表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
令和時獄変  作者: 青井孔雀
第8章 激闘の果て
110/126

110. 突入準備

ワシントンD.C.:官庁街



 ケラーマン少佐は少し前まで指揮官であり、今は虜囚となっていた。

 言うまでもなく、意図してのことだ。自分を含めた戦力外は投降し、装備もわざと鹵獲させ、地上に引き摺り出してもらう。すると事前に設定しておいた通信装置が、友軍との交信が可能となり次第、ファイルを自動転送するという寸法だ。1945年の世界にかような芸当が可能な通信装置など存在しないから、何が起こっているかも分かるまい。

 裏切り者としてその場で射殺されることもあり得るが、その可能性は決して高くはないだろう。それに最悪、通信装置だけでも地上に持ち運んでくれれば、最重要情報の伝達という目的は達成される――そう踏んでの投降だった。


 そうした判断の妥当性は、すぐさま証明された。

 ケラーマン達は投降直後に強かに殴られ、アジア系であるが故かチャン二等軍曹が特に手酷くやられはしたものの、目論見通り全員地上に連れ出された。一方でこの時代の人間達は、通信装置が勝手に動作するのを全くと言っていいほど認識できず、精々が転送完了の通知音に目を剥く程度。

 そして幾らかの時間が過ぎた後に懐かしい羽音が響き始め、何事かと銃を構えるなどした兵隊達は、低出力型VALSによってあっという間に無力化された。無論、顔画像を登録済みのケラーマン達に被害はない。


「少佐、お迎えに上がりました」


「思ったより早かったな」


 ケラーマンはどうにか上半身を起こして応じ、返礼する。

 相対する中尉は陸軍第160特殊作戦航空連隊の所属だった。ケラーマンは屈強なるその部下達に抱え上げられながら、2年前も迎えは彼等だったと思い出した。今となっては全てが夢幻のようではあるが――口内に突っ込まれた鎮痛トローチと同系統の成分を用いた化学兵器を、ロシア人がシリアに横流しし始めたので、サンプルを回収した後、取引拠点を吹き飛ばしてきたのだ。

 当然、彼等はその時頼もしかった連中ではないが、同じ魂を持っていることだけは間違いない。


「それで、状況はどうだ?」


 MH-60の機内へと担ぎ込まれるや、ケラーマンは尋ねる。


「サザランドとの連絡はついたか?」


「無線中継器を急ぎ設置中、間もなくつくかと」


「今はそれが一番必要だな」


 ケラーマンは多少安堵し、半ば瓦礫と化した首都を一瞥する。

 指揮権を継承したサザランド大尉は、軽傷で済んだ6名の部下とともに、ホワイトハウス地下構造物の偵察任務を継続している。恐らく今頃は、かつて財務省庁舎であった廃墟の下辺りを進んでいることだろう。

 彼等から情報を得るにも追加の命令を与えるにも、まず通信を回復させねばならない。


「それと少佐、これを」


 中尉が端末を手渡してきて、


「誰も彼も大混乱で、少佐の見解も求められております」


「了解した」


 ケラーマンは短く力強く肯き、対処すべき混沌に向き合った。





ワシントンD.C.:下水道



「ううむ、壕内への直接侵入はやはり困難か」


 報告を受け、指揮官代行のサザランド大尉が唸る。

 孤軍奮闘中の彼等は必要とあらばホワイトハウス地下壕内に直接侵入し、起爆装置の解除を試みる心算でいた。だがそのための経路は未だ発見できていない。専用の脱出路らしきトンネルに至る穴を、C4爆薬を用いて強引に穿つことは不可能ではないが、それでは地上から侵入するのと大差ないだろう。

