の語学力では、正直何について話しているのか聞き取れない。
ただ極東在住のロシア人達はこの時、3月10日の世界を生きていたのだと実感することはできた。
無論、それは単純な時差の問題でしかない。程なく前代未聞の天変地異を目撃することにもなったのだろう。それでも自分達が全く異常な形で迎えた日を、彼等は既に迎えていたという事実には、どうにも不思議な感慨を抱かずにはいられなかった。
(とはいっても……)
大野はコーヒーを一服し、懐かしき1リットル100円の商品と大差ない味によって現実に引き戻された。
そうして統制品のコーヒーを飲みながら感傷に浸るために来た訳でもないだろうと、少しばかり事情通に怪訝な視線を送る。
「つまるところ、これが何だっていうんだ?」
まず直球でそう尋ね、
「多分、ネット上に同じものが転がってると思うんだけど」
「実際あるよ。再生数たったの2桁だけど」
事情通はそう言って笑い、大野は思い切り不審な表情を浮かべた。
「だったら、URLだけ送ってくれればよくない?」
「そこが味噌でさ、同じ番組ではあるんだけど、微妙に食い違っている訳」
「えっ、どういうことだ?」
目を丸くした大野に、事情通はタブレット端末を差し出した。
動画配信サービスの該当ページが開かれており、先程聞いていたのと同じ番組がアップロードされているようだった。それと自分のノートPCで開いている音源ファイルとを見比べ、何が食い違っているかを確認する。
そして結果が現れるまでにかかった時間は、それほど長いものではなかった。
「あ、再生時間が違う」
「ご名答。ネットにある方は23時40分16秒、概ね海外との通信が断たれたとされる時刻で終わっている。一方、こちらは44分2秒まで続いている。言うまでもないけど、後ろ4分ほどに不自然な加工の跡があるとかもない」
「いや、マジでどういうことだこれ……?」
大野は息を呑み、とある掲示板のスレッドを真っ先に思い出した。
急ぎ専用ブラウザを起動し、過去ログを確認する。釜山がいきなり超退化したという題のそれが立てられたのが23時44分9秒で、事態に気付いてから7秒以内にスレ立てが完了するとも思えない。
とすれば――昭和20年春の朝鮮と21世紀のロシアが、共存していた時間帯があるということになるじゃないか。
宮城県仙台市:住宅街
牧野教授にとっては今年もまた、答えの出そうにない思索の年になりそうだった。
日本という政治的単位が丸ごと時空間を飛び越えるという、完璧なまでに想定外で、極まりないほど不自然な災害。それと同時に始まった戦争は半年ちょっとで終わり、世間も落ち着き始めてはいるとはいえ、最大の謎は依然残ったままだった。
無論、成果らしきものが皆無という訳ではない。
牧野が思い至った国家物体説、国家原理仮説は、真相を解き明かす鍵と認識され始めている。海外との通信途絶と同時に確認されたB-29が数機のみであった事実から容易に分かるように、特異的時空間災害が二段階で起こったというのは定説だが、その間に微妙に過去と現代が混在した時間帯が存在したらしいことも判明してきていた。
もしかすると台風や地震といった天災の規模や発生日時などが、予想以上に史実に近いという観測結果も、国家物体と何らかの関係があるのかもしれない。
(だが今のところ、その先が全く掴めない訳だ)
牧野は絶望的に高い壁に衝突し、それは何百回目であったか分からなかった。
結局のところ、特異的時空間災害が既存科学を超越し過ぎているのだ。神の領域とでも言うべきだろうか。現象として追うことは必須に違いないが、それだけでは事の真相に全く届きそうにない。
(まあ、ここで焦ったところでどうにかなる訳でもなし)
例によってそう結論付け、牧野は思考を切り替える。
少し前まで災害対策本部のオンラインミーティングに用いていたノートPCを閉じ、アトランティスだのムーだのに関する怪しげな書籍の山を潜り抜け、自室を後にする。
「あっパパ、ちょっと教えて」
リビングにやってくるなり、娘の美沙が珍しく尋ねてきた。
「時空間災害って今後も起こるの?」
「うん、どうしたんだ急に?」
「学校で猫の話になったの。乗ってる船が何回も沈んだけど、その度に生き残った有名な猫。この世界では生きているみたいだから、会いに行きたいって。でもまた時空間災害が起きたら取り残されちゃうし」
「ああ、なるほどな」
牧野は穏やかに微笑んで応じ、
「多分、もう起きないと思うよ」
「そっか、なら安心」
声を弾ませ、美沙がスマートフォンを取る。友達に連絡するためだろう。
(いや待て、私は何を言っていたのだ!?)
己が台詞を反芻した牧野は、そこで初めて愕然とした。寒気を覚えたほどだった。
特異的時空間災害が再発する可能性は全く否定できず、故に政府もそれを想定した生き残り策を講じている。であるのに、中学生の娘相手であれ不確かなことを口走らぬよう心掛けてきたはずなのに、何故ああも確信めいたことを言ってしまったのか。その理由は全くと言っていいほど分からず、視界がグラグラと揺らいだようになる。
(だが、もしや……)
自分は特異的時空間災害は二度と起こらぬと理解していて、条件反射的な反応をしてしまったのかもしれない。
とすれば、理解というのはいったい何だ? 牧野は茫然と立ち尽くし、友達との交信を終えた美沙に首を傾げられながら、精神の探索を開始した。
時空間災害と戦争の年から数年が経過した頃の第121話でした。
第122話は5月7日(金)~10日(月)辺りで更新の予定です。読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。最近本当に遅れがちで申し訳ございませんが、ゴールデンウィーク中に何とかしたいと思っておりますので、何卒よろしくお願いいたします。
こうした場合のサプライチェーンの再編ってほんと何年かかるんだろう? と例によって思ってしまいました。
恐らく、諸国の中でも比較的早く立ち直れる方だとは予想していますが、あれが足りないこれが作れないという話が何処でどれほど出てくるか、どれほど対処可能なものなのか、全く想像がつきません。製品のサプライチェーンを何らかの形で可視化したら芸術的な絵ができそうですが、それが思い切り制約条件になる環境です。
なお結核については、私も小学校低学年の頃に薬を服用していました。
薬がとにかく不味かったという記憶しかないので、潜在性結核感染という状況だったのでしょうか? ともかくもそのお陰でこうして今、文章が書けている訳ですが、治らない病気とされていた時代の生まれだったらと思うと、ちょっと恐ろしくなってしまいます。




