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令和時獄変  作者: 青井孔雀
第8章 激闘の果て
112/126

112. 超常現実

ジュネーブ:国際連盟本部



「自然現象としてはあまりにも信じ難くはありますが、全て本当です」


「ここは21世紀の日本であるようで……少なくとも、我々が戦っていたはずの日本ではありません」


 加藤総理とやらの一方的な宣言の後、同じ時代の人間達が向こう側に現れて証言する。

 実質的停戦がなった後に日本に赴き、これまで連絡を取れずにいた旧連合諸国の使節に違いなかった。"総天然色"投影装置が何時の間にか大陸間テレビ電話として機能し始め、彼等との質疑応答が全く滞りなくできてしまっていることに対する驚愕など、もはや完璧に吹き飛ばされてしまっている。

 そうして議場にて唖然としていた者達は、狂気的現実に引き摺り込まれていった。ある者は蒼白となって頭を抱え、またある者は神の名を恨めしげに唱え出す。常識や世界観といった語で定義されるものが、ガラガラと音を立てて崩れていく。


 ただ未来人集団の介入というだけでは辻褄が合わなかった部分は、概ね氷解した状況ではあった。

 加えて全く不本意ながらではあったが、自分達は生殺与奪を握られたも同然だと、誰もが実感し始めてもいた。仮に特異的時空間災害に関する説明が全くの出鱈目で、やってきたのが未来の日本とは別の勢力だったとしても、一切対処不能な異常兵器群が夢幻と消える訳でもないからだ。

 それどころか――英国のイーデン外相はまた別のスクリーンを一瞥した。TNT爆薬20万トン分の威力とされる原子力兵器が、北米東岸にほど近い大西洋上で炸裂し、巨大なキノコ雲が立ち上る様が生中継されていた。


「全く、真相はまさかこんなだとはな……」


 大きな溜息。それとともに視線を反らす。

 その先にはソ連のモロトフ外相があって、遠目にも表情の引きつり方がよく分かる。彼等との間には例えばポーランドを巡っての対立もあったが――もはやポーランドが何だというのだろう。


「突然にこの世に現れ、世界を相手に滅茶苦茶に戦った挙句、時空間災害は人類共通の課題だからその解明に協力しろ……率直に申し上げるならば、虫がよすぎるというか、狂人の戯言と表すべきものでしょう」


 隣の書記官が熱病にうなされたかのように言い、


「何もかもが、どうかしています。いったい何を企んでいるのか、分かったものではありません」


「恐らくだが……彼等もまた本当に困っているのだよ」


 イーデンは秘密裡に行われた図上演習を思い出し、乾いた声で分析結果を述べる。

 それは如何なる偶然か、英本土だけが1905年の世界に飛び込んでしまうという想定の研究だった。まさか英本土を日本本土に置き換えたものが本当に現実だったとは想定外の極みだが、前提としてそれを知っていたが故か、心的衝撃は僅かではあるが緩和されているのかもしれない。


「それに戦争目的を達成したという部分については、誠に残念で、特に植民地人にとっては大変に過酷極まりないことかもしれないが……事実と見ていいだろう。そうでなければこうして発表などせず、一方的に侵略を続ければいいだけの話だろうからな。今から15年ほど前の日本で、話せばわかると語りかけた犬養首相が、問答無用とテロリストに射殺されるという事件があったが……少なくとも我々は現状、"問答無用"ではないということだろう」


「実際、講和はまとまっていますか……そういえば佐藤元外相、姿が見えませんね」


「色々あって寝込んでしまったそうだよ。まあ、ともかくだ」


 未来国家が齎しかねない破滅的可能性を踏まえつつも、少しばかり気力を取り戻し、


「協力や交渉をし、利害をある程度は一致させられるのであれば、未来の国家が相手であっても、何かしらやりようはあるはずだ。我々はそのためにここに来ている、違ったかな?」


「その通りですね」


「そうだ。それに国が現代か未来かなど、所詮は環境の違いであろうし、人間の脳味噌の出来は80年やそこらで変わったりはしない。ならば特異的時空間災害研究に協力するとして、様々な技術情報の開示を要求、大急ぎでその差を埋めてしまえばいい。戦争で全く勝つ見込みがない以上、そこで巻き返す他ないだろう」