 そして音から察するに、空挺強襲は既に行われている。新たな経路を探す時間的余裕もない。


「なかなか厄介な状況だ……皆、何かいい案はないか?」


 サザランドが問いかけるも、誰もが口を噤んだまま。ピチャリと水滴の滴る音のみ響く。

 だがそれから十数秒、八方塞がりな沈黙は唐突に破られた。挙手し発言の許可を求めたのは普段寡黙なデュカキス准尉、西海岸の有名大学を放り出して入隊した変わり種だった。


「発想を転換するべきです」


 デュカキスは開口一番にそう主張し、


「我々はそもそも起爆装置の所在を掴んでおりません。そのため起爆装置そのものの解除ではなく、起爆システムを無力化する方法を検討する方が得策ではないかと」


「ふむ。どう違うのだ? どちらにせよ侵入経路はまだ見つかっていないぞ」


「問題ありません。要はこれです」


 デュカキスは素早くラップトップを操作し、地下構造図の新たに検出した部位をまず指でなぞる。

 それを見たサザランドは、数秒ほど考えた後、デュカキスの言わんとしていることを理解した。特異的時空間災害より前のものを含めた記憶を集積し、その実現可能性を検討していく。


「なるほど、確かにいけそうだな……ただ我々だけでは実行し得ない」


「大尉、更に朗報です」


 ゲイル一等軍曹が喜色を浮かべて続けた。


「音声通信が回復しました。味方はすぐそこまで来ています」





ヴァージニア州アーリントン:ワシントン・ナショナル空港



「くどいようだが、大統領が影武者という可能性はないのだな?」


「はい、間違いありません。昨日早朝にサウス・ローンを散歩する姿を偵察隊が確認しており、撮影された動画を解析した結果、99.999814%の確率で本人と判定されました」


「大統領の所在地はイーストウイング地下壕内、これも確かか?」


「はい、同様に間違いありません。当時の緊急避難マニュアルの記述とも一致します」


 指揮官たるファーゴ中将の質疑に、青褪めた表情の幕僚が回答していく。

 空港施設の一角に仮設された司令部は、焦燥と困惑に満ち溢れていた。本来であれば既にホワイトハウス制圧が完了し、ファーゴが懇請使節団を率いてトルーマン大統領の説得に当たっている頃合いだが、予定は完全に狂ってしまった。しかも軌道修正する方法がまるで見つからない。


「なお心理学者達の見解ですが、地下壕に逼塞しているのがトルーマン大統領本人である場合、実際に自爆を決断する可能性は相当に低いとのことです。これは戦争の急転に対する説明を得ようとする心理が働くと考えられるためで、フィリピンやニューギニアで旧日本軍に投降した同胞にも同様の傾向が……」


「心理学者の分析など全くあてになるか」


 別の幕僚が割って入り、


「心理学者とやらの中に1人でも、自爆の可能性を予期できた人間がいるのか? 1人もいなかっただろう」


「確かに誰も予期できなかったのは事実ですが、その分の補正を行った上での結果です」


「前提から間違えたものをその程度でどうにかできるとは到底思えん」


「マックス、懸念はもっともだがまずは落ち着け」


 ファーゴはそう言って宥めるも、刻々と過ぎる時間に歯噛みする。

 無理に突入を行ってトルーマン大統領を刺激するよりは、現状維持の上で出方を窺うべきではないか。司令部には実のところ、そんな消極論の芽まで出始めていた。自分達が動けば動くほど事態が悪化する――『ピース・メイカー』作戦が破綻して以来、多くの将兵を蝕んできた悲観を、今また実感せずにはいられなかった。


 加えて痛切で名状し難い孤独感もまた、精神に忍び寄ってきてもいた。

 幕僚の苛立ち気味な言葉に含まれている通り、自分達は結局のところ、先祖達とは全く別種の人間集団なのかもしれない。故に同じ合衆国市民と思っても食い違い、理解し合うことも叶わず、祖国がための献身すらも徒に終わってしまう。そう思うと足元が揺らぎ、視界が崩れそうになる。


(いや……しっかりしろ。何のためにここまで来たのだ!)


 ファーゴは自らを叱咤し、弱気をどうにか吹き飛ばす。

 合衆国を合衆国として存続させるには、この機は絶対に逃せない。実際ここで戦争を終えなければ、合衆国は国家として完全に空中分解し、更に何千万という犠牲者が生じかねないのだ。


(とはいえ、どうする……?)


