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令和時獄変  作者: 青井孔雀
第8章 激闘の果て
104/126

104. 非現実的現実とその衝撃

埼玉県さいたま市:マンション



「おっ、来たみたいだな」


 Webライターの大野は仕事部屋にて、配給の魚肉ソーセージを齧りつつ独りごちた。

 デスクトップの画面に映っているのは生放送で、中継場所は羽田空港。実質的な停戦状態となった諸国の外交使節を乗せ、満洲から戻ってきたC-1輸送機が、ちょうど滑走路に降り立ったところだった。


<前世紀の皆さん、ようこそ21世紀へ>


<ゆっくりしないでいってね!>


<とりあえず原油と石炭、食糧、早急にオナシャス>


 といった具合に、コメントが怒涛のように流れてくる。

 軽佻浮薄な内容のものも幾つか見受けられはしたが、総合してみると、それほど敵対的な雰囲気ではない。英国やソ連、フランスなどとも戦争状態にあったことを知らぬ者は流石に少なくなってはいたが、それら諸国から直接攻撃を受けた訳でもないから、まず何より印象が薄いのだ。


 なお仄聞したところでは、史実での様々な暴力を理由に、ソ連共産党の物理的排除という案も出はしたらしい。

 ただ火事場泥棒的な侵略にしてもシベリア抑留の悲劇にしても、日本国民の大半にとっては歴史でしかなかった。しかもこの世界では、それを数か月前に察知し、その軍事力を予防的かつ一方的に叩き潰してしまってもいた。その上で核やロケットを封じたというから、もはや共産主義の脅威も何もないのだろう。

 それに今最も優先されるべきは、政権公約の通り日常を取り戻すことに違いない。そのために必要な化石燃料や食糧の供出を強要できるのであれば、相手が悪の共産主義者だろうと何だろうと構わないのだろう。


(実際これもちょっと飽きてきたし……ああでも難しいんだっけ)


 魚肉ソーセージを咀嚼しつつ、大野はあれこれ思い出す。

 無邪気に肉類輸入再開と喜んでいる者も多い――というより自分もそうだったが、何せ輸入元が昭和20年の諸国だ。令和の肥えた舌からすれば問題外な味の、現代基準からすれば品質管理が杜撰という他ない代物ばかりになるという予想を、関係者から聞いてもいた。つまるところ外地産、満洲産の二の舞三の舞という訳で、そこだけ取っても諸々の積み重ねを感じずにはいられない。

 なお飼料不足の懸念から、国内の畜産業者は家畜の飼育頭数を大幅削減してしまい、その回復には時間がかかるとのこと。加工食品ならともかく、美味しいビフテキがそこそこの値段で食える時代は、まだまだ遠いということだ。


「とはいえまあ、いい方向には進んでいるよな、多分」


 自分に言い聞かせるように呟くと、意識を生中継へと戻す。

 ちょうど外交使節がC-1から降り立ったところだった。白黒映画に出てきそうな格好の紳士達は、連合国側で初めて特異的時空間災害を目の当たりにし、例によってパニックに見舞われていた。大野は魚肉ソーセージを味わいながら、大勢の視聴者と同じように、その様子を見てケラケラと笑った。





東京都大田区:羽田空港ターミナル隣接ホテル



 羽田空港に降り立った者の中には、秘密情報部の長たるメンジーズ少将の姿もあった。

 そして彼もまた、あまりの衝撃に呆然自失というあり様だった。未来の日本人が戦争に介入しているという予測を立てはしたが、未来の日本が丸ごとこの時代にやってきているとは甚だ予想外に過ぎる。王立協会のデール博士がそれに近い想定の図上演習をやっていたが、あくまでも荒唐無稽で非科学的な研究だったはずで、何故それが現実なのか全く分からない。

 正直なところ、神を呪いたい気分だった。これが神の御業だというのであれば、悪魔的に怪しげな薬をやって、全知全能を沸騰させた末の所業としか思えなかったためだ。


「幾ら何でもおかしいだろ、こんなの……」


 そんなことをブツブツ呟きながら、メンジーズはラウンジにてクダを巻く。

 どれほど老獪な紳士であろうと、正気ではいられまい。"レイワ"時代の英国大使館から差し入れられたらしい王室御用達のウィスキーでもって、精神の発狂をどうにか抑制せんとしているのだ。


 酒類への耽溺が根本的解決に結びつくべくもない。それは紛れもない事実として、ではどうしろと言うのだろう?