コロラド州プエブロ:市街地



 治安が急速に悪化し、半ば無秩序化しつつある市街。ジョン少年の行動はそれを加速させるものだった。

 何しろ彼は連邦軍だか民兵だかの倉庫に忍び込み、武器や弾薬を盗むなどしていたからだ。しかもそれを闇市を仕切る組合系マフィアのところへと持っていき、僅かばかりの食糧や日用品と交換していた。避難民が大勢押し寄せ、更には交通網が破壊された地域にあって、通貨として機能するものの1つが銃弾なのだ。


 無論のこと賢明なるジョンは、それが何を齎すかを正確に熟知していた。神に背きし行いだとも思っていた。

 とはいえ――妹のジェニーと一緒に生きていくには、これ以外に道はない。何しろ自分達は今、電気も蝋燭もない山奥の空き家に引き籠り、ぎりぎりの生活しているからだ。特にジェニーは近くの川で採ったフナやタニシがまずかったのか、このところ体調を崩しつつある。一刻も早く何とかしてやらねばならない。


(叔父があそこまでの下種でなければ……)


 そんな反実仮想が脳裏を過る。

 彼等が家を――家と呼べる代物とも思えなかったが――出ざるを得なかったのは、金だけ奪ってまともに食糧も寄越さなかった叔父のベネットが、年端もいかぬジェニーに言うも悍ましい行為をしようとしたからに他ならない。


(それに何故、戦争がこんなことに……)


 闇市への歩を進めつつ、ジョンは陰鬱に俯く。

 戦争がひっくり返らなければ、今頃ロングビーチにて、凱旋する父を家族総出で迎えていただろう。だが母はロサンゼルス大空襲で亡くなり、太平洋艦隊も消滅してしまったらしい。それもこれもアレクサンドロス人なるふざけた宇宙人が突然日本に味方したせいだと言われているが、そんな馬鹿な話があってたまるかと思う。

 もっとも現実は実際それくらい狂っていて――ジョンは思考を打ち切った。自分は目的地に到着し、しかも取引相手のマフィア達が、ただ事でない言い合いをしていたからだ。見ているうちに1人が囲まれ殴られる。


「何か、あったのですか?」


「ん、ああ……鉄砲玉の小僧か」


 血の気の多い一団の親分が不機嫌そうに応じ、


「さっきあの忌々しい宇宙人放送局が……今までの放送内容は全部真っ赤な嘘で、自分達は21世紀から来たジャップ野郎だとか、とかくふざけたことを言い出しまくってな」


「そうなんですか?」


「ああ。んでもって、ロサンゼルスもヒューストンもワシントンD.C.も占領したとかホラ吹きやがる。とんだ出鱈目だ」


 苛立たしい声。悪党でも愛国心くらい持っている、先生に教わった記憶が蘇った。

 真偽については……現在進行形あるいは未来形で真かもしれない。決して口には出さぬものの、ジョンはそう直感する。だとしたら本当に悍ましく、そうした状況を打開するために自分にできることもないと悟った。


「ついでにこの糞ボケが、これじゃ勝てない降伏だとか抜かしたんで、物理学的に反省させてたところだ」


「なるほど……分かりました。それと、言われた品を多少余分に持ってきましたので」


「おう、やるじゃねえか。こっちだ」


 親分は多少気分を改善させて応じ、ジョンは彼等の事務所へと入っていく。

 それから護身用の分を除いた拳銃やら銃弾やらを卸し、陰険そうなマフィアによる検品を経た後、小麦粉やトウモロコシ、多少のハムなどを受け取った。安堵の息が漏れる。トウモロコシは飼料用のものであるし、量も決して十分とは言えないが、暫く兄妹が食い繋ぐことはできるだろう。

 ただその間にも、室内に置かれたラジオから、アレクサンドロス人改め未来日本人による放送が流れてくる。抵抗は無意味だの何だのといった内容だ。


「そいつ、ほんと下らんことばかり抜かすな。黙らせろ」


「へい」


 ガシャンという音とともに、ラジオは永久に機能しなくなった。

 ジョンはその様子を特に感想もなく眺め、とにかく帰路で強盗、追剥の類に遭わないようにと知恵を絞る。ただ意識を目前の課題に集中させていてもなお、何か重要なものが、自分の中で崩れ始めたのが実感された。