 何かかしら突破口はあるはずだと、ファーゴはあれやこれやと思案する。

 新たな変化が起こったのは、その直後のことだった。地下での偵察任務を継続した陸軍特殊部隊との通信が回復し、ホワイトハウス地下防空壕付近の構造データが更新されたのだ。

 残念ながら、隠密裏に侵入できそうな経路は発見されなかった。しかし策は添付されていた。


「なるほど……」


 ファーゴはそれを一瞥し、すぐさま妙案だと判断した。

 それから直近の記憶を辿る。カーン郡油田の再稼働に手間取ったことへの反省から、自衛隊は東テキサス油田制圧に際して新兵器を投入し、元の従業員をほぼ生け捕りにした。そんな報告があったことを思い出す。策を実現するために必要なそれは手許にはないが、緊急供与を求めることはできるだろう。

 そして幕僚達と目配せし、多少良心が咎めるところはあったものの、全員の賛意を確認した。


「最後の1分で光が見えてきましたね」


「全くだ。ともかくも大至急、パターソン大統領閣下に繋いでくれ」





東京都千代田区:首相官邸



「ええ。ちょうど当該機材を運搬中の輸送機がありましたので、行先変更を先程命じたところです」


 加藤総理は執務室にて緊急の電話会談を行っていた。

 相手は言うまでもなくパターソン臨時大統領。現在進行中の『ユナイテッド・ステイツ』作戦に関して自衛隊に些か変則的な支援要請があり、かつ少々"微妙"な物品が絡むものであったため、トップダウン的に片づけることとした。端的に言えばそんな内容であるようだ。


「いえいえ、そちらに関しても問題ありません。ともかくも大統領閣下、我が国といたしましても、作戦成功を心より願っております」


 それから多少の会釈を経て、首脳同士の会談はつつがなく終了した。


「ふう……これでどうにか、戦争も終わりそうだな」


 深呼吸の後、加藤はぼんやりと呟く。

 それから微妙な温度になっていたコーヒーを飲み、チョコレート菓子を口にする。多少やつれたその姿を眺めつつ、日本で消費されるカカオ豆は7割超がガーナ産だったかと武藤補佐官は思い出す。

 当然、供給は3月10日に途切れたままで、戦後はそれらも回復させていかねばならない。


「まあ終戦となったところで、ゆっくり骨休めとはいかんだろうが」


「特異的時空間災害と我が国に関する情報公開の後は、外交の季節となるでしょう」


 武藤は苦笑気味に応じ、


「徹底した情報管制・欺瞞工作を行ったが故ですが、結局のところ我が国は、この世界では認知すらされておりません。何もかも最初から始めなければならないかと」


「最初の首脳会談の相手はトルーマン大統領となる訳か。まあ臨時政府軍の作戦が上手くいけばではあるが……一時は米国を滅ぼすとまで息巻いていた私が言うのも変な話とはいえ、この世界ではとことん運のない人物になってるなあ」


「その通りですね」


 武藤は追従した。実際、そう表現する他なかったからだ。

 前任者が未来国家相手の絶滅戦争を宣言し、全く準備ができていないまま権力を託されてしまった。そしてごく常識的な人物であったが故、構造的に理解し得ない敗勢に滑稽なほど右往左往し、自暴自棄としか思えぬ行動に出たりしている。彼の人物について敢えて公平に書くと、そんな具合になるのかもしれない。


「とすれば……今回くらいは幸運を祈った方がいいかもしれません」


「だろうな。恐らくそれが、誰のためにもなる」





ワシントンD.C.:ホワイトハウス



 伝わってくる首都決戦の様相に、トルーマン大統領は首を傾げた。

 奇怪な輸送機の大群が現れ、ほんの半マイル向こうのナショナルモール地区が敵空挺部隊に制圧されたとの報告を耳にした時、いよいよ運命の時がやってきたかと思った。起爆装置には既にコードを入力してあり、いざとなればホワイトハウス諸共に敵を吹き飛ばす心算だった。


 ただどうした訳か状況はそこで膠着し、既に何時間もが経過していた。

 無論、戦闘が行われなくなったという訳ではない。守備隊や周辺の陸軍部隊は被制圧区域を奪還すべく行動を開始していたし、敵輸送機も盛んに離発着を繰り返している。にもかかわらず変化がないかのように見えるのは、敵空挺部隊が正体不明の兵器群でもって反撃を完封し、それでいて次の作戦に移ろうとしないからだ。