 例の図上演習によれば、未来の国相手に勝ち目など万に一つもありはしない。戦争と平和の違いが、突然訳も分からぬうちに殺されるか、やはり訳も分からないまま真綿で首を絞められるかの違いでしかない。しかも今すぐ本国に特異的時空間災害の詳細を伝えることは、外交慣例も糞もない日本政府に禁止されているという始末。

 目を醒ましたら全てが悪い夢で、何もかもが元通り。そんな可能性に賭けたくもなってしまう。


「ああ全く……」


「失礼。英国陸軍のメンジーズ少将とお見受けします」


 メンジーズは我に返った。まあまあ聞くに値する英語だった。

 "レイワ"の日本人は歴史的経緯――本来はコテンパンに負けるはずだったらしい――から"米語"擬きを喋る。故に同時代の人間かもしれないと思って振り返ると案の定、日本海軍の将官らしき人物が立っていた。

 それからその傍らにもう1人。驚くべきことに、こちらは米海軍の同業者だった。


「帝国海軍少将、田中頼三と申します。こちらは米海軍のアーロン・メリル少将」


「お初にお目にかかります」


「どうも……」


 ふらつく体をどうにか起こし、大胆に差し出された手を取る。

 すると不思議な安心感が満ちてきた。未だ法的には交戦中の国の将と捕虜であるらしい将となると、本来油断も隙もありはしないはずだが、この魔境もいいところな未来世界にあっては、同じ時代の人間というだけで貴重だった。

 あるいはそれすらも悪辣な罠なのかもしれないが、だとしたら気にするだけ損だろう。メンジーズはそう割り切り、日米の両少将と杯を交わす。


「ほう……御二方はアラスカ沖で戦われたのでしたか」


 美酒を交えての会話の中、メンジーズは驚嘆する。

 例の如く米海軍が一方的に殲滅されたものと思いきや、古式ゆかしい艦隊戦もあったという。言うまでもなく日本海軍の艦艇は"レイワ"技術で相当底上げされていたらしく、米艦隊も激闘の末に全滅したとのことだが、メリルもそれについては満足げではあった。あるいはそれほどまでに、現在進行中の戦争は異常なのだろう。

 何しろ他の艦隊は自衛隊とやらの冷血無比な対艦攻撃を食らい、洋上で1隻残らず沈んで生存者も皆無。とすれば戦った将同士が相対できること自体、かなり奇跡的なのだ。


「そして今度は本国に終戦を促すため、臨時政府軍なるものに協力されると」


「ええ……そうする心算です」


 メリルは少し言葉に詰まり、ウィスキーを呷る。

 因果の最悪な重なりが故に東京を空襲し、更には日本を消滅させるとまで明言してしまった米国。宇宙人の介入を疑い、未だアレクサンドロス人なるものの暗躍を信じている本来の覇権国。その運命の修正は容易ではなかろうとメンジーズも思う。


「正直に申し上げるなら、あまりに屈辱的。ですが……こうする他に道はありません」


 その声はどうにも震えていて、


「特異的時空間災害によって、我が国にあるはずだった勝利は決定的に失われてしまった。であればこれ以上の市民を無意味に失うこと、ましてや祖国を失うことは避けねばなりません」


「その意味では、私には見知った国も家族もとうにありません」


 田中は力なく笑い、


「戦争に負けるとしても祖国や家族が残るなら、その逆よりは断然いい。先程までそう激励していたところです。敵味方の間柄であれ、お互い失ってしまった者同士ですから」


「なるほど、そういうことでしたか」


 メンジーズは合点がいき、少しばかり美味そうにウィスキーを舐める。

 自分もまた、そうした人間なのだと思った。彼等に対して親近感を抱き得たのは、形態はかなり異なるとはいえ、同じ時代の人間であること以上の共通項があったが故だろうとも思った。結局のところこの常軌を逸した戦争で、何か根本的なものを失わずに済んだ者など、1人として存在しないに違いない。


「その意味では……ああ」


 メンジーズは暫し逡巡し、続けた。


「この時代に放り込まれた日本人達もまた、同様に何かを失ってしまったのでしょうかね」





ワシントンD.C.:ホワイトハウス



「つまりアレクサンドロス人は全くの出鱈目だと言いたいのかね?」


 報告を受けたトルーマン大統領は、眼光をぎらつかせながら尋ね返す。

 末期的で狂気的な戦況と相次ぐ連合諸国の脱落、半ばモグラのような地下生活が故、見るからに窶れ果ててしまっていた。長官や将軍の発する言葉が役に立った試しなど、大統領就任以来皆無と断言できるほどで、結果的には怒鳴り散らすばかりとなっている。

 そうした中で今さっきなされたそれは、過敏化した神経を特に刺激してしまっていた。


「かつ我々が出鱈目な謀略放送にまんまと騙されるほどの、致命的な間抜け揃いだと」


「大統領、状況を鑑みますと……」


「黙りたまえ」


 一喝。ステティニアス国務長官がビクリとし、そのまま口を噤んでしまう。

 その様子を何とも居心地の悪そうな目で見つめているのは、陸軍長官のスティムソン。静止軌道に天体が打ち上がるや否や異星人介入説を支持した人物で、それが政権の方針となったのは、紛れもなく彼の助言が故だった。