元山府:元山航空基地



 帝国陸海軍部隊に対する特異的時空間災害の周知は、相応に慎重かつ計画的に進められた。

 まず指揮系統の頂点にある者達を令和日本に招き、徐々にそれを下の階層へと浸透させていく。また異常事態にあって上に食ってかかりそうな者を選別し、さっさと羽田大本営や大村の"新出島"に招くなどしてしまう。そうした弛まぬ努力の甲斐あって、全面的な情報開示を経ても、部隊規模で妙な行動が起こるという例はほぼなかった。

 とはいえ初耳だった者達が軒並み茫然自失となってしまったのは、全くやむを得ない話だろう。誰もが是が非でも勝利を渇望していただろうが、こんな形でのそれを望む者などいるはずもないからだ。


 ただそうした虚脱状態にあっても、元山飛行場には爆音が轟いていた。

 零戦――といっても複座の練習機型だが――の試運転が行われているのだ。搭乗員として指揮所で待機している宗方中尉は、栄エンジンの頼もしい咆哮に激励されたような気分になり、それでいて一抹の寂しさも覚えた。零戦もまた故郷を失ってしまったのであり、しかも兵器としての役目を終えようとしてもいる。

 恐らくは――良くて何処かの博物館の展示物で、元山航空隊も遠からず解散することになるのだろう。


「だからこそ、有終の美を飾る心算でいかないとな」


「まあ、やることはビラ撒きだが」


 同じく出撃予定の小林中尉が乾いた声で言う。


「その辺り、令和の超技術で何とかしなかったのが不思議だ」


「まあ、俺達に出番をくれたと思おうや」


 宗方は空元気を振り絞って笑い、空から撒く予定のビラに目をやった。

 京城や釜山で大規模な暴動が発生する可能性があり、それに備えてのものだった。つまるところ内地に働きに出ていた労働者が消滅してしまったためで、半狂乱になった妻や母親が徒党を組み、既にあちこちで騒擾を起こすなどしているという。元山が案外と平穏で、未だ魚カレーの出前が届いたりするのは、この辺の人間はあまり内地に行っていなかったためらしい。


「全く、俺等なんて全員揃って浦島太郎なのにな」


「愚痴を言うなよ。こんなの誰のせいでもない……と、音が止んだぞ」


「そのようだな」


 それから間もなく伝令が走ってきて、準備完了の報告が入る。


「では、ひとっ飛びしてくるとしよう」


 宗方と小林は揃って立ち上がり、愛機のあるところへと向かった。

 やはり誰も彼も虚ろな目をしていたが、何時かはこの狂った現実を受け入れ、前へと踏み出さねばならない。そうした意気込みに応えるかのように零戦は唸り、空へと舞い上がっていった。





ワシントンD.C.:ホワイトハウス



「こんな、こんな馬鹿な話があってたまるか……」


 真っ白に燃え尽きたトルーマン大統領は、うわ言のようにそう繰り返す。

 遥か未来の日本が丸ごと出現するという異常災害が発生し、事故としかいいようがない偶然と誤解が幾つも重なった結果、合衆国は最悪の戦争に突き進んでしまっていた。しかも大統領に就任した時には既に運命が決まってしまっていて、後は破滅ばかりが待っていようとは。

 そして自分は道化だった。無茶苦茶な現実を何とか理解しようともがいた挙句、稚気めいた欺瞞情報に振り回され、国際会議の場で宇宙人と戦うなどと宣言してしまう、どうしようもなく間抜けで哀れな道化だった。


「何もかもがあんまりだ」


 発作的に机の引き出しを開き、拳銃がなくなっていることに気付く。

 舌を噛み切ろうにも顎に力も入らず、現実からの逃避など一切叶わない。運命の女神がゲラゲラと声を上げ、腹を抱えて笑う様が幻視された。


「大統領閣下、どうか落ち着いてください」


 ファーゴとかいう未来世界の中将が悲痛な早口で懇願し、


「全ては不可抗力です。特に閣下が就任されて以降は本当にどうしようもありませんでした。未来国家と戦う方法など、相手がモナコやルクセンブルクでもない限りありはしません」


