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令和時獄変  作者: 青井孔雀
第9章 不確かなる未来へ
115/126

115. 暗中模索の価値

メリーランド州ハートフォード郡:アバディーン性能試験場



 寒風吹き荒ぶ試験場の一角に、奇妙なガラクタが野晒しにされていた。

 パッと見たところでは、やたらと砲身の長い高射砲といった程度だろう。事実それは、特設爆撃隊が米本土爆撃を実施するに当たり、航空自衛隊が第1世代ジェット戦闘機と並ぶ脅威と見做していたM1 120mm高射砲を、無理矢理に連結させたような代物だった。ライフリングを削った砲身を繋ぎ合わせ、100口径の5インチ高射砲としたのだ。

 だが驚くべきは、それが人工衛星に対する射撃を目的とした試製砲システムであるらしいことだった。少なくともそのテストベッドには違いない。


「ううむ……」


 合同科学技術調査団の一員たる防衛装備庁の仁科技官は、打ち捨てられた遺骸を眺めて唸る。

 非常に興味深いと感じていた。元々の世界においても、眼前のそれと酷似したものがあったためだ。大気圏上層を調査するための機材を、高価なロケットではなく大砲で打ち上げるという1960年代の計画。最終的には中止されてしまったものの、戦艦用の16インチ砲を連結させた代物を用い、実際に砲弾を宇宙空間まで到達させていた。

 それが――時空間災害が変な作用をした結果、類似のものが史実よりも20年ほど早く組み上げられてしまったのだ。


「これで、うちが上げた衛星を撃墜する気だった訳か」


 そう言うのは、民間宇宙企業の名物社長な堀内。

 どういった風の吹き回しか、合同調査団に無理矢理加わり、北米までやってきていた。彼の会社は小型の観測衛星を次々と打ち上げていたから、この砲システムはそのせいで作られたと言えなくもない。


「いや……小口径のこいつでは、流石にカーマンラインを越えられんかな」


「実際、試験用のようでしたから」


 仁科は概算結果やら本来の歴史やらを思い出し、


「これでは高度60キロが限界でしょう」


「HARPの5インチ砲が実際それくらいだったな。だがデータは取れる。きちんとデータを取って、ノウハウを積み上げ、より大きな砲で試していけば、一応はものになったかもしれない」


「そうなっていたら、御社は大変でしたね」


「うちは数打ちゃ当たるでやってたんだ。打ち上げたのは寿命の短いマイクロ衛星ばかりなんで、少しやられたとしても大丈夫、問題ない。なあに、かえって経営力がつく」


 堀内はガハハと漫画表現みたいに笑った。

 だがそれから暫くの後、少しばかり真面目な顔に戻してから続ける。


「まあ実のところを言うと、あれで当てる計算ができたとも、計算結果の通り砲を制御できたとも思えん。見つけられれば軌道計算はできるし、実際に軌道を割り出した例もあるようだが……ああ、赤方偏移と宇宙望遠鏡のハッブルその人が、計算を主導したというから驚きだ。制限がある程度緩和されたら、一度会ってみたいものだが……やはりそこからして誤差が大きかったようだ」


「そうでしょうね。この時代のレーダーや天体望遠鏡では十分な分解能が得られず、アナログ計算機が叩き出す砲指向も精度が低い。砲弾には近接信管を付けるとしても、数百万発撃って当たりが出れば御の字といった程度」


「ついでに言うなら、常にこいつの直上に衛星軌道がある訳ではない」


「それに加えて」


 仁科は数百メートル向こうを眺めた。

 かの有名な弾道研究所の棟が、焼け焦げた廃屋となって並んでいる。米本土爆撃の最初期から、政経中枢爆撃の一環として精密で熾烈な攻撃が行われ、大勢の優秀な科学者やエンジニアとともに焼き払われたのだ。


「脅威になりそうであれば、自衛隊が真っ先に吹き飛ばしていたかと」


「違いないな」


 堀内もまた首肯し、視線をその方へと向ける。

 会話は途切れ、奇妙な静寂が訪れた。居合わせた合同調査団の面々は別々の雑談を交わすなりしていたが、それらが揃って区切りに辿り着いたかのような具合だ。同時に強烈な違和感が押し寄せる。