「しかし大統領、中立国を含め、何処も未来人説に傾いているのは紛れもない事実です」


 代わってグルー国務次官が何とか口を開き、


「かつ一部では……」


「国際的な信義を何とも思わん卑怯者の裏切り者どもが、最後っ屁とばかりに適当なことを連ねているのだ。だいたい相手が未来人だろうと宇宙人だろうと何の違いがある? どちらにしても……何処かで打撃を与えてからでなければ話にならん」


 怒りに満ちた声は最後の方で消沈気味になり、トルーマンは机をガンと叩いて歯軋りする。

 現状ではどれほど頑張ったところで、悪辣な日本の軍勢に打撃を与えるのが精一杯であろうことは、彼もまた理解してはいた。そしてそうした現実が、何より腹立たしくて仕方がない。


「そうだ。驕れるジャップどもに一矢でも報いねば、我が国に未来はない!」


「とはいえ大統領、英国やソ連の例を見る限り、日本もそこまで苛酷な内容を突き付けてこないかもしれません。上手くすれば半年前と同様の条件で何とかまとまる可能性すら……」


「ジョー、君は東京に10年いたんだったな。その時の伝手から、売国奴になれば助けてやると言われたか?」


「大統領、私は合衆国に忠誠を誓った人間です。その上で……降伏に近いものであったとしても、今は対日和平が必要だと考えているのです。我が国の経済は……もはや経済とすら言えません。何処に何があるのか、誰が何処にいるのか全く把握できず、鉄道はまるで動かず、電話もさっぱり繋がらない。何処もかしこも市街戦真っ只中のベルリン以下です。世論調査ができないため推測にはなりますが、国民もこのような戦争の継続など望んではいないでしょう」


 グルーは一気呵成に言い切り、荒い呼吸を入れる。


「大変残念ではありますが、今は雌伏の時です。敵の正体を見極め、態勢を整えてから、再起を図りましょう」


「奴等が独立13州に戻れと言ってきたら、君は賛成しそうだな」


 スティムソンが忌々しげに吐き捨て、グルーが顔を紅潮させる。

 それを見た誰かが「日の丸みたいな面」と罵倒する始末で、彼の色は本当にそれに近づいてしまう。


「ともかくも陸軍部隊は今も……中西部において奮戦していることだろう。連絡がないのも織り込み済みだ。そして300万、300万の大軍勢だ。ジャップどもがどれほど超技術を持っていようと、地上での数の差は簡単に覆せるものでないはずだ。それにこのところ爆撃も低調、奴等もそろそろ限界に違いない」


「しかしそれは希望的観測としか……」


「ジョー、君の"しかし"、"とはいえ"にはもううんざりだよ。我々はまだ戦う。それが決定だ」


 トルーマンは何かに取り憑かれたかのような、病的とも思える表情を浮かべる。


「ジャップどもが攻めてくるのなら、最悪このホワイトハウスを爆弾にしてでも戦うのだ。それに君の言う未来人とやらが本当なら、そのうち我々の子孫が援軍に来るかもしれんだろう」

何とかリアリティショックといった具合の第104話でした。まあニンジャは出てきませんが。

第105話は11月20日(金)~22日(日)辺りで更新の予定です。読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。

それからなろうラジオ(11/13収録分)、「今日の一冊」等で本作が紹介されています。色々と応援いただき、本当に、本当にありがとうございました。


実を言うと魚肉ソーセージ、身内が某戦隊のソーセージを大量に買い込んできたもので、思い付いたりしました。

漁船を総動員して魚を獲りまくる世界観ですし、魚肉ソーセージであれば保存性も良好、私個人としても登山の友だったりしたので、もっと早期に出してもよかったかも? さつまいもチップスと一緒に出てくるくらい? とちょっと後悔しています。なお某戦隊ソーセージ、魚肉だと思ったら原材料が豚肉、鶏肉でした。


なお肉類については……75年前(作中では80年前)のものとなると、やはり現代のそれとは相当違った代物なんだろうな、と思っています。現代のご飯おいしいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 非常に興味深く面白くて2日で一気読みしてしまいました。本当に面白い思考実験だと思います。読んでいるとどんどんおかしくなっていく日本に恐怖を感じます。自分の中で実際に日本タイムスリップが起き…
[一言] 更新お疲れ様です。 まさに『タイムショック』な各連合国使節団(除米国)(^^;; 日米英の将官達が身の上を語り合い・・・・ 母国が時の彼方に消えた人、母国が今まさに逆鱗に触れ消滅しようと…
[一言] >そのうち我々の子孫が援軍に来るかもしれんだろう ホントに21世紀米帝が来たら選挙の票田を増やす程度の感覚で経済侵略しそう。
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