「……君達は、日本に駐留していたのだったな?」


 トルーマンはどうにか声をひり出し、暗澹たる面持ちで尋ねる。


「本当にどうして、日本の味方などしているのだ? 同盟国ではあったにしろ、君達はまずアメリカ人ではないのか? 時空間災害とやらが起こった直後に、東京を占領するとかできなかったのか?」


「大統領閣下、先程説明いたしました通りです。我々は空海軍が主力で、地上部隊は沖縄に海兵隊がいた程度。15万からの地上部隊を有する日本軍を相手に戦うことはできません。それに……」


 ファーゴの背後に据えられた映像装置には、真っ白い巨大なキノコ雲。


「我々がそれを試みていたら、まず間違いなく核兵器が北米の都市という都市に落ちていたでしょう。あれの威力はマンハッタン計画で予定されていたそれの約10倍、かつ更に威力を拡大させることも可能です。その上で悪ければ……アメリカと名の付くものの全てが地球上から一掃され、北米大陸がコロンブス以前にまで戻っていたかもしれません。そうした最悪の事態を回避するために、我々は参上した次第です」


「何とな……」


 現状より更に悪い状況があり得たという回答に、トルーマンは思わず言葉を失う。


「ならばせめて、何が起こっていたかくらい教えてくれていてもよかったのではないか? そうすれば……」


 前任者の名を口にするのが酷く苦痛で、


「おかしな勘違いをせずに済み、もう少しまともな未来があったかもしれなかった」


「3月のサイパン島上陸の目的がまさしくそれでした。結果は申し上げるまでもありません」


「そうか。本当につくづく、運がなかったのだな」


 トルーマンは天を呪わしげに仰ぎ、憔悴し切った自嘲とともに、政治家としては禁物の涙をボロボロと零し始めた。

 この世全ての悪運と理不尽に叩きのめされ、それでいて敗戦と甚大なる戦災の全責任を負わねばならなくなった指導者の嘆きに、居合わせた誰もが流されていく。痛々しい限りの嗚咽がどうにか治まり、ファーゴがホットラインでの対日交渉を切り出すまでに、10分ほどの時間が必要だった。


 もしこの場に少しでも幸運があるとすれば、先程自害を試みかねなかったとはいえ、トルーマンが有権者と将来の有権者に対する責任を放棄しなかったことだろう。

 それから強いてもう1つ挙げるとすれば、やり取り全てが永田町に筒抜けだったことかもしれない。それは交渉を優位に進めるという打算に基づいた措置だったかもしれないが、相手国を動かしているのも感情を持った人間だというごく当たり前の事実を、改めて認識する結果に繋がったのだから。


人智を越えた現実への驚愕が広がる第112話でした。それでも皆、生きていかなければなりません。

第113話は1月29日(金)~31日(日)辺りで更新の予定です。読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。


第8章は次回までの予定で、第9章からは戦後編……といった形になる予定です。

一応、本作はハッピーエンドの予定ですので("アットホームな職場"みたいとか言われていたかもしれませんが)、それがどんな形になるか、結局のところ全く非科学的な災害に見舞われたままの世界がどう進んでいくのか、色々とご想像いただければと思っております。


なお最後の辺りですが……ここまで散々な目に遭うトルーマン大統領も、他にはないかもしれません。

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― 新着の感想 ―
[一言] >トルーマンは天を呪わしげに仰ぎ、憔悴し切った自嘲とともに、政治家としては禁物の涙をボロボロと零し始めた。 野々村議員を思い出しちゃったよ、号泣会見おもろかったなぁ
[一言] アメリカ版火垂るの墓してる兄妹だなぁ…
[良い点] 指導者にはタフであってほしい一方人間味を求めたくもあり、トルーマン大統領、続いて居合わせた人々が落涙する場面は読んでいて胸に詰まるものがありました。 涙を流すことには緊張を和らげ気持ちを…
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