「ただ、何だろうな」


 沈黙と違和感を破るように仁科は呟く。

 とはいえその後が思うように続かなかった。頭の中は様々な思考で満たされ、ぶつかり合っていたが、それらを上手いこと言語としてまとめることができなかったのだ。


「使い物になる可能性が皆無に近かったとしても、無価値であったとは決して思えない」


 そんな台詞とともに、新たな人物が会話に加わった。

 原子力研究開発機構の核爆発装置研究開発部で主任研究員をしている、つまるところ核兵器開発の立役者たる赤城という男だった。なかなか颯爽とした声色の持ち主で、思考も澄んでくる。


「何しろこれは本物の発明。月並みですが、そんなところですか?」


「そうですね」


 仁科は晴れた面持ちで快く応じ、


「自分は源内プロジェクトを通った代物の審査や評価、試験をやっていたもので。鋼管転用長距離ロケット砲ですとか、簡易ロケット砲ですとか、VALSですとか、あの辺全般です。曲りなりにも実用化し、戦果を挙げたのは我々の側なのですが……これらを見ていると、そこに何の価値があったのか分からなくなってきまして」


「うちの部長、カムチャッカでの核実験に際して、我々は何にもなれていないと言っていました」


「クソ野郎にもなれていないと」


「ええ、まさしく」


 堀内の多少訝しげな問いに、赤城はちょっと物悲しそうに返す。


「無論、社会への貢献という意味では非常に大きかったのは間違いありません。こうして我々が自衛隊に守られながら、北米のあちこちを回れているのが、その証左でしょう」


「全く、いい国に生まれたと思ってますよ」


 堀内は本心に微妙な皮肉に混ぜた口調で、


「少なくともこの戦争に尻込みし、国民生活を崩壊させたり被害を拡大させたりするような真似だけはしなかった。というのも飛行機ん中は暇なんで、電子書籍になってた日本丸ごとタイムスリップものの仮想戦記を幾つか読んでた訳ですが……正直、首を傾げてしまうものが多いと思いましてな。自衛隊は先制攻撃できないからとマリアナの基地を放置し、挙句自衛隊のミサイルが尽きてしまい、あちこちがB-29に焼かれるとか。小説としても何でそんな非合理的な展開にしてしまったのか、全く理解できない」


「昔はそれがリアルだと信じられていたんでしょう」


 大方あの辺りかと目星を付けつつ、仁科は応じる。

 それから仮想戦記とは全く別ジャンルの漫画を思い出す。「敵前で撃てないと言い出す軍人など即銃殺だ、味方にどれほどの損害が出ると思っている」と、関節技に拘る魔法少女が一刀両断していたシーンがあった気がした。

 将兵の精神という意味では無碍にできる問題ではないとしても、その巻き添えを食らってはたまらない。巨視的な視点に立てば立つほど、その傾向は強まるだろう。


「まあ自衛隊ものの定番です、法的制約云々は」


「はあ、なるほど」


「制約があった方が話を書き易いといった事情もあったのでしょう」


 思い出されたのは、『神武』作戦全般において、戦車戦と呼ぶに値するものは1度しか発生しなかったという事実。


「敵味方の駆け引きがあった方が面白いですし、例えば戦車同士、戦闘機同士を戦わせる方が読者受けも良いでしょうから。指揮系統の中枢や補給拠点を初手で潰して動きを封じるのが最も効率的で現実的であったとしても、あれこれ理由を付けてできなくさせる。戦闘になりませんからね」


「まあ所詮は創作ということなんですかね? もっと酷いのになると、自衛隊は戦場においては無敵でも、補給が続かないから現代日本が大昔の連合国に降伏とかいう、正気を疑うような展開のものまである」


「ははは、それはまた」


「しかも著者が現実はインチキシミュレーションのようには行かないと得意げに書く始末で、彼の頭の中では現役のプロレスラーが小学生の悪ガキに降参するのが現実的なのかと疑ったほどですよ」


「補給だの物量だの言えば、何か分かった気になれる。その具体的な中身は問われない。あるいは……状況が根本的に変わるような話でも、従来の言説に引き摺られてしまいがちであるとか」


 それにこういう言動もまた、後知恵そのものかもしれない。口にはしなかったが、仁科は思った。

 加えて特異的時空間災害が発生した直後の記憶を、何とか呼び起こしてみる。既に案外と朧気になっていることに気付き、驚愕しもする。ただその時点で自分が現在を予期できていたかというと、かなり怪しいのではないだろうか。個々の要素を挙げていくことは容易でも、それらをまとめ上げ、体系立てて分析し、『神武』作戦という解を当初から得ていたかというと否だった。