 空挺部隊、しかもヘリコプターとその亜種らしき機体を装備したそれの行動としては、あまりに不可解だった。


「あの裏切り者ども、いったい何を企んでいるのだ」


 人工光に照らされた地下壕にて、トルーマンは忌々しげな口調で呻く。

 裏切り者というのは、ふざけたことに敵が星条旗を掲げているためだ。戦争が狂い始めた直後からそうした部隊の存在は報告されており、脳味噌改造手術を施された捕虜で構成されているのだろうと推測されているが、詳しいことは何一つ分かっていない。


「大統領、敵の掲げる星条旗には50の星が描かれていたとのことです」


 スティムソン陸軍長官の口調は少々病的で、


「アラスカとハワイが州に昇格した未来から来た軍隊かもしれません。ああ、やはり未来人説の方が正しかったのかも」


「だったら何故、奴等はジャップどもに味方しているんだ?」


「ええとそれは……」


 二の句が継げず、スティムソンは押し黙ってしまう。

 苛立たしい溜息。このところ正気を失いつつあるようだったが、既に行くところまで行ってしまったのかもしれない。狂気を伝染させられては敵わぬとトルーマンは視線を反らし、まだ頭がまともそうな陸軍参謀総長のマーシャル元帥を見つめる。


「元帥、裏切り者どもは追い払えそうか?」


「苦戦が続いています。敵は強力な電磁波兵器を装備しているようで、銃を構えると途端に目が眩むとか」


「厄介極まりないな」


「ええ、全くです。ただ敵は空挺、空挺部隊は同規模の歩兵部隊に敵わないと決まっています。装備の優劣や制空権の有無があるとしても、周辺の部隊を集めて攻撃を続ければ勝機も見えるかと」


「なるほど、頼もしい限りだ。それでは……うん、どうしたね元帥?」


 マーシャルが急によろめいたので、トルーマンは気遣った。

 だが発声の直後、トルーマンもまた同様の症状に見舞われた。突然視界が滅茶苦茶に歪み、身体の自由が利かなくなり、訳も分からないまま机に倒れ伏す。


(何が、どうなったのだ……?)


 もう数秒あったならば、トルーマンは多少なりとも事態を把握できたかもしれない。

 実際、閣僚や将軍は通気口に近い順に倒れていて、何らかの化学剤が用いられたことは明白だったためだ。しかし時代相応の耐化学フィルタを難なく透過したそれは、思考を上回る速度で有効性を発揮していた。


 壕内に散布されたのは、つい最近量産化された化学制圧剤6号。つまりはモスクワ劇場占拠事件で用いられたものと同系統の無力化ガスだった。

読者の皆様、新年あけましておめでとうございます。第110話にしてホワイトハウス突入準備が整います。

第111話は1月15日(金)~17日(日)辺りで更新の予定です。読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。

現実世界では連邦議会議事堂に侵入したりしているようですが、本作世界では……ああ、議事堂が爆撃で瓦礫の山になってたのだっけ、などと思ったりしています。あと若干失念していたのですが、財務省ビルとホワイトハウスは隣接しているので、2000ポンド爆弾だと被害出てる可能性あるかも……多分、上手いこと命中したのでしょう。

それにしても文章を書いていると、本当に偶然でしかないのですが、微妙に現実と小説がリンクしているような気分になることも。なかなか不思議なものです。


なお化学制圧剤6号については、実のところ有機化学系はあまり得意分野ではないのですが、そのうち詳細な経緯等が明らかになる……と思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 意識を取り戻したトルーマン大統領が最初に目にするのはどんんな光景で、どんな反応をするのでしょうか? 次回が楽しみです。 [一言] 更新ありがとうございます。 なりすまして切り抜け…
[一言] 化学兵器は大量生産が可能でかつ、製造コストが安く上がる(後の事を考えなければ)のが利点ですが、投入の仕方に手間がかかるので致死性ガスよりこの手の無力化(死なないとは言ってない)ガスの方がリス…
[一言] 更新お疲れ様です。 なんだか見ると結構な確率で死ぬ化学兵器みたいですね・・・。 いまさらではありますが、首脳部相手に使うあたり、在日米軍も神経が麻痺してて末期な感がひしひしと。 ホワイトハウ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