 とすれば――事前の想像力が足りていなかったとしても、それをもって責めるのは妥当ではないかもしれない。


「言ってみれば我々も、理解できない状況の中、突然に突きつけられた破局を免れるためにそれぞれ持ち場で全力を尽くし、それらが集積された結果としての現在を得た訳ですから……と、随分脱線してしまいましたね」


「いえ。私は仮想戦記は素人ですが、重要な指摘に繋がったかと」


 赤城は楽しそうに微笑み、


「このガラクタもまた、立場こそ違いますが、そうした努力の結晶に違いないということです。それに状況をほぼ一方的に把握でき、事実上勝利を約束されていた我々と違い、彼等はゲームルールの把握すら許されていなかった。それどころか物理的、直接的に研究開発を妨害されていた。本当にどうしようもない中で、何とか軌道上天体を迎撃しようと暗中模索を続けた結果がこれです。全く、大したものですよ」


「それと比べると、我々は既にある工学的知見を組み合わせ、大昔の敵に合わせるだけの簡単な仕事しかしていない……生き残るためにそれが最重要であったとしても、ああ確かに何にもなれていない」


 仁科は感嘆と自嘲とを漏らす。言語化困難なものが上手く繋がったようで、同じ感覚を堀内も得ているのではと思った。

 それに先程、プロレスラーと小学生という喩えがあったことが、どうにも印象に残っていた。小学生が与えられた課題に四苦八苦し、独自にあれこれ試す姿を、いったい誰が笑うことができるだろうか。特に先達が生涯に亘って蓄積した試行錯誤の上に現代があり、勝利があったともなれば尚更だろう。

 無論、環境条件が違うのだから、変に卑下する必要はない。ただ総理の発言にあった通り、未来が過去に勝利するのは単なる必然であり、そこに奢りがあってはならぬと自身を戒める。


「あとこれも部長がよく零す内容ですが、この時代はビッグサイエンス的な情熱、あるいは狂気に満ちています」


「例えばマンハッタン計画のような?」


「まさしく。核攻撃を受けた我が国にとっては悪夢的なもので、それ故に最優先で叩き潰しはしましたが……当時の核物理学に未踏領域が多くあったことを踏まえても、あれは科学史的に考えるととんでもない偉業と言う他ありませんよ」


 赤城は空の向こうを眺めながら続け、


「ウランの核分裂という基礎物理学的発見からたった7年、プルトニウムの発見から僅か4年で、原子爆弾を作り上げてしまったのですから。それも核燃料濃縮の困難性や中性子挙動の違い――核分裂で生じる高速中性子と比べ、それを減速させた熱中性子は、ウラン235やプルトニウム239に対して概ね100倍の反応効率を有します――などから原理的に行き着き易い暴走原子炉爆弾を飛び越え、理論上は可能といった程度でしかなかった高速中性子による超臨界爆発をものにしてしまった。我々の基準からすると、10年以内に反物質爆弾とか、レーザー核融合推進宇宙船とかを作るようなものです」


「原子炉の方が核爆弾より難しいとも言いますが」


「形態が根本的に違うので一概には言えませんが、誤解や誤認を多分に含んだ言説です。それに原子炉の概念自体は1939年にフランスで特許出願されており、1942年には黒鉛減速炉のシカゴパイル1が完成、それをベースとしたプルトニウム生産炉がハンフォードに建設されました。加えて原子炉開発という点では、実は海軍主導の原子力潜水艦開発計画がマンハッタン計画より早期に承認されていたりもします。ただこちらは諸々の事情があり、熱拡散法による核燃料生産の目途が立った段階でマンハッタン計画に統合されたという経緯があり、特にマンハッタン計画は陸軍主導で……と、私もまた脱線気味ですかね」


「また後程詳しく。それにしても、NASAか何処かが出していた技術的実現可能性評価の表を思い出す話ですな」


 堀内は口を開いてから少し間を置き、


「何という名前だったか7段階に分類した奴で、一番上が"想像は可能"、代表例がタイムマシン。マンハッタン計画は確か……そのすぐ下の"理論上は可能"の扱いだったかな。なるほどそうかもしれない」


「一方で我々は、特異的時空間災害の解明という、その一番上の至上命題に直面している訳だ。そしてそのための手段として、全世界の研究資源を集約するという一大事業をやらざるを得なくなった」


 仁科は大きく息を吐き出すように言った。

 それから改めて眼前の打ち捨てられたガラクタを、爆撃で荒廃した元研究棟を、具に眺めていく。あり得ない戦争の結果か、北米情勢は酷く不安定なところがあるが、それでも前に進まねばならない。


「また極端なほど困難な課題に立ち向かう上で、この時代に見られるようなビッグサイエンス的情熱は欠かすべからざる要素であり、今まさに我々はそれを目の当たりにしていると。ノイマンやフェルミ、ファインマンなどは自衛隊が爆殺したという話ですが、現状を鑑みると、もう少々手心を加えておくべきだったのかもしれませんね」


「それこそ後知恵、後悔先に立たずだろう」


 堀内はそれから未来を見据え、


「だがこれからどうするかは変えられる。話を聞いていて、この時代の先輩方と一緒に仕事をしてみたくなってきたよ。まあ色々制限が緩和されてからになるが、科学者や技術者なら多分その辺も早いだろう」


「この間、チューリング博士来日のニュースもありましたっけ」


「ああ。A-4を打ち上げていた連中の大部分も生き残っているはずだから、できることなら第二次ペーパークリップ作戦といきたいところだ。宇宙から何かを観測することが特異的時空間災害の解明に役立つかもしれんから、仕事もいっぱいあるはずだ」


「それはまた面白そうですね」


 仁科は純粋にニッコリと笑い、未来への不確かな道を想像し始めた。

 防衛装備の研究開発も今後停滞しそうだった。一応新型戦闘機計画なども、自らを仮想敵として続けるというが、軌道配置か何かの戦略兵器群と、より低レベルな脅威の掃討にばかり特化した奇形無人兵器が中心となりそうな気配がしていた。とすれば多少歳を取っているとしても、改めて科学をやってもいいかもしれない。

 国家原理仮説などという途方もない話も出ているが、裏を返せば未踏領域が山のようにあるということでもある。


(何しろ科学は、異星人と対話する手段にすらなり得る。それに我々は自称アレクサンドロス人でもあったからな)


 仁科は思った。恐らくはそう思えた時点で、この合同調査に参加した価値はあったということなのだろう。

時空間災害の結果、史実より随分早く登場してしまったものを目の当たりにする第115話でした。

第116話は2月26日(金)~28日(日)辺りで更新の予定です。読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。ほんと最近、更新ペースが乱れ気味で申し訳ございません。


製品は基本、技術的蓄積が積み上げられれば積み上げられるほど良くなります。故に過去の設計の兵器では、現代の兵器に立ち向かうことなど到底できません(時折、想定環境が噛み合わず逆転……とかはあるかもしれませんが)

しかしそれは、過去の兵器を設計した者達が、現代のそれに劣っていたという意味にはなりません。それぞれ異なる環境、技術的制約の中、目標を達成しようと奮闘した……となるのではないでしょうか? そうした意味では、本作の源内プロジェクト兵器などは、ある種緊急的な対応の結果生まれたいい加減なものばかりです。戦争遂行への貢献は誇れても、技術的価値はほぼ有さない。技術者ならば、そんな感想を持ってしまうのではないかと考えてみた次第です。


なお私も最近調べた内容ですが、マンハッタン計画より原子力潜水艦(補助動力として核分裂を利用するといった程度のものだったかもしれませんが)が先行していたという内容は、どうやら事実のようです。手前味噌ですが、それについて以下にまとめさせていただきましたので、よろしければご参照ください。

https://sumatome.com/su/1356909025317724164


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― 新着の感想 ―
[一言] 偉人を集めたらまず起こるであろうこと... あらゆるゲームにあらゆる美少女・イケメンとして登場する自らの姿を拝むことに
[一言] >「敵前で撃てないと言い出す軍人など即銃殺だ、味方にどれほどの損害が出ると思っている」 デグレチャフ少佐?!
[気になる点] 補給切れで餓死寸前のプロレスラーなら負けるかもしれない、ハト派なら資源の確保(簒奪)なんて考え付いても実行する度胸なんて無いだろうし。
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